BASKETBALL

激しい波を起こすために。前田顕蔵と台湾女子バスケの新たな挑戦

interview |

photo by 彭善豪 / text by Miho Awokie

Bリーグ秋田ノーザンハピネッツで6シーズンに渡ってヘッドコーチを務めた前田顕蔵は、今年3月より女子チャイニーズ・タイペイ代表のヘッドコーチに就任した。海外チームでのコーチングも女子チームの指導も初めて。突飛にも見える選択をした理由と、台湾で成し遂げようとしていることについて聞いた。

「台湾が一番想像がつかなかったから」

チャイニーズ・タイペイ女子バスケットボール代表チームのヘッドコーチに就任した理由を、前田顕蔵はそう言った。

2008年にプロコーチとしてのキャリアをスタートさせ、東京五輪では男子日本代表チームのアシスタントコーチに抜擢され、昨年5月までは秋田ノーザンハピネッツでヘッドコーチを務めた。Bリーグの複数のクラブからオファーを受けていたにもかかわらず台湾を選んだ理由は、先の言葉が示すように好奇心によるところが大きい。

もう一つ、理由がある。

前田は2022年9月に妻を亡くして以来、4人の男の子を育てながら仕事をしている。帰宅が遅い時や遠征の時などには第三者のサポートを受けているが、彼らが家で活動する時間のほぼすべて──朝ごはんとお弁当の準備から始まり、掃除・洗濯、帰宅後の団らん、お風呂、就寝に至るまでの時間を共に過ごすことを自らのルールとしている。

三男と四男は未就学児で、まだ手がかかる。今まで以上にスケジュールが過密かつ変則的になるBリーグで仕事をしながら、彼らと向き合うことが難しいことは明らかだった。一方でチャイニーズ・タイペイ代表は合宿期間や大会期間を除けば拘束時間が少なく、息子たちと過ごす時間を十分に取ることができる。

台湾バスケットボール協会は事情を理解した上で前田を求め、必要なことは最大限サポートすると言ってくれた。現地を訪れ、本当に5人で生活できるかを確かめ、長男の「行くなら台湾でしょ」という言葉に背中を押されて移住を決めた。

生活を始めてみると、実際に想像できない様々な出来事が襲ってきた。

「何するにしてもわからないんですよ。言葉がそもそもわからないですし、どこに何があるかもわからないですし、『日本だと絶対そんなことないじゃん』ってことがたくさんある。何をするにしてもひと手間かかるというか、居心地がよくないんです」

突然のスコールで洗濯物が全滅し、巨大なゴキブリに寝入りばなを襲われる。移住に関する書類とにらめっこしている視線をふと外せば、荷解きもままならない散らかり放題の部屋。「どうすんねん、これ」と深くため息をつく。

「いろんな人に会って、疲れ果てて帰ってくる。子どもたちも知らない土地でくらっている。ご飯がない。食材もない。四男がアレルギーを持ってるので気軽に外食にも行けない。『これからスーパーに行くの? で、作るの?』って思いながらベンチに座ったらつーっと涙が出てきて、空を見て泣いたこともあります(笑)」

ただ、前田はこういった苦労をすすんで受け入れることを望んでもいた。

2022年9月、今まで当たり前に横にいた妻がいなくなった。いつもどおりの生活をしていると、いつもどおりがないことに気づいてしまう。「惰性でやると生きるのがしんどかった」と振り返る毎日だったが、妻に任せきりで未知の領域だった家事に取り組んでいるときは、不思議と悲しみの波にさらわれずにすんだ。

料理。掃除洗濯。夜中のおむつ替え。夜泣きの対応。

「妻を亡くして、知らないことをやるとすごく集中するというか、エネルギーを使うというか、ちょっとしたリフレッシュになると気づいて以来、『知らないことをどんどんやってみよう』と考えることが自然になっていった感じです。服屋さんで今まで着たことがないような服を選んでもらったり、ドラムをやってみたり、知らない店に入ったりすることもよくやりましたね」

そういった思考が習慣化した結果、前田は今、女子選手たちにバスケットボールを教えながら、息子たちと台湾で暮らしている。居心地の悪さも理解しがたいこともひっくるめて、その生活をめいっぱい楽しんでいる。

