BASKETBALL

「福井にはブローウィンズがある」と誇れる未来へ。湯本眞士がクラブに込めた“意志”

interview |

photo by Nagisa Yokokawa / text by Mai Nishimoto

福井県初のプロバスケットボールクラブとして誕生した福井ブローウィンズ。

その歩みは、決して最初から順調だったわけではない。一度はBリーグ参入を目指して申請するも審査を通過できず、構想は立ち止まることになった。

それでも、福井で生まれ育ち、地元に初のプロチームをつくりたいという強い想いを持つ湯本眞士は、手を挙げた。

福井でスポーツを事業として成立させること。その先に、地域のシンボルとなるクラブをつくること。そしていつか、誰もが誇れる存在にすること。立ち上げから現在まで、その根底には一貫して、クラブを一部の人だけのものにしないという考えがある。

福井ブローウィンズは、誰のために存在するのか。急成長の先に、どのような未来を描いているのか。クラブ創設の原点から組織づくり、そして福井に残したいものまで、話を聞いた。

「想いだけでは駄目だった」。クラブ誕生の原点

まず、福井にプロバスケットボールクラブを立ち上げることになった経緯を教えてください。

始まりは2020年から2021年にかけてのコロナ禍でした。当時、一般社団法人を立ち上げて、私は理事として活動していました。出身校である北陸高校の先輩が代表理事を務めていて、最初は3人ほどでスタートしました。

ちょうどコロナ禍で大会も少なくなっていましたし、まずは福井でバスケットボールを通して何かできないかと考えました。屋外でできる3×3(3人制バスケットボール)を中心に、いろいろな場所で活動を広げながら、最終的にはBリーグを目指したいと考えていたんです。その活動を続ける中で、一度B3参入の申請もしました。ですが、残念ながら審査には通りませんでした。

一度、壁にぶつかったのですね。

もちろん自分たちの力不足です。その時に痛感したのが、想いだけでは駄目なのだということでした。Bリーグもプロスポーツであり、ビジネスです。しっかり事業として成立させられる組織でなければいけません。自分たちとしては、「これだけ福井で活動しているのだから理解してもらえるだろう」という気持ちもどこかにあったと思います。まだまだ甘い気持ちでしたね。

特に問われたのは、資金力と組織の人の質です。それらを突きつけられて、一度目の挑戦は終わりました。

それでも、そこで終わらなかったのはなぜだったのでしょうか?

断念した時にみんなで話をして、「じゃあ私がやります」と手を挙げました。1年以上にわたって福井で活動していく中で、少しずつ福井を盛り上げたいという気持ちが芽生えてきたんです。妻は名古屋出身なのですが、「こんなに郷土愛が強い人だと思わなかった」と言われたくらいです(笑)。自分の中でも、どこかでスイッチが入ったんでしょうね。

当時は自分の子どもたちも学生で、授業がリモートになったり、修学旅行がなくなったりしていました。そんな中で3×3のイベントを開くと、地元の方が非常に喜んでくださったんです。その光景を見た時に、「こういうものを福井で創らないといけない」と、次第に使命感のようなものに変わっていったのだと思います。

福井には北陸高校をはじめとしたバスケットボールの土壌があります。一方で、プロクラブとして事業を成立させるとなれば話は別だと思います。当時、福井という地域の可能性をどのように見ていたのでしょうか?

一つ大きかったのは、将来的にアリーナができるという話があったことです。行政や経済界の方々との関わりの中で、そういう構想があることはうっすら把握していました。

正直に言えば、それがなければこの事業も今ほどのところまでは来ていなかったかもしれません。逆に、アリーナができる可能性があるからこそ、オーナーとも話をする中で成功する確率はあると考えることができました。変な言い方かもしれませんが、やはり事業なのでそこは計算しないといけないんです。

単純にバスケットボールが好きだから、バスケットボールの試合をやる。B3から始めて、バスケット好きの人を集めて、毎試合何百人、よくて1000人くらいのお客さんの前で試合をするというだけでは、私が考えていたプロクラブとは違いました。それでも面白くないと思っていましたね。

当時は、福井でプロスポーツを成功させること自体に懐疑的な声もあったのでしょうか?

当時は、周辺を見てもプロスポーツを継続していく難しさを感じさせる事例がありましたし、福井でも地域リーグの野球チームが活動を終えるような時期でした。サッカーも含めて、スポーツ環境に対してはネガティブな見方が強かったと思います。だからこそ、止められるような声も多かったです。

でも、私は逆だと思っていました。スポーツが育っていないのは、ちゃんと戦略を立ててやってこなかった部分もあるのではないか、と。ターゲットを絞って、その人たちをしっかり盛り上げていく。そして、その地域のシンボルになるようなクラブを作ることができれば、福井でもできるという自信がありました。

当初から、バスケットボールだけに閉じないクラブ像を描いていたのでしょうか?

