FOOTBALL

「市船に来てよかった」札幌育ちの二人が“市船”進学を決めた理由

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photo by Kazuki Okamoto / text by Hiroto Kurokawa

計15度の全国制覇(選手権5回、IH9回、全日本ユース1回)を誇る高校サッカーの名門“市船”が苦しい2025年の前半戦を過ごしている。2014年から戦い続けるプレミアリーグEASTでは開幕11戦勝利で最下位に低迷中。また、6月1日に行われた全国高校サッカーインターハイ(総体)の千葉県予選 準々決勝でも専修大松戸に敗戦を喫し、全国大会への出場権を逃した。

その敗戦のホイッスルが鳴った瞬間を波多秀吾監督は「あってはならないことだと思いました。しかし、我々はこれをキッカケに変わらなきゃいけない。次に向けてのスタートを切ったような感覚でもありました」と振り返る。

浮上を狙うチームで攻撃の中心として期待されるのが、3年のサイドアタッカーの秋陽凪と2年のストライカー佐々木瑛汰だ。

2人にはある共通点がある。中学年代まで北海道コンサドーレ札幌U-15で戦い、高校で市船のエンブレムを背負うことを求め、拠点を千葉に移したことである。

「ヒナギ」「エイタ」と呼び合う姿はまさに同志。学年が違うとは思えないほど仲がいい。
彼らはなぜ市船入りを選択したのか?そして、そこで目指すものとは?北海道育ちの二人に話を聞いた。

北海道コンサドーレ札幌U-15時代の秋陽凪(Photo:黒川広人)
北海道コンサドーレ札幌U-15時代の佐々木瑛汰(Photo:黒川広人)

秋陽凪と佐々木瑛汰のコンサドーレU-15での出会い

「ヒナギは1学年上ではありますけど、優しくてお兄ちゃん的存在ですね」人懐っこい笑顔で佐々木瑛汰が呟けば、隣で聞いていた秋陽凪は嬉しそうにハニカミながら「​​瑛汰は怖いもの知らずで遠慮とかも全然しない性格です。そんな瑛汰らしくやれるようにカバーしたいと思ってます」と語りあう彼らの出会いは市船入学前に遡る。

「自分が小学生からコンサドーレのアカデミーに所属していてU-15に上がった時に瑛汰がコンサに入ってきて出会いました。当初は関わりも少なかったんですが、瑛汰が2年に上がった頃から、遠征で一緒になるようになって話すようになりましたね。第一印象は変わったやつ…ちょっとネジ外れてるとこがあって面白いやつだなと」

佐々木「陽凪はちょっと透かしてるなと。でも自分より少し静かだけど似ているところがあるとも感じてて、中学生の頃から喋りやすかったんです。高校で一緒になってからもそのまま気まずさなしで、今も喋ってる感じですね。あ。でも、入学当初は他の先輩の目もあるので、遠慮もあったんですけど。徐々に慣れて中学の時みたいに自然と通り話せるようになりました」

仲睦まじい二人が互いのストロングポイントも紹介してくれた。

「瑛汰が前にいるだけでボールが収まって、自分たちが上がる時間を作ってくれます。例え苦し紛れに蹴ったボールでもマイボールにしてくれるので、非常に助かりますね。後輩ですが、頼りにしてます」

佐々木「陽凪のいいところは細かいタッチで、敵の間とか、1枚、2枚で挟まれた時でも、相手をかわして、逆サイドに展開したり、自分でいったり。そういうところは上手いなって思います」

秋陽凪「東福岡に進学した兄を目標に市船へ」

憧れのアザールのような緩急を使ったドリブラーを目指している秋は中学年代の札幌時代もSBのレギュラーとして存在感を示していた。また、どんな状況でも自分1人で点を取れる選手になりたいと語る佐々木もチームのエースとして活躍し、世代別の日本代表にも選出されていた。なぜ、彼らは札幌U-18への昇格含め多くの選択肢があった中、本州越境の茨の道を選択したのか?二人はその理由の一つに「プレミアに所属するチームに行きたい思いがあった」と口を揃えた。

秋は高校年代の最高峰・プレミアリーグで戦うことを重視した理由の一つに同じく札幌U-15から東福岡高校へ進学した兄・​​一星(現立正大2年)の存在も大きかったと説明する。

「お兄ちゃんは小さい時からの目標で、いつか追い越したいと思っている存在です。そんなお兄ちゃんが東福岡に進学し、プレミアに出ていたので、そこに出るのは当たり前じゃないですけど、自分も出ないと越すのは無理かな?と思ったのもあります。市船に進むことを伝えた時は、お兄ちゃんもすごくいいと思うといってくれましたね」

強い決意のもと市船に進学した秋だが、昨年までAチームに食い込むことは中々できず。後輩の佐々木が1年生から、Aチームに食いこむ状況に歯痒さも味わった。

「当時、1年生の瑛汰がAチームに行って、自分は2年までずっとBチーム。学年が下の瑛汰の方が上で戦う状況には、もどかしさや葛藤もありました。でも、Bチームでも上手くなれるチャンスはあって、2年目は自分の中ですごい上手くなれた時期かなと思ってます。でもここまでの高校生活を振り返ると、楽しいことより、苦しいことの割合の方が多かったのが本音です。そして、サッカーは厳しいスポーツということを身に染みて感じています。でもこういう経験をしているからこそ、強くなれているっていう自覚もありますし、チームのみんなと苦しさを乗り越えていく楽しさは、市船に来たからこそ感じてることかなと」