前田という”新しい血”を求めたことからも分かるように、チャイニーズ・タイペイ代表は現在、過渡期にある。昨年行われた『FIBAアジアカップ ディビジョンB 』で優勝を果たし、2年ぶりにディビジョンAに復帰。これを足がかりに「アジアで勝つ」というスタンダードを作ることが前田のミッションだ。

台湾の女子選手たちは総じて勝ち気で、オフェンスの意欲が高い。ただ、地道にディフェンスを頑張り続けることが苦手で、うまく行かないと心が折れてしまう傾向も強いと前田は言う。ミッションを果たすためには必ず乗り越えなければいけない壁ではあるが、急に現れた外国人コーチに頭ごなしに「変われ」と言われ、気持ちよく行動できる選手はそう多くない。前田はそう考え、彼女たちと信頼関係を築くところから仕事を始めた。

「合宿が始まる前、選手たちと面談をした時からずっと伝えているのは『日本のスタイルにしたいわけでなく、台湾のスタイルを作りに来た』ということ。もちろん僕が持っているものを入れてはいくんですけど、選手とスタッフの意見を聞きながら、どこがうまくマッチしているのかを毎日探っているような感じです」

ハンズアップし続ける。走ることをやめない。まずは日本のトップレベルでは当たり前のベースを構築するところからのスタートだが、前田は彼女たちが少しずつ成長し、チームになっていく様子を見守ることがとても楽しいと微笑んだ。

台湾においてバスケットボールは国民的スポーツだ。高校生年代の全国大会は日本のウインターカップ以上の注目度を誇り、男子プロリーグも同様に人気が高い。しかし女子バスケは高校をピークに世間の関心が下がり、トップリーグであるWSBLもファイナルを除けば観戦者数は多くないと前田は言う。

「僕は日本のバスケ界がお客さんが入らなかった頃を経験し、Bリーグが誕生してからどんどん人が入っていく高揚感を知っているので、彼女たちにも同じ喜びを経験してほしいと思っていますし、もっといろんな人に頑張りを知ってもらいたい。そこを諦めてほしくないというか」

6月にはこんなことがあった。前田はユース年代のエリートキャンプにコーチとして参加し、女子高校生たちに「トップ選手としてプレーしたい人、手を挙げて?」と問うた。しかし、手は挙がらなかった。

「恥ずかしかったからかもしれないですが、WSBLが自信を持って手を挙げてもらえるような環境になってほしいし、そこで活躍して代表になりたいと思える場所であることってすごく大切だと思ったので、『俺も代表で頑張るからみんなもバスケット楽しんで。またトップでできたら最高だね』というふうに話しました。下の年代の子たちが希望を持てるような場所にしたい。それが僕の今の思いですね」

代表がアジアで強さを示していくこと。

その強さを国内リーグと未来に繋げていくこと。

2つの思いを込めて、前田は「The Wave 狂潮」というチームアイデンティティを策定した。

「激しい波を起こしたいという思いで、通訳の子と相談しながら決めました。最初は『花』みたいな感じにしようかとも思ったんですけど、いやいや、ここの選手たちはかっこいい子が多いから花っぽくないなと(笑)」

初陣であり国内初お披露目となった8月の『ウィリアム・ジョーンズカップ』は、予選リーグを首位で突破し準優勝という結果が終わった。決勝の日本戦のスコアは66-75。若手主体とは言え、国内トップレベルの実力者たちが揃う日本とこれだけのスコアで戦えたことは、チームにとって大きな収穫だ。

小さなさざなみが立った。あとはこれを少しずつ大きくしていけばいい。前田とチャイニーズ・タイペイ代表の挑戦が始まった。

◎標題
為了掀起猛烈的浪潮。前田顯藏與台灣女籃的嶄新挑戰

◎前言
曾在B聯賽 秋田Northern Happinets 擔任六個賽季總教練的前田顯藏,今年3月起就任中華女籃代表隊總教練一職。無論是在海外球隊執教的經驗,還是執教女子球隊,對前田而言,都是第一次。前田和我們聊到做出這項決定的理由,以及他想在台灣達成的目標。

◎正文

「因為台灣是我最無法想像的地方。」

提到自己接任中華女籃總教練的理由時,前田顯藏這麼說。

前田從2008年開始職業教練生涯,在東京奧運時被拔擢為日本男子代表隊助理教練,直到去年5月為止,前田都在秋田Northern Happinets擔任總教練。儘管收到了B聯賽多支球隊的邀約,他最終選擇了台灣,如同前面那句話所顯示的,很大程度上是出於好奇心。

