2024年11月、スポーツ業界で働きたいと考える方々に向けた書籍『スポーツの仕事大全』が発売された。この本では、FERGUSの岡元をはじめ、プロスポーツ選手やコーチだけでなく、スポーツマネジメント、広告、イベント運営、メディア、医療、フィットネス、研究者、教員など、スポーツに関わる多岐にわたる職種とその現場が紹介されており、各分野で活躍するプロフェッショナルたちのリアルな姿を通じて、スポーツに携わる仕事の魅力と可能性を詳しく解説されている。今回は、この書籍の著者である水島淳さんにお話を伺った。
大学生のときは、学校の教員を目指していた
水島さんの現在のお仕事について教えてください。
現在、東洋大学の健康スポーツ科学部健康スポーツ科学科でコーチングの教員をしています。学生に対して、コーチング概論やスポーツコーチングの理論、演習といった授業を担当しています。
もともと、コーチングに関連するキャリアを目指していたのでしょうか?
最初は教員を目指して京都教育大学に進学して学校の教員を目指していたのですが、教員採用試験を受けるくらいの時期に、改めて自分が何をやりたいのか考える時期があって、そこで教員よりもコーチングをしたいと考えるようになり、筑波大学大学院でコーチングを学びました。
大学院時代にはどのような経験をされたのでしょうか?
筑波大学大学院1年目を終えた後、青年海外協力隊(JICA)の一員としてパラグアイに渡り、陸上競技の投てき種目のコーチを務めました。サンタ・ローザという田舎町にある小さなクラブで、小学生から大学生まで幅広い年代の選手を指導しました。
パラグアイでは、何年間活動されたのでしょうか?
丸2年間滞在しました。その後、日本に戻り、大学院を修了しました。
アシックスに入社と同時に、筑波大学大学院のコーチング学博士課程へ進学
青年海外協力隊の後はどのようなキャリアを歩まれましたか?
修士課程修了後、株式会社アシックスに入社しました。スポーツマーケティング部で、選手や大会スポンサーシップの担当をしていました。パラグアイ時代にスポンサー営業を経験したことが、この仕事につながりました。
アシックスに入社した理由を教えていただけますか?
パラグアイ滞在中に陸上競技クラブや連盟からスポンサーを集めたいという要望を受けて、アシックスやグループ会社のニシ・スポーツにスポンサー営業を行う機会がありました。これをきっかけに、クラブ運営やスポンサーシップに興味を持ち、ビジネスの視点からスポーツ業界のお金の流れを学びたいと考えて、アシックスに入社しました。
アシックスで働きながら博士課程にも通われたそうですね。
はい。アシックスに入社すると同時に、筑波大学大学院のコーチング学博士課程にも進学しました。アシックス本社は神戸にあったので、仕事が終わると夜行バスで筑波に向かい授業を受けて、また神戸に戻って仕事をするという生活を送っていました。
博士号取得後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?
博士課程は3年間でしたが、最後の1年はアシックスを退社し、博士論文の執筆に専念しました。ただ、その間も仕事を続ける必要があったため、東京2020組織委員会の広報部の公募に応募し、半年間働きました。その後、シンガポールに移住し、政府機関であるNational Youth Sports Institute(青少年スポーツ科学研究所)で、スポーツコーチの学習支援に関わる仕事を担当しました。
シンガポールではどのような仕事をされましたか?
シンガポールでは、スポーツコーチになるために資格が必要です。そのため、私はスポーツコーチ資格制度の設計や講習会の内容決定、コーチングカンファレンスの企画運営、さらにコーチ同士が学び合うコミュニティ作りに携わり、これらの業務を丸2年間担当しました。
「スポーツ業界で働きたい」と考える若者たちに向けて。
日本に戻った後の活動について教えてください。
2023年に東洋大学に健康スポーツ科学部が新設され、そのコーチング分野の教員公募に応募しました。現在は大学教員として、学生たちにコーチングを教えるとともに、スポーツコーチングやコーチ育成に関する研究を進めています。また、日本の指導者育成や、研究で得た知見をどのように社会に生かせるかを模索しながら、研究・教育・社会貢献をテーマに仕事に取り組んでいます。
「スポーツの仕事大全」を出版されるきっかけを教えてください。
シンプルに言えば、スポーツ業界で働きたいと考える高校生や大学生が多く、そうした若者たちから悩みや不安を聞くことがありました。そんな彼らに「スポーツにはこんなに多様な仕事の選択肢があるんだよ」と伝えたい思いから、このプロジェクトを始めました。実際にスポーツの現場で働く方々にインタビューを行い、仕事の内容や魅力、求められる資質や能力、さらにはその仕事にたどり着くまでの道のりについて詳しくお話を伺い、それを1冊の本にまとめました。
いつ頃から本を出版しようと考えられたのでしょうか?
2023年の夏頃に出版社の方と話を始めたのですが、実は2020年頃からこのプロジェクトの構想はありました。ちょうどコロナ禍の時期で、2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、ワールドマスターズゲームズといった大きな大会が続き、まさに「スポーツのゴールデンイヤーズ」とも呼ばれる時期でした。その頃、私はアシックスを退職し、東京2020組織委員会での仕事を手伝っていました。
そのタイミングで、さまざまな形でスポーツに関わっている方々を集めた勉強会やコミュニティを運営する機会があり、「スポーツの仕事にはこんなに多様な関わり方があるんだ」と肌で実感しました。同時に、もし自分が大学生だった頃にこうした方々の話を聞けていたら、もっと広い選択肢を考えられたのではないかとも思いました。それがきっかけとなり、いつかこうしたプロジェクトを形にしたいと考えるようになりました。
球団スカウトや現役サッカー選手にインタビュー
今回、何名の方にインタビューをされたのでしょうか?