そうですね。一人でやろうと決めてから、今でいうパートナー企業になるような会社にも、「こんなことをやってみたいです」と話をしていました。オーナーとも、アリーナだけではなく、街中でフェスをやったり、エンターテインメントの事業を一緒にやったりする中で、非常に親和性が高いと感じていました。バスケットボールだけではなくて、組み合わせることで面白いコンテンツが作れるのではないかと。

もちろんオーナーにとってもビジネスですから、バスケットボール事業として本当に成立するのか、アリーナにはどれだけのリスクがあるのか、県をはじめとした支援がどこまで得られるのか。いろいろなことをオーナー側も考えていたと思います。そういう意味でも、どうすれば事業として成立するのかを考えられたことは大きかったと思います。

「まだ成功したとは思っていない」。急成長の先で問われる、クラブの地力

実際にクラブは参入後、競技面でも事業面でもかなり速いスピードで成長していきました。その要因をどのように捉えていますか?

経営を数字だけで見れば、パートナー企業からの収入、チケット収入、親会社からの支援など、いろいろあります。ただ、組織という観点で言うなら、適材適所に人を配置できたことは大きかったと思います。

組織は、本来必要なところに適切な人を置けなかったり、一人に多くの仕事を背負わせたりすると、必ずどこかに歪みが出ます。できる限りスタートの段階からターゲットを定めて、そこへ向けて必要な人をバランス良く配置し、進めてこられたことは大きかったと思います。

短期間だけを見れば「成功」と呼んでもよさそうです。

この1年、2年、3年だけを切り取れば、成功という部類には入るのかもしれません。ですが、私はもっと長いタームで見ています。成功したとは、全く思っていません。

それに、今のバスケットボール界を冷静に見ることも必要だと思っているんです。日本代表が活躍してオリンピックがあって、八村塁選手や河村勇輝選手のようなスターが引っ張ってくれています。そういう力もあるからこそ、Bリーグ全体がここまで発展して、盛り上がっている部分は間違いなくあると思います。私は、多少なりとも“バブル”のようなものを感じています。

現在の盛り上がりを、クラブだけの力だと思ってはいけないということですか?

そうですね。私たちも1年目、2年目、3年目と、その追い風に乗ってきたところはあると思います。今は、その盛り上がりをちゃんと自分たちの地力に変えていかなければいけない時期だと思っています。

これから先も、自然災害などいろいろな外的要因が生まれるかもしれません。世の中の状況が変われば、スポーツどころではなくなることだってあるわけです。ただ、一般社団法人で活動していた時にも感じていましたが、そういう時だからこそスポーツにはすごく大きな力があります。街の中に、みんなで笑顔になれる場所があることの力はものすごく強いと思っています。

そういうスポーツの力を、きちんと一つのものとしてパッケージングしてきたからこそ、今の福井ブローウィンズがあると思っています。

その地力を作っていくうえでは、チームの文化も必要になると思います。福井ブローウィンズらしいカルチャーを育むために、選手やスタッフに求めているものはありますか?

コミュニケーションはすごく大切にしています。そのうえで選手に関して言えば、私はプロ選手というのは、小学生や幼稚園の子どもたちが目を輝かせて「こんな選手になりたい」と思える存在でなければいけないと思っています。

例えば、コーチが話しているのに聞く姿勢がなかったり、まだ試合が終わっていないのに下を向いてしまったり、大切な用具を粗末に扱ったりする。それだけが私は一番嫌ですね。得点を取れる、ディフェンスができるだけなら、うちのチームには必要ないです。プロとして憧れられる選手にならなければ、福井そのものも変わっていかないですし、その先のクラブの成功にもつながらないと思っています。

そうした姿勢について、湯本社長が直接選手へ伝えることもあるのでしょうか?

基本的には言いません。それは私の役割ではないと思っているからです。チームにはヘッドコーチやキャプテン、GMがいて、それぞれに役割があります。私がその組織を飛び越えて選手へ直接的に駄目だと言ってしまえば、選手も誰の話を聞けばいいのか分からなくなってしまい、組織としてブレてしまいます。

私から見れば一瞬の出来事でも、GMはその選手の状態や背景まで知っているかもしれません。だからこそ私は、必要だと思ったことはGMやヘッドコーチに伝えます。そこから先は任せるべきものだと思っています。

「みんなのもの」になった時、福井はもっと強くなる

今後、競技環境やバスケットボールを取り巻く状況が変わる可能性もあります。長く続くクラブにするために必要なことは何だと考えていますか?

