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中大・藤原正和監督インタビューvol.6/出雲の総括と全日本での狙い/トラックと駅伝の両立を狙う信念とは

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

駅伝シーズンの到来を告げる初戦の結果は…

10月22日。第37回出雲駅伝から10日が経過したタイミングで、中央大学陸上競技部長距離ブロックの東豊田寮を訪れた。

優勝候補の一角と目された出雲駅伝の結果は10位に終わった。約30年ぶりの箱根制覇を目指す中大は、前評判ほど充実したチーム状況ではないのか。もしくはこの結果も想定内で、箱根に向けた布石の一つなのか。出雲での走り、約2週間後に控えた全日本大学駅伝での狙い、そして箱根への道のりを聞き出すべく、藤原正和監督に話を聞いた。

まずは出雲での出来に対して、監督は率直にどんな感想を抱いているのだろうか。

「『状態的にどうだろうな』という感覚はチームとしてありました。その中で岡田(開成)が予定通りのスタートをしてくれて上々の滑り出しでしたが、2区の濱中(大和)をうまく機能させてあげられず、3区から5区は粘ってはくれたものの、もう少しずつゲイン(詰めて)してほしかった。あとは本間(颯)のところでも崩れてしまい、想定していた以上にチームとして良くなかったのは間違いないので、そこは修正しないといけない部分です。

ただ、この結果はしっかりと夏に走り込めた証拠でもあると思っています。こう言うと怒られてしまうと思いますが、出雲はシード制がなく、3大駅伝の中で唯一失敗してもいい駅伝だと捉えているので、世間で言われているほどチームとしてネガティブには捉えていません」

気になるのは、濱口大和の抜擢について。鳴物入りで入学した濱口だが、現在の能力値と経験値で言えば、彼以上にチームとして計算しやすい選手は他にもいたのではないだろうか。出雲でのオーダーについて、藤原監督は次のように語る。

「出雲に関しては、選考のテーブルを作るというよりも、長い目で見た時に『この選手をここで1回使っておきたい』という狙いがありました。濱口がまさにそれに当たりますが、1年目から箱根までしっかりとロードをやらせるべき選手かどうか見極めたかった。

結果的に濱口の状態はあまり良くなかったですし、七枝(直)と比べると、はっきり言って七枝の方が良かったのは間違いないです。こちらのテスト的な要求を通させてもらいましたが、結果として失敗しているので、『こういう使い方は良くないな』という反省もありますし、七枝には可哀想なことをしたという自覚もあります。

とはいえ、毎年選手の入れ替えがある中で、継続的にチームを強化していくためには、1年生の育成と4年間のサイクルを見据えた出口戦略を考えなければいけません。特に濱口は高校ナンバーワンとして入ってきたものの、春のトラックシーズンは苦労して、夏の合宿ではかなり走れていた分、『駅伝ではどうだろう』というのを見てみたかった。こけてもいい駅伝は出雲しかないですし、チームとしても彼個人としても最初の気づきを得られたので、あとは彼がどういうことを考え、気づき、行動に変化を起こすか。ここからの濱口に大いに期待しています」

監督の狙いに結果で応えられなかった悔しさを濱口は当然感じたことだろう。大会後にどんな会話をしたのか、もう少し突っ込んで聞いてみた。

「1番最初に言ったのは、『使ったのは俺だから、このブレーキはあなたのせいじゃないし、監督の責任。自分が悪かったとか、そういうのは全く背負わなくていい。ただ、結果としては残ってしまうから、濱口大和の名前をそういう形で俺は残したくないんだよ』ということ。

彼はこの4年間で12分台、26分台というところを目指していますが、学生としては駅伝にも全力を注がないといけない。このつまずきから『今回こういうエラーがあった』という引き出しを作ってもらって、そこを埋めるためにどういう努力をやっているかを考えてみてほしい、と。

