ひとつだけ願いを叶えてやろう
みなさんもそう言われた経験が一度はあるだろう。仕事が忙しいときに限って浅い睡眠がもってくるその妄想(なのか夢なのか)(普通に夢)に出てくる謎の男がそう問いかけるのだ。
ひとつだけの願い。
2年前、私はその願いに対して「THE MATCH2022」のチケットがほしいと答えた。いけた。とても肉眼ではリングの様子を捉えることはできなかったけれど、佐藤大輔さんが繰りだしたこの世で最も価値のある映像は確かに眼に焼きついた。当然その男が話を完結してくれたわけではなく、日常で会うひと全員に「THE MATCH行きたいんですよね」と話していたら仕事の繋がりでいくことができたのだ。
あらためて考える。ひとつだけ願いが叶うとしたらなんと言えばいいのだろうか。
現実に起こりそうな、それも自分次第でどうにかなるようなこと、例えば英語が堪能になりたいとか、エジプトに行きたいとか、そういうことではないなにか。
1日だけ仲里依紗になりたい。
これである。
『スポーツが憂鬱な夜に』
まだ寒いビクトリア。送られてきた音源素材を聴きながらバスに揺られる。あぁ疲れたなぁ。寒いなぁ。目の前のヤツずっと電話してるなぁ。
めっきり入力機能がイカれたAirPodsを長押しして憂鬱な世界に飛び込んだ。成人男性がボソボソと喋り、口を開かず笑うPodcast番組『スポーツが憂鬱な夜に』がめでたくローンチとなった。思えば一馬くんから話をもらったのは年末なのになんだか昨日のようで、こんなスピード感で2024年が過ぎ去っていくのかと思うと少し憂鬱なのかもしれない。
しれない。というのは、そう、私は生きていてそこまでの憂鬱を感じたことがないからだ。特大プロジェクトのローンチ前が憂鬱かといわれたら楽しみが勝ったりするし、プレッシャーのかかる場面が憂鬱かといわれたら、失敗してもまぁ別にしょうがないしなとか思っている。だから鼓膜を震わす「本当にいやだよねぇ」みたいな音の連打にあまり共感はできない。行ったことないけどメキシコとかにふたりを連れて行ってあげたくなる。しかし内容は面白い。ほとんどカットするところなんてないくらい色々な波を乗り越え溺れたふたりによる高貴でくすぐったいピロートーク。ささやき女将。
このあとこの番組はどうなっていくのだろうか。ふたりが話すように、憂鬱なことがらを消化する場としても機能するであろうここはどう変化していくのだろうか。もしかしたら子どもが生まれて日本の子育て支援はマジ憂鬱とかいいはじめるかもしれないし、最近ちかくの文字が見えづらくて憂鬱とか、気がついたらインスタのおすすめページ全部水着の女性で憂鬱とか、真木よう子はなんでそもそもエアガンを持ってたのかとか、いつかそんな素材が届くのかもしれない。
そんな番組『スポーツが憂鬱な夜に』をお手伝いしていますので、ぜひチェケしてくださいますと嬉しいです。
河内一馬 と井筒陸也 がスポーツの憂鬱を語り合うPodcast
毎週水曜、金曜日の22時に配信
小アリと俺の家
海外生活で最もむかつく事柄はなにかと尋ねられたらあなたはなんと答えるだろうかいや全然違う答えは家に謎の小アリが大量発生するである。むかつきすぎて改行も忘れるくらいな事象の火蓋が切って落とされたのは1月の上旬。マーケットプレイス(カナダのジモティみたいな)で手に入れた念願の炊飯器でご飯を炊いているとテーブルに一匹の小さなアリを発見したのだ。「アハハ、アリさんもお腹が空いているんだね」と笑みを浮かべ、乾燥機から出し忘れた洗濯物に脳が移行するくらいにはメンタルの余裕がアリ、広大なカナダで出会えたひとりの人間とアリさんの物語を楽しもうとしていた。アリさんがアリ御一行になったのはそれからわずか2週間後のことだった。僕の家における作業スペースはキッチンの向かいにあるダイニングテーブルで、そこには炊飯器があればスーパーで買ってきた野菜とか、ヘアゴムとか、いろんなものがのせられている。そしてこの頃からこのテーブルに目をこらすともれなくアリをみることができて、流石にそろそろナシだなと思ったりしていた。この間の笑顔は親切だよとカナダのアリに日本語で告げる、彼らよりも体積が数億倍はあろう青年がパソコンに向かっていると今度は数匹の小アリがキーボードを歩いているのが見えた。おかしい。まさか新しいMacBookはアリを生成する機能があるのか…?いや確かに昨年の夏に新しいパソコンを買ったけれど、いままでアリなんていなかったぞ。洗礼されたプロダクトにアリを生成する機能、いるか?生成といえばAI、いや待てよ、アリってローマ字にしたらALI。いやこれ絶対関係ないな。