GOLF

「85歳のとき、85打で回りたい。」74歳の居酒屋店主が描く、ゴルファーとしての夢

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photo by Reiya Kaji / text by Reiya Kaji

東急東横線。渋谷駅〜横浜駅を結ぶこの路線には、代官山・自由が丘といったおしゃれタウンとして名高いエリアが数多く存在する。副都心線と直通ということもあり、渋谷・新宿・池袋に乗り換えなしで行けるため非常に利便性が高い。23年3月18日には相鉄線との直通運転も開始したことで、益々人気を集めている。

そんな東横線の駅の中でも、妙蓮寺は少し異質だ。横浜駅寄りで、各駅停車しか止まらない。しかし、東横線らしからぬ下町的な雰囲気と治安の良さから、ファミリー層・一人暮らし問わず静かに人気を博している。かく言う私も、2021年の秋から妙蓮寺に住み始め、その魅力にとりつかれてしまった1人だ。

そんな妙蓮寺で生まれ育ち、長年飲食店を営むのが菅沼和好さん。

前身は両親が営む寿司屋で、そこを引き継ぐ形でお店を始めた。本人曰く「40年〜45年」妙蓮寺で営業。還暦を過ぎてから、一旦は息子さんにバトンタッチしBARとして営業したものの、ふたたび運営は和好さんが行うことに。このとき「酒肴 和」としてリニューアル。妻・弘子さんとともに、長年妙蓮寺の人と街を見守り続けている。

寿司屋時代から30年以上通い続けている常連もいれば、ここ数年〜数ヶ月のうちに通い始めた20代の客もいる。「カズさん」「大将」「おとうさん」と多くの人々に親しまれていて、世代問わず、妙蓮寺の大人が「帰ってくる」お店だ。

 今年で74歳を迎えるが、17時過ぎには店を開け、長い時は深夜3時過ぎまで営業する。

「いろんな世代の子たちがカズさん、って来てくれて話をしてくれて。寿司屋の時は朝早くから夜遅くまでだったから、今の方が体も楽。それに、寿司屋のときと違って若い人がきてくれるようになった。そっちの方が楽しいじゃない。本当に、若い人の話で色々勉強させてもらってると思ってるよ」

一方で、カズさんは現役バリバリのゴルファーでもある。25歳の時にゴルフを始め、以降約50年間グリーンに立ち続けている。カズさんが50年間続けてきたゴルフ、そして仕事とのかかわりについて、開店前のお店で話を聞いた。

飽きずにやるのが商いなんだよ

 寿司屋の修行を始めたのは、15歳のとき。両親が営む店に立つことは、カズさんにとってすごく自然なことだった。

「昔から職人仕事は早くやった方がいいって言われてたんで、自然と始めた感じだったな。最初はこんなに長く続けるとは思ってもみなかった。でも、やっていくにつれて、ああ商売って面白いなって22~23歳のころから思い始めた。そこからずっと飽きずに商いをやってる。飽きずにやるのが商いなんだよ。だから「アキナイ」っていうんだよ。飽きちゃダメなんだ」

飽きずに粘り強く続けていた寿司店は、当時の流行や景気もあり多くの支持を集めた。大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)の選手や横浜の財界人など、知る人ぞ知る名店となっていく。

ゴルフなんか、俺たちにはまだ早いよ

そんな中、ある同級生が「プロゴルファーになる」と言い出した。

「まだ当時は25歳。ゴルフなんか俺たちにはまだ早いよ、と言ったけど本気で。結局そいつは本当にプロになっちゃった。今も、シニアの大会とかに出てる。だから、そいつと一緒にゴルフに行くようになったのが最初だなあ」

当時、ゴルフをプレーする人のメイン年齢層は30代以上。カズさんよりはずっと年上の人が多かった。

「寿司屋の常連さんたちもそのくらいの年の人が多くて。「カズちゃん、ゴルフ始めたんなら連れてってやるよ」と声かけてもらったんだ。初めはお客さんの言う通りにハイハイ!ってバッグを出したりなんだりしてたんだけど、そこからもう50年……ボクシングを1年だけやったりしたこともあるけど、ゴルフだけは続いてるな」

カズさんがゴルフを始めた年と、筆者の年は大体いっしょ。50年もゴルフを続けるということは、ちょっと想像がつかない。なぜ続けられたのか?と聞いてみると、カズさんらしい答えが返ってきた。

