FOOTBALL

『アスリートと共に日本に漂う閉塞感を打破したい』起業家・現役フットボーラー小谷光毅の挑戦

interview |

photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

アスリートが輝き続け、引退のない世界を創る

近年、アスリートの引退後のセカンドキャリアが社会課題の一つになっている。引退後、当該競技の指導者としてではなく、ビジネス界で活躍する元アスリートも生まれてきているが、この課題を根本的に解決する社会的な枠組みは、未だ十分とは言えない。

こうした背景において、従来の取り組みとは一線を画す企業が2023年に誕生した。元Jリーガーの小谷光毅が創業した株式会社「Athdemy」(アスデミー)だ。単刀直入に、Athdemyとはどんな会社なのか、小谷に尋ねてみた。


「アスリートが挑戦し続けられる、輝き続けられる世界を創りたい。(選手である間に)彼らの活躍の思考プロセスを科学して、活躍の確度を高めること、それが結果的に次のキャリアの成功確度も高められる、そこに伴走していくのがAthdemyだと思っています」

つまり、社会課題である“引退後のセカンドキャリア”に焦点を当てるのではなく、アスリートとしてのキャリアの成功確度を高めることで、セカンドキャリアでの成功も可能にするというのが、Athdemyの理想とする世界観だと言えるだろう。

では、そもそもなぜ小谷はAthdemyを起業するに至ったのだろうか。その答えのヒントは、彼が歩んできたキャリアそのものに見出すことができる。

ガンバ大阪のアカデミー出身で、ジュニアユース時代には全国優勝を2度経験し、クラブユース選手権U-15では大会得点王に輝いた(ちなみに同大会の歴代得点王には、齋藤学や宇佐美貴史、南野拓実という錚々たる顔ぶれが並ぶ)。ユース昇格後はU18日本代表候補に選出され、ガンバ大阪のトップチームへの2種登録も果たしており、小谷自身「トップチームに上がれるんじゃないかとも思っていた」と当時を振り返る。

ただ、その頃のガンバ大阪はAFCチャンピオンになったチームであり、小谷と同じポジションには遠藤保仁や二川孝広、橋本英郎、明神智和など、代表クラスの選手がひしめいていた。結果的にトップ昇格は叶わず、明治大学に進学。大学での4年間は怪我にも悩まされ、卒業後は野村證券に入社。そこからビジネスマンとしてキャリアを積み重ね、今回の会社設立に至った…というような経歴でも十分に魅力的に感じるが、彼はそれよりももっと独創的なキャリアを歩んできた。

現在神奈川県1部リーグを舞台に戦う鎌倉インターナショナルFCに在籍する小谷

全ては自分次第、決意と挑戦に至るまで

野村證券に入社後、新人として配属された新潟支店は、月初にはその月の予算を達成しているほど成績が良い支店だった。“証券会社”という言葉から想起されやすい“ブラックな社風”ではなく、むしろホワイトで、新入社員に対する教育も熱心。休日もカフェでコツコツと勉強する先輩の姿に感銘を受けるなど、順調な滑り出しだったという。ただそれとは裏腹に、小谷を再びサッカーへと向き合わせる出来事が立て続けに起きた。

その年の夏、ロンドン出張をした時に先輩から「なんでそんな経歴なのに、いまサッカーしてないの?今じゃなくてもいつでもこれるよ」という言葉をかけられた。その時は明確な答えを返せなかったが、その言葉が小谷の脳裏に強く焼きついたという。

そして帰国後、ある男性が野村證券に転職してきた。経歴や年齢、給与形態などを考えると相当なリスクを取って転職してきた男性の活躍ぶりを見て、小谷は「どこにいるかも大事だけど、結局は自分次第なんだな」という学びを得た。

時を同じくして、リオ五輪が開幕。かつてU-18代表候補の合宿などで共にプレーした選手たちが、オリンピックの舞台で躍動する光景を目の当たりにしたのだ。「ネクタイを締めるのはまだ早いかも」と感じた小谷は、もう一度サッカーをすることを決意した。

退職する際に「プロサッカー選手になります」と宣言した小谷は、最短でJリーグでプレーするにはどうしたらいいかを逆算し始めた。香川真司などの活躍もあり、数多くの日本人選手が進出し始めていたドイツのサッカーに目を付けた。現地での信頼とネットワークの両方が必要だと考え、チーム探しのためのエージェントは日本人ではなくドイツ人を選択した。

退職から1ヶ月後、エージェントからトライアウトの連絡が入り、翌日には日本を発った。1年ほどサッカーから離れていたが、最終的に4部リーグ2チーム、5部リーグ3チームからオファーがあった中で、5部リーグ最下位のチームを選んだ。ドイツに渡った1月はシーズンの後半戦が始まる時期で、上手くいっていないチームが補強するタイミングでもある。4部のチームに入ってもドイツの評価基準やサッカースタイル、言語の壁を考慮すると、仮にすぐに試合に出れたとしてもチームの成績が悪いと外されるのは”助っ人日本人”であるのは明白だと考えたからだ。

