BASKETBALL

「大学は社会に出る前の最後の自己形成の場」東海大男子バスケ部『SEAGULLS』新指揮官の入野貴幸が見つめるチームと自身のありかた

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photo by Kazuki Okamoto / text by Miho Awokie


今シーズンより東海大学男子バスケットボール部『SEAGULLS』のヘッドコーチに就任した入野貴幸。同部を日本屈指の強豪チームに育て上げた陸川章(現アソシエイトコーチ)が20年来にわたって築いたカルチャー……すなわちディフェンス・リバウンド・ルーズボールというバスケットボールにおける3本柱と、『ビッグファミリー』と呼ばれる、選手・スタッフの垣根を超えた一体感を継承しながら、新たに何を追い求めようとしているのか。

『よいチーム』で勝ちたい

前任の東海大学付属諏訪高では「自主自立」というテーマを掲げてチーム作りをされていました。大学でも目指すものはあまり変わらないのではないかと推測していますが、カテゴリーが上がったことでアプローチに変化がありそうですね。

高校ではどちらかというと「こうしたほうがいいんじゃない」みたいな、プッシュ型のリーダーシップを発揮していたと思いますが、今はプル型を意識しています。『自主自立』とか『主体性』はサブタイトルというか、彼らの力や良さをいかに引き出すか。迷いを取り除いたり、思いっきりやるための手助けをすることで、彼らの行動や考えが変わっていけばいいなと。そういう意味で、関係性の質はすごく意識しています。

選手たちとのコミュニケーションの取り方が変わった?

すごく変わったと思います。大学時代の同期で副部長をしている小山孟志の奥さんに「入野くんって諏訪のときは怖いイメージだったのに全然違うじゃん」って言われましたし、練習を見に来た方にも「今はこんな感じなんですね」とよく驚かれます。高圧的になることなく、ちゃんと話して、彼らの力を引き出すところにフォーカスする。自然体でやっています。

練習初日にはどのようなことを選手たちに話されましたか?

『よいチーム』で勝ちたい、という話をしました。選手として良くなることと、人として善くなっていくことの両面を求めようと。始動した当初は「善」にフォーカスするために、サッカー部と合同トレーニングをやりました。応援される選手・チームになるためには、まずは自分たちが応援する気持ちを持たないといけないって。1回目はどことなく壁がある感じだったんですけど、2回目はお互いを励まし合ってやってましたね。そういうところから学生たち同士で「サッカー部の試合に行ってみよう」とか「あいつ、一生懸命トレーニングしたやつだ」ってつながりあっていけばいいなって。高校みたいに教員が強制力を働かせるのでなく、彼らの内側から湧き出てくる内発的な動機づけになればいいかなと思ってるんです。

柔道教室ともコラボレーションをされていましたよね。斬新な企画だなと拝見していました。

ご依頼を受けて、小中学生と柔道場でバスケをしました(笑)。縁があってのことだと思っているので、何かお誘いがあったら予定が合わない限りはお引き受けするタイプなんです。こういうことが少しずつ伝播していってくれればいいですよね。いいことを続けてくって簡単じゃないし、時間がかかりますから。


データを駆使しつつ、心が動くようなアプローチを

その他、新たに取り入れたアプローチがあったらうかがいたいです。

トレーニングのほうではデータを見える化し、トレーニングの数値やインボディ(体組成)の数値を選手・スタッフ全員が閲覧できるようにしました。コンディショニングのほうも2年間のデータを見える化して、怪我の受傷率を減らそうとしています。見える化すると見える部分しか頑張らなくなっちゃうので、目に見えない部分にも力を入れながらやってくことが大前提ではありますが。

それぞれがお互いの記録を見ることでいい刺激になりそうですね。

だから今、みんなウェイトトレーニングをめちゃくちゃ頑張ってますよ。いい数値まで行っている上級生は「これ以上重くすると怪我のリスクがあるからこれからは回数とかスピードを高めよう」というところまで進んでます。こういうことは高校でもやりたかったことではあったんですけど、機材もないしデータを取る人もいなかったので、今、そういうことをどんどん実現できて、毎日めちゃくちゃ楽しいです。練習のプラクティスシートもコーチ陣はいつでもどこでもメニューを見たり変えたりできるようにしています。共通認識を持って、一歩ずつ踏み進めてくっていうことですね。

