BALLET

「私はまだまだ、こんなもんじゃない」表現と感情が一致する瞬間を求め続けて。バレリーナ|中濱瑛

interview |

photo by Kazuki Okamoto / text by Reiya Kaji

「バレリーナ」という職業の人は、あなたの身近にいるだろうか。

観るものを釘付けにする美しさ。それを手に入れるための努力、厳しい練習。舞台に立つための熾烈な争い。

フィクションの世界に登場するバレリーナは、一様に厳しい世界の住人として描かれていた。教室でいじめに遭う『グレイテスト・ショーマン』の主人公の愛娘・キャロライン。『宇宙兄弟』では、自身がバレリーナとして再起することを示し、リハビリ中の宇宙飛行士の支えとなるオリガ。みんな、一度はバレエを辞めようとしている。

今回インタビューさせていただいたのは、バレリーナの中濱瑛さん。3歳からバレエを始め、中学生の頃にはバレエのためにカナダへ留学。現在はシンガポールバレエで、ソリストとして踊っている。2017年に主役デビュー。2020年には「ロミオとジュリエット」でジュリエットを演じるなど、バレリーナとして着実にキャリアを重ねている。

バレエという大変な世界で、それも異国で戦っているということは、とんでもなく強く厳しい方なのでは……と若干の緊張を感じつつお話を伺ってみると、柔和な表情でこれまでの人生を振り返ってくれた。社会や学校、それぞれの舞台に立つすべての人へ届けたいインタビューです。

現在はシンガポールバレエで、ソリストとして活躍中の中濱瑛さん

小学生の頃に目指した、プロの世界

3歳のころ、バレエを始めた。始めた時の記憶はほとんどないという。愛娘に多くの選択肢を与えようと、両親がピアノや水泳など様々な習い事の見学に連れて行ってくれた。その中でも「ビビッと来た」のがバレエだった。かわいい、きれい。そんな気持ちで始めたが、小学生の時に観たロシアのバレエ団の公演『くるみ割り人形』に衝撃を受けたという。

「プロになりたい、と思いました。観る側ではなく、表現する側になりたいと憧れました。でも、日本でやっていてもプロになるのは難しい。とにかく早く海外に行かないと、と思いました」

日本国内には、バレエだけの専門学校は存在しない。習い事としてバレエを続けることは可能だったが、朝から晩まで「バレエ漬けで、合間に勉強をする」ような環境を求めると、選択肢は自ずと海外に絞られた。

「12歳で、怖いもの知らずでした。どうしても行きたい!という気持ちが強くて。逆に、高校生になっちゃったら言語の問題や友達ができないかも、などと心配して踏み出せなかったかもしれません」

父親は「そんなに若くして、一番上の娘を海外に行かせるなんて」と難色を示した。しかし本人の粘り強い説得、そして母親の後押しもあり、カナダ・ウィニペグのRoyal Winnipeg Ballet Schoolへの留学が決まった。

「着いてから、そういえば英語わからないや、と思いました(笑)。でも、バレエのステップなどに関わる言葉は世界共通で、意外とついていけました。授業も数学では「みんな、分からないところはアキラに聞いて」と先生が言ってくれたり。日本のカリキュラムの方が進んでいたんです。でも、国語(=英語)が本当にわからなくて……文章読解とかは、もう……」

ウィニペグの冬は厳しく、時にはマイナス40℃を記録するほど。気候も環境も言語も、東京出身の少女にとって全てが違った。食事が体に合わない、という経験もした。栄養士が学内のカフェテリアに付いている環境だったが、そもそもアジア人と西洋人では体の作りも違う。

「和食で育ってきていますし、カロリー的にもきっとオーバー気味でした。今思うと、栄養学に関する知識もつけてから行けばよかったんですが、そんな余裕も無くて。お菓子食べ過ぎたらダメだな、という認識だけがありました」

卒業直近の進路面談で「プロでは通用しない」

異国の環境に食らいつきながら充実した5年間を過ごし、卒業間近。担任の先生との進路面談が行われた。ここで、厳しい現実を突きつけられる。

「面談で「アキラはプロでは通用しないからやめた方がいいと思うよ」とハッキリ言われました」

先生にとって、プロのバレリーナを目指す生徒の評価軸は多岐にわたる。足の長さなど、体型。世界的に見て「このバレエ団にフィットするだろう」という直感。何回転できるか、どれくらい飛べるかという技術。

数多くの生徒を見てきた上で、先生は自分の将来を心から思って言ってくれている。そんな先生が言うのであれば、もう辞めるべきなのか?確かに、自分よりもスタイルが良くて舞台映えする人はいる。でも、なぜ卒業も間近になった今になってそれを言うのか?ここまで頑張ってきたのはなんだったのか?

