FOOTBALL

「ビジネスでもどんどん成功したい」引退後の太田宏介が見据える未来

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

Q. 2023年シーズン限りで引退した選手で、正確無比な左足から数多くのゴールとアシストを生み出した、元日本代表の左サイドバックといえば?

A. 太田宏介。

昨シーズン、引退発表後のリーグ終盤にスタメン出場を重ね、FC町田ゼルビア(以下、ゼルビア)初のJ1昇格に大きく貢献。18歳から始まった18年間に及ぶ現役生活を終えた太田宏介は、いま何を想い、どんなセカンドキャリアを思い描いているのか。まずは現在の率直な気持ちを聞いてみた。


「すごく晴れやかな気持ちです。何の悔いもなくやりきった18年間だったので。終わり方も最高でしたし、これまでのプレッシャーから解放されて、すごく気分がいいです」


引退後、しばらくは悠々自適に過ごしているのかと思いきや、現役最後の試合となった11月12日の仙台戦以降、休み返上で毎日動き回っているという。


「まずはこれまでお世話になった方への挨拶回りと、メディア関係の仕事をほぼ毎日いただいているのと、これからやっていく仕事の準備や打ち合わせ、商談です。夜は会食で、会食後は忘年会に途中から顔を出して。朝7時半ぐらいに家を出て、夜12時ぐらいに帰ってくる感じです。土日は地方でサッカーイベントという日々ですね」

このインタビュー前にも都内で商談が入っていたそうで、不躾ながらその内容を伺ってみたところ、「全国47都道府県の子供たちが、誰でも平等に来れるような無料のスポーツイベントを始めて。『JOGA SPORTS COLLEGE』っていうイベントなんですけど、それに協賛してくれる企業さんへの営業をしていました」とのこと。通称ジョガスポと名付けられた、太田が中心となって進めているそのスポーツイベントは、ビジネスで成功を収めている太田の兄がオーナーを務める会社の事業の一環として展開されている。


「もともとはブランドのリユース事業で兄の会社は大きくなったんですけど、そこに僕の親友が大卒で入社して、戦力としてしっかり育っていって。そこで新規で始めたコスメ事業が大きくなって、その社長を親友がやっているんです。僕が引退するタイミングに合わせて、サッカーやスポーツを通した社会貢献活動を今後やっていきたいということで、新しくスポーツ事業部を立ち上げてくれて。今後はそのスポーツイベントをどんどんやっていきたいですね」



そのジョガスポがセカンドキャリアのメインになる…わけではないという。現役Jリーガーとしては史上初であった吉本興業とのマネジメント契約を活かしたタレント活動や、兄からは競争率が激しいゆえに反対されたリユース事業への参画、そして本日発表されたゼルビアのアンバサダー就任。この4つが今後の太田にとってのメインになるそうだ。


「全てが新しいことで、楽しくてしょうがない。サッカーから1回離れて、新しいことにチャレンジして、全て分からないことで大変なことも多いですけど、やっぱりサッカー選手の時以上に挑戦し続けたいですし、もっともっと生活を豊かにしたいという目標がある。今が頑張り時だなと」


吉本興業やゼルビアのプロフィールには書かれていない、太田の隠れ趣味は“出会い探し”。現役中もサッカー界以外の様々なコミュニティに顔を出し、多様な人間関係を構築していったのは、引退後の人生をしっかりと見据えていたからだった。


「サッカー選手ってすごく特殊な職業なので、それに慣れちゃいけない、当たり前だと思ったら絶対にダメだ、とずっと感じていて。サッカー人生の次に活かすために、若い頃からチームメイトやサッカー関係者ではなく他の業種の方と積極的に食事に行ったり、ミーティングをしたりしてきました」

Jリーガーの平均引退年齢は25~26歳。プロとして活躍する時間よりも、引退後のセカンドキャリアの方が圧倒的に長い。選手たちはそのセカンドキャリアを見据えた将来設計を現役中に組み立てる必要がある。現状はプロチームのコーチやユースチームの監督、アマチュアチームの指導者など、サッカーに携わる道に進むのが一般的なセカンドキャリアとなっている。


「そういった人脈や知り合いがいなければ、サッカー界に残ることを選ぶというのはもちろんあると思いますし、ずっとサッカーだけをやってきて、全く違う仕事を始める勇気というのは、なかなか出にくいのかもしれない。僕はたまたまそういう兄がいたり、兄以外にもビジネスで成功されている方が周りに多かったので、現役中からサッカー以外にも目を向けてきましたけど…たとえばJリーガーでも、首都圏のクラブと地方のクラブでは、サッカー以外のところで出会う人の層が全然違ってきます。そういう地理的な有利さもあったかもしれないです」


“たまたまそういう兄がいた”という表現を太田は用いたが、話を聞けば聞くほど、太田と彼の兄が歩んできたサクセスストーリーは、決して偶然ではないと感じさせられる。ビジネスで成功を収めた兄と、サッカー日本代表の弟。弟は引退後、ビジネスで成功を収めるべく兄と二人三脚で邁進する。まるで漫画のようなシナリオだが、子供の頃から今のような未来を現実的に思い描いていたのだろうか。

