対戦者と分かれて争う『競争』と、対戦者と物理的に争う『闘争』という新たなスポーツの分類を提唱し、日本サッカーがさらなる進化を遂げるためのアイディアを人文科学的な観点から論じた『競争闘争理論』著者の河内一馬と、同書の愛読者である東海大学バスケットボール部ヘッドコーチの入野貴幸が、同じ「団体闘争」にカテゴライズされるサッカーとバスケットボールの現状の課題や今後について語り合った。(前編はこちら)
勝利という最大の目標のためにデータや戦術がある
バスケットはデータを活用しやすいスポーツということもあり、ともすればこれに偏重しがちです。しかし入野さんはデータと現場の感覚やパッションを両立させたアプローチを模索されており、河内さんが『競争闘争理論』で論じていることと似ていると感じました。
データはもちろん大事ですし、目指すべき目標値があったほうがいいとも思うんですが、それに固執し続けると選手たちが息苦しくなってしまうというのが私の考え方です。指導していて一番面白いのは、その時、その瞬間にしかない選手の感情やプレーのダイナミクスさ。見ている人の心を動かすのもこういったものなのかなと思っています。
僕の本を読んで「戦術やデータを無視してとにかく必死になって戦えばいい」とか「データは全部無視して勝負しろ」みたいな主張をしていると誤解されている方もいらっしゃるんですが、サッカーという競技の性質上、データや戦術がすごく大事だという大前提あっての話です。ただ、人間はすごく不条理なので、「シュートを一試合に何本打ったほうがいい」とか「これぐらいの速度で走ったほうがいい」というようなことを思考の頂点に置いてしまうと、”勝利”という一番の目的からずれてしまいがちです。なので、指導者は選手のパーソナリティによって伝え方を工夫する作業が必要になってくるんじゃないかなと思っています。
”人を見て法を説け”という言葉のとおりですよね。私は新しい戦術を入れる時に、学生スタッフやプレーヤーに「なぜこれを採用したのか」ということを伝えるようにしています。なぜかというと、”系統的な理”を伝えておけば、上手くいかなくなった時にその前段階からやり直せるからです。アドリブだけだと気づいたら「何でここにいるんだろう?」となって混乱しますが、マニュアルがあれば「ここでこっちに行っちゃったんだな」と振り返ることができる。
サッカーは90分という時間制限が定められているにしろ、バスケットボールのように「何秒以内に攻めなければいけない」というルールがないので、知らない間に「相手のゴールに向かってないけどボールを持っているチーム」対「ボールに向かわずゴールだけを守ってるチーム」が戦ってるときがある。特に日本のサッカーはそういう試合がすごく多くて、見ている人も面白くないと思うんです。また、バスケットボールもサッカーも観客に見られるということが前提にあるスポーツで、観客がゲームに影響を与えられるので、観客のリアクションによって選手のプレーの選択とかも変わってくる。例えば、アルゼンチンのように後ろにボールを戻したらものすごいブーイングをされる国でバックパスを多用できる選手はあまりいないと思います。そういうことを指導者が理解した上で、”ゴールをより多く奪ったほうが勝つゲーム”ということを前提に練習や試合をしなければいけない。
バスケアンダーカテゴリーの大きな課題
バスケはサッカーに比べて新しいスポーツなので、「観客がどうしたら喜ぶか」という観点でルールが作られていますよね。「コートはこれぐらいの大きさがいいよね」とか「あんまり簡単にゴールを入られないほうがいいよね」とか「秒数を定めたほうがいいよね」とか。そこはサッカーと大きく違うところかなと思います。
確かにそうですね。ただ一方で、大学生年代はショットクロック制限を24秒じゃなくて30秒にしたほうがバスケの理解が深まるんじゃないかと指摘する方もいらっしゃるんですよ。スピーディな展開を追求するあまり、コート内で起きていることがよく分からないままゲームが動いていってしまうということは往々にしてあるので。
そうなんですね。ゲームの構造…それこをなぜ秒数制限があるのかとか、なぜこのコートの広さなのかということを前提において戦術を考えるのと、そういうことをまったく頭に入れていない状態で考えるのとでは、結果的にまったく違うものになる気がしますね。
例年、学部の夏の講義でバスケットボールという競技の歴史やルールの変遷を話しています。50対50から始まり、9対9になり、コートの大きさが決まっていって……みたいな。余談ですけど、最近Bリーグの試合を見ていると海外の大きな選手が増えたことで「こんなにコートが小さいんだっけ?」と思うことがよくあるんですが、サッカーでも身長の高い選手が多いチームだとグラウンドが狭く見えるというようなことはあるんですか?
