ビクトリアにきて、1年が経った。
たしか今日みたいに雲ひとつないギラギラとした日差しが肌に突き刺さる陽気で、いくばくの高揚感と相変わらずひとつだけのスーツケースを持ち込んで初めてのフェリーを降りた。潮風が帽子を飛ばしそうになって、手元が忙しくなる。
この時点で日本を飛び出してから3ヶ月。乗り込んだロサンゼルスで出会った素晴らしい人たちとフットボール。いや、サッカー。若者は大体うまくいってなくて、金なんてなくて、でもたしかにそんな状況をたのしめる友だちがいて、たまにいく日系のラーメン屋では麺だけをすすってスープは持ち帰った。翌日に家で麺だけを追加して食べるそれはそこまでおいしくなかった。味覚は目とか耳とかに依存する。やけに静かなシェアハウスでどうでもいいことを悟った。
ロサンゼルスのスタジアムで、隣のやつが日本人に中指を立てる。無邪気に日本語での雑言を聞いてくる。別にその日本人と面識もないからいいやと、バカとかアホとかちょっと可愛い悪口教えて、それを必死に浴びせるバカ(多意)を横目でみて腕を振る。22人しか立つことのできない芝生のうえに、たしかに佇む同じ国出身の選手。スーツケースの中身も、飛行機の窓からみた景色もきっと異なるだろうけれど、たしかに同じ国からきた。
あれから1年が経った。
陽平くんが隣でご飯を食べている。いつも通りに他愛のない会話をしながら。やけに静かになった、さっきまでパンパンだった、小さなスタジアムの席に座りながら。僕は陽平くんと話している時間がとても好きである。
2024 TELUS CANADIAN CHAMPIONSHIP
SEMI FINAL 1st Leg
PACIFIC FC vs VANCOUVER WHITECAPS FC
フットボールは偉大だなと思う。
どうでもいいことを大袈裟に感じさせてくれる。
まさにいまの僕にとってこれは大袈裟に感じることのできる試合であって、未熟な物語の点であることに違いがない。もしかしたらそんな点がこのスタジアムの座席と同じくらいあるのかもしれない。それぞれが、それぞれの目線でしか感じえない、到底なにかに可視化なんてされようもないそんな物語が。
雲ひとつないギラギラとした日差しが肌に突き刺さる陽気で、いくばくの高揚感と相変わらず小さいバッグを背負っていつものスタジアムに向かった。
口調が変わります。(定型文)
カナダプレミアリーグに所属するパシフィックFCは、国内カップ戦のセミファイナルに進出。「下位には取りこぼしがちだけど上位には勝つ」あいかわらずの愛くるしさを発揮し、準決勝に進んでいました。
対戦相手は高丘陽平選手が所属するMLSのバンクーバーホワイトキャップス。チームの規模でいえば市場価格は10倍強。ぼくのチームと同じようなコミュニケーションを行う部署の人数も10倍くらい。絶対そんなにやることないでしょ。インスタのストーリーを更新するためだけに雇われているでしょ。それはそれとして。
試合の数週間前に行われたチームミーティングで、この試合をどのアングルで伝えようかという話になりました。実はホワイトキャップスとは2021、2023シーズンにも同じカップ戦の舞台で対戦をしています。戦績は1勝1負。特に初戦の2021年は4-3の愛くるしい乱打戦を制しての勝利でした。よくお客さんの入る、注目度の高いマッチアップです。
▼ 客からファンに昇格するには
とても興味深いテーマです。
これに関して、クラブにできることってなんなんでしょうか。考えれば考えるほどそんなに多くないような気もしています。ファンの行動がおもしろくてサッカーが好きになった自分として、どこまでいってもファンを増やすのはファンのセンスだなと思うのです。
バスケのようにがっつりお客さんが受動的になることのできる場をつくることもできなくはない(というかそういうところは世界でも結構ある)ですが、それはつまりお客さんが想定外の行動をしないことを意味していて、趣向とはすこし異なります。あとそのスタンスはいつまで経ってもスタジアムがホスピタリティを披露する場所になるので消耗が激しい。結局クソみたいな雨の泥んこ敗戦試合でなにを感じてもらうかがフットボールにおいて最も大切なのだと誰かが言っていました。
もちろん様々な権利にアクセスをできるのはクラブだったりリーグだったりするわけですから、日本でも明らかにホームタウンではないクラブが東京で試合をやってスタジアムがお客さんで埋まるわけです。だからこそ ”ここ” を真剣に考えることが必要なのだと、ビッグマッチを前にして我々は取り組んでいました。
▼ ファンの熱量がある日本発祥
僕なりの解のひとつとして「文脈を理解してもらう」があると思います。それは別になんだっていいのですが、なにが面白いのか、なにを我々は大切にしているのか、なにを感じてもらいたいのかを事前に説明するみたいなニュアンスです。
例えば島育ちの生え抜き選手がこの試合の重要性を島を軸に語る。それを周知する。そこまですればその選手が決勝ゴールを決めたとき、事前に情報が入っている同じ島出身の客ならなにか感じることがあるかもしれない。
そしてこの分野に関して超うまいなぁと感じるのが「RIZIN」と「M-1」です。どちらもサッカーと同じく勝敗が決まることであり、出場する人間の数が多い。そしてその多くがうまくいかない。