小さなDX(デジタルトランスフォーメーション)ですね。

もちろんデータも大事にはしていますけど、そこばかり見ているとちょっと窮屈になりかねないので、やっぱり心が動くようなアプローチはしていきたいなって思います。

データ偏重主義になりつつある今こそ、スポーツ界では心へのアプローチが重要かもしれません。

むしろ後者のほうが大事だと思っています。理詰めで話をしていくところと「ここは理屈じゃないぞ」ってところのバランスですね。サッカーではよく「エナジー&タクティカル」と言われているみたいなんですけど。エナジーももちろん大事。でもタクティカルな部分も大事。それを前提にしつつ、自分たちが楽しめるのはどっちだろうって考えながら、いろいろなことをチョイスしているところです。

諏訪高時代の入野さんのコーチングを熟知しているわけではありませんが、どちらかというとタクティカルが強いイメージがありました。

「わからないことを教えないと」という意識が強かったからかもしれませんね。高校バスケの指導を終えるタイミングで「やっぱりハートをきちっと作っていかなきゃいけないんだな」って立ち戻ったところはあります。ヘッドダウンしてしまうプレーヤーがいたとして、それが甘えによるものじゃなければサポートしますけど、自分のプレーが悪くて機嫌を損ねてるんだったら、それはもう自分で立ち直りなさいと。そこはこの2年間で陸さん(陸川アソシエイトコーチ)から学びました。陸さんがすごいのは、ネガティブなことが起きても全部元気玉にして、すべて学びとしてポジティブに変えていくところ。この間ミーティングで学生たちに元気玉の話をしたら「それ何すか?」って言われたんです。もうドラゴンボールを知らない世代なんですね。「やべえ」って思いました(笑)。


ヘッドコーチ初年度がこの4年生たちでよかった

バスケットのほうではいかがですか。

選手たちに、自分たちがやっていることを説明できるようになってもらっています。意外に用語の整理ができていない選手がいるなってことに最近気づいたんですよ。とにかくみんなの目線を合わせて、1歩ずつ全員で進んでいくために、いろんなことをスリム化しています。これはムスタファ(ムスタファ・ンバァイ=セネガル出身の留学生)の力を引き出すという意味でも大事なことだなと。言葉が複雑になってムスタファが迷ってしまうのは本望じゃないので。

大学というカテゴリーでコーチをする上で、難しいなと感じていることはありますか?

うーん…どうだろうな。やっぱり組織が高校より大きい分、ステークホルダーの方々との関係性は大事になるのかなと想像していますが、そこは難しいというよりもこれからしっかりしていかなきゃいけないなって感じるところですかね。

確かに、いろいろ壁を実感するのは公式戦が始まってからかもしれません。

当初少し気になったのはAチームとBチームの関係性ですが、今年の4年生はここをすごく大事にしてくれているんです。部員たちの関係性が良くさえあれば、難しい問題があってもみんなの力で乗り越えていけるなっていうふうに今は思っています。

今年の4年生は主力でプレーしている選手はあまり多くありませんが、プレー以外のいろんなところでチームに貢献しようと頑張っているわけですね。

自分は1年目がこの4年生たちでよかったです。最高です。「下級生がのびのびさせられるように自分たちがやります」って言うんです。普通、そんなこと言えないですよ。学生スタッフたちも含め、本当に助けられてます。

ヒストリーメーカーになるような選手に来てもらいたい

今年の東海大はどんなチームになりそうですか。

今まで以上に観客を引きつけるエネルギッシュなバスケになると思います。1人ひとりがバスケIQを高く持って、考えて、自分で自ら行動・判断できるようにしていくことを求め、これまでよりもアップテンポになるかなと。ディフェンスは今までのベースを崩さず、アグレッシブさをより前面に出せると思います。

そのために、練習でも競わせるようなメニューを増やしています。型の練習ももちろん大切なんですけど、競わせて戦う状況、ライブの状況をできる限り多くしているので、選手たちも現状は負ける気はないんじゃないですかね。何かトラブルが起きるとすれば、外的要因でなく内的要因。自分たちから崩れないことを大事にしたいです。