濱口は才能豊かなので、『そこまで努力しないでも走れる』と思ってしまう部分があります。高校までは成長の早さや体の強さで補えていた部分が、大学になるとまた横一列に並んでのスタートになり、練習量と努力でカバーしないといけなくなります。その観点から見ると、いま足りていない部分があるのは間違いない。そのお手本となる先輩がいる間に得られるものを得ていかないと、だんだんとしんどくなっていきます。『変えるなら今のうちに変えよう。変えるためのきっかけには十分だよね』ということを伝えました」

エースにどれだけ通用するのか試してほしかった

岡田を除けば、濱口以外の選手たちも納得のいく走りはできなかった。大会後の彼らのメンタリティは、監督の目にどのように写っているのだろうか。

「走った選手たち、裏方としてサポートで付いてきてくれた選手たちと一人ずつ振り返りをしました。ここまでの練習や方向性は間違っていないけれど、出雲に向かっていく気持ちを上手く作れなかった、というのがチーム内での共通した見方です。また、『出雲は難しいかもしれない』ということを、メディアを通じて私が何度も口にしたので、彼らも同じように感じてしまった部分があると思いますし、実際に調子的にも難しかった面はあると思います。

とはいえ、ああやって岡田がトップを取ってきてくれた中で走れなかった、という事実に対して、一人一人が悪かった部分を深掘りできていますし、全日本ではチームとして“ふわっと”した感じで入ってはいけない、という気づきも得ています。全日本まであと10日ほどですが、かなりスイッチが入ってきているんじゃないかなと感じています」

藤原監督は出雲駅伝後に他誌の取材において、メンバーの入れ替えや、全日本での狙いを優勝からシード権狙いに切り替える可能性について言及していた。その点について、現時点ではどう考えているのだろうか。

「その話を投げかけたのは、具体的に言うと本間のゴールの仕方です。表彰台を狙うという当初の目標から離れた順位で襷が回ってきて、彼としても多少諦めの気持ちがあったのかもしれない。でも、チームとして本間にアンカーを託した意味は、青山学院大学の黒田朝日君や駒澤大学の山川拓馬君というエース級の選手に対して、どれだけ通用するのか自分を試してほしかったから。それは改めて伝えました。

彼としてもそのことは理解していたけど、できなかった。じゃあその原因は何なのかを考えて、練習に落とし込まなければいけません。環境が悪い。指導者が悪い。練習が悪い。結果が出なかった時の言い訳っていくらでもできますが、それでは成長できない。『常にベクトルを自分に向けてください』と選手に話をするのですが、良くなかった点を自分の中に見つけて、それを改善することで選手は成長していきます。

その上で、『ここはこうしてほしい』という選手からの要望は、僕らスタッフにもしっかりと伝えてもらう。そういうやりとりは常々、繰り返しやっています。その文脈において、あえてメディアを通して厳しい言い方をしたのは、僕から直接彼に言うよりも、少しマイルドに伝わると言いますか。

あとは、例年以上に夏で走り込めた実感がチームとしてありますが、『あれだけやれたんだから勝てるでしょ』というのは通用しません。そんなに甘い世界ではない。それを自信にするのはいいけど、過信にしてしまっている部分があるんじゃないのかという意味も込めて、あえて言葉にしました」

「当日の朝までひた隠しに」

出雲での思わしくない結果は、夏にみっちりと走り込んだからこそ。各々に反省すべき部分はあるものの、チームとしての士気は下がっていない。藤原監督が語る内容は、おそらく建前ではなく本音だろう。となると、次の全日本で狙うのはやはり表彰台だろうか。

「間違いなく表彰台を取りに行かないといけないですし、その意識は選手たちも強く持っていると感じています。『全日本に合わせる』ということは、夏の段階からチームに伝えていたので、面白いレースができるのではないかなと」

