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中大監督・藤原正和監督インタビューvol.3/ 「20歳までに思考の土壌を形成させる」「失敗をしてもいい年代でチャレンジさせる」

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

「今年の中央大学は強い」

大学陸上界に広まりつつあるこの言葉。その背景にあるのは、箱根駅伝総合5位のメンバーが8人も残っているという戦力面の充実度だけではない。学生たちが自ら考え、走り、勝利を掴み取る――大学卒業後にランナーとして、そして人として活躍することを見据えた文化醸成、それこそが中央大学の躍進を支えているものだ。

藤原正和監督は、“思考の伴う育成”と“チャレンジさせること”に徹底的に取り組んでいる。選手の背景を知り、変化を見守り、背中を押す。その結果、いまや中央大学は“勝ち方を知る集団”へと進化しようとしている。その頭の中を更に覗くべく、我々は再び藤原監督の元を訪れた。

吉居駿恭と佐藤大介の軌跡と個性

まず話は、取材当日の午前中にトレーニングを行なっていた二人のことから始まった。一人はキャプテンの吉居駿恭。入学前の彼の印象を尋ねると、全国高校駅伝で1年時にアンカーとして優勝テープを切った姿が、いまでも鮮明に記憶に残っているという。

「兄の大和との違いとしては、駿恭は競技に対する意識が当時からかなりストイックな印象でした。その一方で、人懐っこいというか、いい意味で“人たらし”な部分もある」

大学で順調に成長を重ねているのは、彼自身の限界を突破したからこそだと語る。

「2年時に箱根の7区区間賞を取るなど、1、2年目は順調でした。ただ3年目はパリ五輪を目指してスタートを切ったものの、思い描いたような結果が得られず、少しネガティブというか、自分自身の力を信じられなくなった期間もあった。でも、そこから自分自身の限界を超える作業を繰り返すことで、彼が持っていた“悪い意味での甘さ”がなくなり、長距離競技に絶対に必要な我慢を覚えはじめた。そういうメンタル面での改善が、いまの彼の強さかなと感じています」

もう一人は佐藤大介。一つ上の本間楓(3年、佐藤と同じく埼玉栄高校出身)の勧誘に訪れた練習で「すごくいい走りをする選手がいる」と目を付けたのが最初だったという。

「先輩に本間、同学年に松井海斗(東洋大学)というライバルがいる中でも、一番目がギラギラしているというか、『絶対に自分がこの中で一番になってやる』という想いを持っている印象で、『こういうハートが強い選手いいな』と思ったのは、すごく強烈に覚えています」

中央大学に入ってからの佐藤の成長度合いは目を見張るものがあり、いまチームで最も勢いのある選手の一人だと評する。

「彼はもともとスピード型ではなかったですが、同学年の岡田開成や並川颯太、七枝直というスピード自慢の選手たちに食らいつきながら、練習を一つも外さないという姿勢を見せ、いまは手がつけられないほどの勢いで競技力も伸びています」

彼らの未来について、藤原監督は迷いなく語る。

「駿恭は兄と同じく、いずれマラソンへの転向も視野に入れているでしょう。大和は在学中に世界ロードしか日本代表にさせてあげられなかった。駿恭はアジア室内の代表にはなっていますが、世界選手権のチャンスはまだまだあるので、なんとか掴み取らせてあげたい。大和と二人で日本代表になって日の丸を付け、入賞圏には最低限でも入ってくるようなスケールの大きい選手になってほしいと思っています。

大介も最終的にマラソンで活躍できる選手です。身体作りさえ順調に整えば、3年の冬にでもマラソンに挑戦させたい。ただし、マラソンは焦ってやる競技ではないので、しっかりと彼の体と向き合いながら、最適なタイミングで勝負させたいです」

シニア年代になっても活きる引き出しを

この春、中央大学は過密なレーススケジュールを戦い抜いた。ゴールデンゲームズinのべおかに始まり、関東学生対校(インカレ)、全日本大学駅伝選考会など、各選手の課題や現状を加味した上で、それぞれが異なるレースに挑戦した。