今年は渡邉伶音選手や十返翔里選手といった世代のトッププレーヤーが入部されましたね。

送ってくださった高校の先生たちに感謝です。監督が変わったタイミングで選手を送るのには抵抗があって当たり前だろうに「入野さんだったら安心して送れます」って言っていただけた。高校で地道にやっていたことがちゃんと伝わっていたんだなと思いました。これまでの先生方との繋がりもあって、早めにリクルートが終わるのを見て、陸さんは木村真人ゼネラルマネージャーに「今まで何をやっていたの!」ってツッコまれていました(笑)。

東海大が欲している選手はどのような選手ですか。

自分の目標がしっかりしているっていうことと、バスケットが好きなこと。プラスして、シーガルスをさらに推し進めてくれるヒストリーメーカーになれるような選手に来てもらいたいですね。「入って満足」でなく「自分がさらにこのチームを良くしてくんだ」っていう気概を持って、自分の目標を見失わずに進める選手を、僕がサポートする。あとは思いっきりやってくれればいいかな。好きなことをやっているんですからね。「バスケットをやってて楽しいな」と思える4年間にしてあげたいです。

自分がどうなりたいかを考え、表現することが大学の役割

先ほど陸川さんから、入野さんが学生たちに「学生界を変えよう」と話されたとうかがいました。陸川さんも日本の学生バスケをアップデートされましたが、入野さんはさらに突き抜けたものを目指されていくような印象を受けました。

今のバスケ界は転換期。Bリーグがたくさんのお客さんを集める一方で、学生が引き抜かれている現状は皆さんもご存知の通りだと思いますし、高校バスケもトップリーグが新設されたりウインターカップの注目度が高まってより華やかになりました。だからこそ大学バスケも…これだけいい選手がいて、これだけ努力して頑張ってる姿をもっと多くの人に見てもらいたいという思いはあります。

その中で我々ができることは、毎試合毎試合ベストパフォーマンスを続けていくこと。遊びながら週末になんとなく試合をしている選手と、自分をちゃんとマネジメントして試合に臨んでる選手から受け取るものってまったく違うと思うんですよ。後者であるうちの選手たちを多くの人に見てもらえれば「また会場に行きたいな」と絶対に思っていただけると思います。

高校年代のトッププレーヤーが海外の大学に進学する、国内の大学を途中でやめてプロに転向するという例が増えていますが、ドラフトが始まる今後は、そもそも大学を経由せずプロになる選手も増えると予想されます。だからこそ、大学バスケットが果たす意義やその価値を改めて考える必要があるのではないかと思っています。

確かにそうですね。僕は、大学は社会に出る前の最後の自己形成の場だと思っています。高校より自由度が高くて、サボろうが休もうが本人次第。「何をしてもいいよ」という環境で、自分がどうなりたいかを考え、表現することが大学バスケの役割なのかなと。これだけBリーグがスポットライトを浴びて、たくさんの人にチヤホヤされるようになった今はなおさら、自分の軸を作れているかそうでないかの差は大きいと思います。24時間の使い方を自分でデザインしたり、プライオリティをつけて行動することができない選手は苦労するんじゃないですかね。

うちはそういうことができる学生が多いので、自分はとにかく彼らが前に進んでいけるような手伝いをしたいですし、「もっとこうしたいです」って彼らからアイデアが出てくるようになるのが自己形成の最終形態になるのかなと考えています。学生たちが自分たちで進め始めたら、僕の仕事はいっちょ上がりです。

そうしたら、入野さんも学生たちも新しいことにチャレンジできるようになる。

そうです。今年は「課題を変化させていこうね」って言ってます。この2年間、課題が似ていた傾向にあったんです。やはり、同じ問題解くのってつまんないじゃないですか(笑)。

PROFILE

入野 貴幸(Irino Takayuki)
入野 貴幸(Irino Takayuki)
1982年生まれ、神奈川県出身。東海大学付属第三高(現東海大学付属諏訪高)〜東海大。4年次に主将として創部初の関東大学リーグ1部昇格に貢献した。卒業後は東海大三高男子部監督としてインターハイベスト4などの成績を残し、今年度より東海大ヘッドコーチに就任。

著者

青木 美帆(Miho Awokie)
青木 美帆(Miho Awokie)
フリーライター。高校3年時にたまたまインターハイを観戦したことをきっかけにバスケに取り憑かれ、早稲田大学入学後に取材・執筆活動を開始。小4の息子に口喧嘩で負ける。 X:@awokie Instagram:@miho.awokie

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