FOOTBALL

「すべての人々のクローゼットの1ピースでも、環境に負荷のないものにしたい」世界を渡り歩いた元プロサッカー選手・品田彩来が藍染の道に進んだワケ

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

都心から車で約1時間の場所にある、千葉県大網白里市。アメリカ、スウェーデン、フィンランド、スペインと、世界中をサッカー選手として渡り歩いた品田彩来は、美しい海岸線と豊かな自然に恵まれたこの地に辿り着いた。

ただし、それは選手としてではなく、日本古来の技術を用いる藍染師として、NORABIと銘打った自身のプロジェクトを推し進めるためだ。

なぜ品田彩来は、サッカーから遠く離れた藍染の世界に飛び込んだのだろうか。

「昔から環境問題や社会問題への関心があって。でも、サッカー選手は今しかできない。もっと活躍したい、もっと大きい舞台でプレーしたい、という夢を追いたかったから、他のことには目を瞑って、サッカーを続けていました。ただ、あるきっかけを通して、“もう違う”と感じてしまって。シーズン中だったんですけど、クラブと話し合って、引退しました」
品田はそう振り返った。

彼女が引退を決意した“あるきっかけ”とは、2019年の大晦日に、バルセロナのエスパーニャ広場で開催された年越しイベントだった。年越しのカウントダウンの直前に、プロジェクトマッピングを投影するための巨大な円柱が広場に出現。そこに映し出されたのは、ブレグジットやドナルド・トランプ前米大統領の言動など、その年に世界中で話題になった出来事のダイジェスト映像。品田にとって最も衝撃的だったのが、アマゾン大火災の映像だったという。

「なんでサッカーをしているんだろう?」

「実は、私の兄が映画監督で、アマゾンで映画を撮ったことがあり、“地球にとってアマゾンがいかに大切な場所か”という話を、前々からよく聞かされていて。アマゾンの森が燃えている映像を観た瞬間に、“(サッカー選手を続けるのは)もう違うかもしれない”と急に思っちゃって。それがきっかけです」

「当時27歳で、30歳まではこの資本主義社会にどっぷりと浸かって、何も考えずにサッカーに専念するつもりでした」
と品田は語る。

最後の所属先であるリーガF(スペイン)のビジャレアルCFは、当時は2部リーグだったものの、1部昇格を現実的に見据えた強いチームだったという。品田はレギュラーとしてチームに貢献していたが、大晦日の一件以来、「なんでサッカーをしているんだろう?」と自問自答を繰り返したそうだ。

品田は続ける。

「それまでは、どれだけ自分のプレーがひどくても、試合に勝てれば嬉しかったのに、辞めるまでの2週間は、試合に勝っても、なんにも嬉しくなくなっちゃって。その2週間、本当に気持ちがグラグラで…20年以上もサッカーをしてきて、私を応援してくれる人がたくさんいる。引退試合とか、お花を貰うとか、そういうのを何もせず、急に辞めていいのかな、とも悩みました」

「モヤっとした気持ちのままだと、この生活は続けられない」

2022-23シーズンのUEFA女子チャンピオンズリーグの優勝チームがFCバルセロナだったことが示すように、リーガFが非常に競争力の高いリーグだという事実を、当然ながら品田も認識していた。そこでプレーしていた以上は、「トレーニングや筋トレ、休息の取り方、食生活を含め、プロとして真剣に生活していた」と品田は語る。だからこそ「モヤっとした気持ちのままだと、この生活は続けられないな」と感じたそうだ。

「彩来っぽいんじゃない?もしサッカーがやりたくなったら、また戻ってくれば?」

元チームメイトの友人に相談すると、そう言ってくれたという。

「もちろん、そんなに簡単に戻れる場所じゃないというのは、よく分かっていたんですけど。本当にサッカーがやりたくなったら、体を作り直せば戻れるかなって。まあ、今から戻るのはちょっと難しいな、と感じていますけど」
と品田は笑う。

