大学バスケットボール界屈指の強さとチームビルディングを誇る東海大男子バスケットボール部”SEAGULLS”を作り上げた陸川章と木村真人。2000年から25年にわたってチームに愛情を注いでてきたゴールデンコンビに、入野貴幸新監督体制となったチームやこれまでの歩みについてざっくばらんに語ってもらった。
陸川:東海大学男子バスケットボール部でアソシエイトコーチをしている陸川章です。入野監督を支えつつ、学生たち……特にビッグマンたちをスキルアップさせることと、気持ちを前向きにさせるメンターのような役割をしています。
木村:木村真人です。昨年までは統括コーチを務め、今年からはゼネラルマネージャーとしてスポンサー集めやその対応、大学執行部とのやり取りなどチームの運営を担っています。
── 入野新ヘッドコーチ体制が始動した今シーズンは、さまざまな紆余曲折がありました。お二人はHCと学生たちの歩みをどうご覧になりましたか?
木村:新ヘッドコーチとしては上々の結果だと私は思います。新人戦では優勝しましたし、彼ら、特に1年生は入野が引っ張ってきた選手ですし、良い種を撒けたんじゃないかなと思います。
陸川:私も立派だと思います。新人戦の優勝、リーグ戦の準優勝、インカレベスト4。ベスト4以上に常に入っていれば優勝するチャンスが絶対生まれます。常に上位のところで経験を積むことが絶対次に繋がるので、今回は合格点じゃないでしょうか。

── 付属高校である東海大付属第三高校(現東海大付属諏訪高)から東海大に進学した入野HCをシーガルスに勧誘したのが、当時HCを務めていた木村GMだったそうですね。
木村:はい。陸川コーチにバトンタッチするためには、最後のリクルートで頑張れる選手をとにかく集めないとダメだと思い、福岡第一の今井康輔(福岡第一高コーチ)と、仙台高校の原田政和(東海大学付属相模高監督)を獲得しました。当時は推薦枠が2つしかなかったので、付属高からもピカイチの選手を取らなければということで、付属推薦で入野や東海大付属浦安の稲葉弘法(つくば秀英高監督)を引き抜き、今に至ります。
── 学生時代の入野HCはどんな方でしたか?
木村:本当に入ってきた時はもうガムシャラで、とにかく人に負けず嫌いっていうのがありました。身体能力的なところも含めて他の選手より劣るところもありましたけど、とにかくハートが強くて、最後までやり遂げる選手でした。ただ1対1で話をするとトゲがいっぱいあったんですよ。カチンとくることがいっぱいあったし「生意気だな」と思うこともありましたけど、あれは一つの負けず嫌いの表れだったのかなと思います(笑)。4年生になった時には見違えるように人が変わって、キャプテンシーが備わって。当時は下級生にやんちゃなのがたくさんいましたが、このやんちゃ軍団を締めてまとめていくというところもすごくうまかったですね。

