そのルートでは2時間2分には届かない
青山学院大学による史上初2度目の3連覇、9回目の総合優勝で幕を閉じた今年の箱根駅伝。大会終了後、あるメディアにおける原晋監督の主張が、SNS上で大きな話題を呼んだ。
その主張を要約すると、「スピード、トラックで世界を目指すというのはうわごと。世界を狙うならマラソン。その土台が駅伝で、制度もその駅伝中心に組み直した方がいい」というもの。スピードに磨きを掛ける中央大学の育成方針も、その批判対象の一部だと受け取れなくもない。この発言について、藤原監督はどう感じたのだろうか。
「大変失礼な言い方になってしまいますが、原さんが仰っていることも一理あるなと思いますし、すごく良く分かります。あれは日本の陸上界への大きな投げかけだったと思うんです。原さんが青山学院さんをあれだけのレベルに引き上げたことによって、我々は追いつけ追い越せという努力をしていて、大学生のレベルが非常に上がってきた。高校生のレベルも上がってきている。では逆に、シニアと実業団のレベルが上がっているかというと、正直なところ上がっていないと思うんです。
どちらかというと大学生が実業団の選手と戦えてしまっている場面が多くなってきているのが現状。やはり実業団にも頑張ってもらいたいというのは正直なところですし、そこも含めて『今後駅伝の立て付け、捉え方をどうしていこうか』という投げかけだったと僕は理解していています」
“スピードを磨く”ことの是非について、藤原監督は次のように言葉を紡ぐ。
「スピードに関しては、原さんにはあれだけの結果を出すメソッドがあり、『箱根も勝ててない大学の指導者が』と言われると、『確かにそうですよね』という部分もあります。だけど、登山道にいろいろなルートがあっていいように、違う登り方をして僕らも箱根の頂点を目指しています。箱根を山登りにおける富士山とするならば、『我々は富士山を登っているんじゃなくて、エベレストを登るためにまず富士山の頂上に立ちたいんだ』ということ。その視点で見ると、やはりこの大学生年代でできるだけスピードをつけてあげないと、その先ではもう生理科学上スピードがつかないのは間違いないので、まずはスピードをつけさせてあげたい。
『駅伝、マラソンで世界を狙え』という点は、流れとしては分かりますし、そのルートは作りやすいと思いますが、『フルマラソンで2時間2分、1分の選手をそのルートで作れるか』というと、そこまでは届かないと思っていて…よくて2時間3分台だと思っています。やはり僕が現役だった頃と同じように、絶対にこの先は3分から2分の差、2分から1分の差、1キロの差をどうやって埋めるのか、という課題にまた直面するはずです。
大学年代でのスピードの養成が、2時間3分をもしかしたら2時間2分にできるかもしれない。10000m26分の選手を育成できれば、2時間1分が実現できるかもしれない。そこを見て取り組んでいるのが我々であったり、早稲田さんであったりだと思っているので、僕らは僕らで、この登り方でやっぱり結果を出さないといけない。
その先で選手たちがこの取り組みを継続させていった上で、フルマラソンを2時間2分、1分で走ることができるようなって初めて、この取り組みが良かった、という証明になる。当然、現時点で最短かつ登りやすいルートは、原さんが作っているメソッドであることは間違いないです。僕らは『ここ、本当に登れるの?』というルートを進んでいるわけですから、まずはそこを登れるという証明をしないといけない。
だからこそ、原さんの意見もすごく参考にしていますし、やり方も学ばないといけません。僕自身が選手として学んできたことの中にもきっと固定概念があるので、違う考え方、違う見方をしないといけない。疑問を持って色々な物事を見るようになったのも、原さんの影響があると思います」

駅伝は飯の種?
筆者の個人的かつ偏った見解であることを先に断った上で、箱根駅伝に関する一つの論点を監督に投げかけてみた。それは、有力な高校生ランナーで“箱根駅伝優勝”を最大の目標としている選手は、原監督のメソッドに興味を持ち、青山学院大学への進学を望むケースが多いのではないだろうか、ということ。
一方で箱根駅伝だけではなく、その先のオリンピックや世界選手権、もしくは5000mや10000mでの世界進出を狙っている場合は、中央大学や駒澤大学、早稲田大学などの有力校を望むケースが多いのではないだろうか。
つまり、そもそも入学の時点で、青山学院大学の入学生とその他の大学の入学生では、箱根優勝に賭ける想いに差があるのではないだろうか、という推測だ。
「どうでしょう。青山学院さんに行った選手の全員が『100%箱根だけを目指している』というのは聞いたことがないですし、たとえば折田壮太君(2年)は、世界を目指すために青山学院大に入っていると思います。
うちに関して言えば、来てくれる選手は当然箱根を含めた3大駅伝で走りたいという想いを持っていると思いますが、それよりもできるだけこの環境でスピードを磨いて、ユニバーシアードやU20世界陸上、シニア年代のアジア大会、さらに言えば世界陸上やオリンピックを目指している子が多いと思っています。
4年間でそういう大会に出られればもちろんいいですし、狙えるだけの土壌を作りたいという子に対して、『うちはそういうことを考えて4年間育成するよ』という話をして勧誘している面もあります。なので、たしかに選手たちの箱根に対する意識のスタートラインが異なる部分は当然あるとは思います。
ただ、やはり駅伝できっちり走って、結果を出していかないといけない。僕が実業団の時に言われたのは、『駅伝は飯の種だ』ということ。『駅伝で食ってるんだから、残りの10ヶ月は好きな練習をしていいけど、駅伝を走れって言われたら、そこで結果を出せ』と。これはまさに今の自分たちに似ているなと。実業団と同じレベルを学生に求めるのは酷なのかもしれませんが、やはり箱根駅伝でこれだけの注目を浴びて、他の部活には出していないような強化費を大学から出してもらって強化させてもらっているわけですから、当然結果からは逃げられない。そこは背負っていかないといけない部分だと思っています」