それにしても増えているとしか考えられないアリに若干むかついてきたことは確かだった。し、まだむかついているから改行はしない。そしてこの文章を書いている2日前、Xデーは訪れた。いつも通りダイニングテーブルで作業をしていると、どう考えても軍をなしたアリが目の前に列をつくっていた。そうなったらもう終わりの時を確信するしかなく、迎える悲しい結末に向けてどう足掻くかを考えるしかない。奇しくもクドカンの「木更津キャッツアイ」「あまちゃん」と同じような構成なのである。軍の先頭は積み重なったショッピングバッグの先にあった。もういやな予感しかしない。もはやMacBookが生成していたことにしてTwitterで大幅な誇張とともに投稿して無事ハネて中東人から「それはおもしろい😃」と言われるいま世界で最も無駄なやりとりの材料にしてやろうかとか、そんな邪念を振りほどいて恐る恐るバッグをどかしてみた。チョコ。普通にチョコ。11月からあるであろう半開封のチョコにアリが大量に群がっていて、僕の顔をみるやいなやそれぞれに早足で散った。この人間はその小さすぎる命ひとつひとつに鉄槌を与え、眼に見える範囲にその動きが確認できなくなったころ、視界の片隅から一匹の小アリが寄ってくるのが見えた。そこには、1月の上旬のまさにあの時に炊飯器からでてきた彼が立っていた。「いままでありがとう。悲しいけれど、やはり僕らはわかりあえない運命なんだと思う。でも君と生活した日々は僕にとってかけがえのない時間だったよ。」そう話す彼の目には綺麗な、それはそれは綺麗な涙が浮かんでいた。こんなに小さなアリにも人間と同じく感情があり、愛する家族がいる。命とは、その全てが異なり、等しい。人間は少し黙って、空を見上げ、息を吸ってこう言った。「アハハ、アリさんもお腹が空いているんだね」僕たちはもう少し物語を続けることにした。そう、これは典型的な適当に書きはじめたが故にどう終わったらいいか見失ったタイプの文章である。おあり。
LAFCのキットローンチがマジでやばい話。
さすがにサッカーの話を書かないと一体この連載がなぜスポーツメディアに掲載いただいているのか全くわからないということで、たまには北米のサッカー事情でも書いてみよう。ビジネスのことは書いても面白くない(日本への汎用性がないケースが多すぎる)んだけども人を魅了する努力はいくらでも真似できるポイントがあるんだよなとも思っている。
さて、今月とりあげるのはなんといっても僕のラブリーブラック&ゴールドことLAFCが満を時してローンチした2024シーズンのユニフォームについてである。かなり面白いことにMLSのクラブは2年に一度しか1stユニフォームのデザイン更新をしないらしく、昨シーズンはアディダスのアルファベットが入ったユニフォーム、つまり2年前のものを着用していた。でもゴールキーパーは毎年変わるらしい、リーグ共通のものみたいだけれども。
LAFCのキットローンチがなぜ優れているのかを絶賛主観的に解説すると「あぁ、LAって楽しいよなぁ」である。”よなぁ” に全てが詰まっている。しかも恐るべきことにLAに訪れたことのないひとも ”楽しそうだなぁ” と思ってしまう全てが詰まった映像。そう、LAは最高なのだ。そして田代楽的に本当にウキウキが止まらなかった理由はその完成された制作物だけでなく、BTSにこの連載でもお馴染みカケルくんが名を連ねていることだ。そう、カケルオオツカも最高なのだ。
大袈裟にいうのならばフットボールクラブのキットローンチとは「我々はなんなのか」をビジュアルおよび声明でアップデートしなければならない関門である。大人の事情が詰め込まれたキットを大人の事情の二乗に練り込まれた制作過程を経てめでたく世にお披露目し、普通にファンにバッシングを受けるドM♡オッ♡でないと決裁者なんてしたくもないやつ、それがキットローンチである。しかもやっかいなことにフットボールキットをファッションとしても解釈しようそうしよう、レトロなジャージも街で着ちゃおうみたいなカルチャーが生まれてしまったものだからその辺のチェックポイントも突破しなければならなくなった。これは本当に面倒くさい。デザインが良いがために文脈とズレた消費を勝手にされかねない可能性があるとはなかなか怖い。歌舞伎町とPSGみたいな。まあそれはそれとして。
それを踏まえてこれらをみてほしい。まずはローンチ前日に公開されたティザー。
そして当日の映像。
そして多分これがメイン映像。