結果として、5部リーグ後半戦全試合に出場し、チームを残留させ、翌年に4部のクラブへ移籍することを目標としていた中、見事それを実現させた。そこから更に上を目指していく、という状況の中、またしても怪我が小谷を悩ませた。当時FCアウクスブルクに在籍していた、ガンバ大阪アカデミーの先輩である宇佐美貴史にも、怪我やキャリアについてよく相談していたという。結果的に小谷は日本に戻ることを決め、2018年5月にいわてグルージャ盛岡に加入した。

そこからJ3で計3年間プレーした後、プロサッカーの舞台から退いた。その決断について、小谷は次のように振り返る。


「Jリーグで過ごした3年間の中でキャプテンも経験し、最後の年は34試合すべてに出場し、契約延長の話もありました。プロになってからずっと”自分にとってサッカーとは”を考えていて、『人生の幸福度を高める1つのツール』なんだという答えが出たんです。野村證券で感じたビジネスの面白さも同じです。なので、サッカーとビジネスを両立するスタイルが自分にとっては一番幸せなのではないかと思ったんですよね」

活躍するための思考プロセスは、スポーツとビジネスの両方に共通する

小谷は現在、神奈川県社会人 1 部リーグの鎌倉インテルに所属。いまでも現役としてプレーをしながら、ビジネスでも精力的に活動している。10年前であれば、小谷のように自由自在なキャリアを歩むアスリートは皆無だったかもしれない。SNSの発達により誰もが情報発信者になれる時代になったのも、小谷のような生き方を選ぶ人が増えている一因だろう。ただ小谷の場合はその時の流れにうまく乗っかった、というわけではない。キャリアを通して彼が抱いてきた“ある違和感”が、Athdemyを設立したきっかけの一つだという。


「僕が選手の時にも“アスリートのセカンドキャリア”というのはよく耳にしていました。それがますますトレンドになってきている中で、それらの課題を解決しようというビジネスが続々と立ち上がっています。だた、その多くは『セカンドキャリアのために、いまのうちに何かアクションを起こしましょう、勉強しましょう』というアプローチをしていて…もちろんそれも大事なのですが、アスリートからすると『選手としてのいまの成功やステップアップの方が大事』で、優先度がなかなか上がらないんですよね。

僕は、アスリートでもビジネスパーソンでも“成功や活躍の思考プロセスは同じ”だと思うんです。これは、野村證券からプロサッカー選手に転身し、マネーフォワードなどのスタートアップで様々な人や組織に関わってきたからこそ実感できたのかもしれません。だとすれば、『セカンドキャリアのために何かアクションすることも大事だけど、選手として成功の確度を高めることを追求して、その思考プロセスを会得してしまえば、どこに行っても活躍できる人材になれる』というアプローチをした方がいいんじゃないかと。それが身につけば、場所が変わってもその人らしく挑戦し続けられ、輝き続けられるのではないか、という想いでAthdemyを立ち上げました」


実際に小谷はマネーフォワードに入社して半年後に、セールスの社内ギネスを更新した。いわばAthdemyが掲げるビジョンを、自らの人生で小谷は体現してきたわけだ。だからこそ「“セカンドキャリアのために”というのは、僕は違うと思う」という小谷の言葉には説得力がある。


「マネーフォワードで活躍できたのは、プロサッカー選手になったプロセスや、サッカー選手として試合に出続けていたことと、まったく一緒だと思っています。IT企業なのに、入社した時点ではろくにパソコンも触れず、『電源ボタンってどこですか?』って聞いてましたからね…笑 でも、3週間後にはプロダクトのセミナーに登壇して、3か月後にセールスでトップになって、半年後には社内ギネスを作ることができた。それは、『どうすればサッカーがうまくなれるか』と映像を見て自己分析したり、上手い人のプレーを真似するなど、そのプロセスはまさに同じで、サッカーでやっていたことを転用しただけなんですよね。プロになれた選手とか、ある程度のレベルでやってきた選手であれば当たり前のようにやっていること。だからこそ、成功とか活躍の思考プロセスをしっかりと言語化して、”使えるようにする”ことが大事だと思うんです」

“現役”=その人が挑戦できている状態

現在、Athdemyが展開している主な事業は2つある。一つは、“脳医科学に基づいた脳タイプ診断”と、そこで測定した思考特性や脳の活用度から各選手用にカスタマイズしたプログラム『B-navi』。もう一つは、『現役アスリートが今すぐ使えるマーケティング戦略講座』というものだ。

【B-navi】なぜ日本人は大事な場面でシュートではなくパスを選択してしまうのか?脳から仕組みを解明する
➡︎https://fergus.jp/interview/interview/


