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東大エースのサブマリン・渡辺向輝の現在地。侍ジャパン入りへ好投も…|侍ジャパン大学代表選考合宿(2025年6月21日〜6月23日 バッティングパレス相石スタジアムひらつか)

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photo by Reiya Kaji / text by Reiya Kaji

東京六大学野球において、東京大学の立ち位置は異質だ。スポーツ推薦も内部進学もない東大は、全国から有望選手を集める他の私大とは異なり、純粋な学力で入学した選手のみが入学・入部できる。戦績は常に厳しく、度々リーグ戦での連敗記録がメディアに取り沙汰される。それでも真摯に野球と向き合う姿勢が異彩を放っており、プロ野球選手も過去6名輩出している。

そんな東大でエース格の投球を続けてきたのが渡辺向輝投手(4年・海城)。2006・2009年のWBC日本代表でも活躍した元ロッテ・渡辺俊介氏(現日本製鉄かずさマジック監督)を父に持ち、父と同じアンダースローで打者を打ち取る姿が野球ファンからの注目を集めている。

リーグ戦での活躍が評価され、侍ジャパン大学日本代表選考合宿への招集が決まった。

紅白戦主体の合宿で、3連投・無失点

今回の合宿は、第45回日米大学野球選手権大会に向けたメンバーを決めるためのもの。7月8日(火)から開幕し、アメリカ代表との5試合を戦う。メジャーリーガー予備軍とも言える米国に勝てるチームを編成するため、全国から48名の選手が招集された。

堀井哲也監督(慶応義塾大野球部監督)の「実戦でどれくらいのパフォーマンスを出せるかを見たい」という方針もあり、初日からの3日間で紅白戦を計5試合実施。

その中で渡辺は3日間で3連投、3イニングを無失点に抑える好投を披露。米国打線のタイミングをずらす変則リリーフとしての期待をされたが故の起用だった。渡辺自身も、リリーフ起用にアジャストするための工夫をしていた。

「自分はワンポイントの中継ぎとしてどれだけやれるか、を試されて呼ばれたと思っています。(普段やっている)先発の時にはゲームの途中にピークが来るように調整していますが、リリーフは1イニングで全てを出し切れるように、試合前に一度ピークが来るようにアップをしていました」

大学1年冬から転向したアンダースロー

意外にも、渡辺は高校生まではオーバースローの投手だったという。138キロほどの球速は出ていたが、高3夏の大会前にアンダースローに取り組み始め、大学1年冬には完全に転向。

「オーバースローでできる限界まで来てしまった感覚がありました。練習のシートバッティングで、東大のバッターにも打たれてしまっていたので、リーグ戦なら尚更打たれるはず。変えるしかないなと」

2年生の春には初のベンチ入り。3年秋には先発1番手としてリーグ8位となる防御率3.82を記録。プロからの注目も集まるようになってきた。

今回の合宿では普段対戦している六大学の選手と他リーグの選手との違いも感じたというが、初見の打者への組み立ても渡辺なりの型を持って臨んでいた。

「六大学の選手たちは、自分の投球スタイルも知っていて、自分のスライダーを意識してくれていて、配球がしやすい。でも他のリーグの選手は違うので、やりづらさを感じました。バットを出したら当たってしまうが故のラッキーヒットもありうる。初見のバッターには必ずスライダーを見せて、反応がよければ続けます。スライダーは横に曲がる / 縦に伸びる、速い / 遅い、をバッターの反応を見て連続的に調整できます。難しそうであればシンカーを見せたり……じゃんけんのような感じでやっていて、ストライクゾーンの前後の揺さぶりで抑えるイメージです。「バッターに向かってくるボールは距離感が掴みづらい」という錯覚を使っています」

アンダースロー独特の地面から浮き上がってくるような軌道はそもそも初見では対応しにくいが、それに加えて打者の反応も含めた観察を踏まえ、配球をデザインしているという。

事実、合宿3日目の登板では初対戦となる奈良学園大・松林克真(4年・履正社)に鋭い打球のレフト前ヒットを許したものの、次の打者の初球スライダーを打たせて遊ゴロ併殺に打ち取った。

「自分の狙った打球を相手に打たせられるのが自分の強み。打者の傾向に応じて配球を切り替えて抑えます。同じ六大学の立教にいらっしゃった、中川颯(現・横浜DeNA)さんの投球データも参考にしています」

