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大手広告代理店で働く元Jリーガー近藤貫太が、かつての“戦友”小谷光毅の企業ステートメントを書いたワケ…「アスリートとしての経験を発信していきたい」

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

大手広告代理店で活躍する元Jリーガー

Jリーガーとして2年間プレーした後、休学していた慶應義塾大学に復学し、大手広告代理店に就職。現在はコピーライターの仕事を中心に、ランディングページやWeb動画の作成など、クリエイティブ関連で活躍中。

これは2014-15、2015-16シーズンの2年間、愛媛FCでプレーした近藤貫太の経歴だ。“愛媛FCユースの最高傑作”とも評された彼が、なぜ2年でサッカー界から退くことを決めたのか、訊いてみた。


「当時は新卒扱いでなければ大企業には入りにくくなる風潮で、舵を切り直すならこのタイミングしかないと、決断せざるを得ませんでした。もちろんサッカーを続けたい気持ちもありましたが、大学を休学してプレーしていたので、ずっと休学はできないなと。サッカーを辞めるか、サッカーを続けるかの2択しか、当時の僕にはありませんでした。今だと、たとえばサッカーをやりながら、自分が持っている他のプラットフォームを収益化していくという選択肢もあると思いますが、当時はそういう概念はなかったですね」


当時の選択について、近藤はそのように振り返る。すると、近藤の隣に座る小谷光毅がこの話題についての自身の経験を口にした。


「僕が在学していた明治大学の体育会サッカー部も、ほとんどの学生が『J1か大手企業』という価値観でした。当時は僕もそうでしたし、貫太(近藤)もそういう流れの中でその決断をしたのかな、と思っていましたね」


小谷光毅も近藤と同じように、かつてJリーグの舞台を経験し、現在は社会人サッカーを続けながらビジネスパーソンとしても活躍する人物だ。小谷が昨年創業した株式会社Athdemyのステートメントは、近藤とのコラボレーションによって誕生したという。

15年来の戦友がタッグを組んだステートメント

「小谷がいろいろと積極的に動いていることを、Instagramを通じて知っていて。『久しぶりに会おうよ』とご飯に行って、『何か一緒にやりたいね』と意気投合したんです。そこから、『俺でよければコピー書こうか?』という形で、このステートメントを作り始めました。

いわば僕も小谷と同じような境遇なんです。元々プロサッカー選手をやっていた期間があった上で、社会に出ている。かつての僕と同じような境遇にいる人や、そうではない人も含めて、いろんな人の選択肢が少しでも広がるといいなという想いがあるので、こういう経歴や経験をどんどん発信していきたいと思っていて。このステートメントも今回のインタビューも、そういう情報発信の1つの形として取り組ませていただいています」


前述したように近藤は愛媛FCのユース出身で、一方の小谷はガンバ大阪ユース出身だ。同学年である二人の出会いは、今から15年以上前のことになる。


「当時ユースと言えば西のガンバ、東のヴェルディという感じでした。ガンバには一つ上の世代に宇佐美貴史選手がいて、サインもらおうかなって思ったくらい凄かったですね」


冗談めかして当時を振り返る近藤も、リオ五輪世代のU-18日本代表に選出経験を持つ選手だった。そして小谷もU-18日本代表候補に選ばれた経験を持っている。明確な出会いのタイミングは二人とも覚えていないものの、代表活動やユースの試合などで、お互いの存在を認識し合っていたという。

高校卒業後の進路がJリーグではなく関東の大学だったという点でも、二人は共通している。そこからJリーガーになり、プロサッカー界から退いた経緯はそれぞれ異なるが、紆余曲折を経て、15年来の戦友がビジネスパーソンとして今回タッグを組んだ。近藤にステートメント作成を依頼した理由を、小谷は以下のように説明する。


「日本では活躍よりも苦労の方に注目が集まったり、メディアに取り上げられやすい傾向があると個人的には感じていて…だからこそ僕は、活躍している人たちと一緒に社会を盛り上げていきたいと思っているんです。それこそ僕と貫太の93年生まれの世代は、元プロ選手でいまはビジネスで活躍している人が実は多いんです。そういう人たちと一緒に仕事をしていきたいという想いもあって、貫太に依頼しました」

