FOOTBALL | [連載] 田代楽のキカク噺

選手加入ビデオが大袈裟になれば、日本サッカーはもう少し面白くなる噺

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

人間にはそれぞれ癖がありますが、それはたいてい自分でないだれかに指摘をされて気がつくものだったりします。ぼくも例に漏れずいくつかの癖があり、それをなにかと指摘されてきた28年間でした。

たとえば、なにかを説明しようとするときに「いささか」と口走る癖があります。単語の意味は『わずかにあること』を表しますが、一体どうして、どこのボキャブラリーブックからこの慣れ親しまない言葉がインプットされたのか全く見当もつきません。それでもたしかにぼくは「いささか」と発する傾向があります。

それに気がついたのは妻と自宅で夕食を食べているとき。なにかの拍子に「いささか」と発言した夫に対して『ガクって”いささか”っていうよね』とプリティ・エンジェル妻がそう呟いたのです。これが自分のなかに内在する「いささか」を自認した瞬間でした。1ヶ月前くらいの話です。

昨夜、ビクトリアでは珍しく若干寝苦しい夜。
食卓には伊佐坂先生が座っていました。サザエさんのあの人です。隣人のあの人です。補正がかかり立体になった伊佐坂先生に料理を振る舞うぼくたち夫婦。なぜか妻は2Dでキャラデザされており、長谷川町子さんの作画でした。ホクホクにできあがったシャケのムニエルに手を差し伸ばしたその瞬間、騒音で目を覚ましました。ご存知、プリティ・エンジェル妻の歯軋りです。2ストのビーノが隣で走っているのかと思いました。

さて困りました。
ここまでノープランで書いていて、ついにこの小噺のオチが思いついていません。そもそも伊佐坂先生とはなんなのか。調べてみたら恋愛小説家らしいです。マジでどうでもいいです。そもそもこの前段の駄文が本当に連載に必要なのか、いささか疑問に感じるばかりです。

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サッカークラブの選手編成といえば、爬虫類の皮膚と同じ、いやそれよりも早いペースで目まぐるしく入れ替わるのが常です。実際にぼくがカナダにきて触れ合った選手はのべ50名以上。たった2年で外国人の知り合いがこれだけ増えるとなれば、海外のサッカークラブで働くことは悪いことではない気もします。いやどうなんでしょうか。

パシフィックFCは2021年にプレーオフを優勝し、タイトルを獲得しました。それは創設4年目に訪れた早すぎる黄金期であり、その後は結果のなかなかでない数年が続いています。

そして迎えた2025年シーズン。弊クラブの強化部が考えて考えぬいた先に出会った結論は「優勝メンバーをできるだけ呼び戻す」という、誰でも思いつくけれどあまり例をみない展開でした。これを聞いたとき、個人的にアガったことを覚えています。

なぜ選手獲得を大袈裟に発表するのか

さて、ぼくのいるカナダ、少し広げて北米、ちょっと下にいって中南米、そして海を越えてヨーロッパ。どこの国のクラブでもある程度の予算があるところは選手獲得の際に大袈裟なビデオと写真で大々的に選手の獲得をお知らせします。

そのクラブによってスタンスの違いはあれど、パシフィックFCでも2シーズン前から列強クラブと同じだけの制作(クオリティと予算の差はあるけれど)を組んでいます。ある意味で、現行トレンドであり、ルールであるともいえると思います。

いくつか狙いがあるので下記に羅列したいと思います。

① 選手の声で物語をつくりたい

今年加入したヤンは、コートジボワール系のカナダ人であり長年セミプロリーグでプレーをしていました。今年パシフィックがサインする直前まで彼はブルーワーカーの仕事をしながらセミプロとして選手キャリアを継続するつもりでしたが、そのタイミングで正式なオファーが届きます。

念願のプロ契約、そして急にきた人生の転機を祝い、成功を彼の声で祝福するビデオを作る。ファンだけでなく彼の友だちにもその物語が届くことで選手としての価値があがる。そういうことを狙ってつくったビデオが上記でした。

こう長年この業界にいると、国内外あわせて「なんか制作者の(文脈に沿ってない)感情入りすぎてて冷めるなオイ」案件を目にします。むしろ制作者はそのエゴを押しつけて納得させる技術が必要だとも思うんですけど、どうやら佐藤大輔さんほど異端にならねばできない態度らしいわけでなかなか難しいわけです。

