『大分県竹田市』は、大分空港と熊本空港のちょうど中間に位置し、かつての城下町の面影を今に残し、歴史情緒に満ちた町並みが魅力である。滝廉太郎のふるさとでもあるこの街は、大自然に囲まれ、温泉地としても有名だ。そんな場所を拠点とする稲葉学園女子サッカー部は、2018年に創設されて以来、全国大会出場を目指して精力的に活動している。2021年に同校のサッカー部の監督に就任した横田悠樹さんは、「日本一関心を引くチーム」をテーマに、街との連携はもちろん、外部コーチの招聘や、選手主導でSNSを強化する等、さまざまな取り組みを行ってきた。3年生にとって、最後の大会を控えたこの時期、横田監督に話を伺った。
指導者として歩み始めるまでの道のり
── 30歳という若さでJFA「A級」ジェネラルライセンスを取得されていますが、横田さんのこれまでの指導者としてのキャリアを教えていただけますか。
高校時代にスペインに留学した経験から、大学卒業後は海外でサッカーに関わりたいと思いました。偶然にも、高校時代の友人が中国に滞在していて、その縁で中国・蘇州にある育成年代のサッカースクールでコーチとして働くことになりました。
── 大学を卒業して、すぐに中国へ行かれたのですね。
表現が難しいのですが、大学で教員免許を取得したので、「教師にはいつでもなれる」と思い、まずは海外で経験を積みたかったんです。
── 海外で働く中で、難しさや苦労したことはありませんでしたか?
子どもたちの成長を間近で見る喜びはもちろんありましたが、中国での生活は、苦労した経験の方が強く印象に残っています(笑)。自分の力だけでは解決できない問題が発生した際には、優秀な駐在員の方々からアドバイスを受けに行くこともありました。
── 具体的にどのようなことが大変でしたか?
元々はコーチとして働くという話でしたが、コーチ業以外にもマネジメントや財務面の仕事も担当することになりました。今となっては20代前半でその経験ができたことは、非常に貴重なものになっていますが、当時はまだ知識や経験が浅く、本当に苦労することばかりでした。
── まさに「リアルサカつく」の世界ですね。。
はい。中国版の「リアルサカつく」です(笑)
恩師との再会で、本格的に指導者としてキャリアを築く
── 日本へ帰国されたきっかけを教えてください。
中国で2年半を過ごした後、母校である日本文理大学サッカー部からコーチのオファーがあり、帰国しました。そこで僕が大学生の頃からお世話になっている恩師と再会し、本格的に指導者としてキャリアを築く覚悟を決めました。
── 日本文理大学サッカー部にはコーチとして何年間在籍したのでしょうか?
7年間です。この間にA級ライセンスも取得しました。
── A級ライセンスを取得したことで、指導者としてキャリアを進める上で様々な選択肢があったと思いますが、稲葉学園(当時:竹田南高校)の監督に就任した背景を教えてください。
有難いことに、稲葉学園以外にも、Jリーグのアカデミーコーチや大学サッカー部のヘッドコーチなど、いくつかのオファーを頂きました。その中で稲葉学園だけは唯一、監督としてのオファーだったことと、女子サッカーにチャレンジしてみたいという想いが強かったです。
── 稲葉学園女子サッカー部の第一印象はどうでしたか?
最終的に稲葉学園の監督を引き受ける決断に至ったきっかけにもなるのですが、サッカー部の見学に行った際、選手たちが本当に楽しそうにサッカーをしている姿がとても印象的でした。直感的に、「ここの選手たちとは必ず素晴らしい関係を築けるだろう」と感じました。また、環境面においても、寮からグラウンドが近く、ナイター設備も整っているため、サッカーが大好きな選手たちにとって最適な環境だと確信しました。
── 稲葉学園の選手はいつも明るく、楽しそうにサッカーをしていますよね。
学校全体の雰囲気が良い意味でカチッとしすぎず、先生方も含めていつも笑顔で活気にあふれています。この雰囲気が、精神的な余裕を生み出し、サッカーにもポジティブな影響を与えていると感じています。
生涯を通じてサッカーを楽しんでほしい
── 稲葉学園の監督に就任して2年が経ちますが、男子サッカーと女子サッカーで違いはありますか?
