FOOTBALL

なぜ日本人は大事な場面でシュートではなくパスを選択してしまうのか?脳から仕組みを解明する | 株式会社Athdemy中山知之

interview |

photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

思考プロセスを科学し、活躍の確度を高める

『アスリートが輝き続け、引退のない世界を創る』というビジョンを掲げる株式会社Athdemy。そのAthdemyにおいて現在メインとなっているのが、アスリートの”活躍の確度を高める”、”活躍の思考プロセスを科学する”という内容の事業だ。実際にBリーガーの井上諒汰選手も半年前からこれに取り組んでおり、その効果を実感しているという。

井上諒汰選手の記事
➡︎ https://fergus.jp/interview/interview-3308/

ただこの説明と前述の記事だけでは、それが一体どんな内容なのか、細部までイメージすることは難しい。言葉の定義に“いい意味”でこだわる中山知之と小谷光毅(Athdemy代表)は、この事業を“コーチング”という言葉で表現するのはなるべく避けたいと語る。なぜならビジネスの人材育成やスポーツの現場において、コーチングという言葉はあまりにも広く用いられており、彼らが手掛けている事業を正確に言い表せるわけではないからだ。

では具体的にはどのような取り組みを行なっているのか。これまでの実例を交えながらCCOの中山に語ってもらった。


「僕はいわゆる『パフォーマンスを上げる』ということを、セッションを通して行っています。基本的には2つのフェーズがあるんですけど、まず入りの部分で“脳タイプ診断”を対象者にやってもらいます。これは、その人の脳の使い方や、どういう特徴や傾向があるかを分析するツールです。これを最初に受けてもらって、それに対してのフィードバックを行います。どんな特徴があるとか、これを改善したらいいかもね、というのをお話しするのが最初のフェーズです。

そして実際に脳タイプ診断とフィードバックセッションをやった後に、さらにパフォーマンスを上げていきたい、さらに一緒に伴走してほしい、となった時に初めて契約をして、そこから継続してセッションをしていくという形です。大体ミニマムで半年から1年間の契約をして、2週間に1回のセッションを行なっていきます」

株式会社Athdemy CCO 中山知之氏

思考の傾向が分かれば、ハマる方法が見えてくる

B-naviは株式会社actorが提供する脳活用度診断プログラム“ノウセツ”というサービスを応用していて、事業提携という形でAthdemyでも用いられている。80個の質問に直感で回答することで思考のクセを診断し、解決策を導きだすプログラムなのだという。このB-naviによって、どのような診断結果が導き出されるのだろうか。


「大きく分けて2つあって、まず一つ目は“思考の傾向”が分かります。2つ目はメンタル状況が可視化されるというもの。思考の方は、シンプルにいうと脳の特徴が4つの部屋に分かれていて、その人がどこに特徴があるのかが分かります。右脳と左脳、それがさらに3次元と2次元の計4つに分かれます。右脳3次元、右脳2次元、左脳3次元、左脳2次元という形で、それぞれのスコアが出るんです。そのスコアのバランスによって、脳のどの部分をよく使っているかが分かり、その人の思考の傾向が分かる、というものです。

もう一方のメンタルに関しては、いまのモチベーションとかやる気、不安や恐怖がどれだけあるかを測ります。あとはストレスに対してどれくらい耐性があるか、ストレスが生まれた時にどれだけ取り組めているか、というところも数値化されます」


このB-naviの診断結果は、「スコアが合っていないと言う人は、これまでほぼ1人もいないですね。『怖い』って言われるくらい精度は高い」と中山は語る。では診断結果に対するフィードバックはどういったものになるのだろう。


「そこは僕が1番こだわっているところで、このような伴走するスタイルの仕事において最も重要だと考えているのが“アセスメント”と呼ばれるもので、ようするに『目の前のアスリートが何者なのか』というのをどれだけ精度高く捉えられるか、ということ。