還有另一個理由。

自2022年9月喪妻以來,前田一直獨自扶養四個兒子,一邊工作一邊育兒。雖然在晚歸或出差時會請人協助照顧,但他給自己定下了規則:孩子們在家活動的所有時間——從準備早餐、便當開始,到打掃、洗衣、下班後的相處、洗澡、就寢——自己都要盡量陪伴在孩子身邊。

三兒子和四兒子都還未上小學,還在需要花心思照顧的年齡。前田很清楚,若繼續留在行程更加緊湊且不規律的B聯賽工作,將很難兼顧與孩子們相處的時間。相對地,中華女籃除了集訓期和比賽期之外,被綁住的時間相對較少,他比較有時間陪伴孩子。

中華民國籃球協會在理解他的處境後,仍力邀前田加入,並承諾會盡最大可能提供支援。之後前田前往台灣,確認一家人真的能在當地生活,加上與大兒子聊到接下來的打算時,大兒子説了一句話:

「要去的話,就選台灣吧。」

這句話推了前田一把,下定決心來到台灣。

真正開始生活後,各種超乎想像的事接踵而來。

「不管做什麼,都搞不清楚狀況。語言本來就不通,也不知道東西在哪裡買,很多都是『這在日本絕對不會發生的事』。不管做哪件事,都必須多花一道功夫,剛開始總覺得不太自在。」

像是一場突如其來的暴雨把曬出去的衣服全部淋濕,或是睡到一半被巨大的蟑螂襲擊。還有,盯著移居相關文件看到出神,一回頭才發現,身後是行李還沒拆、亂七八糟的房間。

「(當時腦子裡只有)這到底該怎麼辦啊。」

講到那段日子時,前田深深嘆了一口氣。

「見了很多人,疲憊不堪地回到家。孩子們在陌生的土地上也很辛苦。因為四兒子有過敏,沒辦法輕易外食,想要吃飯時,食材也是一道難題。某次當我坐在長椅上想著『現在要去超市嗎?然後還要煮飯?』的時候,眼淚就不由自主地流了下來,抬頭望著天空哭了出來(笑)。」

不過,前田其實也某種程度上樂於主動承受這些辛苦。

2022年9月,一直以來理所當然陪在身邊的妻子離開了。

照著平常的生活過日子時,卻猛然發現所謂的「平常」已不復存在。

他回想那段日子說:

「如果只是隨波逐流地生活,會覺得活著很痛苦。」

但當他投入過去完全交給妻子、對他而言全然陌生的家務時,不可思議事情發生了。前田發現,自己不會被悲傷的浪潮淹沒。

做飯、打掃洗衣、半夜換尿布、夜晚安撫正在哭泣的孩子。

「喪妻之後,我發現去做不熟悉的事情,會讓自己非常專注。這些事很耗費精力,但同時也成為一種轉換心情的方式。從那之後,『不斷嘗試過往不熟悉的事物』這件事,就自然而然變成了我的思考習慣。像是請服飾店店員幫我挑從沒穿過的衣服、嘗試打爵士鼓、走進沒去過的店家,我很常做這些事。」

這樣的思維方式逐漸成為習慣後,如今前田一邊在台灣教導女子選手們打籃球,一邊與兒子們一起生活。連同種種不自在與難以理解的部分一起,前田顯藏正盡情地享受這樣的生活。

正如尋求前田這股「新血」所顯示的,中華女籃目前正處於過渡期。2025年球隊在「FIBA亞洲盃 B級」賽事中奪冠,時隔兩年重返A級。

以此為跳板,讓中華女籃蛻變成「能在亞洲賽場贏球的球隊」,正是前田的使命。

前田表示,整體而言,台灣的女子選手好勝心強,進攻意願也高,但在維持穩定的防守強度上,還有可以變強的空間。另外,有時會因為某些時刻的不順利,心理上會跟著變得不穩。

為了達成「成爲可以贏球的球隊」這個使命,上述這些事情是中華女籃勢必得跨越的障礙,但若因突然出現的外國教練,劈頭就要求選手「改變」,要選手們馬上心甘情願起身行動,並不是件容易的事。

