平日の昼間からビーチバレーを楽しむ中年男性と、皐月にしては強すぎる日差し。そしてほとんど感じない湿度。
そう、ここはサンタモニカである。
それにしても一体、こんな昼間からビールを飲み、ガハガハ笑いながら3回以上続くことのないラリーをしているこの人たちはなんなんだろうか。仕事はないのだろうか。
英語話者は世界に約20億人いるらしい。
日本の人口が多く見積もって1.3億人なもんだから、いままでどれだけ小さい世界で生きてきたんだと実感する。そしてそんな小さい国の先輩が行なってきたことが、どれだけ世界に影響を与えていたのかも同時に感じることができる。
プリウスに乗ったヨルダン人に、日本の素晴らしさを力説された。自国で生きる大変さも同じく説明された。癖しかない英語で話すそれをボーッと聴きながら、職があるっていいことじゃないかとそのUber運転手に言ってあげたかったけどやめた。
今日も隣の芝は青く、日差しは強い。
5月1日 元もこもない
新しい月。
予定がひとつもないので「エミリーインパリス」を観て、スーパーに行って、ルームメイトとお話して寝た。ここ数年全く経験していなかったなにもしない行為を心から幸せに感じた。いや、それはここ最近のエピソードで、エミリーに悲劇が訪れていないかもしれない。
5月2日 ウィル
BMOスタジアムに着くと、ウィルが満面の笑みで近づいてきた。
ハグをして、自己紹介をしているときにアメリカ人とサシで遊んでいる自分を俯瞰してちょっと笑った。
LAFCは北米の王者を決める大会の準決勝に進出していて、この試合に勝利すれば創設以来2度目の決勝に駒を進める。そんな大事な試合だけあって、火曜日にもかかわらずスタジアムは満員に近い賑わいである。
ウィルが招待してくれたゴール裏には大小10個弱のコミュニティがあるらしく「TSG」と呼ばれるコリアンアメリカンを中心とした皆と応援することにした。試合開始前には、先日のLAギャラクシー戦のウォッチパーティで知り合った夫婦と再会し、ビールをご馳走になった。「興奮しすぎておかしくなりそうだわ!」と話してくれたすでにおかしくなっている夫婦がなんとも愛おしくて、そういえばこの国には興奮しすぎておかしくなっているひとが多いなとふと思った。なんて人間っぽいのだろうか。
さて試合はというと圧勝だった。見事決勝進出である。
LAFCのゴール裏は点が決まると、皆一斉にビールを空に向かって投げる。んで浴びる。んでもって笑う。そう、興奮しすぎておかしくなっているのである。
すっかり酔っ払ってメトロに乗って、渡辺直美のポッドキャストを、毎回アメリカで知り合った男性とのセックス事情をゲストの外国人とガハガハ笑って話すポッドキャストを聴きながら、決して綺麗でないロサンゼルスの夜景を眺めていた。
5月3日 パス
書類選考の合格を伝えるメールが届くと同時に「ヴェ︎」という声がでた。
「電話でちょろっと話して最終面接ね」
とアメリカの電話番号もまだ持っていない外国人へ非情なネクストステップが告げられた。次の決戦は5日13時。とにかく電話インタビューの対策動画を漁る。その結果とにかく静かな環境で電話しましょうね。とかいう「絶対そうなんだけどほぼ何も言ってない結論」を得ることができた。
国内名門大学を卒業していない外国人はとにかく静かな環境でパッションを見せることが1番近いと悟り、その日の夜はスタジアム近くで行われていたAngel City FCのウォッチパーティに行き、面接官本人に静かな環境で望むことを伝えてみた。普通にびっくりしてた。
5月4日 エリカ
朝8時、今日もせっせとAngel City FCのボランティアに参加する。
今日は学校で朝から野菜を配る活動である。もう参加しているボランティアも知っているひとが増えてきたから、なんの問題もなくネギとレタスを配った。
