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「ユースを卒業する時はトップチームからの昇格の話はありませんでした」異例のルートからMLSで頭角を現した半谷陽介“24歳のブレイクスルー”

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

半谷陽介。今シーズンのMLS Next Proのベストイレブンに選出された24歳の日本人フットボーラーだ。MLS Next Proは2022年にスタートしたアメリカ3部相当のリーグで、半谷選手はMLSのコロラド・ラピッズのセカンドチームであるコロラド・ラピッズ2に所属している。

リオネル・メッシの移籍が話題になったものの、ラ・リーガやプレミアリーグなどと比べると、MLSの日本での知名度は決して高くはない。ではなぜアメリカでのプレーを選んだのか、またどのようにしてプロ契約を勝ち取ったのか、そして今後の目標について、半谷選手に語ってもらった。

まず、現在の契約状況について。

「コロラド・ラピッズのセカンドチームが発足したのが去年からで、そこに所属する最初のメンバーの一人として契約しました。昨シーズンは1年契約で、プラスαで1年の延長オプションが付いていたので、今シーズンもセカンドチームで改めてプレーした状態です」

主にMLS Next Proで戦ってきた半谷選手だが、今シーズンはトップチームから召集され、目標としていたMLSデビューを果たしている。この件について、半谷選手のFC東京U18時代のチームメートである高瀬和楠さん(FC東京U18→サウスフロリダ大学)が以下のツイートをした。

「比較するのは適切か分からないですが、難易度でいうとJ1のチームと契約するよりもはるかに高いです。何が言いたいかというと、本当に凄いんです!!!!!!」(Kazuna Takase /高瀬和楠 @Kazu16fct のツイートより引用)


このツイートの背景について、当人である半谷選手自身に補足してもらった。

「Jリーグを経験していないので、Jリーグとの比較についてはなんとも言えないんですけど、契約面で言うと、まずは外国人枠を他の外国籍の選手と競わなきゃいけない、というのがあります。MLSは各チームに8枠の外国人枠が割り振られ、各チームが売り買いして増やしたり減らしたりできるのですが、その限られた枠を、たとえばブラジルやヨーロッパの選手と争って取っていかないといけない。『代表経験もなければ、大学卒業したばかりの日本人選手と最初からファーストチームで契約する』という考えにはなりにくい中で、今回のチャンスをいただけている、という感じです」

Jリーグの外国籍選手の出場枠は1チーム5人に限られているが、登録に上限はない。つまり、外国籍選手にとってMLSはJリーグよりも狭き門であり、チーム編成では“多国籍”の要素がより強いと言えるだろう。そして、外国人枠を争う選手のレベルも上がっている傾向にあるという。

「メッシの獲得だったり、ジョルディ・アルバ、ブスケツ(ともにインテル・マイアミCF)の移籍からも分かりますが、知名度や実力の伴ったビッグネームの選手を獲得する傾向になってきています。それこそ高丘陽平選手のようにJリーグで活躍された選手や、日本代表で活躍された久保裕也選手、吉田麻也選手ぐらいのレベルにならないと、外国人枠の中で日本人として戦っていくことは難しいな、とは感じています」

日本サッカーで育った半谷選手にとって、MLSのサッカーはどう映っているのだろう。

「『アメリカのサッカーってこうだよね』という形はあんまりなくて、先ほどの“多国籍”というのがキーワードとしてあると思っています。選手のパーソナリティー、監督の指導方針や戦術、そういった諸々を加味して、それぞれのチームのスタイルが出来上がっていくように感じますね」

では、日米どちらのサッカーがより自分に適していると感じるのか、率直な感想を聞いてみた。

「FC東京U18の時は全国優勝も経験していて、ある程度チームがうまくいっていた中で、ポゼッションメインで協調性を持ってサッカーをしていたんですけど、アメリカではやっぱり『個人個人がどれだけ見せ場を作れるか』というか。ピッチの至るところで個の戦いがあるので、一対一の仕掛けやチャンスメイクという自分のプレースタイル的には、アメリカの方がより際立って見えるのかなと思います」

