FOOTBALL

「能力に関係なく相手DFの先手を取れる」ドリブル時の重心操作理論“デュソー”の仕組み

interview |

text by Asami Sato

必ず抜けるドリブル?“デュソー”とは

「簡単に言えば、自分がドリブルしている時に右にも左にも同じ強さ、同じ速さでプレーできる状況を作り続けるための、重心操作の方法がデュソーです」

鹿島アントラーズの仲間隼斗やサフンレッチェ広島レジーナの市瀬千里などにパーソナルコーチングを行う元Jリーガーの豊嶋邑作は、自身のメソッドである「デュソー」についてそう話す。

#1の「後ろ理論」の説明でも出てきた例も踏まえながら、ボール保持者と相手DFとの間に起きるドリブル時の現象を、豊嶋は次のように説明する。

1.   DFはボール保持者とボールとゴールを結ぶ線上に立ち、ゴール方向から守備をしてくる。
2.   ボール保持者がボールを前に晒してドリブルした場合、ボール保持者とボールとゴールを結ぶ線は一つになり、DFはその線上に立てばいい。
3.   左右どちらかを抜こうとしてボールを体の前で左右に動かしても、どちらか一方はDFに簡単に塞がれる。
4.   体の構造上、スピードに乗って体が動ける方向は、体が向いている方向だけ。
5.   つまり進んでいる方向から逆方向にドリブルするためには、一回ボールを止めて体の向きを変え、そこから再度スピードに乗る、という動作が必要になる。
6.   DFのレベルが上がれば上がるほど、止まって方向を変える時点でボールに寄せられ、簡単に奪われてしまう。

この前提に対して、“デュソー”を実践したときに起こる現象が次のものだ。

A.   ボールに触れる前に、自分の両足でボールを超える(デュソーする)。
B.   デュソーすることで、ボールとゴールを結んだ線と、ボール保持者とゴールを結んだ線が別々の線になる。
C.   線が2本になった時、仮にDFがボールとゴールを結んだ線を閉じるために動くと、結果的に自らの正面を開けてしまうことになり、ボール保持者は縦に進める。
D.  反対に、ボール保持者とゴールを結んだ線にDFが立つと、ボールの正面を開けてしまい、ボール保持者はゴール方向へのキックとドリブルが可能になる。
E.   ほとんどの場合、ボールとゴールを結んだ線と、ボール保持者とゴールを結んだ線のどちらかには立つという選択をDFは迫られる。
F.   もしDFが2つの線のどちらともに対応しようとすると、両足を揃えることになり、スピードが0の状態から走ることになる。
G.   ボール保持者は、自分の重心がスピードに乗った後にボールタッチできるため、両足を揃えたDFよりも速く動ける。
H.  その状況を回避するためにDFが先に動いてしまうと、CかDの状況になってしまう。
I.    なおかつ、デュソーする際は、ボールに触って方向を変えてくる可能性があるため、DFはその瞬間を無視できない(無視したらその瞬間に抜かれる可能性がある)。

“デュソー”のポイントは以上だ。ボール保持者は“デュソー”を使えば「常に相手DFの先手を取れる」と豊嶋は説明する。まるで武道の“先の先”や“後の先”のような技術である。

カタールW杯オランダ戦で見せたメッシのノールックスルーパス

“後ろ理論”と同じく、この“デュソー”もリオネル・メッシが最も体現している選手だという。

「メッシはフェイントも使わずに、細かい隙間を右にも左にもドリブルで抜けていきますし、『そこからそっちに出せるの?』というような、身体方向とは違う角度へのパスを出しますよね。あれは『そこが見えている』というよりは、『そこにプレーできる概念と感覚があるからプレーできる』のです」

カタールW杯のオランダ戦前半にメッシのスルーパスによって生まれた得点シーンが、その際たる例だろうか。あのシーンのリプレイで振り返ると、メッシに対峙したオランダDFナタン・アケーはおろか、ゴールを決めたナウエル・モリーナをマークしていたダレイ・ブリント、そして最終ラインの中央にいたファン・ダイクを含め、オランダのDFラインはメッシのパスコースをほとんど予測できていなかったように見える。“デュソー”を実践しているからこそ、あのようなプレーが可能になると豊嶋は語る。

「デュソーしてないと、向いていない方向へのプレーはできないですし、そもそも概念がない。メッシのようなプレーを『視野が広い』と形容することが多いのですが、実はそうではなくて、『逆方向にもプレーできる感覚があれば、自然と逆方向も把握できる』のです。

もちろん事前に首を振って確認することも必要ですが、それ以上に『左に進んでいても、いつでも右にプレーできるよ』という状態でボールを運べることが重要です。そういう状態でプレーするのと、『左にしか運べない状態で、右の状況を見なきゃいけない』という状態でプレーするのは大きく異なりますし、その後のプレーの選択肢がまったく変わってきます。

