FOOTBALL | [連載] 田代楽のキカク噺

ケンゴは何しにビクトリアへ? – 異国でも ”愛されつづけた” レジェンドの19日間。【田代楽のキカク噺】

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

何しにかと聞かれたら監督ライセンスの海外研修でしかございません。それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもなく、Jリーグで監督をする方々が必ず通る研修です。

わたくし、カナディアン・プレミアリーグのパシフィックFCで仕事をしています田代楽(たしろがく)と申します。先日27歳になりまして、できればオールでカラオケはしたくない年頃になりました。なんか痰はよく絡むようになりましたし、風の強い日でも前髪を気にすることもなくなりました。よく考えたらビクトリアにオールできるカラオケはそもそもございませんでした。

より詳細にこの痰絡み小僧が何者なのかに関してはFERGUSさんで連載いただいていた過去のものをぜひご覧ください。とにかく針の穴のように狭い道を歩き続けていた先にいまのクラブがあり、口座からお金が減っていく一方で天気だけよかったロサンゼルスの空はどこか霞んでいていたことを記憶しています。

LAで求職中。 #week1 / 文・田代楽
https://fergus.jp/football/post-559/

【8月】ビクトリアで就職中。/ 文・田代楽
https://fergus.jp/football/post-2157/


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ある日、バンクーバーの友だちの家でバランスボールに乗っているとき、前職より可愛がっていただいている(とこちらは全力で思っている)中村憲剛さんから電話がきました。

「ガク、ビクトリアいくからよろしくね。」

なんのことかわかりませんでした。あのケンゴさん、一部ファンからは神と崇められているあのケンゴさんが僕の住んでいる街にくるから ”よろしくね” と。なにやら監督ライセンスを取得するために必要な海外研修を、我がパシフィックFCでやることに決めたというのです。あとから知りましたがその選択肢のなかには世界的なビッグクラブもあったのだから驚きです。これはもう桃鉄の到着駅ばりの歓迎を高尾さんとしなければいけないなと思いました。

高尾さん、そうです。高尾さんの説明が必要でした。
ここビクトリアに移住した高尾さんは僕がこの街にくるきっかけになった大恩人であり、ケンゴさんと僕と同じクラブにも所属していた先輩です。カナダでは留学エージェントを営んでおり、ケンゴさんの身の回りのケア、そしてクラブにも通訳として参画することになるとにかく明るいひとです。

つまり、ケンゴさんにとってこの街は『旧知の仲間のサポートで日常のこともどうにかなりそう』であり『一緒に企画をやった小僧がなぜか働いているプロクラブがある』ことになります。おそらくですが、ケンゴさんはこの条件にベットしてビクトリア入りを決めてくれたのだろう、とそう思います。

「ガク、ビクトリアいくからよろしくね。」

この言葉の意味を考えていました。

もしも高尾さんがいなければ、僕の役割はおそらく身の回りを整え、コミュニケーションを円滑にすること。なんとか通訳はできるかもしれませんが、ケンゴさんのカナダライフを背負うことなんて到底できる気がしません。ひと部屋8人のドミトリーでケンゴさんと一緒に寝るみたいなキテレツツアーコンダクターのレッテルを貼られてしまうことでしょう。しかしここには家もデカい高尾さんがいます。

つまりケンゴさんが僕に伝えたかったメッセージは、

「ガク、ビクトリアいくからイジってね。」

これです。意訳でたいへん恐縮ですがこれだなと思いました。野暮なのでいろんな前提は省略しますが、ケンゴさんがここにいることをニュースにする。これが僕の最大の使命になりました。よく考えたらそんなことしかやったことがありませんでした。

ということでお待たせいたしました。
本連載は私が実際に携わった企画をどんなつもりで組んだのかを記憶の限り書き記し、ネタがないときは誰かがやった企画を勝手に分析してみる趣旨です。第一弾は上記で登場した日本人3人がカナダで起こした出来事を振り返ってまいります。

1、新加入選手っぽくアナウンスしてみる

ということで手始めにカナダサッカーおよび日本サッカーでも類をみない、研修コーチをまるで新加入選手かのように盛大に迎え入れてみることにしました。ほぼ誇大広告で間違いありませんが、チーム会議でケンゴさんがクラブに参加することを話したときには「そりゃ先日加入したトリニダード・トバコ代表選手と同じアナウンスにしよう」とボスもノリノリ。それだけクラブのリスペクトが大きかった証です。

こうしてケンゴさんの加入日には、

・メディアリリース
・オウンドメディアでの画像および動画投稿


による情報公開をすることになりました。

海外のクラブが日本人選手加入時に使いがちな謎日本語がウケるかなと思って「偉大なるケンゴ」って入れてみたんですけど、無事スベりました。やっぱり「偉大なる構文」を使っていいのは中東方面だけなんでしょうかね。世界はとてもひろいなと思いました。