MLSデビュー2戦目の相手はFCシンシナティ。久保裕也選手が所属し、今シーズンはイースタン・カンファレンスの1位としてファイナルシリーズ(順位決定戦)に進出している強豪だ。MLSトップレベルのチームとの対戦では、現時点で自身に足りていない部分を再認識したという。

「FCシンシナティ戦は45分出たんですけど、トップレベルの選手たちと対峙して、プレースピードや判断のスピードは、いま自分がいるセカンドチームよりもっともっと、1つも2つも上のスピードなんだ、と感じました。そこはもう経験というか、回数を重ねて身につけていく部分だと思うので、早くファーストチームの環境に飛び込んで練習を重ねて、慣れていきたいと思っています。あとは当たられても負けないよう、フィジカルの部分も引き続き強化していく必要があるなと」

主戦場としてプレーしたMLS Next Proでは、27試合出場13ゴール10アシストという結果を叩き出し、シーズンベストイレブンに選出された。4ゴール2アシストだった昨シーズンから一気に数字を伸ばしている。

「個人的な観点から見ると、去年に比べて決定力が上がったのが結果からも分かるなと。ゴール前に顔を出してワンタッチで決めたり、こぼれ球を詰めるようなゴールパターンが増えたので、大事なところで顔を出せるプレーや、ゴール前に出ていく回数が増えたのかな、と思っています」

2023シーズンを戦い終え、現在は日本に帰国中。来シーズンの目標はやはりMLSの契約を勝ち取ることなのだろうか。

「今シーズンが終わった後に契約関係の話をチームとしたんですけど、具体的な話はまだなかったです。ただ、前回の契約延長の交渉の際から、永住権も含めてチームから提案してもらっているので、永住権が取れ次第、ファーストチームにもっと絡んでいけるんじゃないかなと思っています」

アメリカの地で着実にステップアップを果たしている半谷選手だが、そもそもなぜアメリカでプレーすることを選んだのだろうか。FC東京U18時代、Jユースカップと日本クラブユースサッカー選手権大会で全国優勝を果たし、後者では大会MVPも獲得。アンダー世代の日本代表にも選出されており、エリート街道のド真ん中を歩んできたと言っても決して過言ではない。日本でトップチームからのオファーはなかったのか、無礼を承知で聞いてみた。

「ユースを卒業する時はトップチームからの昇格の話はありませんでした。そこで大学進学を考え始めたんですけど、FC東京が小平市にあって、学芸大学は国分寺市にあるので、ユース時代によく練習試合をしていたんです。よく知っている大学っていうのと、将来のことも考えて、教員免許も取れるということで、学芸大学に進学することにしました」

当時関東2部リーグだった学芸大学で1年半プレーした後、マサチューセッツ大学アマースト校へ留学。その決断に至った理由は2つあるという。

「関東1部のトップトップで活躍している他の選手たちは、Jリーグのチームに練習参加していたり、早い人だと2年生で入団の内定が決まる人もいる中で、自分はまだそのスタートラインに立てていない、と感じたのがまず1つです。あとは学芸大学ということで、チームメイトはプロ志望の選手ばかりだったわけじゃなく、先生を目指す人がいたり、卒業後に何をやりたいか、目的を持ってみんな生活していて。『じゃあ自分はサッカーを辞めた時、引退した時に何をやりたいのか?』というのがその時はまだ具体的になくて、たまたまアメリカに行くチャンスが来たので、『じゃあ思い切って行ってみよう』と、留学を決意しました」

その“たまたまアメリカに行くチャンス”に、前述した高瀬和楠さんと、Blue Unitedの中村武彦さんが深く関係していた。

「高瀬は自分の一つ下なんですけど、FC東京U18の時に寮の同じ部屋で生活していて。彼はその頃からアメリカに留学したいと言っていて、その準備をしていたのを横で見ていたんです。そういう背景があったのと、いろんなご縁からBlue Unitedの中村武彦さんと知り合って、『マサチューセッツ大学の監督が日本人選手を探している』という話を中村さんを通じていただきました」

“アメリカの大学は入学より卒業が難しい”という話を巷で耳にするが、半谷選手の場合は勉強だけでなくサッカーという大きな目的がある。その両立はやはり一筋縄ではいかなかったという。