メッシがそういうプレーを繰り出せるのは、重心移動によって『いつでも左右にドリブルもキックもできる』という状態でサッカーをしていて、常に逆方向も把握できているからなんです」

“デュソー”との出会い

豊嶋が“デュソー”に出会ったのは、中学生時代に選出されたアンダー世代の日本代表での活動だった。当時、日本サッカー協会に招かれ、JFAアカデミー福島の設立にも大きく貢献したクロード・デュソーというフランス人コーチがいた。クロード・デュソーは、JFAアカデミーのロールモデルとされるフランスのサッカー育成機関“クレールフォンテーヌ国立研究所”(ティエリ・アンリやキリアン・エンバペを輩出)の校長を務めた人物。そのクロード・デュソーから当時教わったドリブル方法を、のちに豊嶋は“デュソー”と名付けたというわけだ。

普通のドリブルは、ボールを触って自分の前にボールが転がし、そこに自分が追いついてまたボールを触る、という動作で進んでいく。だがクロード・デュソーは、「ボールを触る前に自分がボールを超える」というドリブルを選手たちに命じた。

なぜこのドリブルが必要なのか、ということをクロード・デュソーは説明しなかったという。教わっているのはその年代の国内トップ層の選手たち。「このドリブルだと遅いんじゃない?意味あるの?」という反応がほとんどだったが、豊嶋は違った。頭では理解できないまま衝撃を受け、その練習をひたすら続けた。練習の効果を実感する機会は少なかったが、時が経ち、“後ろ理論”を言語化するのと同時に、“デュソー”も再解釈することができ、体系化に成功したという。

つまり“デュソー”は豊嶋一人で生み出したものではなく、フランスサッカーの礎を築いた偉大な指導者が提唱するドリブル方法を、豊嶋のサッカー人生を通じて噛み砕き、誰もが理解できるように分かりやすく体系化したものだと言えるだろう。

『ボールって取られないんだ』という前提でみんなにサッカーをしてほしい

豊嶋が説く“デュソー”と“後ろ理論”は、能力に関係なく実践者が有利になるように組み立てられている。それらを指導をする上で、豊嶋自身はどのような未来を思い描いているのか、最後に聞いてみた。

「ずっとサッカーをやってきましたけど、上を目指せば目指すほどサッカーが難しくなります。難しくなるとつまらなくなり、つまらなくなると嫌いになる。嫌いになり最終的にはサッカーを辞めてしまう、というケースをこれまでに多く見てきました。

サッカーは難しく、ミスのスポーツという前提で選手はプレーしますが、上手くいかずに落ち込んだり、怒られたりする状況はなかなか避けられません。それでも、相手を能力で上回らなければ選手として生き残れないので、技術を磨いたり体を鍛えたり、いつ結果が出るか分からないような努力を日々積み重ねていく。それはものすごく大切なことなんですけど…その方向性ではなく、『サッカーそのものを、もっと前向きな要素で構成できないのかな?』ということを考え始めたのが、後ろ理論にたどり着いたきっかけでした。

僕としては、『ボールって取られないんだ』という前提でみんなにサッカーをしてほしい。その結果、その選手が目標としているところに辿り着ければ、それが1番幸せです。でも、そういう目標にたどり着かなかったとしても、『いま自分がやっているサッカーって楽しいな』とか、『今までこういうプレーはできなかったけど、できるようになった』という喜びを常に持ちながらサッカーをしてほしいというのが、1番大きな想いです。

ボールを取られたりミスをしたら、落ち込んだり怒られたりして、サッカーがつまらなくなる。逆に言えば、『サッカーが上手い人の方がサッカーをより楽しんでいる』と僕は思うんです。だからこそ、誰でもボールを取られない前提でサッカーを捉えられて、その上で努力をしていけるサッカー界になってほしいし、そういうサッカー界にしたいな、というのが僕の想いです」

#1はこちら

PROFILE

豊嶋邑作(Yusaku Toyoshima)
豊嶋邑作(Yusaku Toyoshima)
1991年7月6日生まれ。茨城県つくばみらい市出身。U-14〜16日本代表の選出経験を持つ。柏レイソルユースから欧州に渡り、欧州4ヶ国の1部リーグで通算120試合出場を果たす。帰国後、JリーグやJFL、社会人リーグで活躍。現在、後ろ理論パーソナルコーチとして、鹿島アントラーズ仲間隼斗やサンフレッチェ広島レジーナ市瀬千里など多数の選手をサポートしている。

PROFILE

佐藤麻水(Asami Sato)
佐藤麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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