たとえば、毎日ノートを書きましょうとか、毎日ポジティブなこと”を”言いましょう、といったようなアプローチがありますよね。当然ながら、その方法が合う人には合うんですけど、合わない人には合わない。僕の見立てでは、合う人って大体10%から20%くらいしかいない。なので、合わない人がその方法を教えられても、『ああ、そういうのあるよね』という反応になったり、ちょっとやってみて『俺は続かないから無理だ』と言って辞めていくことが多い。なので、アセスメントによってどんなやり方をするとその人にハマるのか、というのを考えるんです」


個人的な話で恐縮だが、幼少期にサッカーノートを毎日書けとコーチに言われても、まったく続かなかった経験が筆者にもある。好きな有名選手も取り組んでいるという事例を知り、その効果を頭では理解していても、習慣化できないのだ。

“その人流”を追求していくために必要なこと

「振り返りの仕方1つにしても、たとえば左脳2次元のスコアが高い人は、決まったタスクをやるとか、日々のルーティーンをこなしていくことにストレスを感じません。こういう人は日記が続きやすい。

一方で右脳3次元のスコアが高い人は、感性とか感覚を大事にしているので、この方法を毎日やらせようとしても続かない。こういう選手には、『シャワーを浴びる時に今日の振り返りをしましょうか』などと提案し、本人がやりたいとなった場合に取り組んでもらいます。振り返る内容も軽くていい。『今日よかったこと、もっとできたらよかったこと』くらいの抽象度で、シャワーを浴びている時に3~5分でも考える方が、こういう人には向いていたりするんです」


つまり思考の傾向によって、最適な方法は千差万別であるということ。世の中に溢れる自己啓発やメンタルケアの方法などを闇雲に信じることは全く理に適っておらず、自分に合ったものを見つけ出すことこそが、むしろ重要なのだと気付かされる。


「左脳3次元のスコアが高い人は、“結果に対して行動すべきこと”を考えられます。なので『こういう理由で、日記を書くことが絶対に必要です』ということが明確に分かれば、我慢してやることが基本的にはできる。ただその際も、左脳2次元の数字を見なければ全体像は分からないので、その方法が絶対に合うというわけではありません。

B-naviのミソはそこで、『ここが強いから、この方法だよね』というよりは、それぞれの数字がどれくらいあって、どんなバランスなのかによって、答えが何万通りにもなる。だからこそ精度が高く、“その人流の追求”に繋げられていると考えています」


アスリートに限らず、自己分析は成長していく上で欠かせない作業だ。しかし、自己分析だけで自らの思考の傾向を正しく把握するのは、おそらく非常に難しいはず。中山のような第三者の力を借りることでそれが可能になるのであれば、アスリートからしても願ったり叶ったりだろう。B-naviの中身について、中山は次のように続ける。


「トータルが100というスコアで、4つの脳の部屋があるので、4分割したらそれぞれ25です。その中で“優位”と言えるのが23以上のスコア。優位じゃない方は8というスコアもあれば、19ということもあるんですけど、その2つはだいぶ違います。19という数字は優位ではないけど、その部屋をまあまあ使えていると言える。一方の8は、ほとんど使えてない。なので、この数字の幅によっても、どうアプローチするかは変えなきゃいけない。

なぜこれが1番重要なのかいうと、ミスマッチングを回避できるから。できるだけフラットに接して、たとえば『あ、この人は草タイプの人かな』とこちらが勝手に思っていて、草タイプに合うと思って2か月ぐらい伴走していたら、実は炎タイプだったというのが後で分かると、この2か月間って非常にもったいないですよね。入りの段階で『このタイプだよね』というのを“お互いが理解した上で一緒に走っていく”ことで、より効果を生み出せるので、最初にB-naviをやってもらっています」

『次はパスを出さなきゃ』と考えてしまうFWは、どうすればいい?

