
BASKETBALL | [連載] New Voyage ~東海大男子バスケットボール部”SEAGULLS”の挑戦
New Voyage ~東海大男子バスケットボール部”SEAGULLS”の挑戦(2025/07/17)
「すごいタイミングで来ましたね」
入野貴幸は笑いながら我々を研究室に迎え入れた。
この日の前日、東海大バスケットボール部は渡邉伶音のプロ転向を理由とする退部・退学を発表。その数時間後、アルティーリ千葉から渡邉の新規入団が発表されていた。
入野のコメントは、教え子の決断と挑戦をあたたかく応援する内容だった。ただ、このような言葉を掲載するまでに、さまざまな感情と思考が動いたことは想像に難くない。
チームの未来を背負っていくはずだった選手が、入学からわずか3カ月でいなくなったのだから。
我々は前日まで、決勝トーナメント1回戦敗退という結果に終わった全日本大学新人戦(新人インカレ)のことを聞く予定でいた。しかし取材に向かう車中、入野が望んだら、という条件で内容を変えようと話し合った。
──もしよかったら、今考えていること、そして世の中に伝えたいことを話しませんか?
そう伝えると、入野は思うことを率直に、冷静に、何より渡邉のことを慮りながら話した。下記の動画はその一部だ。
私は当初、「事象のファクトをつかむ」という点に主眼を置き、問いを重ねた。そしてそれを早くに「今回の事象を今後にどう生かしていくか」に切り替えた。入野が我々の取材を恨み節の拡声器として使う気がないことが早々にわかったからだ。
例えば、以下の問答。
──チーム構想に大きな影響があったと想像するのですが、いかがでしょう。
「学年ごとにポジションを考慮してリクルートしているので、もちろん影響はあります。ただ、今、ここにいる選手たちは、伶音が退学を表明してからリリースまでの期間、誰一人口外しませんでした。そういう選手たちを何より大切にしていきたいです。シーガルスに飛び込んできてくれた選手はみな宝物ですから、必ず成長させたい。『伶音がいなくなったから弱くなった』じゃなく、逆にここから強くなるのが東海大。我々だけでなく東海スポーツ、大学スポーツの一端を担うためにも、より強くなっていきたいと思ってます」
すでに次のことを考え、動いている入野にだからこそ聞けることがある。そう思い、問いの範疇を広げた。
──一般論としてうかがいたいのですが、スポーツ推薦で入学した選手が中途退学すると、部や大学にどのような影響があるのでしょうか。
「大学はある意味『4年契約』。Bリーグでは、複数年契約した選手が他のクラブへ移籍するときに違約金が発生するケースがあると思いますが、大学とBリーグにはそういうルールがあるわけではないので、私たちはどうしても『損失を受ける側』という構図になってしまいます。金近廉(現千葉ジェッツ)が本学を中途退学してから3年近くが経ちますし、大学とBリーグがWin-WInの関係性になるような議論がもう少しなされてもいいのかなとは思っています。でなければ、どこの大学のバスケ部も学内での立ち位置が苦しくなってくると思いますので。今回のようなことをきっかけに、ぜひ大学連盟やBリーグで良い議論をしてもらいたいです」
入野はあえて言葉を濁したのだろうが、「立ち位置が苦しくなる」という言葉をより即物的にすると、大学から部に降ろされていた推薦枠や強化費などに影響が出る可能性が否めない、ということだ。
高卒プロが育つ土壌が未発達な現状の男子バスケにおいて、大学はBリーグ、日本代表につながる選手育成・強化の大部分を担う重要なカテゴリー。大学の力が削がれることは、バスケットボール業界の中枢にいる人々が意気揚々と掲げる「オールバスケット」の観点で明らかにヘルシーではない。
リーグやクラブに望むだけでなく、大学もいっそう努力をしなければならないことはもちろん理解している。入野は設備面の充実などの課題に加え、「選手たちが『シーガルスにいたい』『東海にいてよかったな』と思えるアプローチをもっともっと作り上げていかなければ」と言った。
「まずは、負けたくない気持ちや勝つことに対する執念、そういったものをもっと強く持つこと。新人インカレは負けてしまいましたが、日に日に悔しさが増幅している自分がいるんですよね。それをどうやって練習に落とし込み、選手の心に火をつけていくか。『もう負けたくない』という強い意志を練習に臨めるかどうか。原点回帰。それが今後のシーガルスにも大事なことだと思うんです」