特に「RIZIN」に関しては、大会の事前番組でマッチアップの理由を解説する、試合開始直前の煽りVでこの試合の意味を客に染み込ませる、大会後に選手が振り返りを行う密着番組がある。彼らは頻繁に「アングルを作る」といっていて、ファンとそれが共有できているうちは熱のあるものが作れるのだろうと思うんです。この日本発祥のノウハウがあることは「あたりまえじゃねぇからな」と加藤浩次もかつてめちゃイケで言っていました。
▼ 文脈を紡ぐ選手のことば
試合告知を選手がする光景をよく見ます。試合前にこんなイベントがありますとか、新しいグッズがこれですとか。それは間違いなくコミュニケーションとして有効だと思いますしそれによって動く数字もある。
もちろんこの試合を取り巻く状況を考えたときに、看板選手に「この試合は応援が必要だからきてね」的なコメントをもらうことも考えましたが、それよりもこのビッグマッチが小さなクラブにとってどのような意味をもつのかを話してもらう「ドキュメンタリーの中にでてくるインタビュー」方式を採用しました。
特にアメリカのスポーツクラブではこのような一幕をSNSのひと投稿だけに使用しているケースを度々みます。1分尺の映像の中にBロールとインタビュー素材、試合映像なんかを盛り込んでいい感じに伝える。もしくは映像ではそこまで説明しきらずに付随する文章で説明する。選手は広告に使えますが、それは彼らが積み重ねてきた数字がもたらす機能であって、そこの美味しいところだけを消費するだけでなく、本来大切にしたい文脈を選手に話してもらうことも考えていきたいとABEMAに出ている森香澄をみてつくづく思います。
実際に投稿した動画では、2021年の試合を経験した監督、選手、GMにこの試合のもつ意味を話してもらいました。彼らが発した言葉は「歴史」であり、「歴史」で、「歴史」でした。あぁ歴史なんだなと思いました。わずか6年前に立ち上がったリーグに属するクラブがどうにかホームタウンとともに優勝しようね(多意)としていること。長い目でみればいまは完全なるクラブの創成期であり、今後カナダ代表と同じく急速に大きくなっていくであろうこのクラブにおいて大袈裟に島のこと、この試合にまつわる過去の出来事を記することが必要でした。
その意味で、実際に経験した人間が発する言葉が大切になるわけです。
例えばなにか過去と関連している大きな出来事があるとして、それを語るひとが誰なのかは制作物の技術的なクオリティよりも遥かに大切な要素な気がします。便利な時代なので、少し検索すれば過去のことなんて大抵知ることができて、そこから引用すればそれなりに強いことばをつくることができる。けれどその言葉を安く感じた実際の経験者によってにねじ伏せられることは、その強い言葉を作った工程よりもはるかに簡単です。だからこそそこにアクセスできるための人間関係とか、そういうものを丁寧にやるべきなんだなとABEMAに出ている森香澄をみてつくづく思います。
▼ サッカー界に入るにはサッカーファンでない方がいいのか論
前述の森香澄さんと同じくらい本題と関係ないですが、先日こんなことを考えることがありました。別にシロクロはっきりつける必要もないですし、ポジションによるとしか言えないのですが、少なくともなにかを考えて、それを世にだすような場所であれば、サッカーのことを知っているべきだなと思います。それは選手を知っているとか、スポーツビジネスに詳しいとかそういうことではなくて、なにが野暮でダサいかの文脈を知っていることです。
よくある議論として、他の業界で経験を積んで〜みたいな話がありますが、サッカー後進国といわれるこの国でも決裁者は業界を知り尽くしているひとです。結局いろんなスポーツを撮影するフォトグラファーよりもサッカーを専門にしているひとが権利を持っていくみたいな話、よく聞くじゃないですか。
昨年に行われたホワイトキャップスとは異なるライバルクラブとの試合で、パシフィックファンは陰○をオマージュしたビジュアルを掲げ、相手サポーターが持ち込み禁止物で応援を行い、しまいに子どもの真横で発煙筒を炊いたカオスがありました。ぼくはそれを遠めで見ながら『ダービーだな』ぁと思ったわけですが、僕の上司は僕より近くでそれを見ながら『ダービーだなぁ』と思っていたそうです。SNSとファン文化は極端に相性が良くないのは世界の常識ですが、毅然としたフットボール的態度を取ることができているこの国のサッカーはそのうちアイスホッケーに追いつくのだろうなと思うのです。いやわかりませんが。
日本でもいつかファンの心理を本当の意味で知っている、もしくは知ろうとしている人間がトップになる時代がくるのでしょうか。
今シーズンはじめて完全なる満員となった試合、でも密度が高くていい雰囲気でした。試合は0-1、セカンドレグはウチよりも10倍強も大きいスタジアム。誇りとたくさんのスーツケースを持ち込んで、フェリーを降りようと思います。
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・文脈理解が客からファンへ
・室内での露出設定がいまだにうまくできない
・陽平くんはターンオーバーで出なかった
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