引退後、「環境問題に関する何かしらの取り組みをしていきたい」という想いが芽生えた彼女は、アメリカの大学院へ留学しようと思い立った。

祖母の教えが一つのきっかけに

アメリカは女子サッカーの市場が大きいため、大学や大学院のチームのアシスタントコーチとして雇ってもらいながら通えば、返済不要の奨学金が貰える制度がある。品田のようにプロのキャリアがあれば、「更に優遇されて、プラスαで給料を貰いながら通える」そうだ。

大学院では、SNSマーケティングを学ぼうと考えていたという。「“環境を大切にしろ!”って頭ごなしに言われても、嫌じゃないですか。伝え方ってやっぱり大切だから、それを学びたいなと」

しかし、大学院入学テストの合否結果を待っている間に、祖母から聞かされたある話が、アメリカ留学とは違う方向へ品田を導いていったと説明する。

「“玉ねぎの皮で黄色って作れるんだよ”という話を祖母から聞かされて。それは“草木染め”という手法なんですけど、草木染めについて調べていたら、“藍染もそれと同じじゃない?”みたいな感覚が急に出てきて」

そんな入り口から藍染について調べ始めた品田は、自身の関心と藍染が繋がっていることに気がついたという。

「環境、ジェンダー、アートなど、自分が気になることと藍染がかなり深くリンクしていて。あとは、“今まで自分が海外から見てきた日本”という視点を踏まえた上で、日本で藍染を勉強したいと思いました」

昔の日本には、一家に一つ藍染の甕があった

「藍染は本当に不思議が詰まったもので、古代エジプトのミイラに巻かれていたり、日本のお侍さんが肌着として使っていたりしていたんです」
と品田は説明する。

古今東西で藍染が重宝されてきたのは、“藍”自体にさまざまな薬効が存在するからだという。

「たとえば、私は蚊が嫌いなんですけど、藍染のTシャツを着ていたら、寄ってくる蚊や虫が減るんです。アメリカの鉱夫さんが、蛇除けのためにデニム生地を藍染したのが、ジーンズの始まりだったり。お侍さんが甲冑の内側に藍染を着ていたのも、汗疹予防になるし、抗菌力もあるから、刀で切られた傷口に藍染の手拭いを巻いておけば、自然と治っていく、という理由からだったそうです。だから、靴下を藍染めしたら臭くなりにくいし、水虫予防にもなる。薬やスーパーフードとして食べられていたり、そういうふうに、藍染は昔から人とともにあって。昔の日本には一家に一つ藍染の甕(かめ)があったくらい、身近な存在だったんです」


 “NORABI”の工房にある藍甕。発酵と名の付くとおりに、甕の中で藍は生きているという

微生物の働きによって布が染まり、空気中の酸素に触れることで青く発色する

「環境に対してなんの曇りも持たずにやれる」

そのような薬効だけではなく、藍の生産過程そのものが環境に優しい、ということも、品田の心を強く惹きつけたという。

「すべての人々のクローゼットの1ピースでも、環境に負荷のないものにしたいな、と思っていて。“NORABI”で使っている素材や原料はすべて天然のもので、それらを作る、使う、廃棄する、というすべての工程も、生態系の中でぐるぐると循環していくようにしています。だからこそ、環境に対してなんの曇りも持たずに(藍染を)やれるんです」

また、高校卒業後に留学したアメリカの大学でグラフィックアートを専攻し、選手時代に世界各地のアート作品に触れてきた品田にとって、藍染とアートの相性の良さも、のめり込んだきっかけの一つだったと語る。

「藍染は、染色技術によって“ただ染めるだけ”ではないので、グラフィックアートを施したり、筆を使って模様を書いたりと、いろいろな応用が効くので、アート作品をすごく作りやすいんです。そういうアートとの関連性だったり、薬効だったり、環境への優しさだったり、調べれば調べるほど、“藍染の沼”が深すぎて、気づいたらその中に沈んでいって。気づいたら有名な藍染工房に勉強しに行って、気づいたらここにいました(笑)」