小谷の想いを聞き、近藤が次のように反応する。


「コピーライターは僕以外にも沢山いますけど、このステートメントは、アスリートとしての経験がある人間がアスリートの目線に立って書くのがベストだと感じました。たとえば、僕以外のコピーライターに依頼したとしたら、表現としてはその人の方が素晴らしいものが書けるかもしれないですが、より小谷の想いに寄り添ったステートメントにするために、アスリートとしての経験があって、なおかつ昔から小谷のことを知っている僕にぜひ書かせて欲しいなと」


このステートメントだけでなく、自らが歩んできたキャリアや経験を積極的に発信していきたい理由を、近藤はこう話す。


「アスリートとしての経験を次の人生に活かしていきたい、という姿勢が小谷と似ていると感じますね。こういう経験を発信していきたいというのも、“道しるべになりたい”ということではなくて、誰かにとって有益な情報だったり、いろんな選択肢が増えた方がいいと思うからなんです。

たとえば、この記事を読んで『近藤は慶應大学、小谷は明治大学を出ているから、ビジネスでも活躍できるんでしょ』という意見を持つ人も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、慶應大学や明治大学に通っている学生さんも実際にいるわけなので、その人たちにとっては有益な情報だった、という側面があってもいいと思います。

でも僕としては、そのような限定的な対象に届けたいと思ってこのステートメントを作ったり、インタビューを受けて発信しているわけではなくて…経歴は問わず、必要とする人にとってのフックになったり、少しでも役に立つことができればいいな、と思っているんです。

仕事をする上で出身大学や経歴はまったく関係ないということは、自分自身が経験してきましたし、社会に出れば誰もが痛感すると思います。そういうことも含めてもっと知ってもらいたいという想いが根本にあるので、これからもっと発信していきたいと思っています」


近藤の発言に呼応するように、小谷が熱を込めて次のように語る。


「社会に出たら出身大学は関係ないという話は、成功する上でバックグラウンドは関係ない、ということと同じだと感じていて。肩書きよりも、何をやってきたのか、何ができるのかが重要ですし、アスリートという文脈で言うと、成功や活躍に対する思考プロセスや、それを”使える状態”になっていることこそが大切だと思うんです。だからこそAthdemyはそこにアプローチしたいし、発信していきたいと思っています」

「現役か引退か」を経験した近藤が、ステートメントに込めた想い

「引退って言葉が、キラいだ。」という言葉から、このステートメントは始まる。このキャッチコピーについて、近藤は次のように話す。


「一番こだわったのがこのキャッチコピーです。なぜかと言うと、おそらくこれを見たほとんどの人は、キャッチコピー以外の一言一句までは読まないからです。僕たちは作る過程で何回も繰り返し読みますけど、電車の広告などと同じように、大抵はキャッチコピーの部分だけ読まれることが多いですよね。だからこそ、Athdemyのサービスを求めているような境遇の人にどうすれば寄り添えるか、ということを意識した上で、このキャッチコピーに1番時間をかけてこだわりました。

コピーライターの仕事では、自分が思っていることを書くというよりは、そのサービスが伝わることが大前提として必要とされますが、たとえば介護用オムツのコピーを書く時に、実際に自分が使っているわけではないので、そのコピーに触れる人がどういう想いを持っているのか、実体験としてはなかなか分かりづらい部分があります。

もちろん今回のコピーも、あくまでも小谷の会社のステートメントなので、まずはAthdemyの世界観やサービスが伝わることが大前提です。その上で、どういう想いを持った人がこの言葉に触れるかな、と考えた時に、そのターゲットになる人たちがかつての自分と似ている人たちなので、非常に書きやすかったですね」

高校3年生や大学4年生など、競技生活を引退するかどうかの決断を迫られる年代のアスリートに、このステートメントが届いて欲しいのか、近藤に訊いてみた。


「このステートメントは全ての年齢層の人がターゲットで、サッカーをやっている人だけでもなく、アスリート全般に対してですね。引退という概念自体を無くすということや、自分で限界を決めるのではなく、選択肢を広げることでより多くの人が挑戦し続けられ、人生において輝き続けられるような世界を創りたい、というのが小谷の理念だと思いますが、『引退はない』というキャッチコピーにしてしまうと、『いや、引退はあるよね』という話になるので、そういう概念をあまり前面に推し出さないようにと考えた結果、“キラい”という表現が強くて、かつ温度感としても合っているのかな、という想いで選びました」


