開幕3日前の過ごし方
当企画2回目となるインタビューを行ったのは、Bリーグ2023-24シーズンの開幕戦の3日前だった。「今、何を考えていらっしゃいますか?」と尋ねると、篠山は「意気込みは言い飽きました」と笑った。「意気込みとか今シーズンの目標に言い飽きて、早くシーズンが始まってくれという時期。ナウ」。1ヶ月ほど前に行った開幕前用の取材で、意気込みや目標を聞きまくった身としてはいささか申し訳ない気持ちだ。
「プロの選手は、みんなそうなんでしょうけどね」。そう言った後に「ただ」と続けた。
「例えば何十勝を目指すチームもあれば、とにかくB1にしっかりしがみついて残ることを目標にするチームもあれば、今年こそCSに行きたいっていうチームもある中で、改めて毎年優勝できるチャンスがあるところにいて、そういう戦力も揃っていて、毎年『今年は優勝』『今年こそ優勝』って言えることは普通じゃないというのは毎年毎年思います。加入1年目のどん底を知ってるからこそ、そういうことはふと感じることはありますね」
篠山は2011年、川崎の前身にあたる「東芝ブレイブサンダース」に加入した。そしてその年のレギュラーシーズン、チームは最下位に沈んでいる。2016年のBリーグ創設以来、常に屈指の強豪に数えられている川崎にもこんな時代があったのだ。
「選手の移籍もめちゃくちゃ増えてきたし、大きい資金を持っているオーナーさんも増えた。リーグ自体の盛り上がりを感じつつ、川崎としてもちろん結果を残したいという思いもありつつ…みたいな感じじゃないですかね。ワールドカップの影響もあるし、開幕節とか一回り目にどれくらい新規のお客さんが来てくれるかなとか」
今シーズンで加入12年目。新たなシーズンの開幕に大きな高揚感を覚える年頃はとうに過ぎ去っている。今はただ、高い目標を持てる場所にいることに感謝しながら、ゆるやかに築かれてきたルーティーンに身を委ねながら、穏やかにその日に照準を合わせる。
「川崎って基本試合の2日前がオフになるんです。3日前にコンディションを上げて、2日前は休んで、前日に調整してゲーム。なので、毎年開幕戦2日前の朝は疲れていないとちょっと不安になるところがあるかもしれません」
取材を行う前、篠山はアシスタントコーチのサポートを受けながら1時間半ほどの自主練習を行っていた。取材直前に着替えたはずのウエアには、再び汗がにじんでいた。
プリクラ売買の噂と鋭角眉毛
少し前に、篠山の中学生時代に関する記事を書く機会があった。執筆にあたって資料を探しているときに、過去のインタビュー記事にこんな一節を見かけて、目を疑った。
「当時、他校の女子の間で僕のプリクラが売買されていたらしいです」
篠山に改めて問うと、「本当ですよ、たぶん。『売られてる』って友達から聞きましたから」と言った。中学生にして『売る』という発想に至った元締め(詳細は不明)もとんでもないが、お金を払ってでもプリクラを欲しいと思わせた篠山の人気ぶりもすさまじい。
“篠山ガールズ”たちはプリクラだけでは飽き足らず、生の篠山を見るために学校まで押し寄せたという。
「外練習のとき、うちの中学じゃない体操着の女子中学生がやたらといる時期はありました」。篠山はそう言った後、篠山は「もしその子たちが『サッカー部を見に来てた』ってことだったら話は終わっちゃうんですけど」と言った。確かにそのとおりだ。
「実際どうだったんですか?」と聞くと「見てたでしょそりゃ。見られてると思ったらこっちも見るしね」と言った。そして筆者、岡元、広報K氏に、(確証があったのに予防線を張っていたんだな)とばれたことを察知したのか、「見るでしょ、そりゃ。ドスケベ中学生なんですから!」と妙な言い訳をしていた。
中学時代にこれだけの伝説を残した男。全国屈指の強豪である北陸高校ではさらにモテたに違いないと思ったが、意外にもこれは違った。
「北陸バスケ部は福井県で全然モテません。県外から来た選手ばっかりだし、嫌味のように強いし、部員も多くてノリが派手。だから、県とか北信越の決勝は、いつも会場中の女子たちが相手チームを応援するんですよ。それにすげえ腹が立ってひたすら全力でオールコートマンツーマンし続けるという。人気、なかったですね」
全国に出ても、女子人気では洛南高校や福岡大附属大濠高校には太刀打ちできなかったという。当時の北陸はルックスのいい選手が多かっただけに意外だったが、「しょせん(ユニフォームが)黄色で坊主だから」というのが本人の見解だ。
「髪型をお手入れできない分、坊主の人たちって眉毛に行くんですよ。これはたぶんどこも共通だと思うんですけど。より鋭く、より鋭角に。親から『眉毛の上と眉頭はいじるな』と教育されてたんで、先にいくほど細くしていって、スラムダンクみたいにギュインと上げて、最後はへの字にバシッと降りてくるというのを目指してやってました」
当時の月刊バスケットボールを開いてみる。北陸高校の選手たちの眉毛はいずれも高校球児ばりに整っており、篠山のそれも筆で描いたかのような見事な「へ」だった。
ちなみに北陸高校、女子モテはイマイチながらキッズたちからは絶大な人気があり、サインを求められることもままあったらしい。篠山の現在のサインの原型は、高校の授業中に生まれたものだという。
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“背筋の張らないインタビュー”というコンセプトでスタートした当企画だが、それにしてもとりとめなく、締まりどころなくインタビューは終わった。レコーダーの最後に残されていたのは、3シーズンほど紐(細いヘアバンド)で前髪を固定していたせいで、前髪に今まではなかった癖がついてしまったというやり取りだった。
撤収作業を終え、練習場を出ようとしたところで、クラブハウスに戻る篠山と遭遇した。加入時に購入したという、チェーンがさびつき「あと1回ギアチェンジしたら壊れるレベル」という自転車にまたがり「チャリの名前でも募集しようかな……」とつぶやく。
開幕前最後のオフは、普段どおりに過ごす予定だと話した。オフの日課は長男と次男の幼稚園への送迎。年代物のシティサイクルから電動アシストつき自転車に乗り換えた国内屈指の知名度を誇るプロバスケットボール選手は、自転車の前後に子どもを乗せて颯爽と街を駆け、公園でどんぐりを拾ったりするのだろう。