
2月。
シンシンと雪の降るビクトリア。
心身ともに冷えるディストピア。
キムチだいすきミス・コリア。
田代楽です。
「キムチだいすきミス・コリア」を思いつくまでに1時間かかりました。
通常であれば今月の連載で2025シーズンのパシフィックFCキットローンチ1発目の振り返りをしたかったのですが、撮影後にユニフォームに圧着されているスポンサーが撤退する「心身ともに冷えるディストピア」が発生しましたので、予定を変更してお送りいたします。
キットローンチの様子は昨年同様Fergusのボス、カズキオカモトとの対話が掲載される予定ですので、ぜひご覧ください。ちなみに昨年の2024シーズンはこんな感じでした。
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ビクトリアは例年通り雪のシーズン。
ダウンタウンへの引越しを終え、2年ぶりに手に入れた我が家での湯船に浸かっているとカナダはバンクーバーFC(パシフィックFCとはダービー関係)のフォトグラファーから連絡がきました。
「ガク、いまなにしてんの?」
日本の友だちなら『湯船に浸かっているよ』がベストアンサーで知恵コイン獲得カテゴリマスター就任なのでしょうけど、わざわざ遠くの島からアジア人のお風呂事情を聞かされる彼を思うといたたまれなくなります。
「俺の友だちが今日ビクトリアで撮影できるひとを探してるから繋いでいい?」
仕事の依頼でした。そもそもパシフィックの企画がそれなりに大詰めなので家から近いのであればいいかなぁと思って承諾。湯船からあがって待っていればそのうち連絡がくるかなと思ってたのですが、夜中になってもこず就寝。こんなことは割と頻繁に起こるのがこの地球という惑星です。

翌朝、その友だちのマーカスからSMSが届いていました。
「ガクに手伝ってもらう予定だった撮影なんだけど、フェリーが雪で欠航してどうしようもないからガクに案件ごとあげるわ。アンドレスから詳細が来るから。チャオ。」
これがその日いちばん最初に僕の眼球を貫通して脳に届いた情報でした。急に知らない登場人物がふたり増えて、ひとりはそのままチャオ。こんなことは割と頻繁に起こるのがこの地球という惑星です。
たしかにこの日はビクトリアとバンクーバーにとって珍しい大雪。街の交通機関はほぼストップし、フェリーも欠航が相次いでいました。フェリー自体の出航は雪でもできるみたいなんですけど、港までスタッフが出勤できないって理由らしいです。こうあらためて書いてみると自分が島にいることを実感します。
そしてつながるCONCACAF
さて問題はここからでした。
現在の時刻は2月5日(水)朝6時。つぎに携帯をみたときには、チャオではないほうの彼からこんなメッセージが。
「ガク、CONCACAFのアンドレスです。今日の14時からだけど大丈夫そうだよね?」
このときはじめてCONCACAFの仕事をするのだと認識しました。そしてまったく時を同じくして、今日の14時からの概要をなにも聞いていないのでなにも大丈夫そうではないことも認識します。
CONCACAF。
アメリカ、カナダ、メキシコ、カリブ海諸国を含む各国サッカー協会をまとめる連盟で、アジアでいうAFCがそれにあたります。もれなく彼らは大陸王者を決定するトーナメントを開催しており、優勝者はクラブワールドカップに出場することができる、ちゃんとした連盟なわけです。
アンドレスに詳細を聞くと、そのCONCACAFの中継で使用する選手および監督のヘッドショットを撮影してほしいというのです。送られてきたマニュアルはまぁ事細かに書かれていて、カメラの解像度から使用する照明のルーメンまで細かく設定されていました。つまりはメッシと同じ環境での写真が必要だと、そういうことみたいです。その素材を使う該当試合は明日夜。フェリー云々ではなくてもう少しゆとりをもって働きなさいよと思いました。

パシフィックFCでもやったことない簡易的なスタジオ設備を用意して、自分のチームではない選手たちのヘッドショットを撮影することになりました。彼らが滞在しているホテルの食事会場に大量の機材を持ち込んで踏み入れたとき、人生って本当にいろんなことがあるんだよなぁと久しぶりに思いました。
クラブの広報担当の女性にサポートしてもらいながら、撮影は無事終了。これにてイレギュラーながらはじめてのCONCACAFにまつわる仕事が終わりました。
メキシカンは突然に。
終わってませんでした。きたる試合日翌日、CONCACAFの広報(アンドレスとは別)との会話のなかでメキシコのチームのフォトグラファーがいないことが発覚します。
チームの名前はPUMAS MX。メキシコ・リーガMXの古豪です。対戦相手のカヴァーリーFC(昨日撮影したクラブ)とは選手の合計市場価値が15倍ほど異なるつよいクラブです。エレキングと焼肉キングくらいの実力差があると思います。なにをもってどちらが優れているかはみなさんの判断にお任せします。そんなこんなで雪解けのビクトリアでメキシコのクラブのオフィシャルフォトグラファーとしてチーム帯同することになりました。
試合2時間前、PUMASの広報パブロの連絡先を手に入れ挨拶をすると、無言で彼の現在地を知らせるページが送られてきました。Uber Eatsで配達員の場所がわかるアレと思っていただければ差し支えございません。

メッセージアプリのアイコンに設定されているパブロの顔がチームバスに揺られて少しずつ僕の元に移動してきて、最終的にスタジアムで会うことができました。40歳くらいのスパニッシュおじさんのパブロは握手するなりポケットをガサゴソ探り、体温でネチャネチャになった飴をくれました。初対面のおじさんにもらうネチャネチャの飴ほど怖いものはありません。めっちゃ美味しかったです。
遠く離れたメキシコシティから詰めかけたファンは約1000人。とうぜんビクトリアに住んでいるメキシコルーツのかたも多くいたのでしょうが、この街でこの種類のフットボールが見られることに興奮しました。いつも想像より音程が高く感じる中米チャントに自由なフラッグたち。練習開始から選手の名前を叫び、カメラを見つけるとオレを撮れといわんばかりにエンブレムを掴む世代を貫通する文化。態度。所作。面白くないわけがありません。



試合は無事市場価値が10分の1のカヴァーリーFCが逆転勝ち。PUMASは負けました。なにしてるんですか、めっちゃ気まずいです。
パブロを含むスタッフはもう明らかに不機嫌な態度で片付けをしていて、メキシコを感じました。喉の奥からタコスの匂いがしました。インスタのポストにはおそらく監督への批判が集結し、こいつぁ大変だと思いました。
そんななかでも面白かったのは、試合後の選手・ファンが直接DMでメッセージで写真を要求してきたこと、そしてアルゼンチンはブエノスアイレスでボカの制作をしている会社から直接連絡があったことです。
「あなたの写真、近くてクールね」
そうスペイン語で褒めてくれる彼女に『ただ望遠のレンズをもってないだけだよ』と言おうか迷いながら、世界とわかりやすくつながることのできるこの競技と職業を不思議に思いました。
パブロとハグをして、ないかもしれない再会を約束して、メッセージアプリのアイコンに設定されているパブロの顔がチームバスに揺られて少しずつ僕の元から離れていくのを眺めながら、なんとも不思議だった2日間を終えたのでした。
PROFILE
田代 楽(Gaku Tashiro)