場を仕切っていたクラブスタッフのエリカは今日が誕生日らしく、周りからスペイン語で祝福され、スペイン語で挨拶をしていた。その間、スペイン語が全くわからないからレタスのパッケージの文字を読んでいたけれど、それもスペイン語で書かれていた。
信じられないくらいに陽気なエリカは「ガクって社会人リーグでサッカーやっているでしょう?この間観たよ〜」と声をかけてくれた。無職のガクは絶対にサッカーをしていないけれど、唯一知っているスペイン語こと「グラシアス」を巻き舌でかまして事なきを得た。
5月5日 心臓が聞こえる。
「絶対に負けられない瞬間、鼓動の音って本当に聞こえるんです」
と、絶対に負けられない瞬間(ACFCの面接)をたったいま終えた男は、静かな環境でそう話した。
「あなたのことを教えてくれる?3単語で」
『チャレンジャー、負けを負けと思わない、ジャパニーズスピリット』
それは多分「サムライ」の紹介である。この会話のあと、鼓動の音が激しく聞こえた。心の中で川平慈英が叫んでいた。本当にどうでもいいんですけど3月に有休を消化してたとき、昼間の某東横線沿いのサウナミナミで彼とふたりっきりになったことがあります。
それにしてもこの国の面接は、プライベートなことをほとんど聞かない。スキル、スキル、スキルである。だからいわゆる日本の大企業で長く働いているひとは、そもそも条件に当てはまらないことも多いらしい。部署異動で多くを経験し、なんでもそれなりにこなせる人よりもそれしかスキルがないバーチャットみたいなひとのほうがいいらしい。バーチャットは足が速いがクロスが下手だ。
どうやら次はいよいよ、対面で話して終わりらしい。
5月6日 OCSC
長い1日だった。
ユニオンステーションはヨーロッパのターミナルって言葉が似合う、天井が高くて雰囲気のある古い駅だ。今日は特急電車に乗ってアーバインを本拠地とするOrange County SCの試合を観に行くことにした。アメリカ2部リーグに位置するそのクラブは、まさに地域のための存在で、スタジアムは5,000人しか収容することができない。それでも地域の子どもがそれぞれのローカルクラブのシャツを着ているその場所は確かに「集いの場」であり、特に派手な演出なんてないんだけれど、空一面に広がったオレンジ色の夕焼けはお金では制作できない雰囲気を見事に作りだしていた。
残念ながら試合は敗北してしまった。
それでも選手がスタンドに挨拶をして、観客は選手に声をかける。どうやらみんな顔見知りなようで、ピッチレベルで仲良く話していた。
帰りのUberに乗ると「日本人か?」と声をかけられた。
ヨルダン人のカイスは元ヨルダン代表だったらしく、現役引退後LAでレストランをやっていたんだけれど、コロナの影響で店を畳んで運転手をしているらしい。2007年ごろ、日本と対戦した試合にも出場していて、とにかく中村俊輔がすごかったと話をしてくれた。
カイスいわく、日本はとんでもなく素晴らしい国らしい。それゆえ昨年に元首相が銃殺された事件に心を痛めていて、なんであんな悲しいことが起こるんだとバックミラー越しにこちらに問いかけてきた。なんていったら良いのかわからなかった。
5月7日 ニコラス
1週間前、ルームメイトがひとり増えた。
私を見るなり「ニホンジン?」と日本語で問いかけてきた彼はニコラスと名乗るフランス人である。千葉県に留学していたニコは日本語が理解できて、スペイン語も話せるスーパーエリートだった。
そんなニコがグリフィス展望台に行きたいってことだったので、おなじみミシェルを連れて3人で観光に出かけた。実に初めての観光である。プラネタリウムをみて、ハリウッドサインを背景に写真を撮って、パスタを食べて、買い物をして、サンタモニカで夕日をみた。明太餅チーズもんじゃみたいな1日だった。
家に帰ってパスタを作って食べた。多分昼のパスタの10分の1にも満たない値段で作ることのできるソレを食べながら、もうちょっとこのパスタでいいかもしれないと感じた。まだまだ、LAで死にそうです。