FOOTBALL | [連載] ビクトリアで就職中。

【1月】ビクトリアで就職中。/ 文・田代楽

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photo by Gaku Tashiro / text by Gaku Tashiro

AfterEffectsを

毎日触っている。難しすぎて心が毎日折れてホラーマンくらいのスペ体質になっている。フルタイムで働きはじめて2ヶ月。相変わらず英語は難しいけれど、なんとなく自分のコミュニーケーションの膜みたいなものが確立してきて、会話がすれ違っても補うことができるようになってきた。ネイティブしかいないからこの環境で普通にやれるようになったら最強じゃん♡とか思ってたけど、普通にやれるようになるときなんてくるのだろうか。寺田心くんがブレイキングダウンに出場するくらいありえない気がする。

大きな問題は自分のアイデアは基本すべて実行まで自分でやってね、なところである。わずか数十人しかいないクラブスタッフの中で、企画とビジュアル制作をするチームは5人。日本にいたときは自分で考えた企画を外部の協業してくださる皆さんにお願いをして完成物のチェックをすることが大きな役割だったが、ここでは考えて、制作をして、出す。全部やる。そう、ここにはフリースタイルもエレファントストーンもいないのだ。

なんでこんなことになっているかといえば、北米の企業体質としか言いようがない。「この団体はなんたるか」と決めるチームと「この団体はなんたるか」と声をだすチームが同じであることを最重要と捉えるのが北米式なのかもしれない。日本の場合は声をだすチームがアウトソースなことも多いけれど、現実問題アウトソースすることは完璧に認識を合わせることを諦める行為でもある。これは優先度の問題で、北米では異常なまでにインハウスでの制作にこだわっている。ただそれだけ。ただそれだけなんだけど、それはそれだけ自身が発信する情報をどう捉えられるかを気にしている裏返しでもある。

もうひとつ本当に面白いことが、ファンの捉え方である。

僕の在籍するパシフィックFCはわずか6000席ほどの専用スタジアムを本拠地としていて、スタジアムを歩いていると大抵みたことのある人たちがいつものところに座っている。だから、いまこの文章を書いている僕の隣で電話をしているチケット担当は「えぇ、車で事故ったの。やばいね。でも保険金もらえるじゃん。いいね。」みたいな日本では即SNS処刑実行レベルの冗談を言う。友だちかなと思う。つまり、我々にとってのファンとはコミュニティなのである。例えばクラブの核にスタッフがいるとして、そこに限りなく近く薄い境界線上にファンがいる。もちろんファンにもコアファン(サポーター)とライトファンがいて、コアファンと熱心に情報交換をする。僕のインスタにも会ったことないコアファンが「Nice work」とかDMしてくることがある。

相当コンフィデンシャルな情報は話さないけれど、つぎに考えているグッズの話とかもしてたりするし、スタッフ全体としてファンを近しい存在として捉えることは仕掛けやすいなぁと感じる。なにかをお披露目するときに、下地のない状態でローンチするとそれはクオリティとタイミングが全てを決める勝負になるけれど、すでに100人に情報が入っていれば種火が着火した状態からはじめることができる。つまり情報のひろがりを予想することができる。そしてそれが熱に繋がるみたいなことを次回2月中に公開される予定の因髄分解で話していますぜひ読んでくださいませ(PR)

ブラッシュアップライフが

正直良すぎた。ここ最近で観た国内ドラマの中でも半沢直樹の次に良かった。もろもろいまさら感がある気がしなくもないが、半沢直樹は昨年末に観たしブラッシュアップライフはサブスク解禁されたいま観たし、そもそもカナダと日本って17時間も時差があるし仕方がない。