以前の連載でも触れたように東海大は、入野が選手として入部した2000年まで関東大学リーグ3部に所属し、同年ヘッドコーチに就任した陸川章(現アソシエイトコーチ)の情熱と個性豊かな部員たちの切磋琢磨によって名門としての地位を確立したチームだ。主将として初の1部昇格を果たした入野は「陸川コーチがチームを立ち上げた当時を知っている身として、部員たちに伝えていかなければいけないことがたくさんある」と力を込めた。
「他の大学にはない伝統を、いい形で、みんなで進化させていけるかがすごく重要。そして、バスケットボールの本質は勝負、イコール戦いなので、『うまさ』でなく『強さ』を持ち続け、連覇できるようなチームになっていきたいです」

新人インカレをもって今シーズンの前半が終了した。8月末から開幕するリーグ戦に向けて、チームとして何を積み上げていくのか。そう尋ねると、入野は話した。
「夏合宿で自分たちの長所ともう一度向き合いたいです。新人インカレで長所……ディフェンス、リバウンド、ルーズボールがぼやけると負けると学んだので、この夏にそこをどれだけ強められるか。コーチとしてはどうしても色んなことをやりたくなります。色んな情報もありますし、戦術的なところも学べば学ぶほどやりたくなるんですが、取捨選択をしっかりして、自分たちに一番フィットする、自分たちの力が一番発揮できるものを学生たちと共に探りながら、答えのない正解を探し続けたいですね」
──答え、ないですよね。
「ないですね。『これをやったら勝てる』という保証がない中で、自分たちでもがけるかどうか。その答えのない正解を探すため、陸川先生や学生コーチと練習メニューを組む2~3時間が楽しいんです。自分の目指してるところに向かってる時って無心だ思うんですよ。選手だけでなくスタッフもゾーン状態になれれば、気づいたら自分たちの目標にたどり着いているのかなと思うので、それを楽しみたいと思います。『勝とう、勝とう』と先走るだけでなく、目の前のプロセスを楽しめる自分たちでいたいです」
入野は毎朝のランニングを日課にしている。30分程度のこの時間は、自身の感情や思考を整理する上で大きな意味を持っているという。
「寝て、朝起きて、走った後まで残っている問題意識だけを大切にするようにしています。一昨日は線状降水帯の中で走って、『バカと天才って紙一重だな』って思いました(笑)。でも、あそこで目を覚まさせてもらったところもあるかな。ゴールした時に、問題だと思っていたことを『大した問題じゃなかったな』と思えたので」
日本を代表する名将からチームを引き継いだ1年目の指揮官は、その任についたばかりのタイミングで、非常に難しい事象に直面することとなった。走って、走って、走ったあとに残ったものは何だったのか。
「コロナの時くらいから、『泰然自若』という言葉が個人的なテーマになりました。大変だなと思っていることも、時間が経てば意外に小さなことだなと思えるようになったし、成長したなと思えるようになりました。(少し間を置く)じたばたしても仕方がないというスタンスは、伶音から退学の相談を受けた時も変わらなかったですね。だからチームも、今シーズンが終わった後に振り返ってみると『ああいうことがあったけど、チームが強くなったきっかけだったんだな』『あの出来事がスイッチボタンになってくれたんだな』って思えると思うので。ポジティブキャンペーン、続けます」
──ポジティブに考え、行動すること。これもまた陸川前ヘッドコーチから受け継いたことでしょうか。
「そうですね。起きたことをネガティブにとらえていてもいいことはないので。これも成長するヒントですからね。きっかけです。すべては」
──私も含め、周囲の方々は「大変だったんだろうな」という見方をされていると思います。
「生きてる限り、悩みは自分を強くしてくれるものだと思うので……どんどん強くなっちゃいますね(苦笑)」
──就任1年目から激動ですね。
「激動です。でもたぶん、これも自分自身で乗り越えられる壁だと思うんです。誰かの手を借りて乗り越えても乗り越えたことにならないし、面白くないですよね。壁を乗り越えてしまいさえすればきっと『そんなに大きなことではなかったな』と思えると思います」
リーグ戦の初戦は8月27日、vs明治大。「ストーリーは決まっている。そこに向けて邁進していくだけです」と入野は言った。
PROFILE
入野 貴幸(Irino Takayuki)

著者
青木 美帆(Miho Awokie)