なんて楽しそうなのでしょう。圧倒的陽キャ。青学のイベサー。もういろんなロジックがどうとか、マーケティングがとかどうでもよくて、制作チームが楽しそうなものがキングだなと心から感じるノリ感。上部ふたつは今シーズンから新しく就任したキットマネージャーが新ユニフォームのローンチ日を忘れていて、急いでネームと番号を圧着するいわばコント形式。メッシをいじったりなんかもして最後に決め台詞をいう、まぁなんともアメリカっぽいやつ。これはいい。問題はその後に公開されたメイン映像だ。これが最高で、個人的には悔しかった。
私的2024シーズン版のキットローンチに必要な要素は下記だと思っている。
1、選手が写っているか
2、映像なり写真の舞台が街であるか(特別なコンセプトを除く)
3、その街の特徴(例えばカルチャー的要素)が組み込まれているか
これはキットローンチを話題にするために必要な要素、もっと深掘りするならば前述した「我々はなんなのか」を説明するためにないと説得力が欠ける項目である。というか僕がパシフィックFCのチームに提案した内容である。なんならLAFCの映像が出たときにはこの項目に沿って撮影をすませており、書いている現在(2月25日)は絶賛最終調整中でオッ♡のド真ん中である。LAFCが同じような項目を論だてて撮影したかは定かでないが分析すると、まぁなんとも同じことを考えてそうで悔しかった。この誰も思いついてない(と少し前まで思っていた)理論でTikTokでバズってTGCに出たかった(?)
昨今の北米サッカー市場では制作物がひとり歩きすることが肌感として結構ある。それは各リーグやサプライヤーがいままで作ってきたメディアとの関係性によるもので、MLSの新ユニフォームをインスタのリールかなにかで見た日本在住の方も少なくないだろう。つまりクオリティがどうあれそれなりに届いていくのがいまのMLSである。もちろんプラットフォームのアルゴリズムもこれを助けている。
つまり各クラブが作成した映像や写真のなかに前述の3要素がないとそもそもこれがなんなのかが伝わらない、制作物からクラブの生態がみえないということになる。さてLAFCの要素を分解してみる。
1、選手が写っているか
→ 映っている。ものすごく映っている。中心選手のボアンガ、新加入のウーゴ・ロリスをはじめ数選手がフルキットでピッチに立っていてこれだけでサッカーの映像とわかる。
2、映像なり写真の舞台が街であるか(特別なコンセプトを除く)
→ どう考えても街。大概こういうテイストの制作物はLAの名所でのストリートスナップになりそうなものだが、彼らは多分提携している店、美容室、ボクシングジム、車の修理工場で撮影をしている。
3、その街の特徴(カルチャー的要素)が組み込まれているか
→ これがやばい。本当にやばい。BGMとして選曲された「パパタプータ、ポポピペーペ」みたいな曲はおそらくLAのHipHopperがこれのために書き下ろしている曲である。気になりすぎてこの映像のクレジットをLinkedInで確認したが多分そうであった。この映像にLAの全てが組み込まれているかと言われたらサンタモニカは入ってないしハリウッドサインもないわけなのだが、確かにLAFCが解釈するLAとは映像に出てくる彼らなのだと思うし、なによりも曲がヒスパニックテイストでLAFCの生態を的確に表している。
そしてなによりも楽しそうなのである。とんでもない陽キャ。青学の新田さちかがいたサークル。
職業病で、最近はどんなに華麗な映像美よりも写真のリタッチよりも、もっと構造的にめんどうくさそうで芯のある制作物に魅力を感じるようになっている。おそらくLAFCの予算と彼らを取り巻く環境であればもっとクールで万人を惹きつける映像をつくることはそれほど難しくなかったことだろう。
しかしこの映像がローンチされた後、そして同時に写真が公開された後にカケルくんは自分の撮影した写真を、選手はこの映像のメイキングを自分のカメラ視点で、サポーターグループのひとりは選手のスチール背景に彼らの幕が使われたことを誇らしげに投稿していた。これだけの人間がこのプロジェクトに対して「自分も参加しています!」と前向きなことこそがLAFCの提案する「我々とはなんなのか」の答えであると思うし、約一年前(ここから自分の話)に日本を飛び出し海外で力試しをしよう(まだ自分の話)と渡米した僕がガッツリ携わった初めての大きめプロジェクト(ここで宣伝の匂い)ことパシフィックFCの2024シーズン1stキットローンチにまつわる話(宣伝)についてカズキくんに聞いていただきました(宣伝)ようやく世に出た安堵から、僕がこだわりたかったポイントを早口で話していますのでぜひ読んで感想(ここでお願いの匂い)とかぜひ教えてほしいです(お願い)
https://fergus.jp/football/post-3371/