ピッチが広いのでバスケほどはない気がします。ただ、トップレベルとそうでない国とではパスのスピードが全然違いますね。
それはバスケも同じかもしれません。コーチとしてU19のワールドカップに参加した時、スペイン代表とフレンドリーマッチをやったんですが、めちゃくちゃパスが速くて「これが世界基準のパスなんだ」と感じたのをよく覚えています。逆に日本の選手がペイントにアタックすると、ヨーロッパの選手たちの手の長さに対応できずパスの出どころがなくなっていました。そしてこういった重要な気づきを指導者も選手も日本でプレーしているうちに忘れてしまうので、ワールドカップに出るたびに同じ壁にぶつかっている。これはバスケットボール界の大きな課題だと思います。
そういう環境にずっといれば、当たり前に慣れてくるんですよね。それが僕が本の中で言っている「試合や練習を誰とやるのかが一番大事」ということなんだと思います。
昨季川崎ブレイブサンダースでプレーしていた岡田大河選手は、中学卒業後からスペインに渡って、20歳までヨーロッパでプレーしてきたキャリアを持っているからなのか、サイズや身体能力に目立つものはないのに、他の選手が苦労するプレスを難なく突破したり、2メートルのビッグマンを目の前にしながらもシュートを成功させていました。Bリーグよりさらに上の環境に順応しているからこそできたことなんだろうなと思いました。
ペイントアタックからのパスの出しどころに苦戦していたのが、まさにその岡田でした(笑)。大河はその時スペインでプレーしていてスペイン代表の選手たちも彼のことを知っているから、彼が入ってきたら「絶対に好きにさせないぞ」というようなプレーをする。ちゃんと認められてるんだなと思いました。
バスケでヨーロッパにチャレンジしている選手は、まだそんなに出てきていないですか?
はい。何人かプレーしている選手がいるはずですけど、メディアに取り上げられられるような活躍をしている選手はいないと思います。競技の特性上、やっぱりサイズを求められてしまうので。
確かにそうですよね。ちなみに女子代表がオリンピックで銀メダルを獲ったことはバスケ業界の中ではどういうとらえ方なんですか?世界のトップトップに近づいたのか、もうそこに立っているのか、女子と男子では別物なのか。
別物だと思いますね。日本の女子は世界の強豪と比べるとサイズが小さい国だけど、その分海外の選手が追いつけないくらいスピードがあって、3ポイントシュートの精度も高い。自分たちの強みを知り、戦った結果が東京オリンピックだったと思います。
団体闘争の中で、女子サッカーと女子バスケが世界レベルの成績を出しているということに僕はすごく興味を持っているんです。同じ日本人でも男女で何か違うものがあるのだろうかとか、東京五輪が無観客開催だったことが成績に作用したのかとか。あとはラグビー日本代表も2019年ワールドカップで番狂わせを起こしましたけど、日本の文化をすごく理解した外国人が指揮をとったという点で女子バスケと共通点があるんですよね。そこはすごく面白いなと。
今お話を聞いていて、その競技の母国の文化や競技が生まれた背景をしっかりとらえた上で競技特性を知っていくことって、当たり前のようで、実はけっこうスキップされていることなんだなと実感しています。
そうですね。みんなそこを見ずに競技のことばかりを話したがりますから。僕らの業界には「文化を言い訳にするな」……データや数字にできない、客観性がなかったり人文学的なものを拠りどころにするのは言い訳だという風潮があると思うんですけど、それは僕的には結構クエスチョンで。人間は社会に規定される生き物なので、「ヨーロッパやアメリカの社会で育った、まったく違う慣習・考え方を持っている人と同じスポーツをやる上で、日本人としてどういう考え方をするのが普通なんだろう」ということはしっかり考えるべきだと思っています。
一時期、「日本人は農耕民族だから狩猟民族に勝てない」というような議論がありましたけど、選手の経験値とか生きてきた環境ってみんな違いますもんね。そこでまずすれ違いが起きるという前提を踏まえた上で、相手を理解しなければいけない。私で言えば、預かっている選手がどういう人生を歩んできたかまで理解しなければ、その選手が何につまずいてるのか気づいてあげられないような気はします。
団体競争競技と「かっこよさ」の関連性
