2023年シーズン、Jリーグには1,858人の選手が登録されている。
多くの子どもたちが憧れるプロサッカー選手。当然、その道のりは決して簡単ではない。高校時代から全国に名を馳せていた小川航基や伊藤涼太郎でさえ、将来を期待されながらも、プロの舞台で中々結果を出せない時期があった。しかし、彼らは水戸ホーリーホックで新たなチャンスをつかみ、再び輝きを取り戻し、現在は欧州へ活躍の場を移している。また、カタールW杯で日本の躍進に大きく貢献した前田大然も、「水戸が育てた」と言っても過言ではないだろう。
そんな「育成型クラブ」として確立しつつある水戸ホーリーホックで、現役選手を対象とした知識習得・人材育成プログラム「Make Value Project」という活動が実施されている。選手のプロアスリートとしての人間的成長をサポートし、社会に貢献できる人材に育成することで、チームが育ち、地域の活性化にもつながるとの思いから立ち上がったプロジェクトである。
今回、このプロジェクトに外部講師として参加したのは、Jリーグでプレーした経験を持ち、現在は鎌倉インターナショナルFC(神奈川県社会人サッカーリーグ1部)でプレーしながら、アスリートの伴走支援企業の経営者でもある小谷光毅選手である。小谷が自身のキャリアを通じて、現役Jリーガーたちに伝えたこととは。
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水戸ホーリーホック「Make Value Project」
「自分が何のためにサッカーをしているのかを考えてほしい」と話すのは、浦和レッズや大宮アルディージャなどでプロサッカー選手としての経歴を持ち、現在は同クラブのゼネラルマネージャー(GM)を務める西村卓朗氏。
選手に対して「目標は何?」と聞けば、「J1に上がりたい」「日本代表になりたい」「世界で活躍できる選手になりたい」といった答えが返ってくる。
では「その目的は何?」と聞くと、中々答えが返ってこない。
「自分の目的(何のため)」を考えるために水戸では1on1面談を行い、自分の価値観について考える機会を提供し、他の人の目的を知る機会として外部から講師を呼び、他の人の価値観や使命感にも触れることで、自分の目的を整理しているようだ。
さらに、西村GMは現役選手の時間の使い方の重要性についても述べている。
「高校や大学からプロになって、今までより明らかに時間は増えた中で、『サッカーだけに集中したい』と言っている選手たちは、本当に24時間サッカーに集中することができているだろうか?それができている人は、もっと突き詰めるべきだし、できていない人は、改善すべきだと思う」
小谷光毅のこれまでのキャリア
小谷光毅は、ガンバ大阪の下部組織出身。2008年のクラブユース選手権U-15では大会得点王に輝く。この大会において2006年の得点王が宇佐美貴史、2007年宮吉拓実、2009年南野拓実であることから、本人曰く「この時がキャリア全盛期」と冗談混じりに話す。
ユース時代にはガンバ大阪の2種登録を果たすも、同じポジションには、遠藤保仁や二川孝広、橋本英郎、明神智和らが名を揃えており、トップチーム昇格には至らず、明治大学に進学。大学卒業後は野村證券に就職し、その一年後にはドイツでサッカー選手としてキャリアをスタート。
ドイツ5部と4部のカテゴリーで2シーズンを送った後、J3のグルージャ盛岡(当時)に完全移籍で加入。翌シーズンは同じくJ3のブラウブリッツ秋田に移籍し、2020年はいわてグルージャ盛岡に復帰してJ3リーグ戦全34試合に出場。しかし、翌年の契約更新オファーを断り、サッカーとビジネスの両立を目指し、2021年2月にマネーフォワードに入社。セールス部門においてトップの売上を達成し、社内からの表彰を受けた。現在は鎌倉インテルの選手でありながら、日本初の株式投資型クラウドファンディング「FUNDINNO」にてスタートアップ支援をする一方で、「アスリートが輝き続け、引退のない世界を創る」というビジョンを掲げるAthdemyを創業した。
株式会社 Athdemy
https://athdemy.co/
自分の価値観や強みを知ってほしい
この日、Make Value Projectに参加するために集まった選手はおよそ15名ほど。小谷は選手たちに対して今回の目的について述べた。
「今日のMake Value Projectを通して、自分の価値観や強みを知るきっかけになってほしいです」
小谷は自身のキャリアを振り返り、「アスリートはどこにいっても活躍できるが、ポテンシャルを活かしきれていない」と感じているという。
「今までサッカーしかしてこなかったから、自分は何もできない」と思う選手が多い一方で、「サッカーを通じて何を学び、それを社会でどのように活かすかを考えてほしい。 それができている選手はどの世界にいっても活躍している」
大学時代に社会人のカッコよさを知った
小谷は両親が公務員であったため、「大学で副主将になるまでビジネスに触れる機会があまりなかった」と話す。
