いやぁ締まりました、シーズンが。
パシフィックFCはまったく勝てなかった夏場を秋の偏西風が完全に忘れさせてくれ、リーグ戦さいごの6試合を4勝2敗の成績でフィニッシュ。こないだまで3ヶ月くらいまともに勝ってなかったのにです。
「これは完全に優勝しちゃうやつじゃないか」
と関係者がみなココロ踊りまくりでプレーオフ圏内の5位に滑りこみ、最高にいい雰囲気のなか挑んだプレーオフを初戦で負けてシーズンが終わりました。
「オイオイ、メッシがこの島のスタジアムに来ちゃったらマジで困るじゃねぇか」と楽しそうに会話をしていたあの時間はもう二度と訪れず、ただ普通に残務だけが大量にのこった虚無空間にフットボールの美しさを感じた直近でした。
さて、ともあれはじめて海外のプロクラブでフルタイムとして過ごしたシーズンが終わりました。もれなくFergusさんにその模様を面白がっていただき、日本のみなさんにも見ていただく機会をいただいたことは前に進むための原動力でありました。とうぜん日本に向けて仕事をしているつもりはまったくなく、ただ日本で培ったことをこの島で実践しているにすぎませんが、それでもぼくよりも若いひとがなにかを考えるきっかけになるのであればいいなと、それくらいのモチベーションでやっています。
今回の連載ではシーズンも終わったことですし「田代楽が2024年にカナダでやったこと」をあらためてまとめてみようと思います。
① 2024キットローンチの制作
フルタイムとして入社3ヶ月目にして、個人的に最もやる気のあった案件が発生します。
いまや「そのクラブがなんなのか」「そのクラブの趣味趣向」を世界的に評価される機会になりつつある、あたらしいユニフォームの発表。数年前までは”いい感じ”に街で着ていればOK♡な世論がありました(いまもあります)が、なんだかそれだけじゃここにいる意味がないなぁと勝手に思っていました。
欧州の23/24を含む最新のキットローンチといえば「ヨーロッパっぽい建築物の前で」「まるでパリコレにいるようなモデルが」「キットサプライヤーが巨額を払っているプロダクションの制作した」「ファッションブランドっぽい映像と写真でお披露目」の応酬でした。それをSoccerBibleとか、Copa90とかが取りあげ、各国のフットボールメディアに拡散され、購買されていくことが成功とされています。
その中心にKAPPAがいることは確かで、それはそれは美しく、まるでサッカークラブがサッカークラブでない感覚になります。
ということで我々は「サッカークラブの感覚で彼らのアウトプットとPRをパクろう」と結論づけました。
「思想がなくクオリティだけ高いものに反骨したかった」| Pacific FC 田代楽
”プロフェッショナルな人がローカルの人をピックアップする方がどう考えてもカッコいいんですよ。「モデルの顔」を映すのではなくて「ずっとクラブを見てきた人や島で育った人にしかできない顔」を映す方がよっぽど価値がある。プロのモデルを起用するのであれば、その街にゆかりのある方を起用すべきかなって。そういったものを全部批判する覚悟で企画することは僕のボスにも言いましたし、その意図をもってプロモーションしました。”
”恥ずべき歴史”に目を背けない、変なシャツが担うサッカークラブの社会的意義 | Pacific FC 田代楽
”カナダのちいさな街のサッカークラブで過去の”恥ずべき歴史”について理解したまたは理解する努力を行い、サッカークラブというフィルターを通して世に発信する一端を担いました。日本のサッカークラブでも災害がおきたとき等に、重要なメッセージを伝えるメガホンとして、クラブと地域が密接に連携をとり、行動を示すことがあると思うのですが、これってかなり重要なことだと改めて気づきました。地域やファンとの連携は本当に時間がかかるし、大変な部分もあるのですが、クラブの価値を本気で高めたいのであれば、行政や街との関わりこそがこれからの10年を考えたときにプライスレスな価値になるんですよね。”
個人的な経験として、「完全に英語環境ではじめて施策を進行できた」「大手フットボールメディアとの関わりかた」がなんとなく掴めたことが大きく、ローンチ日は嬉しくていっぱい食べました。