なにがよかったって、もういっぱいあるんだけど、まず配役。最高。冬の二度寝くらい最高。夕暮れの野音でくるりのライブ聞いてるときくらい最高。臭くない猫くらい最高。バカリズム脚本作品のキャスティング会議に混ざりたいと切に願うくらいに適役しかいなかった。もちろん主演の安藤サクラも最高なのだが、野呂佳代。野呂佳代ですよ。先日のあちこちオードリーで「役の幅があまりないんです」と話していた野呂佳代の役が主人公と地元が一緒のヘアメイク。ドンピシャ。地元ってところがドンピシャ。よく思い出してみたら地元に野呂佳代いたもん。地元の美容専門学校、卒業してそうだもん野呂佳代。そこにドンピシャってなんなの野呂佳代。

夏帆のインタビューで「確かに(女性の日常会話って)こんな会話をしているなと想像できるけど実際にあの間では絶対に会話できない」ってあってまさにそうだと思った。かなり現実に寄せた ”風” のコント。限りなく日常を描いたコント。なぜか人生に数回見る、高校の後夜祭でブルーハーツをやってありえないほどモテてるような、解像度が高すぎる夢みたいなもの。ありそうでない。でもありそうには思わせてくれるバカリズム。

作中には恋愛要素がほとんど入ってこなくて、女性同士の友情を描いていて気持ちがいいって評判があったけれど、普通に男の友情でもこんな感じのシーンなんて山ほどあるよなと思った。異性の話をする会話は確かに面白いけれど、普通にこんな会話しかいない友だちもいるし、その会話だけしたいひともいる。制作側もそれを感じているはずで、それがそんなにでてこない松坂桃李の存在に集約されていると思う。

そんなバカリズムが10年前くらいにやって非難轟轟だったコント「女と女」を見た。いわゆる ”女” をバカにしたような捉えられ方をしていたこのコントだったけれど、今あらためてみると決してそんなことがないことに気がつく。バカリズムの感性が大きく変わって「 ”女らしさ” をバカに → ”女らしさを” 尊重」しているわけでもなくて、ただコントとお芝居ってフレームにはめただけだとも思った。いってしまえばコント「女と女」からも女性へのリスペクトは感じるし、ブラッシュアップライフにも女性らしいくだらなさをバカにしているところを感じる。それは性別がどうとかって話でなくて、コントとお芝居で同じようなテーマの本を、男をモチーフに書いている作品も多くて単にそういうひとなんだなと感じる。ただし「コント」ってフレームにそもそも前時代的な思想(ベース)が入っている気がしなくもないのも事実である。カラーグレーディングみたいなもんだ。

そして仕事目線でみると、最後の航空会社以外の固有名詞がほとんど実在するものなのが本当にいい。許可どり大変なんだろうなぁとか思っちゃって本当にいい。黒木華を説得するのが夢庵っていうのがいい。これがロイホだったらめっちゃむかつくけど、ガストとか夢庵とか、いい。

そしてこれは超絶パーソナルなことなんだけど、ロケ地の多くが神奈川県秦野ってところがいい。僕が4年間も生きた東海大学前のロータリーで福ちゃんが最後の路上ライブをするシーン、色々なことを思い出した。人生の半分以上の嘔吐物をクリエイトさせていただいたあの土地で安藤サクラと水川あさみが演じていたのをみたとき、ちゃんと世界は繋がっていることを強く感じたのだ。っていうかあのロータリーでケンタ(サークルのやつ)がちゃんちー(サークルのやつ)に告白してたなぁ。玉砕しててかわいそうだったなぁケンタ。田代楽が嘔吐したあとケンタが告白して安藤サクラと水川あさみが演じた東海大学前駅のロータリー。

みなさんもブラッシュアップライフぜひ観てみてください。それか東海大学前駅いってみてください。

海外は怖い。

最愛なる恋人へ、この文章は読まなくて大丈夫です。

外に出れば強盗に襲われるかもしれない。レストランでふとした瞬間に携帯を取られるかもしれない。クレジットカードを違法に使用されてしまうかもしれない。そんな風潮があなたの頭の中にも少しあるかもしれない。たしかに日本の異常なまでの治安の良さを経験してしまえば外国のいかなる場所も治安が悪いと感じることだろう。