稲葉学園の選手たちを指導する中でも感じることではありますが、「本当にサッカーが好きな選手が多いんだな」という印象があります。おそらくこの背景には、女子サッカーを取り巻く環境が影響していると考えています。例えば、「サッカーを続けたいけど、県外に出ないといけない」「学校は好きだけど、女子サッカー部がない」といった、女子サッカーの普及に関する課題が依然として存在しますが、稲葉学園の選手たち含めて、親御さんらの協力もあって、今もサッカーを続ることができている選手たちのサッカーへの取り組み方や姿勢というのは、これまでの指導環境とは大きく異なります。
また、プレー面に関しては、男子に比べて戦術的な要素や頭を使ったプレーに関するレベルが高いと感じています。自分達が主体的に考えてプレーする姿勢は、女子サッカー特有なのかもしれません。
── そういった普及の観点から稲葉学園ではサッカースクールを立ち上げたと聞きました。
はい。今年からOBS大分放送さんとの共同でサッカースクールを立ち上げました。週に2回程度、 練習が終わった後にグラウンドを地域の子どもたちに開放し、交流を深める取り組みです。スクールのコーチには稲葉学園の選手も参加しているのですが、女性ならではと言いますか、子どもたちと一緒に遊んだり、子どもたちにサッカーを教えることに関して、選手たちのアプローチが非常に良いです。この企画自体が好評であることはもちろん嬉しいのですが、この取り組みを通じてサッカーの指導者に興味を持つ選手が出てきたことは、本当に嬉しかったです。
── とても素敵なエピソードですね。普段、指導する際に心がけていることを教えていただけますか?
サッカーを通じて相手をリスペクトする、苦難を乗り越えるといった人間的な成長も促していけるような指導を心がけています。僕の個人的な想いとして、選手たちが高校を卒業した後も、サッカーを好きでいてほしいんです。プロサッカー選手になることだけがゴールではなく、将来、親になったときも子どもと一緒にボールを蹴ったり、生涯を通じてサッカーを楽しんでほしいと思っています。
稲葉学園らしく、笑顔がたくさん溢れる試合にしたい
── いよいよ9月30日から3年生にとって最後の大会である「選手権」が始まりますね。全国大会に出場できる条件を含めて、意気込みを聞かせてください。
男子とは異なり、女子サッカー部は各都道府県でのチーム数が少ないため、選手権の場合、九州大会で勝ち進んだ4校のみが全国大会に出場できます。稲葉学園は2018年に創設されて以来、まだ全国大会に出場したことはありません。学校として歴史を変えるという意味でも、その目標を達成したいと思っています。
── 九州大会を戦う上で、まずは9月30日に行われる柳ヶ浦高校戦がキーポイントになりますね。
それは間違いありません。大分には稲葉学園と柳ヶ浦高校の2校しかなく、過去、インターハイを含めて柳ヶ浦高校に勝ったことはありません。これまでの先輩たちの想いを背負って戦う選手たちにとって、柳ヶ浦高校に勝つことは、「全国に行くこと以上に価値がある」と思っている選手も多いと思います。稲葉学園らしく、笑顔がたくさん溢れる試合にしたいと思っています。
── 「笑顔がたくさん溢れる試合」というのは稲葉学園らしさが詰まっていますね。
そこが僕たちの強みなので(笑)
── 最後に、横田さんのこれからについて聞かせてください。
日頃から稲葉学園を応援していただいている方々のためにも、全国大会出場という目標は叶えたいです。個人的には、S級ライセンスを取得して、Jリーグ、WEリーグといったプロの舞台にチャレンジしたいと思っていますし、次世代の指導者育成にも関わっていきたいと思っています。
稲葉学園高校 女子サッカー部
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