ここまでは1つ目のフェーズであるB-naviとアセスメントについて触れてきた。では2つ目のフェーズはどのような取り組みになるのだろうか。これまでに中山が伴走してきた中で、フィードバックとその後の取り組みがうまくハマった事例について語ってくれた。


「おそらく日本人で1番多いタイプだと思うので、あえてこの事例を出したいんですけど、右脳2次元のスコアが高い人は、他人の気持ちの変化によく気がついたり、周りへの支援やサポートができるという特徴があります。これはポジティブに働くと、他人の期待を想像しながら判断して行動ができたり、周囲の人を助けるための行動が取れたりします。ネガティブに働くと、人の目を気にしてしまい、衝突を避けるために“自分のやりたいこと”や“何をすべきか”をおろそかにするなど、自分よりも他者のことを優先してしまいます。

これをアスリートに置き換えると何が起きるか。あるFWの選手の例なんですが、『このプレーをした方がいい』とか、『自分がいまどんな状況か』ということよりも、いま自分がチームメイトからどう思われているとか、ファンからどう思われているとか、監督からどう評価されているかを日々気にしていて、プレイ中にも気にしてしまうんです。これは全くいらない思考です。サッカーの試合は90分ですけど、90分の“間”に自分を評価する時間は不要です。パスミスして、『うわ、オレ今日ダメだな』となるのは、何の意味もない。なぜなら、その瞬間に反省したところで何も改善できないし、そこで出るアイデアは相当レベルが低いから。

こういう右脳2次元が高いFWの選手は『シュートを打って外したから、次はパスを出さなきゃ』というふうに考えてしまいがちなんです。でも仮に『年間で2桁ゴールを取らなきゃいけない』という目標があったとしたら、直前のプレーでシュートを外していたとしても、パスを出さなきゃいけないことはないですよね。でも気にしちゃっているからこそ、『出した方がいい』という思考になってしまう。ようするに、人から嫌われたくないとか、評価を気にしちゃって、その選択をしている。つまり自分の目的とかゴールに対して沿わない行動を“自ら”してしまっているんです」


では右脳2次元が高い選手には、どのような取り組みが向いているのだろうか。


「例えばですが、こういう人は“考える軸”を持つことが有効な手段の1つです。自分は何のためにやっているのか、自分はどこに向かっているのか、そして自分は現状どうなっているのか、というのを自分で理解することが必要です。試合前や練習前にも、これら全てを僕と一緒に整理していきます。

あとこういう右脳2次元のスコアが高い人は、調子がいい時はさらに乗るんです。『みんなが自分のことをいいと思ってる』というふうに。でもちょっと調子が悪いと、『大丈夫かな』と不安になる。なので、攻撃面ではこういうプレーをして、守備面ではこういうプレーをするというふうに、できるだけ細かく“具体的に何をするか”を書いてもらいます。また試合前には『明日の試合、確かにめちゃくちゃ大事ですよね。ただ、3年後にあなたが目標に到達するという未来を考えたら、この試合すらプロセスに過ぎない。つまり、試合も練習なんです』ということをよく伝えますね」


“試合だと思って練習に取り組め”という教訓はよく耳にするが、「試合も練習だと考える」というのは斬新に聞こえるし、たしかに効果的そうだ。ただしこの思考法も、誰にでも効果的なわけではない、ということなのだろう。右脳2次元のスコアが高い選手に対して行う練習前のセッションについて、中山が説明を続ける。


「こういう選手には、練習の準備では“やるべきこと”と“トライしたいこと”を絶対に書いてもらいます。僕とのセッションを開始する前は、自分の感覚で何気なく『今日はこういうプレイをしよう』と思ってプレーして、ミスをした時に『あ、今日ダメだ。調子悪い。やばい』という方向に思考が持っていかれてしまっていました。

でも準備の段階ですべて書き出しておけば、すべて意図してトライしているので、うまくいかなくても『じゃあ次はどうしよう』という仮説と検証がそこで生まれるんです。なので、プレイ中に自分に対する評価がまったくない。意図してミスしているので、そのミスから学べばいいわけです。