── HCとしての指導ぶりはいかがでしたか?
陸川:入野は私と違って練習がきめ細やかですね。色んなドリルを組み立てて、その時に必要な課題に向かって良い練習をしていたなと思います。特に彼が良いのは、「ベンチだとかスタートだとか誰も決まってないよ」というところからスタートしているので、選手たちの競い方、バチバチ感がすごくて、非常に良い切磋琢磨ができたんじゃないかな。頑張っている選手をどんどん使うという意思も強く感じました。
木村:私が思っていたことほとんど言われてしまいましたが(笑)、彼は言葉が巧みで、これが指導の中で生きてるんじゃないかなと。選手に火を焚きつけるのがうまいですね。もう一つは考える力をつけさせるために、常にそういったことを発信している。プレーの中で「じゃあその次はどうするの?」っていうところまで考えさせようとしています。
──ここからは少し昔のことをうかがわせていただきます。木村GMは陸川ACがHCに就任されると知った時、どんな思いでしたか?「元日本代表がどんなもんだ」くらいのお気持ちでしたでしょうか?
木村:いえいえ、とんでもない!(名門の)日本鋼管のエースで、代表経験もあって、バスケット界の神様みたいな人でしたから「こんなすごい人がなんで東海大に来るんだろう」とは思いましたけど、「そんな人が来るんだったらもう私の出る幕はないな」とすっぱり退くつもりでいました。
陸川:当時の体育学部長の先生に「陸川は大学のことは何もわからないのに辞めてどうするんだ」と言われたと聞きましたね。でももちろんチームへの思いがあるから、初めて夏合宿に行った時にはラーメン屋でビールを飲みながら、お互い言いたいことをバンバン言い合ったんです。テーブルを叩いてああだこうだと激論しているうちに、「よし、わかった。じゃあこれからリーグ戦が始まる。陸川章とリーグ戦の戦いに納得できたらこれからも手伝ってくれ。納得いかなかったら辞めてくれ」ってはっきり言ったんです。でも、長いリーグ戦を戦って、いろんなゲームがあって、だんだん気心が知れてきて、気づいたら結局25年です(笑)。
木村:まあすごいコーチだったんですよ。私がヘッドコーチをやっていたころは、追い上げられればあせるし、逆転されれば悲壮感でいっぱいだったんですけど、陸さんは1点差になると「よし、ここから楽しめ」と。タイムアウトを取って、指示を出しながら「いいか、これからが楽しいんだぞ。残りの5分をどうするんだ?」と選手たちに言う。私は隣で「本当に大丈夫かな?」って思っていましたが、本当に描いた通りの展開になっていくんです。ああ、やっぱモノが違うなって感じていました。
陸川:監督の仕事は競るか負けている時しかないと思ってるんです。リードしたらつまらないって言ったら失礼ですけど、そこからどうコントロールするかだけなので。昔、「1〜2点差で負けているときが一番面白いんだ」って木村に言ったら「おかしいですよ」って言われました(笑)。
木村:もう一つ逸話がありました。ある年のインカレ決勝の朝、6時くらいに陸さんから「車を出せるか?」と電話がかかってきたんです。「はい。なんでですか?」と聞いたら、「俺は勝つってことしか頭に思い浮かばないんだ。だから帰りは飲んで帰るぞ。じゃあな。ハッハッハッ」って言って、ガチャっと電話を切られた。「なんだこの人は!」って思いました(笑)。決勝戦の朝なんて普通の人間なら神経質になるものじゃないですか。とんでもない人だって度肝を抜かれた記憶があります。

──いろんな方からお話をうかがう中で、木村GMはとても几帳面で物事を細かく考える方というイメージがあります。時に、陸川ACの手綱を引くようなこともありましたか?
木村:手綱引いても行っちゃいますから無理ですよ(笑)。
陸川:リクルートであったりスポンサーの挨拶であったり、二人で出かけることがけっこうあるんですが、必ず珍道中になって揉めますからね(笑)。木村は全部俺のせいだって言うし、私は絶対木村のせいだと思っているし(笑)。色んなことがありますけど、まあ、そういうのも含めて楽しいんですね。2人で25年ずっとやってきたんで。
木村:選手だとか学生スタッフは、思っていてもなかなか陸さんに直接言えないことがあって、そういう時に私は「木村さんから陸さんに言ってくださいよ」ってうまく使われちゃうんです。で、学生たちが「よくこんなことまで言えますね」っていうところまでズケズケ言ってきました(笑)。
── 現在のシーガルスは東海大学という大きな組織の中でしっかりとポジションを築いているかと思いますが、黎明期はどのような組織にしようと考えられていたんですか?
陸川:私は大学の中のことは全然わからなかったので、現場のことに集中して。総長や大学の執行部の方々に試合を見ていただく、学内で試合結果がわかる掲示物を作るというような対外的なところは全部木村がやってくれました。ホームゲームの開催もそうですよね。最初はチームでやっていたものを大学の運営サイドを巻き込んで一緒にやってくれるようになったり。今はチームバスで移動できるようなりましたが、これも木村のおかげだと思いますね。
木村:うちの看板スポーツややっぱり柔道と野球ですからね。ただ、前総長の松前達郎先生が中学時代にプレーしていたこともあってバスケットが好きで、2005年、2006年の連覇の時に決勝を見に来てくれたんです。
陸川:松前先生や山下先生(山下泰裕・元JOC会長)をアテンドしてくれたのが木村だったんですよね。
木村:何て言うんですかね。バスケットだけじゃなくて、大学スポーツってこんなに面白いんだっていうことを、大学法人含めた大学執行部のみなさんに理解してもらいたいっていう思いはありました。
── お二人が歩まれた25年間はどのような25年間でしたか?
陸川:一言で言えば、楽しい、本当に幸せな時間だったなと思います。そこに勝ったり負けたりは当然あるんですけど、その時の学生たちが持ってる力を本気で発揮してくれていたので、毎年毎年楽しかったですね。インカレが終わって、こどもたち…4年生が抜けると寂しくなるんだろうなと思うんですけど、1月から次のシーズンが始まって、新入生が来たりするとすっかり前のシーズンを忘れて、また目の前のことに2人で追われていって「ああ、また1年終わっちゃったね」って。そんな感じで25年が経ってしまいました。あっという間でしたね。

