リーグの中断期間ほど忙しい。Bリーガーの「あるある」なのかもしれない。練習やトレーニングといったルーティンに加え、スポンサー対応、取材対応、PRコンテンツ用の収録・撮影など試合がなく時間的に余裕があるときに行うタスクが増えるからだ。
この日の篠山竜青も、例に漏れず忙しそうだった。午前中は練習とチームコンテンツ用の撮影。昼食を挟んでもう一件短いコメント動画を撮影し、グッズにサインを書き、我々の取材後にはスポンサー主催の講演会に出演した。
コメント動画の撮影にたまたま遭遇して知ったが、”通常モードの篠山竜青”から”バスケ以外の仕事モードの篠山竜青”への切り替えには、思った以上のパワーを使うようだ。篠山はフロントスタッフの励まし(なだめ)の中、時間をかけてモードを切り替え、十数秒のコメント動画を一発OKで撮り終えた。その様子を見ていた通訳の渥美雄大は、篠山に「駄々こね男」という二つ名を授けていた。

11月7日、ヘッドコーチのネノ・ギンズブルグがチームを去った。2勝14敗という成績を受けての契約解除だった。
GMの北卓也は開幕前の記者会見で、明確に数字が悪かったディフェンスとリバウンドに強みを持つ選手を獲得したと説明したが、勝ち星はネノ体制1年目の昨季以上に落ち込んだ。「個で打開できる選手がいない、というところは難しかったと思いますね」と篠山は言った。
「サッシャ・キリヤ・ジョーンズとアリゼ・ジョンソンは、なんだかんだ支配できる時間帯があったり、トリプル・ダブルに近い数字を叩き出すような試合もあったり、1人で状況をひっくり返すことができる力を持っていたと思うんです。その代わりメンタル的になかなか安定しないところもあって、前半で試合が終わってしまうような試合もありましたけど。今年は……うーん、個で打開できる、爆発力を持った選手がはっきり言っていないので、チームとして遂行力を高める…戦術を全員が理解してプレーしていかなきゃいけないけれど、そこでなかなか厚みが出ない。だから勝利には結びつかないのかなと思います」
長らくヨーロッパの第一線で腕をふるったネノのスタイルは、選手個々の知性を多分に要するものだった。オフェンスはシンプルがゆえに、コートに立つ選手がアレンジする必要があった。対照的にディフェンスはシステマティックかつ、試合の状況によってめまぐるしく変化するため、指揮官の指示を受けたら即時に対応しなければならなかった。若い選手、上位クラブでのキャリアが乏しい選手は混乱することが少なくなかった。
篠山は、ネノの指導スタイルを「毛糸玉」を引き合いに説明した。
「12人が1つの玉になっていて、そこからきれいなセーターでもマフラーでも編んでいく。でも、1本1本の糸の太さが違っている上に、いろんなところがからまり合ってるわけですよ。ネノさんがやっている練習は……これは試合のシステムや戦術にも同じことが言えるんですけど、からまっていようがなんだろうがとにかく編み続けろと。『いいからやれ』『いいからやるんだ』『止まるな』っていうタイプですね。宇都宮みたいなチームは1本1本の糸がめちゃめちゃ太いし、長年一緒にやっていてからまりも少ないから、ずっと編んでいればいいだけなんです。たぶん」

ネノの契約解除を受け、アシスタントからヘッドコーチに昇格した勝久ジェフリーは、こんがらがった毛糸玉を強引に引っぺがそうとせず、一つひとつのからまりをていねいにほどこうとするタイプの指導者。今季のチームに合っているのがどちらかは明白で、篠山も「僕がGMだったとしても同じ選択をする」と言った。
ただ、篠山はネノが好きだった。勝負に対するシンプルな価値観も、日本人としては多少物騒な物言いも、ポケットにお菓子をしのばせる茶目っ気も、年を重ねたからこその懐の深さも。
選手たちに契約解除の報が届いた翌日の練習前、ネノは体育館に現れ、別れの挨拶をした。それを聞き、篠山の瞳から涙がこぼれた。仕事にかかわる事象で泣くのは2016-17シーズンのファイナルに敗れたとき以来だった。
「シーズンの途中で解雇されるコーチって、何も言わずにチームを去るもんだと思っていたんですよ。ネノも絶対に腹が立っているはずなのに、なんかすごく優しく『頑張ってね』みたいな感じだったので、ポロッと泣いちゃいましたね。寂しくて。めっちゃ好きだった担任の先生がいたら、卒業式で泣いちゃうでしょ。そんな感じ」
練習から容赦なく走らされ、30代後半にして運動能力や身体組成の数値が軒並みキャリアハイを更新した。プレータイムも増え、キャリア初の個人タイトルも手にした。チームは勝てなかったが、いちプレーヤーとしては間違いなく充実していた。
「一番はやっぱり『信頼してもらえている』って感じられたからだと思います。プレーさせてもらえるか、させてもらえないか。選手なんで、自分を使ってくれるコーチが最高のコーチですから」
かつての篠山を思い出す。目に見えてプレータイムが減り、「他の選手たちに自覚を持たせたい」というチームの意向を受けてリーダーシップをふるうことをやめ、自らの存在意義を失いかけていた頃の篠山を。
「2023-24シーズンの最後のほうは、まじで悩んでたんです。これからどうしようって」
ネノはどん底で苦しんでいた篠山を救った人だった。

午前中の練習を見学した。「バイウィーク中に良い習慣を身につけさせたい」と話していた勝久がこの日用意したのは、ディフェンスフットワーク、身体をスムーズに扱うドリル、ディフェンスのポジショニングを意識付ける練習など、実に基礎的なものだった。「中学生みたいな練習」と篠山は端的に言い、「できていないんだからやるしかないっすよね」と苦笑した。
川崎ブレイブサンダースの現在地は、そういうところにある。それでも希望はあると篠山は言う。
「ベースは低いかもしれないけど、やり続ける忍耐力は去年よりもあるので。前半で試合が終わっちゃって、後半は地獄、みたいなゲームはないなと。だから、まあまあ苦しさもありますけど登っていけるんじゃねえかなっていう感覚はすごくありますかね。去年のメンバーで今日の練習をやったら大崩壊してると思うけど、みんなちゃんと真面目にやっているし。1人で20点、25点取って試合を動かす選手がいないからこそ今日みたいな技術がもっともっと重要になってくるし、ファンダメンタル自体がまだ固まってない若い子も多いので、今年のチームにはジェフさんのようなベーシックなことを徹底させる思考を持った監督のほうが合うんだろうなっていう感じがする。この練習を続けていれば、遅かれ早かれ良くなっていくという手応えはあります」

コミュニケーションをとる時間すらも惜しんで練習を推し進めていたネノと異なり、勝久は選手同士でフィードバックを行ったりアドバイスをする時間を大切にする。この日も篠山やロスコ・アレンが他の選手たちにていねいに言葉がけをしていた。
バイウィーク明けの初戦はアウェー京都ハンナリーズ戦。その後、千葉ジェッツ、アルバルク東京と強豪との対戦が続く。
「ジェフさんになって変わったな、というところは感じてほしいし、感じてもらえるようにプレーしたいとすごく思っています。『いいバイウィークを過ごせたから連勝が続く』とは正直思っていないけど、必ずステップアップしていける取り組みをしているし、それができるメンバーが揃っていると思うので、そこの変化を感じてもらえるようにやっていきたい。まずは一発目の京都に勝つということに集中しています」