45名です。
特に印象に残ったエピソードはありますか?
日本ハムファイターズの大渕隆スカウト部長へのインタビューです。最初は、スカウトの仕事の実際の内容や、どのように選手を見定めるのかといった点に興味を持ってお話を伺っていたのですが、大渕さんのライフストーリーの中に、自分自身の経験と重なる部分があり、特に印象に残りました。
今やベテランのスカウト部長として、大谷翔平選手をはじめとする選手のスカウト実績がある大渕隆さんですが、大学時代や実業団時代には野球を続けながらも「自分は将来何をやりたいのか」と悩む時期があったそうです。その悩みを解決するため、アメリカやキューバに渡り、現地で野球に関わる仕事を探していたことがありました。そんな中、尊敬する人物から「君は一体何がやりたいんだ?」というシンプルな質問を受け、考えた結果、「野球を通じてより良い社会に貢献したい」というシンプルながら力強い思いを再確認したそうです。そして、社会に役立つことであれば何でも良いと考え、高校野球の監督になることを決意し、実際に高校の教員となって監督を務めました。数年後、当時アメリカやキューバで悩んでいた際にお世話になった方から「北海道日本ハムファイターズでスカウトをやらないか?」という電話があり、そこから北海道に移ることになったようで。このエピソードから、自分の中で確固たる信念を持ち、それに向かって着実に歩みを進めていった大渕さんの姿勢に深く共感しました。
他には、アスリートの方にもお話を聞かれたのですね。
ジュビロ磐田の山田大記選手にインタビューさせていただきました。
山田選手はプロサッカー選手としてだけでなく、ご自身でも幅広い活動をされていますよね。
はい、山田選手はご自身でNPO法人を立ち上げ、子どもの貧困家庭や児童の病棟を訪問するなどの社会貢献活動を行っています。また、実はグロービス経営大学院に通い、MBAの取得を目指しているとのことです。選手としての活動だけでなく、社会貢献や学業も両立させ、まさにデュアルキャリアを実現されている点に非常に感心しました。
アスリートにもインタビューを行ったのには理由があったのでしょうか?
スポーツのお仕事と聞くと、支える側を思い浮かべることが多いと思いますが、選手も立派なスポーツのお仕事をしている、むしろその中心だと言えます。山田選手にインタビューをさせていただき、選手自身が現役時代から次のキャリアに向けて動き出していたり、選手としてのキャリアと並行して別の軸を進めていたりする姿勢にすごく共感しました。
3つの共通点
45名の方にインタビューを行い、共通点はありましたか?
共通点として3つあります。まず一つ目は、先ほど大渕さんのお話にもありましたが、皆さんが確固たる信念や想いを持っていることです。スポーツ業界でどのように社会に貢献したいのか、または自分が何を成し遂げたいのか、何を大事にしているのかということに対して、非常に明確なビジョンを持っている方々ばかりでした。
二つ目の共通点は、自ら機会を作り出しているという点です。例えば、横浜F・マリノスの永井紘さんにもインタビューをさせていただいたのですが、永井さんは学生時代にサッカーサークルで副幹事長を務め、その活動を通じてOBの方々と出会い、その中で横浜F・マリノスの幹部と知り合う機会を得ました。最初は新卒採用を行っていない時期だったにもかかわらず、永井さんは月に一度、自分が学んでいるゼミで「Jリーグの地域振興」に関するレポートを幹部に送るなどして、自ら機会を作り、最終的には新卒採用で横浜F・マリノスに入社しました。このように、機会を自ら作り出し、それを勝ち取る姿勢が印象的でした。
三つ目の共通点は、多くの方が「やっておけばよかった」と後悔していることです。それは英語です。英語が流暢に話せる方や、すでにグローバルに活躍している方々でも、「もっと早く英語を学んでおけばよかった」とおっしゃっていたのが印象的です。スポーツ業界では、選手派遣やオリンピック委員会、スポーツツーリズムに関わる場面で、英語を使う機会が必ず出てきます。クラブチームにおいても、外国人コーチやスタッフとのコミュニケーションが日常的に必要となります。若いうちにネイティブの英語に触れ、異文化に触れ、自分と違うバックグラウンドを持つ人と対等にコミュニケーションを取るスキルを身につけておけば良かったと多くの方がおっしゃっていました。
この本の今後について教えていただけますか?
この本は、現在クラウドファンディングのご支援のおかげで約707冊を全国の教育機関に寄贈しています。しかし、高校生や大学生はなかなか本を手に取る機会が少なく、いくら本を執筆しても実際に読んでもらい、その内容を理解してもらって、さらにその内容を基に「明日への一歩」を踏み出してもらうことが私たちの目標です。ですので、できるだけ現場に足を運び、高校生や大学生と直接話す機会を大切にしていますし、イベントなどで登壇できる機会があれば積極的に参加したいと考えています。また、ありがたいことにメディアからもお声がけいただき、こうした媒体を通じて情報を発信していただけることは非常に感謝しています。この本の内容が、読者にとって「明日への第一歩」を踏み出すきっかけとなるよう、引き続き活動を続けていきたいと思っています。
最後に、水島さんの今後の目標を教えていただけますか?
私の個人的な目標は、日本だけでなく、世界中の子どもたちや多くの人々がスポーツに参加できる機会を増やすことです。そして、その際に質の高いコーチングが提供される環境を整えることが重要だと考えています。それを実現するためには、コーチだけでなく、スポーツに関わるさまざまな職業の方々と協力し、質の高いスポーツ体験を提供する必要があります。また、スポーツに参加したいと思えるような発信をしていくことも大切です。これらを踏まえて、未来に向けてできることを着実に実行していきたいと思っています。