FOOTBALL | [連載] 田代楽のキカク噺

試合中のピッチに “入って” 撮影したら見えてくるもの【田代楽のキカク噺】

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

月日の流れの速さを感じる指標としてこの連載があります。先月はじまったこちらですけれど、前連載と前々連載を含めたらもう1年近くFergusさんで掲載いただいていることをとても嬉しく思います。人生にはいろんなことがありますが、今日も僕はこの西海岸でガソリンが高いことにアンノイし、杉咲花の演技をエンジョイしています。

文字を書くにあたって難しいなぁと思うのは、いかに皆さんに必要な情報を届けるかです。絶対にバズるTikTok運用術のようなセミの命よりも消費期限が短そうな情報商材でひと山あてて恋人とのんびり隠居生活をしたいものですが、残念ながらそのセンスは皆無らしく、そもそも絶対にバズるとわかっている制作物が本当に魅力的なのかも疑問です。

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▼ 企画よりも映像

さて、パシフィックFCでの主なタスクは企画、そしてビジュアル周りの設計。おそらく日本のみなさんも目にすることのできるSNSでのビジュアルに対するアイデアと実行案を今日も定時前に帰るカナダ人同僚と会話しながら日々積み重ねています。前職は企画ごとに自分の好きなひとと好きな表現方法で世に出していたわけですが、ここでは日々の細かな発信も担います。クラブ全体のことを把握することはもちろん、カナダおよび英語文脈でなにが心地よいかを常に探して、常に見つかっておりません。向かいのホーム、路地裏の窓も探しました。こんなとこにいるはずもないのに。

前回の連載で書いた憲剛さん関連の企画はドーピング的な出来事。大きな仕込みはできて3ヶ月に1度。それ以外の日々は色々考えつつ、Adobe5種(Pr, Ae, Ps, Lr, Ai)とにらめっこの毎日です。おかげで昨年新しくしたMacbookProがすでにバーチャットくらいの確立で調子が悪いです。

そのなかでも映像は当時なにも持っていなかった僕が唯一ネイティブ環境でどうにかなりそうだった手段であり、現にいまクラブでなんとなく好きなことを自由にできる免罪符となっています。そして正社員契約をしてもらったきっかけもすべてこれ。冷静に振り返ってみます。

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▼ カナダのクラブがネイティブでないピュア外国人を雇う理由

はなんでしょうか。

ありません。どう考えてもないと思います。日本どころかアジアすらこのクラブには関係がありませんから。パシフィックFCなんて大そうな名前をこしらえたもんですから、ホームタウンが太平洋全域かと言われたら当然そんなわけはなく小さな太平洋沿岸の島がそれです。そんな環境下で映像でなにかを説得することはいまの言語レベルでできる最大の貢献であり、オフィスでネイティブの音速雑談を回避するための手段として最適でした。ボスとの面談時に映像がつくれると豪語し、そのハッタリに全ベットしてくれることが決まったその夜からYouTubeで映像編集の動画を貪っています。

学生時代から編集には興味があったもの、実際に撮影をすること自体は経験がありませんでした。ボスに無理をいってYouTuberが使っているような10万円のVlog用一眼カメラを買ってもらい、いまでもそれを使っています。

そしてカメラを使い始めたときに気がつくのです。

「あれ、めっちゃ普通じゃない?」

▼ 北米クラブの制作事情

めっちゃ普通とはめっちゃ普通になんとなくそれっぽいということです。
現に北米のスポーツクラブの制作はどれもクオリティが高く、フォロワーと制作スキルが見合ってない(ファンが少ないのに技術が高い)ことがしばしば見受けられます。これはあまりにも幸せな環境であるにはあるのですが、どこもかしこも似たりよったりになってしまう事実もあります。

考えました。それこそちょっとだけ隅っこに置いてもらったLAFCの試合では数十人のカメラスタッフと数百万円の機材たちがピッチの事象を撮影し世界中に届けます。その映像のすべてはクオリティが高く、たのしく、マーケティングに使用するには最高レベル。現にビジュアル設計でキャラクターを作れるインスタグラムが主戦場の北米において彼らは存在感を出しています。

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もう少し踏み込んで、なぜどのクラブもクオリティの高いものがだせるのかといえば、写真、ビデオ、グラフィックのスタッフをインハウスで採用していること、そしてそのどれもがもれなく若いことにあります。若いから採用されるというよりは、自制作のコンテンツを掲出する先(たとえばインスタ)に若いひとが集まっているからそこでウケるものがわかるスタッフを採用したら若かった。これがなんとなくの解な気もしています。

パシフィックFCも同じ構造ですが、いわゆる情報を落ち着いて伝えるHP・メルマガとビジュアルで訴求するソーシャルメディアの担当が異なることがあります。もちろん連動していないだけでなく、プラットフォームにあわせた訴求があることを理解している節があるんだと思います。