「競争闘争理論」の中で、団体闘争競技では選手やチームの「かっこよさ」が大切だという主張が個人的には非常に印象に残りました。河内さんはかつて、鎌倉インターナショナルの監督に加えてブランディング責任者を務められていました。入野さんは東海大学付属諏訪高校を率いていた時代に、ユニフォームのデザインやOB戦の一般公開なども含めた”諏訪らしさ”を確立させていましたし、東海大は前任の陸川章ヘッドコーチ(現立川ダイスヘッドコーチ)やOBの力によってさらに強固なブランディングが確立されたチームです。ぜひこの点についてもお二方のお話をうかがわせてください。
私もそこはすごくヒットしましたね。自分が相手からどう見られているかも含めて、強さを追求していく。「自分たちはこのかっこいユニフォームを着て、自信を持って戦うんだ」ということも一つのモチベーションにする。なんせ、スポーツ選手はまわりから見られる存在ですからね。
実は今、2冊目の本を書いてるんですけど、メインテーマはまさに「かっこよさ」です。サッカーやバスケってプレー中にボールよりも対戦相手をよく見ていて、相手がどんな表情をしてるか、どんな歩き方をしているかを無意識に見ているはずなのに、「何をしてでも勝ちたい」と言ってる選手やトレーナーやコーチが見た目を度外視する姿勢はそもそも正しいんだろうかっていうことがけっこう気になっていて。要はサプリメントを飲んだりトレーナーをつけたりするのと同じように、ブランディングもパフォーマンスを上げるための一つの要素なんじゃないかというのが僕の考えです。日本人がすっごいざっくりいうと「ダサい格好」でスポーツをやってるのに対して、ヨーロッパの人たちが異常なまでに格好つけながらゲームに入っている。この認識の違いは一体何なんだろうと。日本のスポーツは総じて見た目を軽視する傾向にあって、それは何かしらパフォーマンスに影響を与えてるだろうなっていうのは常に思っています。
サッカーのアルゼンチン代表の入場シーンとかも一つですよね。NBAで言えばアメリカ代表のフロアに入ってくる感じもそうだし、NCAAの強豪チームにも似たようなものを感じます。ちょっと話がずれるかもしれませんが、U18とU19日本代表のコーチをやっていたとき、国際大会で「日本って特殊だな」と感じたことがありました。他の国は入場の時にセンターラインまで軽く走ってきて、センターラインでハドルアップしてからウォーミングアップを始めるけれど、日本は必ず一列に並んで一礼するところから始まる。韓国の選手たちは、試合前に日本の子たちが一列に並んでいるのを「何?」って不気味そうに見ていました(笑)。ルール的には審判とタッチして、相手選手とタッチするだけで試合が始まるのに、そこでも一礼する。「あ、こんなところも違うんだ」っていう気づきがありました。
まさにそういうことだと思います。それこそサッカーやバスケットボールのプレーは「パフォーマンス」とも表現されますが、これは見ている人、要は観客がいるからこその表現。遊戯としてスポーツが発展してきたヨーロッパや南米のサッカー選手は「見られている」という前提を持っているけれど、人間教育や精神修養としてスポーツを使ってきた僕ら日本人にはその感覚がたぶんない。そういったことも団体闘争競技が勝てないことに何かしら影響を与えてるのではないかと思っているし、だからこそ観客の存在は大事だという話をする本になる予定です。
私たちもブランディングは意識してますし、唯一無二のチームでありたいと思っています。それこそ、愛媛で行われた新人インカレは、我々のベンチ裏は毎試合、日頃から注目してくださっているのであろう地元の方がたくさん座ってくださっていました。大学バスケットボールは高校、Bリーグに比べると世間的な注目度が低くて、どうやったら価値を上げられるのかというようなことも考えているんですが、各大学がブランディングに取り組んでいくことも大事だなと感じさせられました。
1時間きっかりの対話は、単純な文字起こし換算で、この前後編の記事の倍以上の文字数が費やされた。泣く泣く割愛した興味深い意見が多々あるにもかかわらず、今回の対談で語られたのは両者が話したいこと(そして私が聞きたいこと)のおそらくほんの一端にしかならなかったという印象だ。
河内はサッカーよりもさらに広い「スポーツ」という領域で新たな挑戦を始めた。入野は変わらず大学バスケットボールというフィールドで挑戦を深めていく。
「河内さんの新作が発売されたら、第二弾をやりましょう」
ファーガス発起人・岡元紀樹の言葉が実現する日を心待ちにしていたい。