FOOTBALL

高丘陽平 「可能性はまだ残されている」

interview |

text by Kazuki Okamoto

バンクーバーの夏の日中の気温は30度前後。カラッとした気候が過ごしやすさを漂わせている。
取材時間となる現地時間20時を過ぎても、外はまだ明るい。

私がかつて米・サンディエゴに留学していたころ、ホストマザーに「夏はバンクーバーがおすすめよ」と言われたことを思い出す。

現地の人々が口を揃えて「夏のバンクーバーはパーフェクト」と語るように、高丘陽平もこの素晴らしい土地で充実した日々を過ごしていた。

「こっちに来てからサッカーに対して自分の全てを捧げているような感じがします。単純に時間が足りないというか、オフの日でも誰もいないピッチで試合の振り返りをしています」

昨シーズン、横浜F・マリノスの優勝に大きく貢献し、自身初となる「2022Jリーグベストイレブン」にも選出された高丘の新天地は意外にもメジャーリーグサッカー(MLS)であった。

「2022年シーズンが終わった段階でヨーロッパでの移籍先を探していたんですけど、そのタイミングではオファーがなかった」
と当時を振り返る。

そんな中でMLSバンクーバー・ホワイトキャップスからの熱意あるオファーには「直感的に心を動かされた」と高丘は話す。

「チームがこれから目指すビジョンを全部聞けましたし、日本人のGKがMLSに来たことはなかったので、自分が新たな歴史を作るというか、自分のプレーが日本人GKの評価に繋がる責任の重大さもありますし、そういったところを含めて凄くチャレンジのしがいがあるものだと思って移籍を決断しました」

チームの移動はチャーター機

Jリーグと同時期に設立されたMLSであるが、今では平均観客数はJリーグの約2倍、選手の平均年収はJリーガーの約4倍となっており、2022年のクラブ収益も1位浦和レッズの82億円に対してLAFCは165億円という圧倒的な数字を記録。さらに放映権でもJリーグとは100億円以上の差が開いている。

かつてデビッド・ベッカムがレアル・マドリードからロサンゼルス・ギャラクシーへ移籍したことは世界中で大きな話題となったが、遂にはあのリオネル・メッシさえもインテル・マイアミへと移籍した。

そんな成長が著しいMLSの印象について、高丘は「特にスタジアムが非常に考えて作られている」と話す。

「どこのMLSクラブのスタジアムを見ても、収容人数は大体2万人から最大でも2.5万人。毎試合、スタジアムが満員になるように設計されていて、陸上トラックはありません。それにスタジアムまでのアクセスも便利です。アメリカは国土が広いので、アウェイはほとんど飛行機移動になるんですけど、飛行場からスタジアムまでのアクセスも30分、遠くても45分の場所に作られています」

さらに、チームの移動にはチャーター機が利用されており、移動面でのストレスはかなり軽減されているようだ。

「試合が終わるとすぐにバスに乗り、飛行場まで移動し、チャーター機の近くで降ろしてくれます。ナイターの試合でも後泊する必要はなく、その日のうちに家に帰ることができるのは嬉しいですね」

「この半年で明らかにシュートレンジが広がった」 高丘が感じた確かな手応え。

横浜F・マリノス時代はポゼッション志向のチームだったこともあり、攻撃時には11人目のフィールドプレイヤーとして後方からの組み立てに参加。足元の技術にも定評がある高丘はチャンスの起点となる役割も果たしていた。

しかしながら、「MLSでは足元の技術がそれほど重要視されていない」と高丘は述べ、MLSで求められるGKの役割について次のように分析している。

「MLSではGKとして単純にシュートを止めることやクロスボールへの対応が求められていると思います。しかし、いろんな試合をチェックする中で足元のミスから失点につながるシーンもあるので、足元の技術は守備において必要不可欠だと感じています。足元の技術は自分を守るためというか、失点を防ぐための一つのスキルとして大事だと思いますし、得点を生み出すチャンスを作り出す意味でも、非常に大事なポイントになると思っています」

ここまで、「足元の技術」についてフォーカスしてきたが、MLSに移籍して半年が経過し、当然手応えを感じた点もある。

Jリーグ全体を見渡しても、攻撃時にはある程度組織的にボールを保持して主導権を握るプレースタイルが主流となる中で、高丘は「MLSには個の能力が高いアタッカーが多いので、一人で剥がしてシュートまで持ってくるシーンが格段に増えた」と話し、このようなシュートを日頃の練習から受けることで「この半年で明らかにシュートレンジが広がった」と自身の成長にも大きな手応えを感じている。

新たなGKコーチとの出会い

チームが変われば当然コーチも変わる。
高丘にとって、現在のGKコーチであるYoussef Dahha氏との出会いが自身の成長をさらに加速させてくれている。

「日本人よりも要求が細かく、考え方がとてもユニーク」と信頼を置くYoussef DahhaGKコーチのポジショニングに対しての考え方について「新たな自分を引き出してもらっている」と話す。

「例えば、『ペナルティエリアの外側で相手がボールを保持している状況かつ味方DFが相手と対峙してる状況であればGKのポジションはここ』とか『相手がペナルティーエリアの中に入ってきてかつクロスを上げられる状況だったらGKのポジションはここ』とか、本当に細かく決まっていて、Jリーグで9年間プレーしましたけど、そこまでポジショニングについて細かく言われることはなかったですし、こっちに来て新しいポジショニングを教わりながら、トライ&エラーを繰り返しながらやっているんですけれども、日本にいたときよりも景色が違って見えますし、今まで出れなかったボールにも出れるようになりました」