② 中村憲剛さんのゲストコーチ招聘
ちょうど一年前に(三船美佳の元夫)、憲剛さんから「ほんじゃビクトリアいくね」と言われ、あらあら大変じゃないとどこか上の空で過ごしてたら本当に大御所がきちゃったでお馴染みの件も今年でした。
ケンゴは何しにビクトリアへ? – 異国でも ”愛されつづけた” レジェンドの19日間。【田代楽のキカク噺】
”これは特例も特例です。特殊な環境にケンゴさんがきてくれたことがすべてであり、仕込みの単品自体はそこまでロジックめいたものではなく、提示の仕方とタイミングがすべてだった気がします。ただし、それらのいわば無茶振りをすんなりやりきってしまうケンゴさんは ”やべぇじゃん” とただただ思うばかりです。”
企画の中身は色々なところでお話を聞いていただきましたので割愛するとして、とにかく憲剛さんがきてくれたこと、高尾さんがはじめた物語があまりにもわかりやすく動いていることに感慨深く思います。
憲剛さんは滞在中、パシフィックFCに関わるすべての人間にハマり、クラブとアンバサダー契約をして帰国されました。2週間ですよ、小学校の春休みじゃないんだから。カリスマすぎます。
とはいえ、こういう海外クラブとの契約ごとって最初だけ派手に打ちあげて特に動かない(特に強化面)ってことが多いじゃないですか。それじゃなんだか寂しいねってことで、1月初旬に日本人をビクトリアに連れていくトライアウトを実施します。
トライアウト当日は憲剛さんがお越しになるだけでなく、パシフィックFCのコーチ・アルマンドも来日します。もちろん僕もいきます。強化の面々は「本当にいい選手がいたらガチで契約する」って言ってました。つまりガチってことです。
③ ピッチレベルでの映像を強化する
少し前にこんなツイート(現:ポスト)をしたところ思った以上に反響をいただきました。そこには賛否両論悲喜交々唯我独尊って感じの引用リプライが集結していて、そりゃそうだと思いました。
話は変わりますが「のび太の孫の孫の名前がセワシである理由」をご存知でしょうか。セワシにとってのお父さんである「のび助」、おじいちゃんである「のび太」が名前のとおり穏やかでのびのびとした性格なのに対し、彼は忙しないから「セワシ」なんだそうです。でもそれって「忙しない性格である→セワシ」の方程式だからこそ成立するわけですが「セワシ=忙しない性格」かどうかは生まれたての命名するタイミングではわかりませんよね。つまり彼は”成長を進めるにあたって忙しないことがわかったので”セワシと名付けられた可能性があるってことなんです。
ぼくのいるブランド部門は、5名のスタッフが表にでる制作物の企画立案、撮影、編集、投稿を一括で担います。そこには外部の人間が全くおらず、選手とのコミュニケーションもすべて自分たちで行っています。
ぼくが外国人かつ、選手のソーシャルメディアに使用する素材を管理しているとあってみんなとフランクに話せることができ、対等に企画の相談をすることができるのが非常にいい環境だなと思います。
そのなかでどうしてもやりたかったのが、カメラをピッチ内に入れこむことです。
発想の起点はスケートボードの動画をシーズン頭に漁っていたときに「あれ、これめっちゃいいじゃん」と思った、ただそれだけです。16mmレンズでしか撮影することのできないシーンは確実にあるよな、って思いました。
そもそもスケートボードほどの近さを確保できない理由はいくつかあります。
・そもそも上司の許可が降りない
・審判が許さない
・選手が毛嫌いする
・ほかのメディアが許さない
要素を分解していくと、誰かが許さないからダメ。
って話になるわけです。
でもここは北米で「ダメでもイイなら良い」が通用する地域です。唯一、審判には引き続き怒られますが、そのほかはしっかり意図を説明すれば理解してくれることもわかりました。
技法に関しては自己満足極まりないですが、そもそも海外にまでわざわざきて自分も満足させられないようじゃどうしようもないので、引きつづきこの分野は考えていこうと思います。