これはカナダ特有な気もしますが、ヤンにはルーツ由来のコミュニティから熱烈な支援があります。フランス語話者だからか、アイボリーだからか、それとも黒人だからかはわかりませんが、なおさら彼の言葉を引き出すことで、そしてそれを島の文脈に当てはめることは彼のコミュニティにクラブの存在を溶け込ませる作業であるわけです。もともと外に出したいメッセージがあったとして、顔の知らない制作者がつくったテロップとアスリートの言葉を使ったものでは同じ意味でも広がりかたと受け取られ方が大きく異なる。そういう話です。

② クラブの歴史を定期的に振りかえりたい

前述したとおり、今年のパシフィックFCは徹底的に過去在籍選手を呼び戻す戦略です。パシフィックFCの歴代最多得点者であり、その後おおくの移籍金を残して北欧に旅立ったディアスもまた今年再加入した選手のひとりです。

彼の加入ビデオでは、過去在籍時にもともにプレーしたジョシュ(車が盗まれたときに助けてくれたバンディエラ)が彼とのプレーを振り返るインタビューを収録。それを元にビデオを作成しました。

ディアスにもヤンと同じようにインタビューを行いましたが、より彼とクラブの関係性が伝わりやすいようにビデオとグラフィックを混ぜて発信する方式にしました。ヤンは強めのワードが撮れたら十分でしたが、こちらはもう少し詳細な言葉と態度まで伝わる方式を模索しての結果です。NBAとかが発信する際によく使う方式なんですよね。

「なんでそこまでする必要があるのか」という普遍的な質問

ここにぶち当たると思うんです。いや確かに。そもそも選手を獲得したこと自体がニュースになるわけですから、そこにわざわざ時間と予算をかけて演出する必要なんてないんじゃないの?と。おそらくこれが日本のクラブにおける主要スタンスだと思います。ただし意味は確実にあります。

1、コミュニティには友人を紹介するものである。

ヤンの例が非常にわかりやすいですが、アスリートの周りには大小かかわらずコミュニティがあります。それが大学の友人なのか人種なのか、とにかく彼らと親しくしてきた人たちがいる。

そして同じく北米ではプロスポーツの周りにコミュニティがあります。客でなく仲間だといえばメディア受けだけが良さそうな言葉ですが、実際にそのマインドでクラブ運営がされているところの方が世界では多いわけです。

つまり物語をつくることは、選手のもつコミュニティとクラブのコミュニティを融解させることになると思っています。インスタグラムのコラボ機能がそれを可視化しているように、そこに出入りする人々を交換する手段として、大きな注目を集める選手加入ビデオの役割がもつ責任は大きいんですね。

2、クラブの色を出す機会を探す旅である

つまり自分の仕事の幅でもありますが、これまでユニフォームローンチや大きなイベントに見出していた「このクラブっぽさ」を見つける作業が選手契約時にも活かせるなと実感です。

選手の特徴を街に接続させるのでいまだに手探りではありますが、こうした定期的に訪れる機会において「確実にカラーを出す」と決めてしまえば年間通じてそれなりの露出になります。クラブとはコミュニティであると絶対的な島感覚で仕事をしている現在では、選手契約の制作をつくる過程で新しいファンと話し、選手と街にでて、クラブの仕事だけで完結させないことを意識しています。ので、スタジオで数カット撮られただけのビデオにはそこまで興味がなかったりします。イングランドのクラブはこれやりがちなんですよね。

情報が漏れることはなにが悪いのか考えてみたい

さて、せっせと書いてきたこれらにつきまとう問題として「情報のリーク」があげられます。そりゃ公に発表する前に街に連れだしたりしたら誰かに見られるに決まっていますから。

原点に帰って考えてみると、すでに噂レベルではなくサインが決まった選手のアナウンスをそこまで秘密にするメリットがなんなのでしょうか。例えば2日余分に時間があれば超特急で撮影と編集はできるわけです。それを待たずに即席の画像だけで発表することで得られたはずの露出を失ってしまうと考えているのが少なくともぼくの絡んでいる範囲での北米スタイルです。

肌感でしかありませんが、日本のファンのみなさんのなかには「情報が漏れないこと」に対する満足度が高い気がしています。はたしてそれを守ることと、少しでも制作の幅が広がることのどちらが有意義であるのか、いつか誰かと50時間ほど話し合いたいと思いました。そのときは立体の伊佐坂先生も連れて行きます。

PROFILE

田代 楽(Gaku Tashiro)
田代 楽(Gaku Tashiro)
カナディアン・プレミアリーグ パシフィックFC マーケティンググループ。26歳。ビクトリア在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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