高丘は続ける。

「まだまだ勉強段階ではありますけど、これを身につけることで他のGKとの違いを作ることができますし、もっと自分が上に行くために必要な過程だと思ってプレーしています。プレースタイルを変えることやポジショニングを変えることは失点のリスクが上がる可能性もあるんですけど、残り3、4ヶ月のリーグ戦の中で、これからもっと良くなる感覚は持ってます」

横浜F・マリノスにいたことで、覚えた言葉をすぐに話すことができた。

Jリーグから毎年のようにフィールドプレイヤーが海外挑戦を果たす中で、GKの海外挑戦は今もそれほど多くはない。

その理由の一つは「言語」であろう。もちろん、言語のアドバンテージを覆すような絶対的なプレーを見せることができれば問題はないのかもしれないが、フィールドプレイヤーとは異なり、守備の中心として味方選手とのコミュニケーションが必要とされるGKという特殊なポジションにおいて、言語の習得は避けることができないであろう。
日本代表として初招集から約15年間プレーし、現在も欧州で活躍を続ける川島永嗣も7カ国の言語を習得したという。

高丘が本格的に英語の先生をつけて勉強を始めたのは意外にも「2022年から」だと言う。

たが、その先生のレッスンはかなり厳しく、毎日やることが決まっていた上に、必ずやったことを報告するというノルマが課されていた。しかし、高丘にとって言語を習得する上で横浜F・マリノスに在籍していたことは幸運でもあった。

「監督がオーストラリア人で通訳の方も英語を話すことができたので、英語に触れる機会が多く、自分で勉強したことをすぐトライできる環境は恵まれていたと思います」

日本代表でプレーするという目標がなかったらそのままJリーグにいる選択肢もあったと思う。

「可能性はまだ残されている」に違いない。

現在27歳の高丘にとって次なる目標は、「欧州の5大リーグでレギュラーとしてプレーする」こと。そして高丘は「日本代表」への思いも口にした。

「日本代表としてプレーしたいという夢は小さい頃からずっと変わらないですし、そのために海外に移籍しました。日本代表でプレーするという目標がなかったらそのままJリーグにいる選択肢もあったと思うんですけど、自分の目標を叶えたいと考えた時に、環境を変えて海外でプレーすることがGKの幅を広げる、人間としての幅を広げる意味でも大事だと思ったので移籍を決断しましたし、『日本代表』というところは僕自身、食い込んでいかないといけないと思っています」

———————————————————–

あとがき

高丘選手と初めてお会いしたのは、2022年12月31日の大晦日。
「Goal Keeper Project」の活動の一環で早川友基選手(鹿島アントラーズ)や早坂勇希選手(川崎フロンターレ)らと共に自主トレの様子を撮影したことがきっかけでした。

偶然にも高丘選手と同じ年齢だったこともあり、必然と応援したいと思える選手の一人に。
「しばらくは横浜F・マリノスで不動の地位を築くのかな〜」なんて思っていた矢先にリリースされた「MLS移籍」には、正直驚きました。

今回はオンライン取材でしたが、半年ぶりに高丘選手とお話させていただき、自らの言葉で丁寧に質問に答える姿勢やその表情からバンクーバーでの充実さが伺えました。

取材の終わりに、高丘選手の今後の目標を尋ねる中で、「環境を変えて海外でプレーすることが自分としてはGKの幅を広げる、人間としての幅を広げる意味でも大事だと思った」という言葉を聞き、イチローが引退会見で語った「外国人になることの意義」について話していたことを思い出し、最後の最後に「高丘選手にとって海外でプレーすることの意義」について質問しました。

「海外に出て、いろんなチームメイトを見ることや異なる対戦相手と戦う経験、そして現地の人々と交流することは、日本にいるだけではなかなかできない貴重な経験です。確かに日本にいれば、日本語で全てを伝えることができますが、こっちに来ると日本語を話す人は圧倒的に少ないです。世界の人口が70億人ほどいる中で、日本の人口が約1億人と考えると、日本語を話す人はごく一部に限られます。もちろん、日本語は素晴らしい言語であり、日本人であることを僕自身誇りに思っていますけど、海外に出てみると、改めて日本の良さを理解できると同時に、改善が必要な点も見えてくることがあります。自分が経験してみないとわからないことが本当にたくさんあるので、それらをどう受け止め、次にどう繋げていくか、自分自身が経験したこと、目で見たことを肌で感じることが全てなのかなと思います」

高丘選手のこれからの飛躍を心から応援しています。

Design:Tomoya Onuki

PROFILE

高丘 陽平(Yohei Takaoka)
高丘 陽平(Yohei Takaoka)
1996年3月16日、神奈川県生まれ。横浜FCジュニアユースからユースに昇格し、2014年にプロデビューを飾る。その後サガン鳥栖を経て2020年に横浜F・マリノスへ移籍。2022年シーズンではチームで唯一リーグ戦に全試合出場。リーグ最少タイの35失点に抑えるパフォーマンスを披露し、チームの3年ぶり5度目のリーグ優勝に貢献。同年のJリーグ・ベストイレブンにも選出された。2023年バンクーバー・ホワイトキャップス(MLS)へ移籍。

Feature
特集

Pick Up
注目の話題・情報