さて一方で海外に住んでみてわかったこともある。例えば日々の日常でそんな危険な事柄に怯えながら生きているかと言われるとそんなことは全くないのである。むしろ不注意が危険を招くというか、わかりやすい危険に引っかかるひとはもしかしたら少し不注意なのかもしれない。だからリスクに変わって諦めなければいけないこともあるだろうし、欲をグッと抑えて誠実に生きていれば、そんなに危ない目にあうことは考えにくい。

このお話は知らぬ間に詐欺にあい、毎月1万2千円が北米のポルノサイトに課金されていた愚かで不注意でクレジットカードの明細もろくにみないカモ極東ボーイが主人公である。

それも4月から。僕は恋人とハグをして、お世話になったひとに感謝を述べて、一抹の不安と期待を胸に片道しかない航空券を握りしめて小さくなっていく故郷を小さな窓から見下ろしたそのわずか数日後から、いまのいままで、ポルノサイトに1万2千円、銀座でカットとカラーをしてももしかしたらお釣りがくる金額を支払いつづけていたのだ。

クラブから確定申告の書類を作成するってことで、すべての通帳とクレジットカードの明細を今年はじめて確認したとき、出国前に念の為作成したカードに見知らぬ引き落としが行われていることを発見する。初回の利用日は4月17日。マリファナ宿でおばさんなのかおじさんなのかわからないひとと生活をしていたそのときである。多分コンビニでクレジットカードを差し込んだときにスキミングされたのだろう。しかも明確にそのときのことを覚えている。サブカードが海外でも使えるのか、念の為コンビニで特に食べたかったわけでもない彩度の高いアメリカなグミを買ったときだ。カラフルなだけで全然おいしくないグミが7ドルもして心が泣いた記憶が鮮明にある。

明細に書いてあった見知らぬサイトの名前をネットで検索してみると、数件だが同様の詐欺に引っかかっている英語の投稿をみることができた。これは面倒くさいけれど、カード会社に電話をして返金の対応をしていただかなければいけない。総額10万円。


「すみません、田代と申します。いつもカードを利用させていただいているのですが、この度詐欺サイトに継続して引き落としされてしまっているようで連絡いたしました。」


コールセンターに電話をする。久しぶりに聞く日本語の自動アナウンスを数分待ったあと、女性の担当者さんに事情を説明する。おそらく同様の被害にあっているケースはほかにもあったようで非常に丁寧に、そしてこの被害に対して心をよせてくれて、なんだかあたたかい気持ちになった。辛いときに寄り添ってくれるひとが1番大切と楊貴妃もかつて文章に残したかは定かでないが、大切である。なぜ楊貴妃と漢字でみると脳内につまようじが思い浮かぶのだろうとか、そんなどうでもいいことは本当に本題に関係ない。


「私どもコールセンターの人間には、そのサイトがどのようなものかまでの判断はできかねますので、弊社の詐欺事案捜査部署が田代様の事例を調べることになります。」


20分くらい事務的な電話をして、事実確認をすることになった。過去に該当するカードをどこかで使ったことはあるか、そしてこれからはカード会社の詐欺事案捜査部署が色々と調べるため、コールセンターでの事実確認で絶対に虚偽の発言をしてはいけないことを約束して、こちらも事務的に返した。

このお互いが事務的で、正直どうでもいいと思っているけどなぜか丁寧に進めなければいけない時間はいつももどかしい。コロナ禍で外食が一切できなくなったとき、僕は毎食の様に丼丸というテイクアウト専用の海鮮丼屋さんでご飯を買っていたのだけど、毎回醤油をもらわないとわかっているのに、毎回醤油が必要かと聞いてくる店員とのやりとりを思い出した。この話は本当に本題に関係ない。すると担当者は至って事務的にこう尋ねてきた。