世界を目指せるスピードの育成に力を入れつつ、箱根制覇も目指していく。このシリーズで度々登場してきたテーマだが、今後その二つをどう接続させていくのか。改めて話を向けた。
「まだ接続できてないので…これから結果で証明していかないといけない。ずっとトライアンドエラーだと思っています。今のやり方をブラッシュアップさせていけば、スピードが磨かれていくのは間違いない。その上で、昨年は夏の練習のボリュームを増やしましたが、今年は通年でさらにボリュームを増やした上で箱根に向かっていきますので、それがどういう結果になるか、期待しつつ進めたいなと。
当然、ボリュームを増やすと故障者が出るリスクについてもより考えないといけませんし、様々な面でマネージメントを調整していく必要があるので、また新しいチャレンジがスタートする年になると思っています」
vs原監督という構図の是非
原監督の発言がメディアによって宣伝され、そこに対する賛同や批判が渦巻いていく。陸上界をより盛り上げるため、という視点で見れば、原監督やメディアの意図は成功していると言えるだろう。この構図について、藤原監督自身の経験を交えながら一つの見方を提示してくれた。
「今は青山学院さんが一強で、メディアでもあれだけ取り上げられていますし、野球で言うと昔の巨人のような存在ですよね。我々を含めた色々な大学が『打倒青学』で立ち向かう構図ですが、皆さんに知っていただきたいのは、意外と現場は『対青学』とか『対原監督』とは思っていないということ。
同じように大学生を指導しているわけなので、僕も原さんから学びたいところが多くありますし、そこに違いがあっていいと僕は思っているので。うちのやり方で違いを出しつつ、勝てるチームを作っていき、チャレンジしていった中で青山学院さんを上回った時に、陸上界がもう1歩先に進むことになるのかなと考えています。
自分自身がマラソン選手だった時に川内優輝くんがいて、彼は非実業団で公務員ランナーとして活躍している中で、『川内優輝がすごい』とメディアからすごくフューチャーされて。彼からすると『対実業団』のような構図をメディアに作られて、しんどかった面もあると思うんです。僕らも彼と仲良くしたいし、一緒に練習もできたらいいなと思っているのに、そういう煽りがあって、お互いに変な距離ができて、自分自身もすごく嫌な思いをした。ですから、今の『対青学』や『対原監督』というメディアさんの煽りを受けて、選手たちやファンの方もそういうことを思わないでほしいな、という気持ちはあります。
同じ大学生ですし、戦っているフィールドは一緒で、お互いに切磋琢磨していく関係性なんですから。陸上界の人間として、原監督は強烈な投げかけをされる部分は確かにありますが、理にかなっていないことは何も言ってないし、道理に反したことも仰っていない。そこから学んで、『ここは必要。ここは不必要』と取捨選択する能力が必要だと思います。
それぞれの指導者は、学生たちの4年間と将来を背負った上で、苦しみながら考えながら指導されているのは間違いないです。だからこそ、どの大学に行った選手も指導者の教えをしっかりと聞いて、疑問に思ったら話をして、自分の成長のための4年間にしてもらいたいというのが1番の願いですし、陸上界のあるべき姿かなと思います。
あとは、箱根だけ観るというファンの方がほとんどだとは思いますが、『意外と陸上って年間通してやっていて、観てみると意外と面白いんだよ』というのを知っていただけるとすごく嬉しいな、というのが正直なところです」

青学とは違う登り方で頂点へ
来年の第103回箱根駅伝に向けた新チームの主将は、今年の箱根1区を快走した藤田大智に決まった。新チームはどのような目標を設定したのだろうか。
「新しい幹事たちが持ってきた目標は、出雲と全日本と箱根の3冠です。『いや、お前たち、あれだけ跳ね返されて、三冠ってどんだけしんどいか分かってる?』と聞きましたが(苦笑)。『いや、わかっていますよ。でも、3位とか置きに行きたくない。やはりチャレンジしないと絶対に手に入らないじゃないですか。だったら、出雲と全日本と箱根のどれか1つでもいいから僕らは勝ちたい。だから三冠ってことにチャレンジするって目標を立てて、その努力する土壌を作らせてください』ということを言ってきたので、無謀なことだと分かった上で目標を立てて、チームの意識を変えたいという意図でやっているのであれば、すごくいいなと。『じゃあ、3冠を目指すからにはその努力するぞ』と話をしてスタートしています。
細かい目標としては、部員全員の5000mの平均タイムを13分55秒切り、1万メートルの全員のタイムの28分59秒切りで、全体の目標設定を上げて、全体層を押し上げること。それプラス、自己ベストの更新回数を全体で年間100回以上必ず達成させたいと。トップ層にもいい目標設定ですし、中間層や下位層もチームの一員だとより実感できる目標設定だなと思って、全員でスタートしています」
吉居駿恭が率いたチームは、確かな実力を身につけて優勝を狙ったものの高い壁に阻まれた。藤原監督を同じキャリアを歩む藤田新キャプテンが引っ張っていくチームは、どのようなチームカラーで頂を目指すのだろうか。
「西脇工業高校(兵庫)のキャプテンで中央大学に進んできた、という点で私と同じで、細かいところまでこだわる西脇の教えを中央大学でもやろうとしているんだなと、個人的には微笑ましく見ています。勝負強いチームを作っていけるんじゃないかと思います」
最強軍団の青学を乗り越え、先頭で大手町に戻ってくる真紅の襷を見られるのは、果たしていつになるのか。来年の正月がその時になることを願いつつ、今後もその走りを見守っていきたい。