中でも秋が最も忘れられないのが過酷で知られる8月の夏合宿。

「本当にきつくて…辞めちゃいたいって思う時が何回もあったんですけど。それが全部終わった時は、自分の生きてきた中で1番の達成感があって。あ、ここ来てよかったと思いました」 

激動の夏合宿も経験した秋は、3年生となった今シーズン、左サイドのレギュラーを掴み、プレミアリーグでも、持ち味のドリブルから華麗なシュートも決めた。「頑張ってきて良かった。決まった瞬間はめちゃめちゃ嬉しかったです」と振り返り、その報を家族が喜んでくれたことが何より嬉しかったというが、寮で暮らす高校生活での日々は親御さんへの感謝の想いを強くさせたという。

「中学まで、甘えてばっかりだったので。仕事終わりに料理を作ってくれたりとか、家族が自分の為にすごいやってくれていたありがたさを身に染みて感じています。今は自分のことは自分でやらないといけない。自立心は成長した部分かなと。離れたからこそ、親にはすごい感謝してます」

佐々木瑛汰「郡司璃来さんみたいに1人で点を取れるような選手に!」

高校での成長ぶりは佐々木も負けていない。既に2年生ながらチームの主力として奮闘しているが、市船進学の理由には市船のエースとして活躍した郡司璃来(現清水エスパルス)の存在も大きかったという。

「道外遠征や全国大会で戦った時に、関東や関西の選手たちのレベルが北海道とは違くて…このままでは勝てないなって。自分もそのレベルの高さに飛び込みたいと思うようになって、道外に行くことを決めました。中でも関東のレベルが一番高いと感じ探している中、選手権で郡司璃来さんが活躍しているのを見た時に、市立船橋に行きたいと思いました」

だが、憧れの舞台に進学した佐々木だが、全国でも屈指のレベルの高さと練習強度に当初は付いて行けなかった。

「強度がこれまでと全然違ったので、ほんとにきつかったんです。最初は息がずっと上がって、足に乳酸もずっと溜まって。ドリブルとか一切できないぐらいで…ここでほんとに戦えるのかなと思ってましたから。でもおかげで今は体力もついてきて、試合でも走れるようになってきたんで市船に来てよかったなと思ってます」

佐々木も心身ともにタフな日々を支えてくれた親御さんへの感謝の思いはひとしおだ。

「家族も一緒に北海道からこっちに来てくれましたが、本当に大変なことだと思ってて。それプラス疲れた時でも、栄養バランスがあるご飯とか作ってもらってて、そういうところはほんとに感謝してます。ありがとうって感じですね。だからこそ、将来的には、プロの舞台で試合に出てる姿を会場で見て貰うことを1つの目標にしてます。プロになって今までのお金や感謝の気持ちを込めてプレーしたいんです。親もプロの舞台でやるのが1番嬉しいと思うので、恩返しできるように頑張りたいです」

高校のトップレベルを1年生で体感した経験は確実に佐々木の力になっている。

「昨年は一気にレベル上がった環境で試合をやらせて貰って、何もできないまま1年目が終わってしまった悔しい気持ちもあるんですが、あれがあったから、今2年目でだいぶプレミアリーグでも戦えるようになってきてるんで。あの経験があったからこそ今の自分がいると思ってます。出番を与えてくれたスタッフには本当に感謝してます」

二人は高校で数多の経験を積ませてもらったからこそ、見据える先は市船での全国制覇。苦しむチームを牽引する決意だ。

佐々木「前線が決めないと勝てないんで。毎試合、必ず2、3点を取れるようにしていきたいと思ってます。プレミアリーグで初勝利したら必ず波に乗れると思うんで。まずは1勝っていうところにこだわってやっていきたいし、夏のインターハイは負けてしまったんで冬の選手権で必ず勝って、全国優勝できるように頑張りたいと思ってます。自信はあります」

「失点が多いことに目がいきがちですけど、瑛汰も自分も前のポジションなんで。前がいっぱい点を取れば勝てるだけの話なんで。もっと自分たちにも力つけてやっていかないとなと思ってます。まずはプレミアでもっと順位を上げたいです。そして、厳しい夏を乗り越えて、後期のプレミアでは去年以上の結果を残したい。そして、選手権で全国優勝を目指して、頑張っていきたいなと思ってます」

ここまでプレミアで11戦勝利なしと苦しむ市船ではあるが、実は昨シーズンも開幕11節勝利なしと苦しい序盤を経験している。だが、夏を経てチームは浮上し、後半戦では怒涛の5連勝でジャンプアップ。2014年からのプレミアで戦う歴史もしっかりと継承した。「1勝すれば変わる」は彼らの実体験からの言葉でもある。

熱い夏を経て、彼らがどんな変化を見せてくれるのか?今から注目して見ていきたい。

PROFILE

黒川 広人(Hiroto Kurokawa)
黒川 広人(Hiroto Kurokawa)
大学卒業後、新卒でフジテレビの番組制作を担当し、2018年よりDAZNにてJリーグ関連の番組制作に携わる。2022年より株式会社dscに所属し、JリーグやWEリーグをはじめとする各種スポーツ団体の映像ディレクション業務を担当。また、地元・北海道を中心に学生年代の取材活動も精力的に行っている。

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