FOOTBALL | [連載] 田代楽のキカク噺

サッカークラブにおいて“子どもがスターに無料でアクセスできる”べき理由を考える【田代楽のキカク噺】

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

トイレに入っているときにドアを開けられたら、開けた側と開けられた側ではどちらが社会的制裁を受けなければならないのか。あなたはそんなことを考えたことはあるだろうか。

ない? 日本はなんとも平和な国である。

トイレにこもっていたところ突然開けられた人間(以下:わたし)は辱めを受けた。なぜあのとき携帯を見ながら扉を閉じてしまったのか。なぜパンダが丘を滑りおりる動画に夢中で鍵をかけ忘れたのだろうか。起きてしまったことを払拭できるはずもないことはわかっているのに、このときばかりは自己嫌悪をするしかないのである。

それと同時に怒りが地下水のように湧きでる感覚がある。

なぜわたし(以前:トイレにこもっていたところ突然開けられた人間)がいたトイレの個室を彼はわざわざ開けたのであろうか、と。なぜリアクションが「WOW」だったのかと。

鍵をかけ忘れていたのは自分が悪いとして、わたしは個室の扉をオープンにしていたわけではない。つまりそれは「鍵こそかかっていないものの扉は閉じている状態」である。さらにその扉の外側(つまり開けた彼視点)には日本のそれによくある親切な「満・空」的な表示もない。ということは彼は『多分この個室には誰かいるけど、念の為開けてみよう』との心持ちでアプローチを図ったことが推測される。その結果、無事個室の扉は開き、中には日本人小僧がニヤニヤしながらお花を摘んでいたわけなのだからこれは事故である。

交通事故の実況見分では加害者側の罪をはかるひとつの手段としてブレーキ痕が示す「この事故を回避しようとしたか力」を測定すると聞いたことがある。当然飲酒など運転に適していない状況下ではその判断も遅れ、重大な事象を引き起こしてしまうだろう。今回の事故においてブレーキ痕になりうる存在は「第一声」にある。

想像してみてほしい。

洋服屋さんでいい感じのデニムと出会い、まだ約束の集合時間までは15分くらいあるから買うかどうかは置いておいて試着だけして色味と質感を確認しとこ♡となったとき、意気揚々と試着室を開けたときそこに人間とおなじ大きさのカマキリが嬉々とレザージャケットを試したいたときのことを。そんなときでさえぼくらに用意された語彙は「あ、すみません」であり決して「WOW」ではない。「WOW」なわけがない。

つまりである。

彼は「最初から個室にひとがいるとわかっていてあえて開けた可能性」がここに誕生するのだ。これは事件である。海外のトイレの個室はたいていが乱暴に閉められ立て付けが悪くなっているゆえにひとがいない状態では半開きになっていることが多い。このカナダで長く生きているであろう人間にはその認識があって当然だ。

「WOW」

加えて彼の発したこの言葉をよく見てほしい。

WOW

(WOW)

\(WOW)/

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ぼくはいまこの文章を原稿の〆切を過ぎた15日に書いている。

イヤホンのボタンを長押ししてノイズキャンセリングを解除すると、外に見える景色をたのしむ家族と小さいテレビで野球をみる青年、フェリーのスタッフの業務連絡が耳にスッと入り込む。

ようやくビクトリアについたBCフェリーで、僕はこの度初めて海を見た。そこにひろがるどっしりとした青と、木々のささやき、そして季節に似合わないあたたかな陽気につつまれる。

人生には失敗がつきものである。

大切なのはそれをどう水に流すことができるかである。

そう、トイレのように。

サッカークラブが行う社会的な活動なんて

パシフィックFCは9月の試合にて、オーリー・カウウェイと1日限定の特別選手契約を結びました。北米でもあまり例のないアウトプットだったらしく、リーグ公式のページにも取りあげられ、契約締結をお知らせしたSNSの投稿はいつもの何倍ものインプレッションがありました。

オーリーは7歳のサッカーが好きな男の子で、数年前にがん腫瘍が脳にみつかりました。幸いにもすぐに入院することができ、幾多の検査と手術を受けようやく外に出られるまでに回復しました。その間、クラブは彼をサポートしつづけていましたが、それは彼がまだ小さなこのクラブのことが好きであったからであり、その愛を送ってくれていたことが大きな理由です。

今回のプロジェクトメンバーは約5名。

僕は彼とその家族、クラブがこれまで彼とどのように会話をしてきたかをまとめて世にだすことが役目でした。そしてこのテイストの企画をするときにいつも思うのです、一体サッカークラブはなにを売っているんだろうかと。

我々が用意したものは下記でした。

1、選手と同じようにロッカールームにキットが用意されていて選手が迎えいれる
2、試合前のコイントスが全世界に中継されている
3、事前に彼のストーリーをリーグを巻き込んで発信する
4、当日の彼の動きを後日配信する