『自分への評価は、全部終わった後にすればいい』と理解すると、それだけでめちゃくちゃプレーが変わります。こういう選手はセッションを1、2回やっただけで本当に変わって、大体3回目くらいから『サッカーがちょっと楽しくなりました』って言うんです。なぜなら、余計なことを考えずに自分のやるべきこと、やりたいプレーにトライして、うまくいったらうまくいったところから学んで、失敗したら失敗したところから学んで、『じゃあ次は何をしよう』となるから。『あ、明日の練習でちょっとコレをやってみたいです』という感じで、ワクワクして早く練習行きたくなるんです。こういう事例は日本人に多いと思います」

まずはこの仕事で世界一を目指してみたい

中山が実際に経験してきた事例を元に、Athdemyで行なっているアスリートへの伴走について詳細に語ってもらった。思考の傾向とそれに応じたフィードバック、その先の取り組みについて、ここまで高い解像度で話を聞けるのは、アスリートの現場以外ではほとんどないのではないだろうか。


さらに言えば、今回紹介してくれたケースもほんの一例でしかなく、本来のセッションにおいてはもっと奥深くさらに高精度で、かつ多角的に、アスリートが成功するために伴走していくのだろう。それが可能なのは、中山のこれまでのサッカー人生とビジネスマン人生において、数え切れないほどの自己分析を繰り返しながら、成功と挫折を積み重ね、一歩ずつ壁を乗り越えてきたからこそだと、今回のインタビューから感じさせられた。文字数の関係で割愛しているが、小谷と同じようにユニークな経歴を持つ中山の半生について、いつか書くことがあればぜひ紹介したい。


最後に、今後挑戦していきたいことについて訊いてみた。


「色々ありますが、僕個人の1つのゴールは「サッカー日本代表がW杯で優勝する」というもの。そこに対して、選手個人となのか、チームとして関わるのかはその時次第ですが、自分が何かしらの形で大きく貢献し結果を出すこと。また、選手時代に僕が望んでいたのは、いままさに日本代表の遠藤航選手がいるプレミアリーグでプレーすることでした。そこが世界一の舞台だと考えていたから。そして、僕がサッカーをやめた最も大きい理由は、サッカー選手にはなれても、”選手としてはその舞台に行けない”と思ったからなんです。なので、まずはこの仕事で世界一の舞台を目指しています。

もう一つは、広義でのアスリートのキャリア支援事業。僕は、『5年後にどうなりたいか』ということよりも、『5年後に何ができていないと自分は辛いか?』という考え方をよくします。少なからず20年サッカーをやって、サッカーに限らずアスリートの仲間は多い。このまま5、6年経っていくと、間違いなく先輩や同期、そして後輩たちも引退していきます。その時、僕のキャラクター上おそらく相談が来るわけです。彼らには子供がいたり、家庭を持っていたりする。その時に、僕が何かしらの理由で彼らを助けられないってなったら、多分僕は自分を嫌いになります。でも、彼らが引退する未来は絶対に来る。その時に仕事を紹介するのか、一緒に仕事をするのか、何かしらの支援なのかはこれから次第ですが、彼らが困った時に『大丈夫だよ』と言える状態は作りたい。なので、アスリートとしての人生が終わった後の支援というのも今後やっていきたいです。

最後に、僕自身が育成時代に苦しんだ経験があるので、育成年代の選手のメンタリティーや思考のところをサポートしたいっていうのも根っこの部分にはあります。まあシンプルに言うと、自分にできることは全部やります」

PROFILE

中山 知之(Tomoyuki Nakayama)
中山 知之(Tomoyuki Nakayama)
3歳でサッカーを始め、12歳で親元を離れJFAアカデミー福島に入校。世代別日本代表に選出される。大学卒業後、国内のオファーを断り渡米してプレー。その後、オーストラリアで教育コンサルタントとしてキャリアを築き、GA technologiesで不動産セールスを経験。最年少チーフに就任。東南アジアで人材紹介業を経て、ポジウィル株式会社にてコーチおよびコーチのメンターとしての実績を積む。現在は経営者やビジネスパーソン、アスリートへのコーチング事業に従事し、AthdemyのCCOに就任。

著者

佐藤 麻水(Asami Sato)
佐藤 麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

Feature
特集

Pick Up
注目の話題・情報