明治大学サッカー部に在籍していた頃、サッカー部全体の価値観は、「J1の選手になること」または「大手企業への就職」という2つの価値観が中心だった。このため、小谷自身も「大手企業への就職が正義」という考えを持っていた。
しかし副主将になり、人前に立つ機会が増えた小谷は、「社会人はどのように組織をマネジメントしているのだろうか」という疑問を抱くようになり、社会やビジネスに対する興味が高まったという。これは決してネガティブな意味ではなく、小谷にとって今までになかったビジネスの面白さに気づいた瞬間でもあった。
実際に、小谷は大学時代にソフトバンクの「No.1採用」を受け、内定を獲得している。
「No.1採用」評価ポイント -ソフトバンク HPより引用-
・誰にも負けないNo.1の実績(原則、全国大会レベル以上、レギュラークラスでの活躍、高校生以上の経験が対象)と、No.1に至るまでの努力のプロセス
・No.1の経験を当社でどう生かそうと考えているか
小谷はソフトバンクのNo.1採用の事例を元に、「プロサッカー選手になっている時点でNo.1採用の評価ポイントの基準を満たしている。現役時代から『自分を知ること』と『社会を知ること』を少しでも意識してほしい」と選手に訴えかけた。
「なんでその経歴でサッカーしてないの?」
野村證券に入社した最初の頃、小谷の睡眠時間は約3時間程度であった。しかし、優れた上司に恵まれたこともあり、優秀な営業成績を達成することができた。そんな小谷にとって、ロンドン支社の研修に参加した際、先輩上司から言われた言葉には、「頭に雷が落ちるくらいの衝撃を受けた」と話す。
「なんでその経歴でサッカーしてないの?サッカー選手をやってから野村證券に入ればよくない?」
大卒でなければ大手企業へ就職することは難しいと考えていた小谷にとって、「本当にそんなことできるのだろうか?」と戸惑いを隠せなかった。
しかし、ロンドンから帰国直後に、40歳で新潟のラジオ放送局から転職してきた上司が現れた。金融業界未経験のその上司に対して、「いや、さすがに活躍は厳しくないか…」と思っていたが、その上司は驚くほど素晴らしい成績を収めた。
「今、ここで働かなくていいんだ。自分次第でどこにいっても活躍することができる」
上司の成功を目の当たりにした小谷は、野村證券を退職し、サッカー選手として新たなキャリアを歩むことを決断した。
現役選手のうちに「パートナー企業の社長に会ってほしい」
ドイツでサッカー選手として新たなキャリアをスタートさせた小谷は、日々の日課として、朝5時に起床し、日経新聞の記事を切り抜いてレポートを作成していた。さらに、「空いた時間には可能な限りパートナー企業の社長に会いに行っていた」と話す。
「日経新聞の切り抜きは、野村證券時代からの習慣でもありましたが、閉鎖的なサッカー業界の中で、毎日それを続けることで社会の動向を把握しようとしていました。また、パートナー企業の社長と対話する中で、『なぜ僕たちを応援してくれるのか』と尋ね、その背後にある想いを理解することで、試合に懸ける気持ちが変わるのではないかと考えていました」と、小谷は語った。
これらを実践しているサッカー選手はほぼ0に近いだろう。小谷自身もかつて野村證券に就職した経験があってこそ、実践できたということを理解しているが、「月に一回でも、時間に余裕がある時はパートナー企業の社長に会ってほしい」と話す。
「普段生活する中で、一企業の社長が時間を割いてくれることはほとんどありません。でも、その社長が応援しているチームの選手であれば、必ずどこかで時間を取ってくれると思います」
小谷は続ける。
「社長との対話を通じて、その企業がどういう仕事をしているのか、どういう想いで事業をやっているのか、『社会を知る』という意味でも、ぜひ実践してほしいです。それを通して見える世界が少しでも変われば、人として成長し、次のキャリアにもきっと活かせると思います」
今回の講義を受けて、大学時代に就職活動を経験した村田航一選手は、「大きく共感する部分もあり、新たな刺激を受けた」と述べた。また、サッカーを中心に据えることを前提としつつも、「空いている時間を有効に活用し、ピッチ外でも積極的にチャレンジしていきたい」との意気込みを語った。
サッカー選手の世界を知りたかったんだ
2020年シーズンを終えた小谷は、契約更新のオファーを自ら断り、プロサッカー選手としてのキャリアに終止符を打った。
その決断には、プロサッカー選手になったからこそ感じた、小谷ならではの理由があった。
「3年間、プロサッカー選手としてのキャリアを通じて学んだことは、『明確な目標を設定し、その目標に向かって逆算して行動する力』と『継続的な改善を重ねながら、努力を続けて目標を達成する力』です。プロサッカー選手になったことで、単にサッカー選手になりたかったのではなく、サッカー選手の世界を知りたかったんだと気づきました」
ビジネスの世界に興味をもち、その後サッカー選手の世界を知り、現在その両立を果たしている小谷。自身が価値観や強みに向き合い続けた結果、唯一無二のキャリアが作られつつある。未来あるJリーガーたちに、今後も惜しみなく経験を伝えていく。