2008年度の東洋大学と2012年度の日本体育大は、全日本で表彰台には入れなかったものの(両者ともに4位)、箱根優勝を成し遂げた。とはいえ、直近の3年では全日本の表彰台に立った大学が箱根においてもトップ5に入っているように、全日本と箱根の結果には非常に高い相関性がある。

箱根優勝を狙う上では、前者のようにダークホース的な立ち位置の方が、かえって精神的な余裕が生まれやすいのか。もしくは後者のように、全日本で好成績を収めた方が波に乗りやすいのか、藤原監督の考えを聞いてみた。

「もちろん後者の方が、いまの我々のチームに必要なことだと思います。やっぱり、“勝つ”っていうことをまだ知らない。それを1回知ったら、チームとしてもう一段伸びてくるはずなので、ぜひ選手たちに知ってほしい。

前者の方、煙に巻くのは私を含めたスタッフの仕事だと思っていますし、メディアの前でもこうして思っていることを伝える部分と、伝えない部分の駆け引きをしないといけないと思っています。

それこそ前回の箱根で山の5区と6区を担当したのは4年生だったので、今年は誰が走るのかが話題になると思いますが、そこはもう最後まで、当日の朝までひた隠しにしてやろうと思っています(笑)」

世間においては、大学駅伝といえば箱根駅伝しか知らない、というライトなファン層も数多く存在するだろう。そこで改めて、学生三大駅伝と呼ばれる箱根駅伝、全日本駅伝、出雲駅伝の3大会を、それぞれどのように位置付けているのか、藤原監督に語ってもらった。

「関東の大学さんのほとんどは『箱根がすべて』なのではないのかなと。その次に取りに行きたいのが全日本。先ほど、箱根と全日本の結果に相関関係があると仰っていましたが、私たちも本当にそう感じています。全日本が現在の区間編成になってから、つまり区間毎に絶妙に伸びていき、最後がエース区間という形になってから、かなり面白い駅伝になっていて、他校の選手と競り合うことで選手たちもいろいろな経験をさせてもらえるので、全日本はぜひ取りに行きたい。

出雲については、格として上とか下とかそういう話ではなく、夏に走り込みをした直後に出雲の短い距離に無理にアジャストさせるのは、なかなか難しいことだと感じています。それよりは、全日本に向けて作っていく中で出雲に出場する、という感覚です。仮に出雲を取りにいくとなると、箱根あるいは全日本のどちらかが合わせられない、という事象が起きてくると思います。

当然、3冠という夢は皆さんお持ちだと思いますが、強い選手が沢山揃っていて出し入れができる年だとか、爆発的に伸びている10人がいるとかでなければ、いまの時代で3冠を狙うのは相当難しいのではないかと私は感じています」

トラックと駅伝の両立を押し進める信念

箱根駅伝は、夏の甲子園に似ているところがある。甲子園のためだけに体を酷使して(もしくは酷使され)、選手生命を削られる問題が存在するように、箱根のためだけに4年間を使い、その後のキャリアの可能性を狭めてしまったランナーもこれまでにたくさんいただろう。

どちらも、その影響力と宣伝効果は途轍もなく大きい。大学の名を売ってより多くファンを獲得するためだけであれば、箱根だけに照準を合わせ、無理にトラックでの向上を狙う必要はないのかもしれない。

しかし、実業団やプロでの活躍や五輪を見据えている選手からすれば、箱根が終わった後も競技者人生は続いていく。今回の出雲が終わった後に、「中大はトラックで狙いながら駅伝に挑戦するスタイルを崩さずにやってほしい」という内容のポストをした著名な人物もいたように、現在のチームスタイルを支持する声も存在する。こうした論点において、藤原監督の矜持とはどんなものなのか、改めて言葉にしてもらった。

「去年だったかな、妻にも言われました(笑)。『なんでトラックやるの?他の学校みたいに駅伝主体で1年を通して走り込めばいいじゃん』と。もちろん、学校から求められているのは箱根駅伝の優勝ですし、それが自分の実績にもなります。トラックを捨てるぐらい年間を通して走り込みをして箱根に合わせていく方が、求めている結果はもしかしたら出やすいかもしれないですし、そっちの方が近道だというのは分かっています。