堀井監督が語った、投手陣のレベルの高さ

しかし結果として、渡辺は今回の代表には選ばれなかった。この判断について、会見で堀井監督は「言い方が合っているかわからないが、苦渋の決断だった」と明かした。

堀井監督

「非常にピッチャーのレベルが高かったということだと思います。渡辺投手もいいものを持っていますし、今回選ばれなかった投手で言えば大学球界最速の工藤泰己(4年・北海学園大)投手もそうですし、リーグ戦で防御率0点台の野口練(4年・近畿大)投手もです。ただ、アメリカ打線を抑えるために良い縦の変化球を投げられることと、継投で繋いで勝つことを考えるとなるべくタイプの違う投手を揃えることを基準に考えました。今回で私は3度目の選考となりますが、非常に白熱した、活発な議論が繰り広げられました。あくまでも「アメリカとの5試合に対する」ベストチームを選んでいます」

惜しくも代表入りとならなかった工藤だが、合宿中の紅白戦では最速157キロを記録するなど奮闘。「全員が4番を打っていて、1球で仕留めてくるようなレベルの高い打者陣にもストレートで押して空振りとファウルを取れた」と自慢の球威を示した

会見で堀井監督が「直前のコンディションと調子による」としつつも投手の中心として名前を挙げたのは、早稲田大・伊藤樹(4年・仙台育英)と青山学院大・中西聖輝(4年・智弁和歌山)。両名とも先の大学選手権で圧倒的な投球を披露し、今回の合宿でも選手権での疲労を感じさせない安定した投球を見せた。

早大・伊藤
青学大・中西

渡辺も、中西については一番印象に残った選手として名前を挙げ「練習中もずっと何か食べて何か喋ってました。コテコテの関西人で、すごくいい人」と笑顔で振り返った。

投手として、東大の代表として……自身とチームの現在地

最終日の練習終了後、メンバー発表の前。多数の報道陣に囲まれた渡辺は3日間を振り返り、今合宿に集まったメンバーの凄さについて話してくれた。

「プロを目指す選手がどれほどレベルが高いか、思い知らされてしまった3日間でした。キャッチボールをしても捕ったことのないような凄い球が普通に飛んでくるし、フォームの話をしても、自分がついていけないくらい高度な話をしている。お風呂に行けば奈良学園大の松林(克真、4年・履正社)は100キロあるということで体つきもすごいし、朝ごはんはみんな山盛りのご飯を食べているし……違う世界の人たちだな、と感じました。六大学の中で井の中の蛙になってしまっていたな、と思いました。六大学もレベルは高いですが、そこで満足してしまっていた自分がいるな、と気付かされました」

初めての合宿で代表クラスの選手とプレーし、レベルの高さに圧倒された。しかし、自分の現状を正しく把握し、自身とチームの成長に向けて前進できることが渡辺の一番の強みだ。

「相手のレベルがいくら高くなっても、狙った打球を打たせることができたのは強みだなと思いました。東京大は「頭で勝つ」と言って取り組んでいますが、全然ここにいる選手の方が頭を使えるし、勝てないところばかり。ここで得たことをチームに持ち帰って、みんなに共有できたらなと思います」

東大野球部の代表として、そしてプロ入りを目指す一投手としての矜持が表れる言葉だった。秋のリーグ戦で、もっと進化した投球を見せてくれることが楽しみでならない。そして、このハイレベルな合宿を勝ち抜いた26名がアメリカ代表にどんな戦いを繰り広げるのか。大会初戦は7月8日(火)、エスコンフィールドHOKKAIDOから始まる。

魅力的な投球スタイルと実直な人柄から、すでに多くのファンから応援されている渡辺。秋のリーグ戦での投球に注目が集まる

PROFILE

梶 礼哉(Reiya Kaji)
梶 礼哉(Reiya Kaji)
北海道江別市出身のフォトグラファー / ビデオグラファー / ライター。小樽商科大学在学中の2017年、ドイツ野球ブンデスリーガ傘下(地域リーグ)バイロイト・ブレーブスでプレー。MAX100km/hの直球と70km/hのカーブを武器に投手としてそこそこの活躍を見せる。卒業後、紆余曲折を経て株式会社ワンライフに所属。FERGUSでは撮影とインタビュー・執筆を担当。

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