FOOTBALL | [連載] 田代楽のキカク噺

カナダの3シーズン目が終わったので、大事そうなことを全部かいた。

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

寒い。冬のカナダ、本当に寒い。

パシフィックFCは7位で2025年シーズンを終えることになった。こう日本語で書くと中位でまずまずな気がするがこのリーグには8チームしかいないから、まずい。まずまずまずい。

18日に行われた最終戦。極寒のスターライトスタジアムには約3,000人が詰めかけ、もうなにもかかっていない6位(こう日本語で書くと中位でまずまずな気がするがこのリーグには8チームしかいない)と7位(こう日本語で書くと中位でまずまずな気がするがこのリーグには8チームしかいない)が鎬を削り、最後にホームのファンに底力をみせようと意気込んだ我々は1-4で負けた。途中出場のキャプテンが5分くらい相手をど突き退場して、近所に住んでるマルコが一矢報いる点を決めた。個人的にはシーズン最後にしてやっと自分が作りたかった色味に近づいてきた。

試合終了の瞬間、今年この場所でやり残したことが思いつかなくて、点滅しているスタンドのライトを見つめていた。長いんだよなぁ、オフシーズン。半年もあるんだよなぁ。

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今年あるときにふと気がついたことがある。
前々の連載にも記載したとおり、カナダはもちろんアメリカもインハウスのデザイナーや写真、映像撮影者を抱えており、それらをマーケティング部門の名のもとひとくくりにしている。仕事柄いろんなスポーツの、それもいろんなディレクターの話を聞いたり調べたりするんだけれども、もれなく制作の意思決定を行う人物はなにかの専門分野出身であり専門外の分野には対してコンセプトは決めるけど、クオリティには口を出さない態度で一貫している。

これはある意味で日本にいた自分のコンプレックスであった。といえば連載向けになにか”読みしろ”を作っているように思えるが、腑に落ちていない感じが確かにあった。プロとして活動している制作者に例えばブランドとかクラブとかの肩書きを引っ提げて、知ったような顔で指示を出すことの気持ち悪さと意味のなさがずっとあった。それで仕事がなりたつ虚しさもあった。

最初にアメリカに渡って、履歴書を書いているときに「あれ、なんか日本以外で闘える専門性なくない?」と気づき、これをどうにかしたかった日々であった。そして今日(こんにち)のカナダの現場ではそういう「自分の専門分野以外で指示するディレクター」の価値がものすごく落ちている。リアルだしそりゃそうだよなと思った。本当に貴重なひとは画も書けるし、絵も描ける。それになろうと思ってから結構たった。

界隈では「あいつの色味はいい」につづいて「あいつは普通にいいやつ」との声がバイラルする。毎日聞くし、新しい人にあえばみんな誰かの話をしていたりする。「指示を出すけど手は動か”せ”ない」タイプのディレクターはすぐにいなくなるし、優れたリーダーほどクオリティを作業者に任せていたりする。どう考えてもこれはインスタグラムが制作者にとってのメインツールになり、発見も提案もしやすくなったからだろう。それはそれで不幸ではあると思うけど。

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車を運転していたら星野源の「そしたら」が流れてきた。たしか日村さんのバースデーソングとして5年前くらいに放送され、そのままアルバムに収録された曲。よく聞いていた。車窓に映るのはビクトリアの雨模様なはずなのに、脳裏にこびりついた二子橋の景色がフラッシュバックした。街ゆくひとびとはみんなマスクをしている。

次の日のオフィス。忙しくなかったのでずっとバナナムーンのコーナー・ヒムペキ兄さんを調べていたら、昨年末に終わっていたことを知った。あんなに好きだったのに、毎年年末の放送のあとには友達にわざわざ連絡して感想を投げつけあっていたのに、そんなことまったく知らなかった。

TBSラジオにお金を落としたことはない。SNSでレビューを書いたこともない。なんならラジコ誕生以前、YouTubeに違法アップロードされていたものを聴いた記憶がないわけでもない。彼らにメリットがある経済的な支援などなにもしたことはないけれど、たしかにそれらは僕の青春にいて、それが終わって勝手に悲しがっている。

自分がつくったものが誰かのそういう存在になりうる可能性を不思議に思って、冷蔵庫あったはずのトマトソースがまだ余っているかを気にした。

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それだけの月日があれば、なぜこの大陸でこんなにスポーツが盛り上がっているのかとか、まぁそういうことはある程度わかってくる。だけれども「北米サッカー」がなにかと言われるとこれまたカオスすぎてなんともいえないのである。