一方で、自分自身が世界選手権に出た時に、ハーフ以降や30キロ以降がまったく勝負にならなかった。そのほかのメジャー大会に出ても、ケニアやエチオピアなどの東アフリカ勢に太刀打ちできなかった。やっぱり根本的なスピードをもっと徹底的に磨いて、それをハーフあるいはマラソンに活かしていかないと、『日本の陸上ってここが打ち止めになってしまうよね』というのが、どうしても自分の原体験としてありました。

じゃあ、僕らの世代、いま40代の人たちが感じていた“世界の壁”というのを、いかにして破っていくのか。いまの子たちは、手足が長くなっているという体のスペックの変化とシューズの進化が相まって、そこを打ち破れる世代になってきていると思うんです。あとは教える側が、練習の構築や年間のスケジューリングに変化をもたらしていく。それが僕ら世代の仕事といいますか。嫌な思いをした僕らが改善して、次の世代に渡していくとしたら、いまのこの仕事でやり切るしかないな、という信念があって、トラック重視でやっています」

藤原監督は次のように言葉を紡ぐ。

「とはいえ、箱根で勝たないとクビになってしまう、というのも当然あります…(笑)。そこに関して言うと、最近思っているのは、アメリカの大学生は秋シーズンになるとクロスカントリーの集団レースをしているのですが、強化している内容で見れば、箱根と大きな違いはないということ。なので、あとはちょっとしたスケジューリングをこっちで上手く見つけて、期分け(きわけ)さえやっていけばいい。

先日の世界陸上でフランスの選手(ジミー・グレシエ)が男子1万メートルでメダルを取りましたが、白人の選手たちが東アフリカ系の選手たちに太刀打ちできるようなフェーズになってきたのは、東アフリカ系の選手たちから学んだことを上手く活かして、伸ばしていったから。日本の選手がそこにまだ辿り着けていないのであれば、指導者側が絶対に変わらなければいけない。その部分でうまいところを探すのが、いまの僕の作業だと思っています。

年々色々なことにチャレンジしながらスケジューリングを変えていっていますが、10年目になって劇的に変えているのが期分けで、このシーズンでどれだけ箱根を戦えるかが、一つの大きなターニングポイントになると思っています。これが上手くいけば、この冬にやることをまた変えて、そうすると春の記録がもっと伸びるようになるはず。そうすれば、年間のサイクルをもっと上手く回せるような次の10年に入っていけるかなと。

日本の陸上のためと言うと少し話が大きくなりすぎますが、せめて我々のチームに入ってきてくれた子たちには、この先もすごく伸びるという伸び代や要素を持ったまま、実業団やプロに進ませてあげたいな、という想いは持っています」

ここからの1ヶ月をどのように過ごしていくのか、最後に聞いてみた。

「全日本があと10日ほどでありますので、そこに向けての練習の流れは、こちらで作っているものをまずはしっかりとやってもらうこと。あとは急激に寒暖差が出てきていますので、体調管理もきっちりとやってもらう。

11月と12月は、ガチッとハマった去年の流れを自分たちは持っているので、それを当てはめていきつつ、山の育成を引き続き行い、なんとしても箱根で優勝したいと思っています」

PROFILE

藤原正和(Masakazu Fujiwara)
藤原正和(Masakazu Fujiwara)
1981年3月6日生まれ、兵庫県出身。西脇工業高等学校を経て中央大学文学部卒業。現在は中央大学陸上競技部長距離ブロック監督を務める。世界陸上競技選手権大会男子マラソンに日本代表として過去3回出場。ユニバーシアード北京大会ハーフマラソン、2010年東京マラソン優勝者。初マラソン元日本最高記録保持者。

著者

佐藤麻水(Asami Sato)
佐藤麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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