「先ほどの話に通じますが、『セカンドキャリアのためにマーケティングを勉強しましょう』と言われても、多くのアスリートは『ハードルが高い』と感じると思うんです。マーケティングという言葉自体を難しく感じる人もいるかもしれません。でもそもそもアスリートは、自分自身が商品じゃないですか。その商品価値がどれくらいあって、どうやってそれを高めて、誰にどう届けるか、そしてなぜ届けるのか、というのがすごく大事で、それこそが結局“マーケティングそのもの”なんですよね。それを選手としての活躍のためにも活用できるようにしたいと株式会社MERCと事業提携をして、この講座を作りました」

この2つだけでなく、アスリートを中心に据えた様々な事業を今後展開していくことも構想していると小谷は語る。これからどんなことを仕掛けていくのだろうか。


「Athdemyのビジョンでもあり、僕のビジョンでもあるんですけど、『アスリートが輝き続け、引退のない世界を創る』とずっと言っていて、これを実現したいんです。僕は、日本は“引退”という概念がすごく強いなと思っていて。たとえば高校や大学でも『卒業後は競技そのものを辞める』とか、プロの選手も『引退して、次はビジネスにコミットします』とか。もちろんそれも素晴らしい決断だと思いますが、実はまだやりたいけど何かしらの理由で辞めてしまったり、諦めてしまっている人の方が多いと思うんですよね。なので、自分で限界を決めるのではなく、選択肢を広げることで、より多くの人が挑戦し続けられ、人生において輝き続けられるような世界を創りたいんです。だって挑戦している姿って上手くいくいかない関係なく、ワクワクするし、かっこいいじゃないですか。

だからこそ自分も“現役”、つまり、挑戦し続けていたいしサッカーとビジネスを両立している今が、1番幸せだと感じられているこの状態をもっと伝えていきたいなって。みんなが能動的にチャレンジしていて、ワクワクしかしない状態になれば、Athdemy という存在は必要なくなるかもしれませんね」

おそらく多くの人が、小谷の伝える内容に納得するだろう。ただ、彼がサッカーとビジネスで残してきた足跡に着目すると、「自分とはスケールが違うな」と感じてしまうケースも少なくないかもしれない。小谷自身、そう捉えられてしまう難しさを感じることもあるという。しかしここで、その部分に対する補足を隣の席の中山が付け加えてくれた。


「小谷が前に言っていましたが、引退がないってことは、生涯現役でいたいということ。じゃあ『現役とは何か』って言われると、サッカーとか仕事とか関係なく、『その人が挑戦できている状態』だと僕たちは定義していて、その状態を”現役”と呼んでいるんです。それがスポーツでもいいし、仕事でもいいし、その両立でもいいんですけど、そうやって挑戦する場が何かしらの要因で奪われたり、社会的な価値観から挑戦できない、というのは嫌だよねと。Athdemyはその土壌を変えていきたい」


小谷は「さすが、いい補足やな~」と言って笑いつつ、なぜ人生に挑戦が必要なのか、という筆者からの更なる問いに答えてくれた。


「シンプルにワクワクするし、楽しいじゃないですか。それが全てだなって。できることだけやる人生って面白くない。このワクワク感とか楽しさみたいなのが死ぬまで続くみたいな状態が作れたらいいなと。なんでもいいと思うんですけど、上手くいくいかない関係なく、なにかやってみることが賞賛されて、それがどんどん大きな輪になっていって、『俺も挑戦してみよう』、『私も挑戦してみよう』というムーブメントの火付け役になれるんじゃないかなと思うんですよね。

日本はこれからもっと少子高齢化が進んでいき、キャリアにおいては新卒一括採用から通年採用やジョブ型雇用になっていくことが予想されます。また、評価制度が変わり、ジョブチェンジする人もより増える可能性もあると思っています。そうなるとより中途採用市場が流動化し未経験の業種への転職もより増える。そこでも変化を恐れずにチャレンジできる状態になっていることが理想だと思うんですよね。

仮にそういう未来が訪れたとき、アスリートとして培ってきた経験や思考プロセスが社会でより注目されると思うんです。そこで成功や活躍の思考プロセスが備わっていれば、アスリートがより輝く世界になるんじゃないかと。そういう意味でも、アスリートと共に日本に漂う閉塞感を打破していきたいと思っています」

PROFILE

小谷 光毅(Hiroki Kotani)
小谷 光毅(Hiroki Kotani)
ガンバ大阪U-15、U-18出身。明治大学卒業後、野村證券にてリテール営業を経験。その後にプロサッカー選手に転身し、ドイツやJリーグで計5年間プレーし、ブラウブリッツ秋田時代にはキャプテンも経験。2021年よりサッカー選手兼ビジネスパーソンとして神奈川県1部の鎌倉インテルでプレーしながらマネーフォワードやFUNDINNOなどのスタートアップを経て2023年6月にAthdemyを創業。

著者

佐藤麻水(Asami Sato)
佐藤麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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