FUTSAL

松本直美。Vol.1

interview |

photo by Kazuki Okamoto / text by Yoshiaki Yokoi

女子フットサル日本代表の挑戦と初のワールドカップへの道

2025年、フィリピンで女子フットサル初のワールドカップが開催される。

長年待ち望まれていた夢の舞台が、ついに現実のものとなる。

これまで女子フットサルの日本代表は、AFCアジア大会を戦いの主舞台としてきた。

しかし、この瞬間を境に、視線は世界へと向けられる。

そんな転機の中で競技を支える一人の選手がいる。

松本直美。

彼女はかつてサッカーに全てを捧げたが、一度その道を離れ、料理人として新たな人生を歩んでいた。

そこから再びボールを蹴り始め、日本代表へと上り詰めた異色のキャリアを持つ選手だ。

今回、彼女の軌跡を辿りながら、女子フットサルの現状、そしてその未来について迫る。

ボールを蹴る楽しさを再発見

松本がサッカーと出会ったのは幼少期。男子に混じってボールを追いかける毎日は、彼女にとって純粋な喜びだった。「ただ楽しくて夢中だった」。その思いは高校時代まで変わらず、クラブチームで本格的に競技と向き合うほど熱中していた。

だが、高校最後の試合を終えた時、ふと感じたのは「やりきった」という達成感だった。サッカーに一区切りをつけ、彼女は違う道を選ぶ。料理人である父の影響もあり、調理師免許を取るため専門学校に進学。その後、恵比寿にある一流ホテルの厨房で働き始めた。結婚式やパーティー用の料理を手がけながら、未経験の環境で挑戦する日々。「体力を活かせる仕事だったし、新しいことに取り組むのは楽しかった」と振り返る。

だが、充実した日常の中でも、「もう一度ボールを蹴りたい」という衝動は消えなかった。そしてその思いは、友人に誘われた地域のフットサルチームの練習に参加した瞬間、形を持って彼女の前に現れる。

「遊びのつもりで行ったフットサルの練習が、驚くほど楽しかったんです。サッカーの時とはまた違う感覚があって、久しぶりにボールを蹴る喜びを思い出しました」

その感覚に突き動かされるように、松本はホテルでの仕事を辞め、本格的にフットサルに打ち込むことを決意する。

高校時代はジェフユナイテッド市原・千葉レディースU-18に所属

女子フットサルの厳しい現実

競技復帰後、地元のアマチュアチーム「十条FCレディース」に加入した松本は、再びボールと向き合う生活をスタートさせる。最初は週1回の練習や試合だけだったが、競技志向が次第に強まり、やがて国内トップリーグ所属の「バルドラール浦安ラス・ボニータス」へと移籍。5年目を迎えた今では、日本代表に名を連ねる選手となった。

だが、女子フットサルを取り巻く環境は厳しい。男子フットサルですらプロ化が十分に進んでいない現状の中、女子選手の多くは仕事との両立を余儀なくされている。「活動費はほぼ自己負担。勝利給が導入されたのも最近のことで、遠征費の半分を自己負担する選手も少なくない」。かつて会社員として働きながらフットサルを続けていた彼女も、スケジュール調整の難しさに苦しんでいた。

6月、松本は働き方を見直し、フリーランスとして独立。パーソナルトレーナーやSNS運用の仕事を軸に、競技生活を支えている。「自分でスケジュールをコントロールできる今の働き方は、トレーニングに集中するうえで大きな意味がある」と語る。

しかし、この自由な働き方を選んだ背景には、単なる自身の効率化だけでなく、競技生活のための環境整備への強い思いがある。「プロとしてフットサルに取り組む選手が少ない中で、どうやって続けていけるかを考えるのは本当に大変です。自分一人だけでなく、次の世代のためにも環境を良くしたいという気持ちが強い」と語る松本。その意志は、日々の努力とともに競技への深い愛情から来ている。

ワールドカップという夢の舞台

2025年、女子フットサルにとって歴史的なワールドカップが開催される。これまで最大の舞台だったアジア大会を越え、世界へ挑む初めての機会。

「世界大会がなかったこれまでの状況が変わるのは、本当に大きな出来事」。ただ、その挑戦は並大抵のものではない。代表活動中の有給消化や金銭的負担は依然として避けられない現実だ。「手当はあるけれど、遠征に参加できない選手もいる」。それでも、松本の目には揺るぎない意志が宿る。

「ワールドカップ出場は、自分の競技人生の集大成であり、女子フットサルの未来を切り開くための挑戦でもあります」

それは個人の夢を超えた、女子フットサルの価値を高める使命でもある。松本は、女子フットサルがより広く認知され、世界で戦える競技へと成長することを切望している。

女子フットサルの魅力を伝えるために

フットサルの魅力はそのスピード感にある。松本はその特徴をこう語る。「展開が間延びせず、テンポが速い。セットプレーの多さも面白い要素です」。戦術面でもサッカーと異なる奥深さがある。「『3-1』や『クワトロ』といった独自の戦術を試合ごとに駆使するのも魅力」

引退後は普及活動に力を注ぎたいという。「子どもたちにフットサルの楽しさを伝えたいし、もっと競技環境を整えたい」。地域密着型のリーグ運営もその一環だ。「セントラル開催ではなく、地元のファンと一緒に盛り上げられるリーグが理想」と語る。

「子どもたちにフットサルの魅力をしっかり伝えることが、競技の発展に繋がります。スクールやクリニックを通じて、フットサルの楽しさ、戦術の面白さを教えたい」と話す松本。その熱意は、未来を担う若い選手たちへと引き継がれていくことだろう。

未来を見据えて


女子フットサルは発展途上の競技だが、松本のように情熱を持ち、環境を変えようとする選手がいることで未来への希望は確実に広がっていく。

「次世代にいい形でバトンを渡したい。そして、自分が経験したことを未来に繋げたいです」

彼女の言葉は、女子フットサルの未来を切り開く力そのものだ。松本直美の挑戦は、単なる選手としての成長に留まらず、女子フットサルの次なるステージへと道を拓くためのもの。彼女の背中を見て、多くの選手が目を輝かせ、次々と新たな才能が花開くことだろう。女子フットサルは確実に変革の時を迎えている。

PROFILE

松本 直美(Naomi Matsumoto)
松本 直美(Naomi Matsumoto)
1997年10月22日、東京都出身。バルドラール浦安ラス・ボニータス所属。

著者

横井 良昭(Yoshiaki Yokoi)
横井 良昭(Yoshiaki Yokoi)
高校から渡米し大学までの7年間を海外で過ごす。 米・英Hult International Business School卒業後、帰国しスポーツビジネス専門メディアのスタートアップにてセールス、マーケティング&PR、メディアなど幅広い業務を皮切りに、その後複数のスタートアップに参画。 また、2021年に行われた東京2020オリンピックでは大会前の宮崎での事前キャンプにてリエゾンとしてアメリカサッカー女子代表、ボクシング6ヵ国代表 (アメリカ、アイルランド、ドイツ、オーストラリア、フランス、オランダ)に帯同し現地でチームをサポート。現在は、PR会社に参画しスポーツを活用した企業のブランディング支援やその他スタートアップ支援を行う外資系NPOでのイベント運営や複数のスポーツ関連プロジェクトにも従事。

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