一部がパシフィックのインスタグラムに掲載されているので、ここでも紹介します。

超具体な仕事の話ですが、どんなことも事前にどれだけ前提を説明できているかが当日のファンのリアクションに繋がり、それが後日まとめたときに内容の濃度をあげるのだと、もう当たり前すぎて言うまでもないですけどそういうことを丁寧にやらないといけないんだと佐藤大輔さんをみていつも思っています。なおさら自分で編集をするようにもなったので。

さらにこの角度で社会性のあるトピックを扱うのはとても繊細である必要があります。今回も1番時間を使ったのは彼の病気について調べている時間でした。「死」に近いものを気軽に扱っていいわけがなく、今回のように相手からのアプローチが強くても慎重にならざるを得ません。

社会性のある事柄はとある人にとって目的であり、一方で手段になりうることがあると思います。サッカークラブは社会性があることを目的に前に進んでいるわけではないので、手段として選択することがありますが、大抵その協業者・行政は手段としてみていません。よく北米のスポーツシーンではこのような社会性のある取り組みがニュースになりますし、それを日本と比較したりすることも見ます。事実僕も大学の講義でそんなようなことを聞いて「北米ってすげぇじゃん」とただ聞いただけなのにいいことをした気持ちになったりもしました。4コマまで友だちとサボってたのに。

実際に現場でいろんなことを見聞きして、北米の方が「手段の前提」が固いなと超ニュアンスな感想をもちました。つまりサッカークラブが社会性のあることを実行することはあくまで手段であるとみんながわかっているわけです。それが(地域)コミュニティで生きるクラブとしてあたりまえっしょ的なノリがある。日本でも社会性のある取り組みとスポーツの掛け算がなんらか表彰される傾向があって、例をみるようになりました。

サッカークラブはなにを売っているのか

そうでした、その話でした。

チケットであり、マーチャンダイズであり、広告看板です。みたいな話はPivotあたりに譲ります。

僕は最近「結局ものがたりだな」と思うようにしています。スポーツの売り物が夢とか、活力とか、ちょっとイナたい気がしてあんまり言いたくないんですけど、誰かがつくった物語を(都合よく自分に投影して)享受していることそのものは一生変わらないんだろうなと思うからです。というかその器を持ち合わせている事象が思ったよりこの世にはないのかなとも思うんです。

前述の例では、オーリーに物語の主導権があった。その舞台にパシフィックFCが選ばれて、そこの一部始終が世にでた。もちろんこれはほんの一部を切りとっただけであり、彼のお話もクラブのお話も続いていくんですね。

子どもがスターに無料でアクセスできる

別にそれはメッシでもロナウドでもなく、ローカルスターの話です。

10月5日の試合では、日頃の応援してくれているファンに感謝することを目的に、試合終了10分後にはピッチを開放し、ファンがいま戦ったばかりの選手に直接声をかけ、サインをもらうことができる企画を行いました。このクラブでは恒例の企画であり、もちろんカオスでした。当然そんなことがあるので絶対に勝ちたいわけだったのですが、開始2分でキーパーが退場し無事1-4で負け、プレーオフ出場圏外に落ちました。マジで日本で温かいもの食べて猫とか撫でてたいと思いました。

でも子どもはそんなこと関係ないんですね。容赦無く「なんであそこでシュート打たなかったの?」とか言ってる。んで選手もそれを聞いて笑っている。(距離)近すぎるだろと思ったと同時にあんまりこんな景色みたことないかもと不思議に思いました。

よく考えたらいまだに僕のスターはベッカムでもクレスポでもなく梶山陽平と鈴木規郎でした。それは父親が小さいころにそのクラブの練習場に連れて行ってくれて、目の前でサインをもらったからでしかなく、それでいて僕の物語をはじめるには十分すぎる刺激だったわけです。

多分、この島の子どももいつかいま目の前でサインを書いている島育ちのローカルスターを夢みて、その夢が叶うときまで必死になるんでしょう。そしてそれが叶ったとき、その物語はもれなくクラブの物語にもなる。端的にいえばこの部分に異常なまでのロマンを感じてしまうのです。

でもそれは“売り物”にもなる

マジやっかいピースです。この権利はもれなく売れるということです。金を出してまででも買いたいひとがいるってことです。たとえばオーリーの件にしても、そのクラブが提供した広告価値的なものはスポンサーアクティベーションよりもはるかに効果が高い。それでもそれを“あえて換金しないこと”がこの仕事におけるプロフェッショナルなのだと、北米のこの環境が両足体重で教えてくれました。

ようするに子どもに対してのみバフがかかった状態の「優遇」をずるいと言ってみるとか、お金を出してどうにかしてみるみたいな大人をどう放っておけるかはいまや全世界の課題なんだと思います。そんなことを思った今月でした。

PROFILE

田代 楽(Gaku Tashiro)
田代 楽(Gaku Tashiro)
カナディアン・プレミアリーグ パシフィックFC マーケティンググループ。26歳。ビクトリア在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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