ー小澤さんは現在どのようなスケジュールを過ごしているのでしょうか?
僕のメインの仕事は、基本的に週末の中継に向けた準備です。試合を見た後にYouTube用の動画を撮るのもルーティンワークの一環です。そのため、平日は家で試合のチェックや事務作業をしています。基本的には家で仕事をしていますが、土日はパパコーチとして子どもたちの指導も行っています。他にもEURO2024の選手名鑑の仕事やサッカーに関する原稿を単発で書くこともあります。この曜日にこれをする、といった固定のスケジュールはありませんが、毎日何かしらの仕事をしています。
自主練もドリブル塾もないスペインで「上手い選手」が育つワケ
ーー今回の本を出版するまでの経緯について教えていただけますでしょうか?
元々お話をいただいたときは、久保建英選手がスペインで素晴らしい活躍をしていたので、担当者の方から「久保選手に関するジャーナリストとしての見解をまとめた本を書きませんか?」という提案をいただきました。しかし、久保選手の権利の問題や関係各所との調整が難しかったため、当初の予定から変わり、育成について書くことになりました。
日本の育成現場は年々変わりつつありますが、私自身パパコーチとして4種の現場に関わる中で、まだ整備が十分ではないと感じています。そこで、流行りのハウツー本ではなく、スペインと日本の育成現場を比較しながら、日本の育成や教育について書くという形で進めることになりました。
最終的には、こちらの意向に沿った形で進めてもらい、「こういう話ができそうですね」「こういう人に話を聞きたいですね」といった具体的なアイディアを出し合いながら、仕上がった本になります。
サッカーファンやサッカー文化を育むためにも、子どもたちがサッカーに触れる機会を確保することが重要
ーー本書の中で冨樫剛一さん(元U-20日本代表監督/現横浜F・マリノスユース監督)との対談であったり、小川航基選手や鈴木唯人選手らを輩出した神奈川の街クラブである大豆戸FCの話が書かれていますが、なぜ、4種の育成現場こそが大事だと考えているのでしょうか?
サッカーを始める年代(4種)の子どもたちが「サッカーって楽しい!」と感じてもらえないと、当然ながらその先サッカーを続けてもらえません。だからこそ4種の環境が一番大事だと思っています。
私が住んでいる地域では中学受験をする子が多いので、小学校5年生や6年生でサッカーを辞めてしまう子が多いという現状を目の当たりにしています。塾から「土日を丸々サッカーに費やすと中学受験に支障がある」という形で促されてやめる家庭も多いのが現状です。
このような現状を見ると、4種の環境がこのままで良いのか疑問に思います。少子化の影響で子どもが減っている上に、最近ではバスケットボールや他の競技の人気も高まっています。このままでは間違いなく日本サッカーは衰退してしまうでしょう。
子どもが一度サッカーを体験すると、子どもだけでなく保護者もサッカーに関心を持つようになります。サッカーファンやサッカー文化を育むためにも、子どもたちがサッカーに触れる機会を確保することが重要だと考えています。
勉強とスポーツの両立はむしろ当たり前
ーー4種の現場で最も大きな問題は何でしょうか?
指導面にも様々な問題があると感じていますが、それ以上に問題なのは活動そのものについてです。土日を丸々サッカーに費やすと、他のことができなくなり、家庭にも負担がかかります。もっと効率的に、家族との予定も入れられるような取り組みが必要だと感じています。それこそ塾とサッカーを両立できる環境を整えることができれば文武両道が実現できますよね。年々改善されてきているとは思いますが、スペインなどの育成大国からの情報が入っているはずなのに、現場レベルではあまり変わっていないのが現状です。
最終的にこの問題はサッカーだけにとどまらず、日本の社会や教育、未来につながる話だと思っています。全てを効率性やタイムパフォーマンスの話にするつもりはありませんが、サッカーを大切に思える人を増やすためには、育成年代の環境を見直す必要があると考えています。
今のままでは、サッカーを大切に扱ってくれる人が増えないどころか、少子化の影響もあり競技人口が減っていくのは明らかです。今回の本では、私が2004年にスペインに行った時の話も含めて提言しています。少し前の情報にはなりますが、これを第1弾として、スペインから最新の情報を届けたいと考えています。
ーー「今の子どもは忙しい」とよく耳にしますが実際はどうなんでしょうか?
うちの長男は現在小学5年生で塾に通っていないのですが、クラスで塾に通っていない子はほとんどいません。なので放課後に友達を遊びに誘っても、遊んでくれる友達がほとんどいない状況です。当然地域によって異なりますが、今の子どもたちは習い事がほぼ毎日あって非常に忙しいです。
共働きの家庭が増えているので、親が帰ってくる夕方まで、家でゲームをさせるよりも、習い事で時間を埋めるというのは、仕方のないことだと思います。でも、時間がないからこそ、帰ってからのタイムスケジュールを自分なりに管理して、ダラダラとゲームをしたり過ごしたりせず、この時間はこれをやる、という逆算からの生活設計が非常に重要ですし、このスキルは大人になってからも必ず役に立ちます。
ーースポーツと勉強を両立させることについてはどう思いますか?