「僕が高卒でプロになった時に兄が起業して、この18年間でどんどん兄の会社が大きくなり、生活も変わって、というのを間近で見てきて。1番近くにそういう存在がいることがすごく刺激的でしたし、サッカー選手で稼げる金額と言っても、やっぱり限界があるので、引退した後はまずは兄と一緒に仕事がしたいとずっと思っていて。そして兄のように、ビジネスでもどんどん成功したいという想いが強烈にあるんです。シンプルに貧乏な家庭で育ったので、その生活から抜け出したい、母親を楽にさせてあげたいっていうリバウンドメンタリティーでずっとやってきて。中学生の時、ある日突然家が無くなり、ボロボロのアパートに移り住むことになって。その1日目に家族会議をして、“僕はサッカー選手で、兄は起業してビジネスマンとして成功する。そしてここを1日でも早く出よう”と兄と話して、それが現実的に叶った。ただ、どの立ち位置に行っても、欲って更に出てくるもので、もっと稼ぎたい、もっと上に行きたい、もっと会社を大きくしたいと常に思えているので、これまでとはまた違った未来を作れたらいいなと。もちろんリスクもあるだろうけど、やっぱり挑戦しなきゃ人生面白くないよな、っていう感じです」

もちろん、今後はビジネスだけに情熱を注ぐというわけではない。ゼルビアのアンバサダーへの就任も、太田にとって大きなモチベーションとなっている。チームのPRを担うアンバサダーとして、ゼルビア、ひいては町田全体のサッカー熱を盛り上げる目標があるという。


「もっとスポーツ番組でサッカーが見たいとか、サッカー専門番組があったらいいなとも思いますけど、スタジアムに足を運んでくださるファンの数はすごく増えてきていて。Jリーグを全体でもそうですし、これまでに所属したチームの平均入場者数も伸びていて、好きな人にとってはどんどん魅力のあるコンテンツになってきていると思います。あとはその母数をどれだけ増やせるか、というところ。たとえば元選手たちにしかできないホームゲームのイベントでファンを楽しませて盛り上げるとか、ほんとにコツコツですけど、いろんな選手や人が絡んで、サッカーの普及につながる活動ができたらいいなと思います。個人としてはやっぱり“町田で育って、町田のクラブで引退できた”というストーリーから考えても、町田の子供たち、町田のサッカーをもっと盛り上げていけたらなと思っています」


2024年シーズンのJ1で台風の目となりそうなゼルビア。しかし、町田という土地柄とサッカーの関係性について、その地で育った太田だからこそ明確に見えている課題があると説く。


「町田のサッカー少年は、すごく力がある子は近くのフロンターレとかマリノス、ヴェルディに流れちゃって、町田市出身だけどヴェルディ育ちとか、人材流出がすごく多いんです。そういう子たちが当たり前のようにゼルビアのトップチームを目指すような、魅力あるクラブにしなきゃいけない。だからアカデミーをもっと充実させるために何をすればいいかを考えながら、クラブと一緒に取り組んで行けたら楽しそうだなと」

ビジネスへの強い関心がある太田であれば、GMやダイレクターなどのポジションに就くことも遠くない将来に起こりうるのではないだろうかと、勝手な想像をしてしまう。


「JリーグにはトップオブトップのGMがまだいないと、いろんなサッカー関係者から最近よく聞くんです。海外のクラブのGMは、その人の力量でチームの結果が決まるとされるくらい重要なポジションとして認識されていますけど、今のJリーグのクラブはほとんど同じ人たちでぐるぐる回っている状態。だからこそ一回サッカー界の外に出て、その会社の経営がどう成り立っているのかとか、数字にももっと強くならなきゃいけないし、経営を上手く回していくための組織作りだったり、現場のチーム編成っていうところを学びたい。後々そういうことができたらすごく面白いなと思います」


GM、つまりフロントの能力がチームの結果に直結する、という仮説を考えれば、黒田剛監督を高校サッカー界から招聘し、即J1昇格とJ2優勝という快挙を成し遂げたゼルビアのフロントについて聞かない手はない。


「2022年12月から藤田晋さんがクラブの社長になって、サイバーエージェントさんがメインスポンサーになって、出向で来る社員さんも数多くいるんですが、年齢関係なくすごく風通しのいい会社で。あとは会社のフロントだけじゃなく現場のみんなが謙虚にチームのため、組織のために体を張れて、なおかつ結束力のある大きい組織になっているので、やっぱりトップに立つ人がものすごく大事だなっていうのを感じました。目に見えるくらい、こんなに一つにまとまっているチームは僕も初めてなので、それは結果も出るよな、と。組織としてそういう強みがあったと感じます」

引退後の人生の新しいフェーズを初っ端から全力疾走している太田宏介。試合という明確な目標に向けてコンディションを整えて戦っていた現役時代と、ビジネスで成功を収めるために学びながら動き回る現在。どちらの方がより好きなのか、最後に聞いてみた。


「いまは引退して新しい生活を始めたばかりなので、大変ですけど刺激的で、すごく楽しい。サッカーはサッカーで楽しかったし、今は今で楽しいし、まだ比較はできないかな。シーズンの最後の最後、全ての試合に出場して、キャプテンマークを巻かせてもらって、ゲーム前の緊張感だったり、周りの選手たちを鼓舞している自分を客観視した時に、サッカー選手って本当に特別だなと思うし、こんな興奮は今後の私生活でも多分ないと思う。そういう寂しさはもちろんあるんですけど、良き思い出として、これからはまた違った形で、同じように興奮できるもの見つけていけたらいいなと」

PROFILE

太田 宏介(Kosuke Ota)
太田 宏介(Kosuke Ota)
1987年7月23日。東京都町田市出身。2006年に横浜FCでプロデビュー。清水エスパルス、FC東京を経て、オランダのSBVフィテッセに移籍。その後はFC東京、パース・グローリーFC(オーストラリア)、名古屋グランパス、FC町田ゼルビアでプレーし、FC東京時代の2014、2015シーズンにはJリーグベストイレブンに輝いている。元日本代表。

著者

佐藤 麻水(Asami Sato)
佐藤 麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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