ちなみに上記動画はビクトリア国際空港での撮影。半日以上のフライトでようやく到着したケンゴさんは案の定ちょっと壊されたトランクを受け取ってそのままパシフィックFCのジャージを着て、ワンカットで撮影終了。プロでした。「あぁ懐かしいわぁ。」とひとこと呟いただけでオールOK。まさに常にこころの整理ができている証拠なのだろうと思います。こころといえばケンゴさんの新著『中村憲剛の「こころ」の話』が絶賛発売中ですのでみなさまぜひお買い求めください。

ニュースにもなっていました。

2、すべてを解決する「英語のスピーチ」とアドゴニー

話は遡ってケンゴさんが到着する数日前、なんとなく「YouTube Shorts」を見ていると「ご長寿早押しクイズ」の動画が回ってきました。さんまさんの番組で中村玉緒さんが出てたアレです。吉田ことさんが繰りだすキテレツな回答がどうも面白く、最後までつい見てしまうと続いてアルゴリズムでボビーオロゴンがでてきました。いまより日本語がたどたどしいボビーと弟子的な存在であるアドゴニーが頑張って番組を成立させようとしている様子を見たとき、脳みそに電流が走りました。

「ケンゴさんが英語でスピーチすれば全部が解決する。」

そう、僕は悩んでいました。ケンゴさんの加入発表が日本でニュースになることは予想できましたが、もっと本質的にケンゴさんが現地で愛されるなにかが必要でした。むしろそれができないのであればケンゴさんがわざわざカナダまできてくれた理由はないとまで思っていました。

ではそのような状況をつくるためには何が必要なのか。それは、

・PFCのファンがケンゴさんの人柄を一発で理解できて
・ケンゴさんの活動を応援したくなり
・日本のみなさんが見て理解できる状況で
・映像のインパクトが強い


この要素をすべて包括している必要がありました。そしてそれが「英語でスピーチ」だったのです。

早速ビクトリアに到着した直後のケンゴさんにその旨を伝えると「やべぇじゃん!練習しなきゃ!」とのリアクション。「やべぇじゃん」の6文字で状況を把握し、直後には「練習しなきゃ」と前向きな発言。まるで伊藤宏樹さんからのパスを反転してジュニーニョに出すような、あまりにも美しい空間把握能力でした。

本番は到着から2日後。ナイターゲームのハーフタイム。練習時間は1日あるかないか。結果はこうなりました。

盛り上がりが北米すぎる。
ケンゴさんの一言一句に「Fo~~!」と盛り上がる陽気西海岸ボーイ&ガールたち。見切れる通訳尾さん。ケンゴさんが一生懸命に自分の言葉で話していることがしっかりとファンにも伝わり、まるで映画の一幕のような景色が目の前に広がっていました。これ、想像以上に成し遂げるのが難しい場面だと思います。それでもサラッとやってしまうケンゴさん、やべぇじゃんと思いました。

受け入れられすぎて試合後はファンと踊っていました。まだ到着して間もないのに。

3、娘さんたちが知らぬ間に選手と入場している

きたる次の試合、すっかりチームに溶け込みビクトリアでの暮らしも落ち着いてきた頃だと思います。そんなときにチケットセールスのトリシャがぼそっと独り言をつぶやきました。

「選手と手を繋いで入場する子どもが2人いないわ」

ちょっと考えて、あれ、そういえば日本人がいるな、と思いました。ちょうど2人。そう、ケンゴさんのご家族が少し遅れてビクトリア入りしていたのです。すぐさま奥様に電話をすると即OK。しかも「ケンゴには言わない方がいいのよね〜?」と相変わらずわかっておられすぎるご提案。正直内緒じゃなくてもいいかと思いましたが、そろそろ “そういうこと” をしてもよさそうな時期だったので完全にダマで仕込むことになりました。

こんな感じになりました。
10番のナイジャと手を繋ぐ次女と、なぜかアウェイチームへと当てがわれた長女。ふたりとも異国で、急に決まった、数千人に見られる状況なのに落ち着いていて血筋を感じました。よくよく考えたら会場のファンはこの子達がケンゴさんのお子さんとは知らないので、なぜこの子どもたちにカメラが向けられているのかわからなかったことでしょう。

それにしてもケンゴさんが観ていた席とピッチは専用スタジアムとはいえそれなりに距離があります。それにも関わらずすぐにご家族を発見するなんて、愛の力は世界を救うなと思いました。

5、試合のティザーに出演してみる

さてPFCでは試合告知の短い映像を出していますが、選手でないにも関わらずはじめて出演した人物がケンゴさんになりました。練習後に監督とコミュニケーションをとりながらボールを蹴っている様子が非常によかったことと、ケンゴさんがサッカーしているのを間近でみるのははじめてだったのでカメラを回していると、いままで見た誰よりも上手なことに気がつきます。(今更)