木村:陸川さんから学ぶことが本当に多かったです。言葉だとか、考え方だとか。私はどっちかっていうとネガティブなところがありますが、陸川さんはとにかく絶対にネガティブなことを言わない。今でも陸川さんから学んだ考え方を職場に活かしています。だから本当にもう恩人ですね。
── 大学バスケは今とても難しい時期に差し掛かっています。陸川ACが今HCをやっていたとしても「どんと来い」と楽しめていたと思いますか?
陸川:そうですね。そこにとらわれていたら先に進めませんから。私が指揮をとっていた頃も河村(勇輝)と金近(蓮)の退部がありましたが、彼らが抜けたらチームがダメになったかというとそんなことはなかった。春先は全然勝てなくても今いるメンバーみんなでターゲットとするインカレに向けて挑戦すればいいと思っていましたし、実際インカレでは良いチームになっていたと思います。
木村:関東トーナメントは25年間で2回しか優勝できていないですもんね(笑)。
陸川:春は弱いんですよ(笑)。負けるたびに上司から「今年は弱いね」って言われましたけど「見ていてください、ここから勝ちますから」って言い返して、インカレではちゃんと巻き返しました。

岡元)長く大学バスケに携わられてきたお2人だからこそ、うかがわせていただきたいことがあります。「大学バスケ」とは何だと思いますか?
陸川:成長の場だと思います。1年生から毎年経験を積んで、4年生になった時に責任感を背負って最後のインカレに挑む。この経験がすごい大事な気がするんですね。入ったときは自分のことだけでいいです。2年生になると新人戦で上級生の気持ちが少しわかるようになり、3年は4年生と下級生両面のサポートをして、4年でプレッシャーも責任も全部背負う。これを経験することで、社会に出た時に色んな問題解決ができたり大胆なチャレンジができたりする。そういう場だと考えています。
木村:私も同じですね。高校時代はお山の大将だった選手たちが一堂に集まって、切磋琢磨して、調和をとりながら自分のポジションをつかんでいく。いきなり高校からプロに進む競技もありますが、まだ体力や考え方が成熟していない状態で進むのはもったいないのではないかと個人的には思います。大学は教育の場であり、競技に集中できる場でもありますから。
──今後のシーガルスに期待することをお聞かせください。
木村:まずは、ファンや大学に支えられているということを忘れないでほしいですね。そのために何をするか。それは勝ち負けによらず日々全力を尽くすことです。自分たちがどこを目指すのかという明確なビジョンを持っていればそこに突き進めると思っているし、そこに向けて日々の練習を真剣にやっていけばおのずと力は備わってきます。そしてその延長線上に大会があって、結果がともなってくる。このプロセスは絶対に忘れてほしくないと思っています。
陸川:あまり変わりませんが、やっぱり応援される、愛されるチームであってほしいですし、見に来た人たちや自分たち自身を”フルフルワクワク”させられるチームであってほしいです。その上で、ディフェンス、リバウンド、ルーズボールが我々を勝利に導く。これは徹底的に、入野が学生の時から今も変わらず言ってきたことですが、東海大シーガルスが大事にしてきたものは大事にしてほしいなと思います。戦術はどんどん変わりますし、選手も変わりますが、そこは入野が肉付けしていけばいい。根幹にある「どういう姿でありたいか」ということと、「何を大事にしてきたか」ということだけは忘れないでほしいなと。もちろん、(学生と大人、OBが家族のように密接に繋がり合う)ビッグファミリーであり続けてほしいとも思います。