「最初は本当に英語ができない状態だったので、まずは英語に触れるところから始めて。どうしても勉強に時間が取られてしまって、体のリカバリーや生活バランスがあまりうまく回っていかず、最初の1年半はその両立が少し大変でした」

YouTube上のMLSのインタビューでは非常に流暢な英語を話しているため、“英語ができない状態だった”というのは意外な返答だった。

「約4年かけてあのレベルで話せるくらいにはなりましたが、アメリカに行った当初はまったくでした。大学ではサッカー部のサポートで“チューター制度”というのがあって、授業外の家庭教師として教えてくれる人を雇って、一緒に勉強していきました」

英語力だけなく、大学時代にできた交友関係も半谷選手にとって大切なものだという。

「大学時代のチームメートで弁護士になった人や、建設会社のマネージャーになった人など、色々な業界にアメリカ人の友達がいて。そういった繋がりは、日本にいるままでは絶対に手に入らなかったものだと思いますね」

MLSデビューを果たした現在から振り返ると、“アメリカの大学サッカーからプロを目指す”という選択は正しかったと言える。ただ、マサチューセッツ大学自体はMLSにそのまま繋がるような強豪チームではなかったという。

「サッカーに限らず、アメリカの大学スポーツからプロに上がるプロセスは、基本的にはドラフトがメインです。ドラフトに関わっていくには、チームとしても個人としても結果を残さなきゃいけない。うちの大学はそこを狙えるような立ち位置にはいなかったですし、プロを目指すようなチームメイトはあまりいなかったです」

そのような環境の中、半谷選手は自らのプレーで道を切り拓いていった。2020年シーズンには地域リーグでアシスト王に輝き、チームを全米大会に牽引。大学最後の年である2021年シーズンも数々の個人賞を獲得するなどし、アメリカの大学サッカーで注目される選手へと成長した。だが結果として、ドラフトではない別のルートからプロ契約を勝ち取った。

「大学最後のシーズンを終えたと同時に、大学の監督経由でエージェントを紹介していただいて、そこからトライアウトに参加していきました。全部で3つ行って、最初のトライアウトはあまり上手くいかなくて不合格だったんですけど、2つ目のチームでは2次試験に進んで。その途中で現在のコロラド・ラピッズ2から声をかけていただいたので、2つ目の方を打ち切って参加しました」

そのチャンスを活かし、プロ契約を獲得。2シーズン目となる今年、MLS Next Proでベストイレブンに選出され、念願のMLSデビューも果たした。現在24歳ということを考えれば、ここからヨーロッパのトップリーグを目指すことは決して夢物語ではないはずだが、どんな将来を見据えているのだろうか。

「いま現在で言うとヨーロッパは視野には入れていなくて、ひとまずアメリカで行けるとこまで行きたい、というのが1番の目標です。あとは、やっぱりこれまでお世話になった方々が沢山いるので、どこかのタイミングで日本に戻ってきて、その方々の前でプレーできたらいいなと。それが今の目標です」

加地亮さんや小林大悟さん、工藤壮人さんなど、これまでに複数の日本人選手がMLSでプレーしてきたが、半谷選手は彼らのようにJリーグで名を挙げたわけではない。遠藤翼選手や木村光佑さんのように、ドラフト指名からプロ入りしたわけでもない。

“所変われば品変わる”ではないが、日本でプロ入りする道が見えない逆境から、アメリカの大学サッカーとトライアウトを経て、MLSで実戦デビューを果たした半谷選手の経歴は、多くの日本人選手にとって希望の光になるに違いない。

ここからどこまで登り詰めるのか。半谷選手の活躍から目が離せない。

PROFILE

半谷 陽介(Yosuke Hanya)
半谷 陽介(Yosuke Hanya)
1999年1月30日生まれ。東京都出身。コロラド・ラピッズ2所属。FC東京U-18から東京学芸大学に進学。2年生時にマサチューセッツ大学アマースト校に編入。卒業後、トライアウトを経てコロラド・ラピッズ2入団。

著者

佐藤 麻水(Asami Sato)
佐藤 麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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