FOOTBALL | [連載] LAで求職中。

LAで求職中。 #week6 / 文・田代楽

article |

photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

映画みたいな夜だった。

隣には元アズーリのキエッリーニがいて、ベラのPKを一緒にみた。中学生のとき、あなたをマスターリーグで使っていたんだ。と、ほとんど言いかけて、野暮だと思って、やめた。

ミシロタウンを飛び出して、冒険のはじめに親しくしてくれたダイゴが本当のボスだった。
みたいな、まぁそんな夜だった。

5月16日 ミシェルとかけるくん

ついに、日本から13時間もかかる、地面がデコボコで、ホームレスがそこらへんで寝ているこの国で、異なるコミュニティに属する僕の友だちが合致した。大学からの友だちミシェルとLA在住かけるくんと一緒に、ラーメンを食べて、さらにはアイスを食べた。17歳の放課後かと思った。

帰り、かけるくんの運転でミシェルを家まで送ると、彼女の家が高級住宅街であることを知った。おそるべしミシェル、でもスーパーの廃棄をいつもこっそりくれるから嬉しい。

5月17日 もはやサッカーしかすることがない

個人的全知全能の神、かけるくんに紹介してもらったピックアップに朝から参加する。

ピックアップとは、日本の「個人参加」がまさにソレで、個人単位でグラウンドに集まり即興でプレーすることを指す。自転車を40分くらい漕いで、グラウンドに着くと早速チームに別れる。日本から来たという理由で左サイドハーフになった。なんで。

キックオフ、と同時に中盤のやつがこちらに向かってキレている。スペイン語で。まだ開始3秒なので、キレるとしたらプレーに関係ない容姿か性格かなにかしか要素がないんだけれど、聞き取れないから仕方なく無視を決め込んだ。まぁしかし、アマチュアサッカーだろうが喧嘩は当たり前だし、自分のミスを認めないし、全員が機嫌の悪い最高の空間だった。そしてこの極東人は特に不満があるわけではないんだけど、ナメられたくない一心で、ことあるごとに最近教えてもらった「Damn it!!(ちくしょう!)」と叫び散らかしてた。しかも自分のプレーに対して自分で「Damn it!」と叫んでいるもんだから超自己反省型極東人として3時間がたった。

それにしてもこのわずか3時間で、振る舞いの大きな違いを感じた。

なんというか、プロのそれなのである。日本では、たかが個人参加でプロっぽく振る舞うことは恥ずかしい、イタいと感じるけれど、ここではそう振る舞わないとナメられる。そうしてパスがこなくなる。途中、足を負傷した相手選手には全員が拍手で健闘を讃えていたし、悪質なファールでは掴み合いの喧嘩になっていて、なんだかプロ選手として練習に参加しているかと錯覚する光景だった。

そしてついに腕の皮が剥けはじめた。まだ5月中旬、観測史上最速である。

5月18日 BEEF

「BEEF」を観た。毎度独特のザラ感があるA24がNetflixではじめて配信する作品とのことで話題になっていた。A24っぽさはどんなところに出てくるんだろうと楽しみにして観ていたら、早速タイトルシーンが気持ち悪すぎて笑った。ちなみに「Everything Everywhere All At Once」では例の岩がそれだった。なんなんでしょう、静寂と爆音がそうさせているのかな。A24にしかない「急にくる例のアレ」があるよなぁとかまぁどうでもいいか。

それにしても、アジアンルーツを持つ俳優の主演作品が表彰されることが増えたなと感じる。もちろん時代もあるんだろうけれど、韓国がエンタメ産業を国策として取り組んだことが大きく影響していると思うし、韓国内のマーケットが小さかったことが功を奏して、遠く北米のアジア人プレゼンスを高めているとするならば、それはそれで不思議な話だと思う。

5月19日 炊飯器

ウォルターがAngel City FCの1次面接突破のお祝いで、炊飯器をくれた。

さて、ついに炊飯器を手に入れて自炊生活が加速した。嬉しすぎてルームメイトに自慢してまわった。谷口彰悟さんが炊飯器を中東にもっていった理由がわかった。彰悟さんも5合くらい一気に炊いて冷凍するのかな。早炊きのときは水を少し多く入れるのかな。チームメイトに見せびらかしたのかな。

ふっくら炊き上がったお米を食べながら、ふと1ヶ月前に空港に到着したことを思い出した。どこまでも愛なんだよなと思いながら、ちょっとしょっぱいご飯を食べた。

5月20日 マクレガー

「The Notorious」ことコナー・マクレガーのドキュメンタリーがNetflixで配信された。

コピーを日本語に直訳すると『悪名高い』な彼の試合に対する身体と気持ちの作り方がプロフェッショナルすぎて全部観てしまった。多分アイルランドから彼が出てきたときは本当に悪名高かったと思うんだけれど、結果とお金と名声を手に入れてなお ”悪名高く” 振る舞うことの尊さを感じた。昨今の格闘技界ではPPVでいかに稼ぐことができるか、に大人が頭を使う。だからあのスタイルの平本蓮選手が生まれたと思うしメイウェザーは今日もYouTuberを殴る。そう、PPVが売れる選手は「負けるところを観たい」と思わせる選手なのだ。