「ゴールデンゲームズでは目標の8割は達成できたのかなと。日本選手権への出場者を10名送り込むという目標で、最終的には5000mで8名、3000m障害で1名。あと1人、並川颯太に13分38秒を切らせたかったというのはありますが。

インカレでは全日本の選考会を見据えて、経験を積むことと確実な加点を考えた選手構成にしましたが、思うように加点できなかったのはチームとしての課題です。ただ、相地一夢(2年)や井上優人(1年)は新しい経験を積んでくれたので、彼らの今後の成長にこの施策の良し悪しが出てくるのかなと思っています」

一方で、全日本の選考会は9割方の出来と評価する。

「100%のコンディションで走れた選手はいませんでしたが、疲労をマネジメントしながらも中大らしい攻めの走りができた。ここがゴールというよりも、『本戦でどれくらい戦えるか』というのがテーマだった中で、ある程度のインパクトは残せたと考えています」

本来、100%の実力をレースで発揮させるためには、2、3ヶ月ほどの時間をかけてコンディションを作り込んでいく。その前提がある上で、大学生ランナーだからこそ経験させておきたいことがあると語る。

「学生年代のたくさんのレースを通じて、上手くいったことと失敗したことの両方の経験をさせることで、『こういう時はどうすればよかっただろう』ということや、『そういえばあの時はこうやって乗り越えてきたな』という、シニア年代になっても活きる引き出しを増やしてあげたい。

今回の連戦で言えば、佐藤大介は3連戦をうまくクリアしました。逆に藤田大智(3年)はインカレ前に発熱してコンディションを合わせられなかったですが、その結果疲労が抜けて全日本の選考会にはかなりいい状態で望めました。そういうふうに、レースに向けた過程はみんなそれぞれバラバラなので、それぞれが感じた学びや課題を、その後実際に行動に移して、日常に落とし込んでいくことが1番大事だと思います。

今回の全日本の選考会で本選を逃してしまうのはもちろん論外ですが、もし7着で予選を通過してもオッケーだったわけです。もし7着になって批判を受けたとしても、その批判はすべて私が受け入れるつもりで、彼らのことを導いてあげたい。

大学の4年間ではなく、最終的に実業団あるいはプロになった時にどれだけの活躍できるか、というところが本質だと思っていますので、目の前の成果だけに固執することは絶対にないように、自分自身を戒めながらやっています」

“とにかく勝って帰ってくる経験”

今回の選考会で最も注目すべきポイントは、27分台の実績を持つ本間の起用回避と、それに伴う三宅悠斗(1年)の抜擢だ。

「本来は本間を使いたかったのですが、本番前の大事なポイントを外してしまって…やっぱりチームの今後を考えると、『ポイントを外しても27分台の本間だったら使ってもらえるんだ』というメッセージをチームに対して示したくない、というのが大きかった。

なので、今回はあえて本間を外し、上り調子だった1年生の三宅を大抜擢しました。5番から10番のラインを見て、最後の2000mだけ頑張ればいいというプランでしたが、上手く走ってくれたと思います」

結果として、チームは全日本大学駅伝選考会をトップ通過。伊勢路での活躍を予感させる総合力を見せつけたと言えるだろう。こうした勝負強さを持たせるために、藤原監督が意識していることはどんなことなのだろうか。

「“速さで圧倒する”ことを目標に、これまでは速さにこだわった練習を多く取り入れてきましたが、いまのチームに必要なものは“勝ち癖”だなと感じています。どんなに小さなレースでも大きなレースでも、とにかく勝つことにこだわる。

“プロが出ているレースでは最低限として学生でのトップを狙う”という目標や、“この選手だけには負けたくない”という目標でも、どんな目標でもいいので“とにかく勝って帰ってくる経験”を作っていく。そういう勝負へのこだわりを持たせることで、チーム内での切磋琢磨がより進んでいきます。

例えば今回の予選会で言えば、『今年優勝を狙うのであれば、我々が4組すべてのレースを作るんだ』というのが、我々がこのレースに臨んだ意味。そういう心持ちを彼ら自身で作って臨んでくれたので、少しずつではありますが強いチームに変貌しつつあるかなと感じています」