この文章を書いている数日前にはバンクーバーのスタジアムで撮影をしていた。気心知れたスタッフと雑談をして、メディアパスを受け取って、スタジアムの選手溜まりの箇所にたどり着くとターバンを巻いた警備員にとめられた。要件といえばその場所に選手がいるから入らないでとの旨で、たいしたことはなかったのだが、なぜかそのときにターバンを巻いた選手を見たことがないなと強く思った。

バンクーバーの地域であるサレーには無数のインドルーツが住んでいる。車の盗難は北米でもトップクラスに高い。移民2世とたったいま来たターバンたちが派閥争いをしている。ぼくと妻はインド人が経営するホテルで詐欺被害を被った。形式のいいインド宮殿みたいな部屋かと思ったら窓のない独居房だった。シーツはおそらく数日変えられてなく、悪の組織により正式名称をガラム・マサラに改名させられる夢を見た。

いまのカナダにいる移民のなかでもっとも多い人種がインドルーツである。その数を武器にして、違法な手段で永住権取得させるビジネスが横行している。周知の事実であったそれは昨年あたりに大きく明るみにでて、もれなくカナダ政府は移民制度に思いっきり規制をかけた。移民の国なのに。

アフリカ系フランス人のアリはフランスの国籍を持ちながら、メディアデーではセネガルの国旗を用意するように言う。いまでは普通のことに思えても当時は結構戸惑った。フランス人って言った方がなんかかっこよくない?とか思っていた数年前、ぼくは本当になにもわかっていなかったんだな。結局このあたりの感覚が、もっとも日本では感じることのできなかったことのように思える。

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それでもわかったことと言えば、どこに国でもフットボールクラブとはさまざまな欲求の集合体である、ということだ。さらに人種が入り乱れるこの国においては、コンテクストありきのたのしみよりもわかりやすいものが天下をとる傾向にある。それは時代に逆流しているかに思える、豪華で、デカくて、美しいものだったりする。フットボールをはじめとしたスポーツはまさにそこの土俵にいて、フットボールはたとえ北米だとしてもその中心のひとつである。

ピッチに近づけば近づくほど皆スターになりたいし、遠ければ遠いなりに業界での成功と報酬がほしくなる。そしてそれぞれの欲求を同じ方向に向ける役割としてコンセプトがあり、一部ではブランディングの名のもとで意訳されたりしている。その個性らを同じ方向に無理やり向かせているのは報酬と、このコンセプトである。それはここで働くためのお作法とか、色とか、共有すべき前提条件のことで、これを整えることにこの大陸のスポーツクラブでは信じられない時間とお金をつかっている印象を持った。

日本のクラブにおける”コンセプト”とは発信を担う部署の思想であることが多い。たまたま就任した広報部長が面白いテイストを好めばしばしばクラブの見え方はそれに付随する、みたいな話である。しかし本質は属人性を持たずにいつだって前提であるべきで、創成期にできたものがだいたい正しい。なぜなら規模が小さくて、その時期にクラブを形成するひとは地域の人間だから。パシフィックFCでは僕がくるずっと前から「For The Isle」だったわけでそれが「外せないお題」である以上、企画・映像がファンにハマらないわけがない。この前提をつくるひとの給料が高いのが北米である。

世界で起こっているファンとクラブの齟齬はほとんどがクラブ側の前提の認知不足にある。新しいオーナーがルーツの文化的観点でクラブカラーを変えたカーディフ。耳心地だけで名前が変わりそうになったハルシティ。もっとミクロで見れば地獄(別称:Twitter)(現:X)での炎上だってだいたいそれである。そう、無理なのである。これだけ多くのひとが関わり、それぞれに欲求がある。さらに日本には人事異動がある。表現のプロフェッショナルがいきなり経費清算を承認する側になったりもする。もはやファン側がクラブの発信物すべてに納得することは無理であり、まぁこれはとんでもなく悲しい話だ。

だからこそ多くの北米クラブでブランド担当がビジュアルの制作とコアファンとのパイプを担っているのだ。前提の精査と関係性の担保。重要な案件では制作の責任を背負う社内調整。いよいよ海外で3シーズンを終えて、この辺の仕事をしていきたのだなとわかってきた。細木数子って幼少期は「細木数の子」って同級生にズバリ言われていたのだろうか。だからなんだっていうのだろうか。

PROFILE

田代 楽(Gaku Tashiro)
田代 楽(Gaku Tashiro)
カナディアン・プレミアリーグ パシフィックFC マーケティンググループ。26歳。ビクトリア在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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