それでも、先生が言っていることはあくまでも個人の意見。諦めず、別の先生に推薦状を書いてもらい、ワシントンDCのバレエ学校、Washington School of Balletのビデオオーディションを受けた。結果、見事合格。研修を受けることを許された。

合格者のいないオーディション

必死に、なんとかプロのバレリーナになりたい、と辿り着いたワシントンDC。ここでは日々のレッスンのみならず、ワシントンのバレエ団の公演に参加することができた。地道に鍛錬と舞台経験を積み、アメリカ国内のみならず世界中のバレエ団のオーディションを受けた。厳しいオーディションにも幾度となく遭遇した。

「2,000円〜3,000円のエントリー料を払って参加して、20分ほど踊って肩を叩かれて「帰っていいよ」と言われる人もいる。中には枠がゼロなのに「採用はやってます」という体を取るためだけにオーディションをやることもあります。推薦状がある人は採用するけれど、オープン参加の人は誰も取らないということも普通にあります」

それでも、彼女の努力とそれに伴う成長は、周囲にしっかりと伝わっていた。シンガポール人の校長が現在の所属先であるシンガポール・ダンスシアターに紹介状を書いてくれた。研修生として入団が決定。「プロになれないと思う」と言われてから、僅か1年での出来事だった。

目の前の瞬間だけに

幼少期から大好きなバレエとはいえ、プロとして、仕事として舞台に立っている。重圧を感じることも少なくない。舞台を楽しむのに、コツはあるのだろうか。

「オン / オフの切り替えは結構上手い方だと思います。特に目の前の瞬間に集中するための切り替えはすごくやります。例えば、舞台中に「さっきのターンがうまくいかなかった……」というミスは考えないようにしています。終わってから反省すべきことなので、その場に置いていこうと。舞台は1時間半ほどあるものなので、ずっと集中し続けることは難しいです。ミスがあっても、目の前の瞬間だけに集中していこう、という気持ちでいます」

毎年12月には公演がなく、「オフ」の日が続くという。意識的にバレエ以外のものに触れる。しかし、結果的にそれがバレエに返ってくる実感があるという。

「口実かもしれないですが、色々なものに触れることで結局バレエに返ってくる気がします。本だけ持って良さげなカフェに入ってみたり、ネットフリックスだけ見る日があったり……。2020年に演じたジュリエット役は、最後に自殺してしまう15歳の少女。当然私が経験してきた人生ではないし、年齢も違うので、いろんな映画や本から役作りを研究しました」

バレエをやっていて、よかった

それでも練習については「まあまあしんどい、好きじゃないとできないと思う」と語るが、バレリーナであることに幸せを感じる瞬間は多い。その一つが、自分をコントロールしながら、成長を実感した時だ。

「バレリーナとしての私は、跳ぶことが苦手です。でも回ることや止まること、安定させることは得意。成長も早いです。でも、苦手なこともちょっとずつ克服しないといけない。そんなとき「今日から頑張る!」と1時間練習すれば、その日は満足するかもしれません。でも毎日続けるのは大変ですよね。だったら、10分頑張るのを6日続けて習慣にしていく、ということが大事だと思っています」

自分の実力以上の役を演じ、心が折れそうになりながらも、努力でカバーして、本番で合格点以上のパフォーマンスを出す。お客様からの賞賛の声を聞く。そして、最も幸せを感じる瞬間は、舞台上にあるという。

「踊っている時、自分を俯瞰で見られるような瞬間があります。もちろん演技のことを考えているけれど、オーケストラとの息がぴったり合ったり、パートナーと気持ちが通じている感じがしたり……一瞬冷静になるときが、たまにあります。その時は本当に「バレエをやっていてよかった、幸せだ」と思います。外界からシャットアウトされるような感覚があって、集中力が頂点に達したときなのか……練習以上のことができるようになったりはしないですし、表現と感情が一致したとき、バレエを楽しんでいる実感が凄くあります」

私はまだまだ、こんなもんじゃない

年齢や立場に関係なく、その時々で目標への最短距離を探して、周囲の助けも借りながら、バレリーナとしてのキャリアを全力で進んできた。今後について、イメージを尋ねてみた。

「指導者になるんでしょ?と言われることが多いですし、やってみたい気持ちも無くはないです。でも、そう言われると他のことをやってみたくなる性格でもあります。実は、スポーツマーケティングを学んでみたいんです。バレエは、スポーツチームのように勝ち負けがあるわけではないので、集客や宣伝で苦労することがあります。一方で、バレエをやる側も「わかってくれる人に観てもらえたらいい」という驕りのような空気があります。何か応用できることがあるんじゃないかなって」

やりたいこと、できるようになりたいことを見つけて、絶えず自身の成長に真っ直ぐ向かっていく中濱さん。最後に、なぜそこまで前向きにバレエに取り組めるのかを聞いてみた。

「私はこんなもんなんだ、と思うから落ち込むんじゃないかな、と思います。プロになってからも、公演のビデオを見て直すべきところがたくさん見つかりますが「直せるところがあるのは幸せだな、まだ伸びしろがあるな」と思わないと落ち込んでしまいます。「私はまだまだこんなもんじゃない」ぐらい、根拠がなくても思っておかないと。そしたら希望が持てると思います」

PROFILE

中濱 瑛(Akira Nakahama)
中濱 瑛(Akira Nakahama)
3歳からバレエを始め、プロのバレエダンサーになるため中学1年生からカナダのバレエ専門学校へ留学。卒業後、研修生として米国・ワシントンD.C.のバレエ学校ワシントン・スクール・オブ・バレエに入学。その後、世界中のバレエ団への応募やニューヨークでの数々のオーディションを経験し、2010年10月にシンガポールダンスシアター(現シンガポールバレエ)に研修生として入団。2012年に正団員となり、2017年に「くるみ割り人形」金平糖の精で主役デビューを果たす。2019年にソリストへと昇格し、現在もシンガポールで活躍中。

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