練習での取り組みがしっかりと結果に現れていることも、チームとしての自信になって繋がっているという。


「2月のハーフマラソンでは、試合10日前の練習のタイムがそのまま直結して、みんなかなり良いタイムを出しました。そういう意味では、練習でやっていることを非常に高い再現性で表現できるようになってきています。

このまましっかりと全体を押し上げていき、私が考えている練習を彼らがより実践できるようになってくれば、“27分台10人は簡単に出る”と感じています」

20歳までに思考の土壌を形成させる

“教える”という行為は、時に選手の自主性や考える力を奪ってしまう可能性も孕んでいる。教えることと教えないことのバランスは、どうやって導き出しているのだろう。

「チーム内でトップ層の選手たちには、コンディションの確認と次の大会の目標設定を行うだけです。彼らは自分で考えて、強くなりたいという想いを持って取り組むというのを自走できるので、むしろ無理をさせないためにもこちらがブレーキをかけるイメージです。

中間層の選手に関しては、何が原因で伸び悩んでいるかを一人一人細かく見ていきます。思考の問題でブレーキがかかっている選手であれば、日頃からメンタル的なアプローチを行います。例えば、今日の練習の目標設定を選手自身からしっかりと言えるようにしてもらい、練習が終わった後にその目標が達成できたかについてのセッションを入れることで、ぼやっとした練習にしない。

練習できればオッケー、できなかったからダメ、で終わるのではなくて、練習の意図を理解して、その意図を達成できたかどうかに焦点を当てる。『極論、目標タイムに達していなくても、意図がクリアできたのであればそれでオッケーなんだ』という部分をしっかりと選手自身に把握させて、練習に対して自信を持たせる。つまり“自分は強くなっている”という手応えを持たせて、それを試合のパフォーマンスにつなげてあげて、なんとか一軍に引き上げていく選手もいます。

一方で、そもそも練習量が足りていないために2軍止まりの選手ももちろんいます。そういう場合は、『やらされるのではなく、自分でやっていかないといけないよ』ということを落とし込んでいく。例えば、年間の走行距離をグラフにして、チームのトップ選手とその選手のグラフと比較して見せる。すると、トップ選手よりも1ヶ月分くらい走っている量が少ないことが数値からも分かり、『その距離の分を詰めていかないといけない』ということを理解できます。

そういう風に、“何につまずいているか”を一人一人細かく見た上でアプローチを変えて、どうにかクリアさせていく、というのが中間層の選手たちへの指導のイメージです」

実力的にチーム内で下に位置する選手たちには、また異なるアプローチを取り入れていると語る。

「現時点で今年は箱根には届きそうにないな、という状況の選手たちの中には、目標を見失いがちな子や、競技から逃げ出しがちな子ももちろんいますが、そういう子たちも絶対にチーム内に留めてあげるように心がけています。

『4年間で自分はこれだけ成長したんだ』という何かを持たせてあげるために、『このチームでしっかりと4年間やり切るんだぞ』と鼓舞しながら一緒にやっていく。もちろんその成果が競技であれば1番いいですが、もしかしたら裏方業に回って人のサポートすることで、気持ちの面の成長もあり得るかもしれない。人のサポートをすることで、将来の自分は『こういう仕事がしたい』という発見もあるかもしれませんし、そういうチャンスを作ってあげることが下位層の選手たちへのアプローチです」

それだけでなく、すべての選手たちに共通するアプローチがあると話を続ける。

「この子を預かって、4年間どういうことをしてあげれば、『この大学に来て良かった。社会人として活躍できる土壌ができた』と思ってもらえるのか。そのコンセプトは、どのグループの子に対しても持っています。

そこだけは外さないように、コーチと分担してそれぞれグループを受け持ち、選手とコーチとコミュニケーションを取りながら、また選手の入れ替えをしながら、選手それぞれの状況に合わせて日々進めています。

ただ単に『自分で考えてすべてやらないといけない』と言われても、みんな考え方を知らないまま大学に入ってくるわけです。その考え方のエッセンスを1、2年生の時に与えてあげる。『多分君は〇〇で躓いているから、こういう時にはこうすればいい』という大体の答えを2つ見せる。つまり選択制にして、どちらを選ぶかは彼らに任せ、その選択がどうだったかを含めて成功と失敗の経験を積ませつつ、2年生までに思考の土壌を築いてあげる。