「田代さまはいままでに、このようなサイトを利用したことはないということで問題ございませんね。」

ほう。

「田代さまはいままでに、このようなサイトを利用したことはないということで問題ございませんね。」

ほうほう。

たしかに田代さまサイドとしては、この私の血金が無条件で吸い取られていた北米ポルノサイトを利用したことは一切ない。神に誓ってない。だからない。ないでいい。

”コールセンターでの事実確認で絶対に虚偽の発言をしてはいけないことを約束して、こちらも事務的に返した。”

どういう意味?と思った。 ”このようなサイト” ってどういう意味? ”このサイト” と言わない意図は一体どういうこと?頭がパンクして、田代さまサイドは困惑してかなり変な間をうんだ。なぜなら ”このようなサイト” 自体は頻繁に利用しているからだ。Booking.comならGeniusレベル3になるレベル、マックのポテトの全サイズ150円セールの実施期間、木下優樹菜のプチ炎上くらい頻繁である。

そうなるとなに、僕はこの20分以上も事務的な対応しかしていない、もはや冒頭で名乗っていただいた名前すら定かでないなんの関係性もない異性に対して「お恥ずかしながら木下優樹菜のプチ炎上くらいの頻度で利用しています」と言うしかないのだろうか。

いや、待て。普通に考えて、普通に考えてだ。事務的にしか対応していなかったこの担当者がそこまでのディティールに興味があるわけではない。しかもポルノサイトにスキミングされるケースなんてこれまでも数万とケースがあったはずだ。今回僕に尋ねていることもあくまで伝え方をこちらが変に捉えているだけで大きな意味があるわけがない。ただ、彼女の仕事は事実を客から聞いて捜査部署に渡すだけ。別にそのサイトが猥褻なサイトでも、客がそのようなサイトを利用していたとしてもどうでもいいのである。それをなんだ、異性が、とかいう過剰な認識で深く考えてしまうその思考そのものがマッチョでミソジニーな匂いがして気持ちが悪い。そして、そしてそもそもだ。僕はもう26歳である。高校生でもあるまいし、モジモジする必要なんてない。堂々と、事実だけを言えばいいじゃないか。


「このようなポルノサイトは利用したことはあるんですけど、このサイトは一切ないですね。」


「…ポルノサイト。あ、このサイトはポルノサイトだったんですか」



……

………

あれ


『すみません、いつもカードを利用させていただいているのですが、この度詐欺サイトに継続して引き落としされてしまっているようで連絡いたしました。』


あれ?


『実は私どもコールセンターの人間には、そのサイトがどのようなものかまでの判断はできかねますので、特別な捜査部署が田代様の事例を対応することになります。』

………

……




46億年前、誕生したばかりの地球では1000度を超えるマグマが地表を覆いとても生命が存在することはできなかった。そんな過酷な環境だったのにもかかわらず、いまでは約870万種類の生物が存在している大きな、大きな惑星になった。

そんな惑星に、この瞬間、またひとり、なんの関係もないコールセンターの異性に自身の性事情を告白する加害者予備軍が誕生した。この奇怪な星の元ではいつだって被害者と加害者はオモテとウラ。どちらになる可能性だってあるのだ。いまの私にできることといえばこの担当者が8年後、週刊文春にタレ込まないことを祈ること、ただそれだけなのである。

ちなみに被害総額10万円のうち、2万円しか帰ってこない規約らしい。海外なんかにはいかないほうがいいしどなたか8万円分お仕事をいただけませんでしょうか。ポートフォリオはこちらです。惑星レベルでお待ちしております。https://www.gakutashiro.com

PROFILE

田代 楽
田代 楽
カナディアン・プレミアリーグ パシフィックFC マーケティンググループ。26歳。バンクーバー在住。 大学卒業後、Jリーグ・川崎フロンターレでプロモーションを担当。国内のカルチャーと融合した企画を得意とし、22年、23年のJ開幕戦の企画責任者を務める。格闘技団体「RIZIN」とのタイアップを含む10個以上のイベントを企画・実行。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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