因此前田決定,先從與她們建立信任關係開始著手。

「從集訓前與選手們面談開始,我就一直傳達一個理念:『我不是要把中華女籃變成一支日本球隊,我是為了打造台灣風格而來的』。當然,我會把自己擁有的東西帶進球隊,但也會一邊聆聽選手和教練團的意見,一邊摸索這些特色與元素,怎樣才能恰到好處地融合在一起。」

持續舉手防守、不停止奔跑。雖然目前只是從那些視為理所當然的基本功開始,但前田微笑著說,看著她們一點一滴成長、逐漸凝聚成一支球隊的過程,讓他感到非常愉快。

前田提到,籃球在台灣算是全民運動。高中世代的全國大賽HBL,其關注度甚至超越日本的冬季盃,近年男子職業聯賽同樣也有很高的人氣。與這些相比,女子籃球的關注度在高中階段達到頂峰後便逐漸下滑,即便是頂級聯賽WSBL,除了總冠軍賽之外,入場的觀眾人數並不算多。

「我親身經歷過日本籃壇沒有觀眾進場的時代,也知道B聯賽誕生後觀眾人數不斷增加時那種振奮人心的感覺,所以我希望她們也能體會到同樣的喜悅,也希望有更多人能看見她們的努力。我不希望她們就此放棄。」

今年6月,前田以教練身分參加了青年菁英訓練營。他曾向在場的女高中生選手提問:

「這邊有想成為頂尖選手、活躍在場上的人嗎?有的話請舉手。」

沒有人舉手。

「或許是因為害羞,但我還是希望WSBL能成為一個讓大家有自信舉手的環境,讓大家可以覺得,想在WSBL的舞臺上發光發熱、進而想成為代表隊的一員。我認為這件事非常重要,所以我對她們說:

『我會在代表隊努力,也請大家好好享受籃球吧。如果將來還能在頂尖舞台上相遇的話,會是很棒的一件事。』

我希望能為下面這些年輕世代打造一個讓他們懷抱希望的地方,這是我現在的想法。」

讓中華女籃在亞洲展現出實力。

並把這份實力延續到國內聯賽與未來之中。

懷抱著這兩個心願,前田制定了球隊的核心理念——「The Wave 狂潮」。

「我是抱著『想要掀起猛烈浪潮』的心情,和翻譯一起討論後決定的。一開始也曾考慮過類似『花』的意象,但後來想想,這裡的選手個個帥氣十足,實在不太像『花』(笑)。」

作為球隊初次登場、也是首度在國內亮相的舞台,在8月的「第45屆威廉瓊斯盃」,中華女籃以小組賽第一名之姿晉級決賽,最後以66比75不敵日本。能夠以如此接近的比分,與匯集了日本國內頂尖實力選手的球隊一戰,對這支隊伍而言是一項重大收穫。

小小的漣漪已經泛起,接下來只需一點一滴,把它擴大成更大的浪潮。

前田顯藏與中華女籃的挑戰,才剛要開始。

PROFILE

前田 顕蔵(Kenzo Maeda)
前田 顕蔵(Kenzo Maeda)
小学生でバスケットボールと出会い、大商学園高等学校卒業後、ベルビュー大学を経てネブラスカ大学カーニー校へ進学。3年目にチーム入りを果たし選手としてプレーしたのち帰国。ヒューマンアカデミー株式会社でのアシスタントコーチからキャリアをスタートし、2008年には高松ファイブアローズにアシスタントコーチ兼通訳として入団。2011年、28歳で同チームのヘッドコーチに就任。2015年、秋田ノーザンハピネッツへアシスタントコーチとして移籍。2019シーズンよりヘッドコーチに就任。2021−22シーズンにはクラブ初のチャンピオンシップ進出を果たした。また、2018年より男子日本代表サポートコーチ兼通訳として活動し、東京オリンピックにも帯同。2025年12月、秋田ノーザンハピネッツを退団。2026年3月より女子チャイニーズ・タイペイ代表のヘッドコーチに就任。

著者

青木 美帆(Miho Awokie)
青木 美帆(Miho Awokie)
フリーライター。高校3年時にたまたまインターハイを観戦したことをきっかけにバスケに取り憑かれ、早稲田大学入学後に取材・執筆活動を開始。小4の息子に口喧嘩で負ける。 X:@awokie Instagram:@miho.awokie

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