3年生になると、実業団の勧誘や就職活動も本格的になってきます。どういう実業団に行けば自分が活躍できるか、あるいはどういう業種に興味があるのか、というところも含めて考えられるように、20歳までに成長させる、ということにすごく注力しています。

会社に入れば、OJT(On-the-Job Training)のような手法を通して仕事を学んでいくと思いますが、それと同じようなことを4年間かけてやっていると想像してもらうと、我々の取り組みがイメージしやすいのかなと思います」

チャレンジさせることが1番大事

いまのチームにおいて本気で世界を目指しているのは、吉居駿恭、溜池一太、柴田大地の3人。彼らのような選手たちを導いていく上で欠かせない役割を担っているのが、大石港与プレイングコーチだ。彼は中央大学のOBであり、実業団時代に確かな実績を残したランナーである。

「大石に入ってきてもらったのは、彼がトヨタ自動車で活躍して、選手としては晩年期に差し掛かった34歳くらいの頃です。うちみたいにこれから伸びてくるチームでコーチ経験を積むことで、今後の彼のキャリアに何かしら活かしてもらえるのではないかと。

それだけでなく、僕やコーチ陣よりも選手に近い年齢のトップ選手である大石の練習や生活を間近で見ることで、学生たちは求められているレベルを直接的に知ることができます。今期で4年目ですが、彼が入ってきたことでチームも第1段強くなったと感じています」

世界を狙う3選手へのアプローチについて、現役時代の自身の経験を織り交ぜながら、藤原監督は次のように熱を込める。

「僕たちが現役だった頃よりも、大学から世界を狙うのはより難しくなっています。その中で、『届かなくてもいい』というスタンスではなく、『絶対に届かせる』という想いで、なおかつ、失敗をしてもいい年代でチャレンジさせることが1番大事だなと考えています。

現時点では、周りから見れば『さすがにそれは無理だよ』という実力です。でもこれからの成長と伸び率を考えると、十分に可能性はある。3人とも、6月の海外の大会でタイムを狙いにいくのですが、そうやってチャレンジする彼らの姿を他の学生に見せることもすごく大事だと思います。

自分自身、卒業後に世界の大会に挑戦ことはできましたが、高い壁に阻まれ、優勝もできませんでしたし、メダルなんてもう本当に遠いものでした。そう考えると、やっぱり彼らのような若い年代からチャレンジさせることで、彼らの今後に何かしらポジティブなことが起きるのではないかと。だからこそ、自分自身の失敗を彼らに伝えたり、海外に行かせる機会は今後もできるだけ作っていきたいです」

インタビューの最後、藤原は今後の1か月に向けたチームプランをこう語った。

「6月には中間層の選手たちが出場する男鹿駅伝と函館ハーフマラソンがあります。次の箱根を狙う上で、この2大会に出る選手たちの活躍が重要になってくるので、チームとしてもこの2大会を重要視しています。

7月の日本選手権では、5000mで1人でも多く決勝に行かせたい。柴田に関しては、8分15秒を切らせて世界選手権の派遣標準を突破させたいなと思っています。

一人一人に要求するレベルは非常に高くなりますが、この1ヶ月はもう一度強化に当てるような一ヶ月になります。全日本の選考会で得た手応えとチームの良い雰囲気を、より強固にしていき、さらなる高みに臨めるようにやっていきます」

PROFILE

藤原 正和(Masakazu Fujiwara)
藤原 正和(Masakazu Fujiwara)
1981年3月6日生まれ、兵庫県出身。西脇工業高等学校を経て中央大学文学部卒業。現在は中央大学陸上競技部長距離ブロック監督を務める。世界陸上競技選手権大会男子マラソンに日本代表として過去3回出場。ユニバーシアード北京大会ハーフマラソン、2010年東京マラソン優勝者。初マラソン元日本最高記録保持者。

PROFILE

佐藤 麻水(Asami Sato)
佐藤 麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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