「ゴルフっていうのはそんなにうまくならなくてもいい。だけど、一通りできるようになると人との輪がすごく広がるんだ。ずいぶん寿司屋のお客さんと行かせていただいた。そうういうお客さんはずっと付いてくれるし、上手い人にも負けたくないからどんどんうまくなったよ。でも、プロになろう!とかは思わなかったな。オレは寿司屋だし」

当時、ベストスコアはなんと68。プロゴルファー並みのスコアを叩き出していたカズさん。自分もプロになろう!とは思わなかったのだろうか。

プロとアマチュアの違い

「プロでいうと、常連の野球選手とオフシーズンに遊びでキャッチボールをしたことがあったんだ。奥江(=英幸、プロ野球通算53勝)ってピッチャーで、ストレートもカーブも全部構えたところにズドンとくる。プロってすっげーなと思ったよ」

「プロ」の凄まじさを肌で感じながら、同時にそれは自身の矜持の根源でもある。

「最初は誰も大したことできないんだ。寿司屋も、長年やってると魚を1000匹は下ろすわけだ。そうすると包丁の使い方も変わってくる。プロ野球選手だって、小さい頃からずっとやってきてる。数をこなして、徹してやっている人間じゃないとプロにはなれないと思うけどね。何年もやっててプロになれないという人もいるけど、半プロくらいにはなれるわけだ。けれど、本当に生活ができて収入を得られるのは、プロの中でも一握りだな。努力しないと無理だもん。でも、ゴルフも寿司屋修行も楽しかったな。努力は楽しんでやるものだし、じゃないと続かない。過程を楽しめることをやったほうがいいな。努力と気づかないうちにやるのが一番いい」

自分自身が職業として極めることと、そうじゃないことの区別をカズさんはつけていた。しかし、ゴルフを純粋に楽しみ、うまくなりたいと思って続けていた結果、技術は向上した。

若い子と戦うには…… 

今は、スコアについての考え方も少し変わってきたという。

「もういまは90で回れればいいの。ときどき80台でいけるとニッコリするくらいで。もうね、(ボールが)飛ばねーんだ。頭の中では同じなんだけど、打ってみると違う。だけど、飛ばなくなった分乱れなくなる。OBも行かなくなるから、コツコツ繋いでボギーで収める……みたいなゴルフをすれば90くらいで回れる」

年齢に応じたスコアの出し方を体得したことで、「人と楽しむ」というカズさんが大事にしているゴルフの楽しみにも力が入るようになった。

「みんなでやるのは面白いから、まずは女房にスパルタで教えて、友達夫婦と4人で行ったりとか。そんな感じでやってたら、常連さんから「おとうさん、コンペやりましょうよ」とね。和CUPの始まりですよ。名前だけで、ほとんど仕切ってくれてるんだけど」

年に2回ほど開催される和CUP。老若男女楽しめるゴルフというスポーツと、『和』の客層の幅広さには親和性があった。毎回15人以上が参加する一大イベントとなっている。2022年末に行われた大会では、86というスコアを叩き出して優勝した。※準優勝は、妻・弘子さんだった

写真:Kenta Nishimura

「若い子と戦うには、小技を磨いていけば可能性がある。そこがゴルフのいいところかな。年寄りも若いのも一緒に回れるし、コミュニケーションもとれる。プレースタイルに性格も出る。攻める奴、守る奴……自分でやらないと始まらないスポーツだから、人柄はすごくわかりやすい。初めましての人でも、1日一緒にいることになるから親密にもなりやすい。本当、いいなって思うよ。死ぬまでやめないとだろうね。自然相手で同じコースでも毎回条件が違うし。飽きないね」

エイジシュートは、年をとるほどやりやすくなる

その時々で、ゴルフの楽しみ方を見出し、一緒に楽しむ人も見つけてきたカズさん。今、ゴルフをする上での目標を最後に聞いてみた。

「オレは、月に2回とかできたらもう十分かな。昔は1回行くと3万とかしたけど、今はゴルフ場に外資が入って1万円くらいでできちゃうようになった。若い子もどんどんやった方がいいよ。スコア的には、エイジシュート(年齢と同じ打数で回る)をやりたいね。これは年をとればとるほどやりやすくなるわけで、今74打で回るのは無理だな。でも85歳で85打は可能性があると思う。だから、それまでは頑張ってやりたいな」

PROFILE

菅沼 和好
菅沼 和好
横浜・妙蓮寺において50年以上に渡り飲食店を営み、現在は「酒肴 和」としてリニューアル。妻・弘子さんとともに、長年妙蓮寺の人と街を見守り続けている。趣味はゴルフと釣り。

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