FOOTBALL

LAで求職中。 #week13 / 文・田代楽

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

7月3日 カエルが

バッタを捕食する動画を観ていたら1日が終わった。

7月4日 4th Of July

立川で生まれ育ったから、花火を真上に見上げたときに本当の意味で夏を感じ、ダイクマの屋上駐車場はその花火のときしかいかないけれど、市民にとって、少なくとも僕たちにとっては大切な場所だった。

ひとり暮らしをはじめて、多摩川に上がる花火を電車のなかから見上げたとき、絶対にここに住もうと決めて、半年も経たずに引っ越しをした。

「4th of July的な日って日本にあるの?」

イッペイが紹介してくれたLAFCサポーターのアレクシスがそう尋ねたとき、確かに、そんな感じの日ってあるんだっけと思った。建国記念日ってなにかするんだっけ。

とにかく、アメリカ人は愛国心が強い。そりゃラピノーが言うように色々あるし、ナイキが取り上げるように思うところはあるんだと思う。だけど国歌をみんなが陽気に歌って、家の前には大量の星条旗が掲げられる。バカみたいに自分の国さいこぉ!って言えちゃうほうが幸せそうなのは僕が能天気ジャパニーズマゲドニーズだからだろうか。

8万3000人が歌うアメリカ国歌は異様だった。

拍手のなか、歌手がハケるとともに歌い出すこちらの黒い軍団。そして反対には白い軍団。わずか100mほどの長方形を挟んで中指を立てあう両者。同じ都市に住んでいるけれど、人種の異なる人間たち。買ってきたばかりのビールをキックオフとともに上に投げるバカ。それをもろに浴びる僕とアレクシス。18ドルのビール。

サッカーをゴール裏で観ていて、反対側のサポーターが湧いたのが見えて、コンマ数秒後に聞きたくなかった歓声が聞こえてくるあの瞬間の数だけ、ひとは強くなる。薔薇のように美しく彩られるはずだった1日に、棘をくらった黒い男たち。「GALAXY WIN」のフラッグを持って、わざわざこっちに走ってくるマスコット。ブーイングに応えるようにフラッグを捨て、腰を振る超人間の心を持った着ぐるみは、やがて18ドルを浴びせられていた。

まさにそんな勝利を祝うかのような花火が真上にあがる。
さっきまで罵り合っていた黒と白が、同じ空を見上げて、口を開けて観ている。

久しぶりの花火が、まさかローズボールだとは思わなかったけれど、パーティーの終わりで、まだ名残惜しいけれど、家に帰った。

7月5日 生まれ変わったら

全くいまと異なる人生かつ安定した暮らしがしたいため、ハム太郎のリボンちゃんあたりになってみたいなと思ったが、リボンちゃんに生まれ変わったらもれなく語尾が「でちゅわ」になるのでそれを受け入れるための心の余裕を前世であるいまから作る必要がありそうだ。

長男なもので、いずれ喪主になったとき、会を進行するヤツの語尾が「でちゅわ」だったら故人はどう思うんだろう。その前に喪主がハムスターなことをどう思うんだろう。

ロサンゼルスで考え中。

7月6日 サンフランシスコ

に行くために、国内線に乗っていた。国際線とは異なり簡易的な手荷物検査と退屈なアラスカ航空のターミナル。コンセントの刺さりはなんだかゆるくて、接触が悪い。この文章を書いているいまも「フォン…。フォン…。」と一定のリズムでiPhoneが充電されては放電を繰り返している。Spotifyが選んだUAの情熱とBPMがビッタリ合っているそのリズムが奇跡のように感じた。そういえば、前回ここにきた時は太陽は陰りを見せていたけれど、今日はピーカンで、目を凝らせば大気圏を突破してどこまでも見ることができそうな、それこそ遠い昔の夢も思い出すことができそうな、そんな天気だった。

そんな飛行機は乗客100名あまりを無事に乗せたあと、無事に機材トラブルで欠航した。さすがアメリカの飛行機、タダでは飛んでくれない。疑問すぎる ”そのタイミング” での機材トラブル発覚。

「あれ、あれおかしいな、動かないな。このボタンを押して、レバーを引いて、あれれ、どうなっているんだろうこれ、うーん、よし、欠航!」じゃないのよ。
そんな貧弱な鉄の塊にロマンと夢を乗せられている人類よ、なんて貧弱なのよ。

さて、アポイントは翌日7日のお昼。サンフランシスコ市内。間に合うのか。

7月7日 いよいよサンフランシスコ

に行くために、国内線に乗っていた。オレンジカウンティにあるジョン・ウェイン空港。朝7時半の便。アラスカ航空が用意した空港近くのヒルトンにて久々にプライベートな湯船に浸かった。5W1Hほとんど意味のわからない出国。普通に着いた。昨日やってくれ、それを。

サンフランシスコとサンノゼでそれぞれ、日本人に会った。みんな飛行機も満足に飛ばせないこの国でたくましく生きている。なにかあったらサポートするねと優しく声をかけてくれて、ゆるくなった涙腺を感じた。涙腺引き締めの里、ロサンゼルスに帰った。