勉強、スポーツ、習い事をバランスよくこなすことはむしろ当たり前だと思っています。例えばサッカーをして体を動かし、脳をリフレッシュさせることができれば勉強への集中が高まると思います。子どもにとって同じ姿勢で90分以上集中を続けることは難しいので、勉強だけをしても効率が上がらないのは明らかです。時間をうまく管理して勉強とスポーツを両立させることが重要だと思っています。
そもそもサッカーは、脳から一番遠い足を使ってプレーするため、脳神経を繋げて脳と体を一致させないといけない競技です。足でボールを操るためミスが起こりやすく、とても難しいですが、脳神経の回路をつなげる意味でも幼少期にやっておいて損はないスポーツです。勉強とスポーツをバランスよくこなすことで相乗効果が生まれ、質を追求できるようになります。
子どもを独占ではなく、シェアする時代
ーー本来であれば、学校の授業でしっかりと学び、放課後は思いっきり外で遊ぶことが理想なのですが、現代社会においては簡単なことではないのですね
塾に行く理由は、進学のためというだけでなく、普段の学校の勉強に対応するためでもあります。塾に行かないと学校の勉強についていけないという風潮もあり、これは教育産業が親に対して煽っている部分もあると思います。親は「塾に行かないと学校の授業についていけない」と感じてしまいがちですが、よく考えてみると、早期から詰め込んだからといって、それが中長期的に見て全て良いとは限りません。
まずは目の前の授業にしっかりと向き合うことが重要だと思います。うちの長男の授業の様子を聞くと、周りの子どもたちは「塾で知っているから」と授業を聞かない子どもや、先生に対して高飛車な態度をとる子どもが普通の公立小学校でも見られるようになっていて、非常に残念です。
ーーでは、勉強とスポーツを両立させるためには我々大人がすべきことは何でしょうか?
現代の社会や育成環境は、勉強かスポーツかという二者択一を小学生から迫られるようなものですが、それはおかしいと思います。教育産業も、塾が勉強漬けにしている部分もあるため、相乗効果を理解してほしいです。子どもを取り合う時代ではなく、シェアする時代です。少子化の中で生まれてくる子どもたちには、いろいろなものに触れてもらい、バランスよく好きなものを増やしてもらうことが重要だと思っています。
どれだけ小さいマーケットでもいいので一番になる
ーー話は大きく変わりますが、小澤さんのように好きなことを仕事にする上で、今の若者に対してアドバイスをお願いできますか?
自分が何者でもない状態の時は、自信が持てず、何をやっていいか分からず、資格を取ろうとしたり語学勉強を始めても、三日坊主で終わってしまうことが多いと思います。私も2004年にスペインに行く前は同じように感じていました。しかし、自分なりに今後のキャリアを考えた時、どんなにニッチな市場でも、とにかくその中で一番になることが重要だと思っています。
脱サラしてスペインのバレンシアに移住したのは、バレンシアでサッカーの活動をしている日本人がいなかったからです。ブログを活用し、現地に住んでいることを強みとしてアピールし続けました。最初はバレンシアというニッチな場所からスタートしましたが、そこでナンバーワン、あるいはオンリーワンのマーケットを作り、それを横展開していきました。その結果、「スペインやラ・リーガと言えば小澤だよね」と言われるようになりました。
これが自信となり、強みとなって仕事がどんどん広がっていきました。なので、いきなり全面展開を目指すのではなく、まずは小さいマーケットでも問題ないので、一点突破することを考えてみてほしいです。
世界で認められるジャーナリストに
ーーさいごに、小澤さんの今後の目標をお願いします
50歳までに再チャレンジしたい、という思いがあり、もう一度海外で挑戦することに決めました。今回は家族も一緒に連れていくので、いろいろな手続きや子どもの学校のことを考えると正直大変です。それでも、自分の人生を歩んでいく上で、サッカーと同じようにミスを恐れずに行動することが大事だと思っています。サッカー選手がミスをしたからといって、サッカーをやめよう、と思わないように、自分で決断して行動したことが仮に周りからは失敗に見えたとしても、それを糧に次のステップを踏めると思っています。
もちろん家族を養う上で、安定した職で仕事をすることは間違っていないと思いますが、前回の移住から20年が経過した今こそコンフォートゾーンから抜け出し、行動することが一番大事だと思って移住を決断しました。当面の夢は外貨を稼げるサッカージャーナリストになることです。外貨を稼ぐというのは、単にお金持ちになるという意味ではなく、自分の価値を世界から認められ、評価されることを意味します。小澤一郎という日本人サッカージャーナリストにお金を払って話を聞きたい、彼のコンテンツに価値があると思われるようなジャーナリストになりたいです。
これは結果的に日本サッカーの発展にもつながると信じています。今までの日本サッカー界では、選手が海外で評価されることはあっても、指導者やメディア関係者が評価されることはまだまだ少ないのが現状です。私も前回スペインに行った時は、日本のメディア向けにしか仕事をしていませんでしたが、今はもっと広いマーケットで勝負したいと思っているので、結果的に日本のサッカーメディアにも良い影響を与えることができるように頑張りたいと思っています。
また、子どもたちがスペイン現地の小学校に入ることもあり、彼らの成長を見守りながら、自分自身も成長していきたいと思っています。最終的には、小学生年代の育成に関わりたいと考えていますし、自分のクラブチームを作ることも夢の一つです。晩年は、子どもたちの指導に力を入れ、彼らと向き合うことが自分の人生のまとめになるかなと思っています。そのために、今はまだチャレンジを続け、世界で認められるジャーナリストとして戦い続けたいと思います。
自主練もドリブル塾もないスペインで「上手い選手」が育つワケ
著: 小澤 一郎
出版: 平凡社
発売日: 2024年6月5日