まず、私は福井ブローウィンズを代表してやっていますが、このクラブは「私のものではない」と思っているんです。もちろんオーナーのものでもないですし、行政のものでもありません。みんなのものなんです。

そこを、福井の皆さんに共有の財産のように思っていただけるフェーズまで持っていかないと、この先も継続的に続いていくクラブにはなりません。だからこそ今は、いろいろな人に福井ブローウィンズを我がものにしてもらわないといけないと思っています。

我がものにしてもらうというのは、具体的にどのような感覚なのでしょうか?

スタッフ一人ひとりにとっても自分のクラブであると同時に、みんなのクラブでもあるということです。一致団結しないと、簡単な世界ではないと思っています。

私は、千葉ジェッツや琉球ゴールデンキングス、宇都宮ブレックスのような、10年、20年と歴史を積み重ねてきた大きなクラブに勝ちたいんです。でも、私一人や選手12人、GMやコーチ、スタッフを含めた数十人だけで頑張っていても、それだけでは勝てません。

そこに県民の皆さんがいて、ブースターの方々がいて、パートナー企業がいて、行政がいる。その人たちがしっかり一緒になって、「これは自分たちのクラブだ」という価値観を持って、一つの束になって戦えたら本当に勝負できると思っています。

10年後・15年後、福井ブローウィンズは福井県にとってどんな存在になっていてほしいですか?社長が思い描く最高の「未来図」をお聞かせください。

抽象的かもしれませんが、「やっぱり福井にはブローウィンズがあるよね」と、本当に誇ってもらえるクラブになること、そして地方のクラブでも日本一になれることです。その二つだと思っています。

最後に、この先どれだけクラブが大きくなっても、湯本社長にとって『福井ブローウィンズがこれからも絶対にブレずに大切にすべきこと』、そしてブースターや福井の皆さんに残していきたい『意志』を教えてください。

福井は、すごくいいところだと思っています。食べ物も、住む環境も豊かですし、本当にいい人が集まっています。ただ、どちらかと言えば保守的と言われたり、自分をあまり表に出さないところもあるのかもしれません。でも、福井ブローウィンズの試合を見てもらうと、皆さん本当に大きな声で応援してくれるんですよ。「みんな、できるじゃん」って思うんです(笑)。

だからこそ、このクラブを通して、一人ひとりが自分の可能性をもっと出せるようになったらいいと思っています。それと、うちの一つのコンセプトとして、週末に試合があればみんなでニコニコできるという場所にしたいんです。

試合を見るためだけの場所ではないということですね。

そうですね。それがエンターテインメントということなのかもしれません。そこへ行けば知っている人がいて、楽しいことをやっていて、「あの人にも会えそうだな」「あんな話もできそうだな」と思える。そういう寄り場みたいなものになれたらいいと思っています。

福井に限らず地方では、遊びに行くところがないと言われることもあるじゃないですか。でも、週末になったら福井ブローウィンズがめちゃくちゃ楽しいことをやっていると思ってもらえたら、それだけで一つの選択肢になります。
バスケットボールを見るだけではなく、そこへ行けば誰かに会えて、話ができて、楽しい時間を過ごせる。そういうエンターテインメントの場所になりたいんです。もちろん、子どもたちが選手を見て、目をキラキラさせて、自分もこうなりたいと憧れることも大事です。

一方で私は、あまり肩肘を張って「これをやってあげたい」「自分が頑張らなきゃ」とやり過ぎるのも違うと思っています。スタッフが気持ちよく仕事ができて、選手たちができるだけいい環境でプレーできる。そこに集まった人たちがお互いに話をして、コミュニケーションを取って、みんなでニコニコできる。福井ブローウィンズは、そういう場所であり続けたいです。

PROFILE

湯本 眞士(Shinji Yumoto)
湯本 眞士(Shinji Yumoto)
1972年生まれ、福井県越前市出身。 北陸高校1年時に創部初のインターハイ優勝を経験し、早稲田大学へ進学。 2022年、福井県初となるプロバスケットボールクラブ「株式会社福井ブローウィンズ」を設立し、代表取締役に就任。

著者

西元 舞(Mai Nishimoto)
西元 舞(Mai Nishimoto)
2004年生まれ。大学在学中よりSHIBUYA CITY FCに所属。試合前のマッチプレビューやマッチレポート、選手インタビューなど、取材・執筆を担当。そのほか、各メディアでスポーツをはじめとするインタビュー記事や企画コンテンツの編集に携わる。 X:@MaiNishi05

Feature
特集

Pick Up
注目の話題・情報