FOOTBALL | [連載] あの夏の、香り。

あの夏の、香り。/ 渋谷謙人

interview |

photo by Hayato Miyazaki / text by Asami Sato

「今日が雨っていうことに、感慨深いものがあります。あの頃、大雨で試合が中止になると号泣していたんです。同時期に始めた芝居にも同じくらい想いを注いでいたけど、サッカーの試合ほど楽しみなのは、他にはなくて」

東名高速の大井松田ICからすぐの場所にある山田総合グラウンド。小学生時代、よく試合をしたという。

 自身を生粋のサッカー小僧だったと懐かしむのは、俳優の渋谷謙人さん。そのサッカー人生は、サッカーの神様に導かれるようにして始まった。

「元々はバスケなんです。小1から小3まではミニバスをやっていたんですけど、通っていた小学校のサッカーチームの人数が少なくて、『練習は来なくていいから、大会に出て』って誘われて。その大会で大活躍して、『おれ、サッカーの方が向いてる!』ってなって、サッカーを始めたんです」

ボールを追う11歳の渋谷謙人少年

 一方、芝居の世界にはどういう経緯で進むことになったのだろうか。

「小さい頃、テレビを観ては『この奥はどうなってるの?』って母親に聞いていたら、劇団ひまわりのオーディションに応募してくれて」

 そのオーディションで、見事グランプリを受賞。それ以降、平日は大井町(神奈川県足柄上郡)から恵比寿まで一人で電車を乗り継いで芝居やダンスのレッスンに通い、土日はサッカーの練習と試合に行く、という生活が始まった。小学生にしては多忙すぎる日常に思えるが、当時のインタビューでも「役者とサッカーの両立」を公言していたほど、どちらも欠かせないものだったという。

「子役の仕事は、憧れていたテレビに自分が出ていて、友達はそれを観てくれていて。その状況の不思議さや、芝居の楽しさに対して、特別な想いを抱いていました。サッカーは本当にフラットでフェアな状態で、チームメイトと一緒にボールを蹴る喜びを感じていましたね」

「人生初のオーバヘッドで点を決めたのもこのグラウンドです(笑)」

 ポジションは中盤で、得点よりもアシストに快感を覚えるタイプ。また抜きやノールックパスなどトリッキーなプレーを得意とした渋谷少年は、中学進学を境に名門ヴェルディ川崎(東京ヴェルディ1969)のジュニアユースに進むことになる。幸か不幸か、順調なサッカー人生に比例するように、役者の仕事も増え始めた。

「中学生になったら、仕事で試合に行けないことが多くなって。試合に出たい気持ちが強すぎて、『オーディションや撮影に行きたくない』と泣くこともありました。いま思えば、サッカーの方が好きな時もあったんだろうな」

 中3の夏、『WATER BOYS 2』(フジテレビ)への出演が決定。撮影開始は1年後だが、シンクロナイズドスイミングの特訓として、撮影前に半年間の合宿が控えていた。役者とサッカー。その両立は困難を極めていった。

「合宿前の撮影と試合が被って、試合の途中で帰らないと、撮影に間に合わない日があったんです。前半だけプレーした後、急いでバス停に向かって。バス停に着いたら、ちょうどバスが出たタイミングで…『これに乗んないと間に合わない!』と焦って、身振り手振りで運転手さんに訴えたんですが、バスはそのまま行っちゃって。その時、『あ、もうだめだ。両立はもう難しい』と現実を受け止めて、サッカーを辞めました」

心の中で引退を決意して臨んだラストゲームは、「プレーしながら涙が止まらなかった」という。

 それから約20年が経ったいま、渋谷さんは役者として生きている。いま振り返れば、サッカーではなく役者の道を選んだことを、どう感じるのだろうか。

「どちらが好きだったかと言えば、サッカーだったかもしれないです。でも当時から、俳優としてのアイデンティティをより強く感じて生きていたから、自分の性格的にも、俳優を選んだんだろうな、と。色々な出来事を含めて、自然な流れで俳優の道に進んでいった感覚があります。導かれている、というか」