マスコットの結婚式でスピーチをするケンゴさん、GENERATIONSの中務くんと踊るケンゴさん、英語でスピーチをするケンゴさんの記憶が鮮明で、あらためてプロの凄さを実感しました。このインターネットの海のどこかに高尾さんが壁になっているフリーキック動画もありますのでぜひ探してみてください。

6、まるで長年在籍した選手かのように盛大なお別れ

さて、そんなこんなでケンゴさんの研修期間は終了に近づきます。寂しい。ケンゴさんと普通に恋バナできないのがとても寂しいです。高尾さんのセッティングにより監督とコーチとも会食し、実績では完全にクラブの一員となったケンゴさん。一員になりすぎて僕も話したことないスタジアムのスタッフとグータッチをしていました。最後の試合後には選手、コーチ、スタッフ、ビジネススタッフをも全員招待してご飯まで振舞っていただき、僕のボスも「これは新しい物語のはじまりだ」と声高々に宣言、ファンからも『なんでクラブは彼と契約しないんだ』との声が寄せられました。

ということで、我々はケンゴさんを送り出す画像と映像で優秀の美を飾ることにしました。まるで長年在籍した選手のような仕上がりですが、在籍期間はたった2週間半。その期間でこれほどにまで内部に愛されるひとがこれまでにいたのでしょうか。

映像の曲はマイア・ヒラサワさんの「Boom !」
東日本大震災と同じくして開業予定だった九州新幹線の開通記念CMに使われていた曲です。思い出をまとめる曲として世界で1番しっくりくるんですよね。

これにてケンゴさんの活動は終了。用意したタマもすべて打つことができました。

7、どう考えても史上初、研修で訪れたクラブのアンバサダーになってみる

わけもなく、物語は続きます。
すこし話を巻き戻したある日、高尾さんが僕につぶやきます。

「なんかアンバサダーの話しておいたよ」

いったいどのノリで、どの文脈が生きていればアンバサダーなんて大切な話を「なんかしておく」ことができるのだろうと思いますが、ここはコミュニケーション数値カンスト尾さんが住んでいる北米です。気にしたらなにも進みません。

翌日にはボスがきっちりした契約書を用意し、話は現実味を帯びます。さらに確認するとこの件、なんとケンゴさんの発言きっかけで動いたらしいとのこと。僕の元には「なんかいい感じだから進めていこうね」ってタイミングで話がきました。

内容としては「これからも連絡を取り合おうね」がメイン趣旨です。ガチガチの契約でなく、今回の縁を永続的なものにすることが目的です。しかし裏返せばこれは僕にとって企画を日本に結びつける理由であり、ケンゴさんに企画の電話を自由にしてもいい権利を得たことになります。

パシフィックFCの選手が日本でプレーする未来は思ったよりも遠くない気もしているのは、つまりそういうことです。

ビクトリアがケンゴさんを好きになる長く短い祭が終わりました。みなさんのSNSでの反応もとてもありがたく、某hoo!ニュースにも複数とりあげていただき前職の感じを思い出しました。

なによりも「ケンゴさんがケンゴさん」だったことが嬉しく思います。およそ15歳も年下の小僧の発案を快諾していただける、あのときとなにも変わらない優しさが心地よく、日本に帰ってほしくなかったなぁといまでも思います。

またケンゴさんの周りを整えつづけた高尾さんもこれまたすごく、企画なんぞひとりの力ではなにも進まないなぁともあらためて思います。ケンゴさんをも完璧にアテンドする高尾さんが営む留学エージェント「A to」もみなさまぜひチェケください。#PR 

さて、ここまでつらつらと今回の事象を記載してきたわけですが、これは特例も特例です。特殊な環境にケンゴさんがきてくれたことがすべてであり、仕込みの単品自体はそこまでロジックめいたものではなく、提示の仕方とタイミングがすべてだった気がします。ただし、それらのいわば無茶振りをすんなりやりきってしまうケンゴさんは ”やべぇじゃん” とただただ思うばかりです。あとシンプルにケンゴさんとずっとご飯食べれて嬉しかったです。

ということでこの企画が成立した要素は

・ケンゴさんがカナダにきてくれたことそのもの
・海外で日本人が受け入れられているという日本におけるアゲ要素
・またしても何も知らない中村憲剛さん(43)


の3本です。ありがとうございました。

たしろインスタURL
https://www.instagram.com/gaku.tashiro/

PROFILE

田代 楽
田代 楽
カナディアン・プレミアリーグ パシフィックFC マーケティンググループ。26歳。バンクーバー在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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