品田彩来による作品

インスピレーションの循環が起きる場所に

大網白里市にある “NORABI”の新しい工房は、品田自身のアート作品や藍染製品を作るためだけではなく、いろいろな人が交わるような場所にしていきたい、という構想があるという。

「この後、実際に藍染を体験してもらいますけど、いろいろなお客さんに藍染を体験してもらうと、“やっぱり、みんな自分で作ったものがいいんだ”ってことに気づいて。自分で作ることで、既製品よりも愛着が湧いて、より長く使える。あとは、“作りたい”っていうお客さんの意欲をぶつけてもらうことで、私のインスピレーションも湧き出て来るので、その循環もいいなって。クリエイターに限らず、いろんな人がここの工房を使える。それが外国からの方でもいいし、日本国内のどんな人でもいい。この工房を、そんな循環が起きる場所にしていきたい、という想いは強いです」


筆者が持っている白Tシャツを使って、実際に藍染体験をさせてもらった

藍甕の中で染めた後、空気にさらし、水の中で余分な染料を洗い流す

染め上がったTシャツ。写真右にある靴下は、輪ゴムを使ってタイダイ染めしたもの

最終的な野望

ただ、「この先ずっと藍染だけをやるとは考えていない」と品田は言い、次のように続ける。

「第1プロジェクトとして“NORABI”をやっている、というか。最終的な野望としては、もっと奥にあるもの、もっと大きい動きに繋げていきたい」

品田彩来の最終的な野望、とは何なのだろうか。

「たとえばパタゴニアは“地球を救うためにビジネスを営む”というような言葉を打ち出しているアパレルブランドですけど、そういうふうに、“本当はいま向き合った方がいい問題”について、ユースチームから教えていくようなサッカークラブがあってもいいんじゃないかって思っています」

さらに品田は続ける。

「アスレティック・ビルバオの“バスク純血主義”というコンセプトだったり、アトレティコ・マドリードの“勝ちにこだわる”というコンセプトだったり、クラブとしての指針が確立されているクラブが、海外には数多くありますよね。その中で“環境やジェンダーの問題”を一つの柱にしたクラブのオーナーになるのが一番いいなって。もしくは、私がこうやって発信することで、他の誰かがやってくれてもいいですし。実際に “NORABI”を介して、そういう問題に興味を持ついろいろな人が、すでに集まってきているんです」

日本を飛び出し、プロサッカー選手として世界中を渡り歩いてきた品田彩来だからこそ、そのような発想が生まれるのだろう。品田は次のように語る。

「やっぱりサッカーって、すごく多くの人を集めるものだし、人の人生を動かすもの。だからこそユース年代であれば、教育にもかなり深く関係してくる。“ペットボトルじゃなくて、再利用可能なボトルを使いましょう”っていうことだったり、その先にある“なぜなら、ペットボトルのゴミ問題があったり、石油燃料から作られているから環境に優しくないんだよ”っていう知識や情報を、ちらっと聞きながら育っただけでも、それを知らない人とはかなり意識が違ってくると思うんです。私自身、両親やまわりの人から、そういうふうに聞かされながら育ってきた。いろいろな問題の存在に気づくことによって、自然とそこに意識が向いていくということを、自分の生き方から知っているんです。だから、そういうサッカークラブを作ることが、最終的な野望ですね」

PROFILE

品田彩来●しなだあやき
品田彩来●しなだあやき
1992年9月15日生まれ。東京都出身。元女子サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。現在、“NORABI”の新しい藍染工房を立ち上げるにあたり、クラウドファンディング(https://motion-gallery.net/projects/norabi_indigo)を受付中。 ・品田彩来 Instagram https://www.instagram.com/ayakishinada/ ・NORABI Instagram https://www.instagram.com/norabi_indigo/ ・NORABI Official Web Site https://www.norabi.net

著者

佐藤麻水
佐藤麻水
佐藤麻水●さとうあさみ 音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。 ・佐藤麻水Instagram https://www.instagram.com/k.kooooou/

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