 愛憎は紙一重。渋谷さんはその後、10年近くサッカーから離れた。試合を観ることもなく、サッカー時代の友達と連絡も取ることもなくなった。しかし、自身とサッカーを切り離すことはできない、とも感じていたという。

「以前、プロフィールに『特技:サッカー、スノーボード』って書いていたんですけど、本当に自信があるのはサッカーだけで。サッカー選手の役を演じたこともあるし、『サッカーやってるんだよね?』っていう入口から、現場でのコミュニケーションが始まることが昔からありますね」

 友人からフットサルに誘われたことをきっかけに、20代半ばから再びボールを蹴り始めた。サッカーを遠ざけていた心の壁は、いつしか無くなっていた。

「サッカーチームを作りたいなっていう思いもあるけど大変そうだから、いまは色んなところに顔を出してボールを蹴っている感じです。そういうサッカーとの関わり合いの中で、一番大きいのは、やっぱりウイイレ。ウイイレが僕のサッカー人生を支えていると言っても過言ではないくらい、デカい存在。いまでもやるし、僕とサッカーを一番強く繋ぎ止めているのは、間違いなくウイイレです(笑)」

渋谷さんのお父さんが経営している料理店「おおいひょうたん茶屋 かっぱ」にてインタビュー。古民家をリノベーションした隠れ家的な雰囲気で、取材後にいただいたチャーハンは絶品だった。

 サッカーゲーム『ウイニングイレブン』(現『eFootball』コナミ)の偉大さを雄弁に語る渋谷さんだが、実際にボールを蹴る時、どんなことを感じているのだろう。

「よく行くサッカーのコミュニティがあるんですけど、そこにいると、昔に戻れるんです。試合中、センターバックからビルドアップして、気持ちよくパスが回っていった時の感覚とかって、唯一無二なんですよ。それを仲間同士で共有しているのも最高。他のことを忘れて脳がスッキリするからストレス解消になるし、なによりも健康的。30歳を超えたくらいから、あらためて『サッカーが大好き』って言えている。『サッカーの番組がやりたい』って、いつも言っているくらい(笑)」

 サッカー番組を持つとしたら、どんな番組を持ちたい?

「サッカーの試合自体ももちろん好きだけど、Amazonプライムの『ALL OR NOTHING~マンチェスター・シティの進化~』みたいなドキュメンタリーも好きなんです。ロッカールームでデ・ブライネとギュンドアンが戯れていて、『あ、この選手たち仲良いんだ』って分かったり、クラブハウスでのペップの振る舞いに注目したり」

「撮影のクランクイン前や舞台の本番前で眠れない夜は、いつもサッカーの想像をするんです。選手が縦一列に並んでピッチに入ってくるシーンだったり、代表戦でスタンドに向かって国歌を歌う場面だったり。もしくは、僕がスルーパスを通してチームメイトがゴールを決めて、観客席に走っていくのを見ながら、遠くで小さくガッツポーズする。そういう想像をすると、プレッシャーや不安が和らいで、楽しくなって眠れたりするんです(笑)。『フットボールは芸術だ』ってよく言われますけど、僕もサッカーにロマンを強く感じる人。サッカーは、プレー以外のそういう部分にも『気持ちいい~』っていうエクスタシーを感じられるから、もしサッカー番組を持てるなら、そこを伝えていきたいです」

 渋谷さんは、いまでも生粋のサッカー小僧だった。

PROFILE

渋谷 謙人(Kento Shibuya)
渋谷 謙人(Kento Shibuya)
1988年4月23日生まれ。神奈川出身。ケイファクトリー所属。ドラマ・映画・舞台・ミュージックビデオと幅広く活躍。透明感と存在感を併せ持ち、多様な役柄をシームレスに乗りこなす。主な出演作品は、テレビ東京「ソロ活女子のススメ」、NHKBSプレミアム「犬神家の一族」、NHK連続テレビ小説「らんまん」、映画「劇場版ラジエーションハウス」など。

著者

佐藤 麻水
佐藤 麻水
佐藤麻水●さとうあさみ 音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。 ・佐藤麻水Instagram:@k.kooooou

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