ということでぼくを含む制作チームは毎日どうしたらクラブをしっかり表現できるコンテンツをつくりだせるのだろうかと頭を悩ませているわけです。

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▼ 近さで得られるもの

普通なことが気になっていました。なんか一眼レフのそれっぽい画質で撮影してもグッとこないし、どれも見たことがある。そんなさまざまな課題と諸条件を元に導き出したこたえが「徹底的に近くで撮影する」という安直でだれでも思いつくアイデアでした。もうこの産業で働いて7シーズンも経つわけですから、なにがだめでなにがOKかもなんとなくわかっているつもりです。選手やコーチに近づくには当然それが許される関係性が必要で、免罪符ないとなにもできません。

どう伝えたら突破できるかなぁと思っていましたが、意外にも「外国人」と「陽気」のハッピーセットがこの壁をクリアします。シーズン前にぼくは監督とコーチの部屋に出向き、このクラブにまず必要なのは選手がプロとしてカッコつけることだと力説。正直いいたいことの半分も伝わっていない気がしますが、目が血走る東洋ボーイの話が承諾され、ロッカールーム、監督室などいままでカメラが入らなかった箇所に潜入できる権利を取得しました。

たとえばこういう映像が世にだせるようになりました。優勝すればCONCACAF出場できるカップ戦準決勝でひとりの選手が試合前に話した様子です。彼は前回の試合でアキレス腱を断裂し、今期絶望。シーズン頭にフランスから加入した彼が、それでもチームを鼓舞する様はそれだけでグッとくるものが個人的にありました。

それは単純にコンテンツとして数字がどうとか、バズが云々とかそんな世界ではなくて、選手やスタッフが「まるでドキュメンタリーを撮られている感覚」を得ることが目的。それによって選手が見栄えをいまよりも気にするようになればいいなと思います。

▼ ピッチに入るしかないんじゃないか

さて、困りました。
ぼくが持っているVlogカメラは本来YouTuberが食べ歩きする様子を撮影するに適したモデル。当然レンズもなにもかもサッカーを撮影するには向いていません。日本でもカナダでもピッチ脇に望遠レンズを担いだフォトグラファーさんをみていましたが、望遠である理由はそうでないと遠くて撮れないからです。ゆうこりんのこりん星でのなまえが「りんごももか姫」なくらい当たり前です。

4月、島育ちでアカデミー上がりのショーンが公式戦100試合記念を迎えました。マッチウィークには彼の人柄がわかるインタビューと、このクラブがどれだけ島と彼を大切にしているかを世に公開し試合のセレモニーでも彼が小さい頃に所属した街クラブのオーナーが挨拶にくるなど、地元のヒーローを祝うには万全の雰囲気。

そしてその瞬間を迎えます。

こんなことってマジであるんだよなと思うしかないショーンのゴール。鳥肌が立って、うれしくて気がついたらセレブレーションをする彼の真横にいました。第4審判と試合進行スタッフにガチで怒られました。ゆっくり大きな声で怒られたので全部聞き取れました。

オフィスに戻って、ビジネスチームが編集中の映像をみながらいいます。
「どう考えてもダメなんだけど、映像めっちゃいいね」

虫歯を治療した後のハイチュウとか、採血後のサウナとかそういう類の良さがそこにはありました。GMは「All or Nothingよりグッとくる」と話し、事業のボスは「超大事な場面だけは仕方ないね」とあまりにも北米なリアクション。こうしてこのクラブに「テンションがあがりすぎたらルールの外でも仕方ない」概念が誕生します。大人が集まっているとは思えませんが、大人を子どもにするのがフットボールですから。

シンプルな方法論に辟易としていました。
どうやったらひとの心が動くのかとなったときに、少し調べれば過去に跳ねた企画の作り方やスキルの解説をみることができます。コモディティ化といわれるようになって随分と経ちますが、北米の制作事情のようになんとなくいい感じのものを生み出す術はどこにもあるように思えます。でも、そんなこの便利な時代だからこそ、緻密な人間関係がないと生みだせないものだったり、制作者のつよいこだわりだけがものがたりを続けていけるんだろうなとも同時に思います。

この大陸では特に「マーケティング」とうたい、目の前のものを消費する傾向があります。それ自体がお金を産み、この超資本主義環境で生存するためには必要なことで間違いがないのですが、それと同時に『フットボール的感度』をどれだけ表現できるかにこだわりたいなと思っています。それはときに音楽の融合であるし、街にフォーカスをあてることで、ファンを客と扱わない態度でもあります。まだまだそこの正解がわかっているわけではありませんが、この10万円のカメラと一緒に解像度をあげていけたらいいなと、そう思って今日も僕はこの西海岸でガソリンが高いことにアンノイし、杉咲花の演技をエンジョイしています。

ということでこの企画が成立した要素は

・近づけるだけの関係性づくり
・決裁者のノリ
・普通に怒られはする


の3本です。ありがとうございました。

PROFILE

田代 楽(Gaku Tashiro)
田代 楽(Gaku Tashiro)
カナディアン・プレミアリーグ パシフィックFC マーケティンググループ。26歳。バンクーバー在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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