そんな理論だった素人の論評は置いておいて、マクレガーの子どもがとにかく可愛い。そしてそんな悪い奴が子どもを授かった時に起こる心境の変化をどうぞご覧ください。(誰)

5月21日 隣にキエッリーニ

「がくくん、土曜日LAFCの試合、観に行きませんか?」

たしか水曜日の早朝、かけるくんから電話をもらいLAFCの試合に招待いただいた。かけるくんと関わりのある、LAFCのスタッフの方にチケットをご用意いただき、試合会場にはどう考えても格式の高いラウンジが待っていた。

集合は6時、待ちきれない気持ちを抑えつつ家にいると、ウィルから連絡がきた。

「3時からサポーターの集会があるから来なよ。」

ありがたい話である、本当に。

ウィルと合流してLAFCのサポーターを紹介してもらう。ハグして、テキーラのボトルを渡された。新歓かと思った。そして豚の頭部の燻製に発煙筒をブッ刺したアヴァンギャルドオブジェをもらった。テニサーのBBQかと思った。

そんなこんなでサポーターと話をしているとベンに出会った。

ときは遡って2022年12月、河内一馬大先生に懇願してご紹介いただいたのがベンだった。出会ったところはドーハ・カタール。LAFCでマーチャンダイズの仕事をしていたベンはクラブのコンセプトとこだわりを熱く語ってくれた。そしてその話を聞いて、私は本気で渡米を考えることになった。一馬くん、読んでないと思うけれどいつも本当にありがとうございます。

半年ぶりにあったベンは相変わらずナイスガイで、相変わらずイケているお兄ちゃんである。そんなベンはちょっと話をすると「紹介するわ」と、とある人物を紹介してくれた。

リッチである。

世界のサッカークラブ価値ランキング17位に鎮座する、このクラブのブランディング総責任者だ。控えめに言って、いま私が最も一緒に働きたい人物であり、いつか彼と働くことだけを目指してここに来た。そんな彼がいま、目の前にいる。不思議と緊張はしなかった。

『あなたと働くためだけに来ました』

普通に恐怖である。そんなことをいきなり言ってくる外国人はどう考えても恐怖である。まだ脳が考えている途中なのに、口の神経が勝手に動いていた。

彼はゆっくり笑って「こいよ」とスタジアム内に招き入れてくれた。そして彼は僕のことを知っていた。ベンなのか、誰かが話をしてくれていたらしい。こんなことがあるのかと本当に思った。ピッチに繋がっているVIPルームに招待してくれ、今日の試合はここで観るように。と案内してくれた。この間はジャスティンビーバーが来ていて、日本人はスケボーの堀米雄斗以来だねと笑っていた。膝が爆笑した。時刻は6時になろうとしていた。

かけるくんと合流して状況を説明すると爆笑していた。いや、そりゃ意味わかんないよなと思いながら、かけるくんのお知り合いであるLAFCのスタッフ夫婦と合流してご飯を食べた。奥さんは日本人で「わたし小卒なのよね〜、LAに来たときは本当にしんどかったのよ」と笑っていた。いまはLAで美容師として大成功を収めている。控えめにいって尊敬するしかない。

結果的にふたつのご招待いただいた席に、それぞれ伺うことにした。どんだけ幸せな2択なのでしょう。試合の記憶はほとんどない。

試合終了間近、リッチが招待してくれたピッチレベルのシートに行く。
背の高いジェントルマンの隣に立つ。キエッリーニだった。彼は優しく握手をしてくれてハグをしてくれた。外国人のイメージするLAっぽさが凝縮されたそのエリアで試合を観ていると、ラストプレー直前でLAFCがPKを獲得した。決めれば勝ち越しで決勝点になろうチャンスだった。すかさずリッチがその場にいたセレブリティを召集し、極東ボーイも参加する。

クラブの象徴、カルロス・ベラの蹴ったボールはネットに突き刺さり、スタジアムが揺れた。あぁ、多分死ぬ時この日のことを思い出すんだろうなぁと、リッチとハグをしながら思った。本件、感謝すべきひとが多すぎるけど、取り急ぎありがとう、ベラ。

帰り際、かけるくんとも合流して一緒にピッチで写真を撮った。彼には感謝してもしきれない。そしてリッチに今日のお礼と、あらためて一緒に働きたいことを伝えてもう一度ハグをした。ベンは「ガクがリスクをとったからこそのスペシャルだね」と言っていた。あなたがスペシャルだよ。

マリファナでもアルコールでも感じたことのない高揚感を感じながら、家に帰り、シャワーを浴びて携帯をみると、新しい通知が来ていて、そこに書かれた英文を読んで叫びそうになった。

5月21日 二子

もう5月も終盤だというのに、相変わらずベニスは曇っている。この日のVBFCには日本人が4人いてその中のひとり、ゆうきちゃんは絵を描いているらしい。そしてこの間まで私が住んでいたところと彼女の実家が近すぎて盛り上がった。というか最寄り駅が一緒だった。そんなことあるんですか。

ちなみに彼女のアトリエは私の実家に近かった。世界は広いけど狭い。

PROFILE

田代 楽
田代 楽
無職。26歳。ロサンゼルス在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

Feature
特集

Pick Up
注目の話題・情報