近藤の意図に対して、小谷なりの視点と想いを次のように付け加える。


「アスリートにはプロもいればアマチュアもいますし、学生もいます。そういう広い意味で考えれば、『引退はない』とも言えますよね。ただ、Athdemyは”現役”という言葉を”その人が挑戦できている状態”と定義しているので、スポーツでも、仕事でも、その両立でもいいんです。だからこそ、あまりカテゴライズはせずに、広い括りでのアスリートに届けたいなと思っています」

このステートメントには、小谷が所属する神奈川県社会人1部リーグの鎌倉インターナショナルFC(以下、鎌倉インテル)の写真が使われている。この写真を背景に選んだ理由について、小谷は次のように説明する。


「Athdemyが伝えていきたい世界観、『こういう生き方もあるんだよ』というのが一番伝わるのが、鎌倉インテルのこの写真でした。いろんな写真を試してみましたけど、誰もいないスタジアムの写真とか、東京タワーの夕焼けの写真とか、何にでも当てはまるような“雰囲気のいい写真”は、どこかしっくり来なかったんです。

鎌倉インテルには、元プロの選手もいれば、そうではない大卒や高卒の選手もいますけど、みんな仕事をしながら本気でサッカーをしています。その姿を見ると、『それぞれが自分らしく輝いている姿が、ここにはあるな』と感じるんです。もちろん僕自身が鎌倉インテルに所属しているので先入観はゼロではないと思いますが、客観的に見ても、Athdemyのビジョンを実際に体現している選手が鎌倉インテルには沢山います。そういう観点も含めて、この写真を最終的に選びましたね」

アスリートは日本社会の風潮や閉塞感を変えられる力を秘めている

15歳頃からのサッカー仲間が、今ではビジネスの世界で切磋琢磨し、一つの作品を作るために力を合わせる。15年前の近藤貫太と小谷光毅は、こんな未来が訪れるとはおそらく想像していなかっただろう。それぞれがそれぞれの道でベストを尽くした結果、時を経て二人の道がまた交わったのは、人生の不思議さを感じさせてくれる。この先の未来で、二人でどんなことに挑戦していきたいのか、最後に訊いてみた。


「何でもできると思います。それは、お互いのモチベーションや創りたい未来のイメージが似ているから。2人でそれぞれのスキルや経験を活かしながら、これからも世の中が少しでも良くなるためのアクションを続けていければ、嬉しいです」


近藤の言葉を聞いた後、小谷は次のように言葉を紡ぐ。


「会社が大きくなったり、売上が上がっていくことも大事ですけど、1人でも多くの人の価値観や考え方により多様性が生まれることが大事だと思っていて。それを実現するためには、このような発信をし続けることや、サービスを通じて”挑戦している”、”輝いている”人が増えていって、『俺も、私も挑戦してみよう』というムーブメントを起こしていくというところが非常に大切だと思います。

その上で、より多くの人に届く、影響力のあるものをクリエイトするキーパーソンの1人が貫太だと僕は思っています。僕たちのように元プロ選手で、今はビジネスパーソンとして活躍している同世代の人たちで、今後も何かしら面白いことを一緒に仕掛けていきたいですね」

PROFILE

近藤 貫太(Kanta Kondo)
近藤 貫太(Kanta Kondo)
愛媛県今治市出身。元J2愛媛FC所属。慶應義塾大学卒。現在は大手広告代理店にて、クリエイティブプランナー、コピーライターとして活躍中。

PROFILE

小谷 光毅(Hiroki Kotani)
小谷 光毅(Hiroki Kotani)
ガンバ大阪のアカデミー出身。明治大学卒業後、野村證券にてリテール営業を経験。その後にプロサッカー選手に転身し、ドイツやJリーグで計5年間プレーし、キャプテンも経験。2021年よりサッカー選手兼ビジネスパーソンとして神奈川県1部の鎌倉インテルでプレーしながらマネーフォワードやFUNDINNOなどのスタートアップを経て2023年6月にAthdemyを創業。

PROFILE

佐藤 麻水(Asami Sato)
佐藤 麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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