7月8日 ローズボールフレアにて

炎天下の中、どこの人種かもわからないような人影が目の前で膝をつき、大量の衣服を物色しているのを、バーベキューチェアに座りながら、ただボーッと眺めていた。

カケルくんがローズボールのフリーマーケットで出店しているとのことで、お手伝いをすることになった。といってもほとんど座って話していただけ。ほぼ光合成している草木の振る舞いだった。

終わって、カケルくんの車で爆睡して、ミシェルと3人で焼肉を食べた。

7月9日 最終日

この文章を読んでいるということは、さぞかし盛大に「まさかの結末!」「衝撃のラスト!」などといった誇大広告スレスレの告知をみて訪れてくれたのだろうと思う。これを書いているのは、ロサンゼルス国際空港の国際線出国ロビーである。

どこかの誰かが、空港でしか書けない文章がある。と主張していたけれど、この世に生まれている感情を揺さぶる文章はもれなく空港(しかも国際線の出国ロビー)(さらには保安検査を抜けたあと)で書かれているんじゃないかと思うくらい、先人の言葉に同意である。

3ヶ月前、たった3ヶ月前に、僕はこの空港に降り立った。西海岸ではじめて拾ったWi-Fiは電波とともにAngel City FCの求人を受信し、もれなくそれに応募して、オフィス(ではなかった)に突撃した。再会した遠藤純さんはオセアニアで輝いていたし、カリフォルニアギャルことトンプソンはアメリカ代表でイケていた。

VBFCはこの世の最高が詰まったコミュニティで、人は最高でロケーションは最高で、遠くから潮風が運んでくるマリファナの匂いも最高だ。そういえばそんな草の匂いにもすぐに慣れた。最高な場所にいると、態度も振る舞いも自然と最高になっていく。最高の環境が最高の熱狂を生むことをあらためて知ることができて最高の気分だ。

LAFCの友だちたちは日頃から連絡をくれる。もうここを離れなければいけないのに「まぁ違法で滞在すればいいっしょ」と説得してくる。彼はパスポートがない。それでも銀行口座と仕事があって、かわいい彼女がいる。中学生の頃からずっとヒスパニック系のスーパーで働いているらしい。ローズボールで最後のハグをしたとき、外国人の匂いがした。その時に、僕は彼らのことを100%知ることはできないのだなと感じて、少し寂しくなった。その夜、彼はインスタのDMで日本のAV女優の画像を送ってきて、僕は彼のことを100%知ることができなくて全然いいやと思った。出張帰りに東京駅でひよこを買うような感じなのだろうか。

未知なる体験もした。すべてが奇跡だと思った。あのときカタールに行っていなかったら。ベンをカズマくんに紹介してもらっていなかったら。カケルくんが試合に招待してくれていなかったら。FC DORSUMがLAFCとコラボしていなかったら。ベンがリッチを紹介してくれなかったら。ベラがゴールを決めていなかったら。固有名詞が多いのはそれだけ、針の糸を通すような出来事が重なって構築された夜だったからだ。

ロサンゼルスで出会った日本人の友だちは皆やさしくて、そこにある現実を受け入れながら、それを楽しんでいた。お金はなくても、ロサンゼルスの夜は高揚感に包まれていた。文化祭の前夜がずっと続くような、そんな日々だった。

さて、衝撃の結末とはなんなのだろうか。
答えは「求職は続く。」である。なんだそれ。

LAFCのプロセスはまだ続く(というか面接がはじまっていない)が、ビザが終わった。普通、こういうのは、主人公が序盤に大きな壁にぶつかって、外野がバカにして、それでも諦めなくて、そんな最後のチャンスに、救世主が現れて、それを掴んで、ハッピーエンド。みたいな、いや、そりゃそうですよね、それを期待していますよねみたいな、そんな感じで締めくくられる。

さすがFERGUS、ドキュメンタリーメディア、そうはいかない。ビザ切れ。ペンディング。なんだその結末。圧倒的現実。プロ選手のクールな写真、著名なビジネスパーソンのインタビュー記事を抑えて不細工にランキングトップに佇むLAの文字。ドキュメンタリー。

空港のアナウンスは結局3ヶ月住んだくらいじゃ満足に聞き取れなくて、他の乗客の仕草を見ながら搭乗口に向かう。肌寒い気がしてバックパックに入れていたジャケットを羽織り、Spotifyを再生すると宇多田ヒカルが流れた。隣に座ったアジア系の女の子はすぐに背もたれを倒し、あえなくCAに離陸まで倒さないようにと直された。どうせアメリカのsimは使わないし、とYouTubeを開いたけれど、それが最後の思い出になってしまう気がしてすぐに宇多田ヒカルに戻した。空はあの日、到着したときと同じく曇り。でも気温は少し高かった。乗客がみな乗り込んで、シートベルトが正常に装着されているかを確認した後に、街が、僕の夢と、思い出を詰め込んだ街が、小さくなっていった。なんだか途端に眠くなった。かすれ行く意識の中、わずかな電波が一件のメールを受信した。

日付:7月9日 13:55

差出:MGSメルマガ

宛先:田代楽

題名:【30%OFF】合法ロリ娘さん、潮を吹きすぎて自宅が浸水www

スパムだった。

そのままF81889便は、ゆっくり北上した。

LAで求職中。
第1部 完
田代 楽

PROFILE

田代 楽
田代 楽
無職。26歳。ロサンゼルス在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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