④ 全然勝てないのでファンとパンケーキを食べる
個人的に最も好きだった企画がこれでした。
夏場の戦績が振るわない時期に、スタジアムで練習見学がてらクラブスタッフとファンがパンケーキを食べながらただ雑談をするだけの企画。
特にクラブスタッフがもてなすわけでもなく、ただうまくいっていない現状をファンと同じ目線で話すだけ。そもそもスタッフとファンなんて役割が違うだけで熱量は同じであるべきですからね。
ぼくも拙い英語で1番大きなサポーターグループに声をかけてもらい、仲良くなり、目が覚めると先週は彼らとカナダ4部の試合を土砂降りのなかで応援してました。マリファナと発煙筒が香るいいやつらです。
そうやって話しているとファンが欲しているものはたったのひとつしかないと気がつきます。それは「あなたが必要であるとクラブから言われること」です。それは具体的いえば友だちみたいにサッカー談義ができる仲であり、大きい出来ごとに向かって相談して進められることで、ファンの集まりにフラッとスタッフがきちゃうみたいなことなんだと思います。正解はないですが、少なくとも教科書には載っていません。
LAFCのブランド責任者のリッチはこれをもれなくすべて行っていました。それが計算なのか、好きでやっているのかはわかりませんが、そりゃファンは彼のことを好きだよなって思うんです。
「クラブがいくら貧乏でも気にしないから、一緒に歩んでほしい。」
ぼくはこの言葉を絶対に忘れないで生きようと思いました。チャシ。
⑤ 難病を患うオーリーと選手契約を行う
前職時代にこんな企画をやっていました。
ぼくは身内に彼ら彼女らのような特性を持ったひとがいるわけでも、そのような勉強を学校で専門としていたわけでもありません。なにか原動力になりうる出来ごとがあったかといえばそれもそこまでない気がします。
きっかけは前任の先輩から業務の引き継ぎだけでしたし、正直いまだに知らないことも多いです。でも数年活動するうえで「社会性のある活動ほど広報に苦戦している」ことがわかりました。
単に興味がある。これにつきます。
おそらくスタジアムに詰めかける多くのファンとはおもしろいと感じるポイントが異なり、用意したものが言語的な意味で、文脈的な意味でまったくハマらなかったりする。むしろ行政が連れてきた全然可愛くないキャラクターがものすごく愛されている。それを知るために社会的な活動に興味があるのだと思います。
脳にガン腫瘍を抱えたオーリーは普通のサッカー少年でした。
ある日とつぜん病気が発覚し、長く辛い闘病生活のなかで「パシフィックFCの試合にいくこと」をモチベーションにしていたと親御さんから連絡がありました。
”社会性のある事柄はとある人にとって目的であり、一方で手段になりうることがあると思います。サッカークラブは社会性があることを目的に前に進んでいるわけではないので、手段として選択することがありますが、大抵その協業者・行政は手段としてみていません。”
この仕事は色々なひとが絡みます。ゆえにいろんな角度から同じ事象をみていたりします。
いつだって自分たちがもつ力を客観視して、デッキに加えておくことで他のひとより少し大変な思いをしているひとに優しくできるのかもしれないと思ったりします。
⑥ YOHEI TAKAOKA オフィシャルとしてMLSのスタジアムで写真を撮る
いま、少なくとも日本人選手で最もかっこいい高丘陽平選手より、ホワイトキャップスの試合で専属フォトとして撮影する機会をいただきました。
奇しくもLAFCが対戦相手で、いいところ取りなんだけど複雑な気持ちでした。
シンプルに、カナダに来て良かったことの最上位に陽平くんと出会えたことがランクインしすぎている。
ー 25シーズンはどうするか
クラブに残ります。お給料もあがるみたいですし、日本でやっていたような大きめの仕掛けをしたいモチベーションがあります。
ハム太郎がとっても良いことを言っていました。
ロコ「今日はとっても楽しかったね。明日は、もっと楽しくなるよね、ハム太郎」
ハム太郎「へけっ!」
大変失礼いたしました。良いことを言っていたのはロコちゃんでした。
来シーズンもよろしくお願いいたします。