なでしこジャパン初選出から約13年間、日本女子サッカー界のトップを走り続けた岩渕真奈が、現役引退を発表した。
鋭い切り返しを繰り出す、スピード感溢れるドリブルを武器に、なでしこジャパンとして90試合に出場し、37得点をあげた岩渕。なでしこジャパンが世界一に輝いた2011年のFIFA女子ワールドカップドイツ大会に最年少メンバーとして選出されると、その後も代表に欠かせない選手として第一線で活躍。この夏に開催されたFIFA女子ワールドカップオーストラリア&ニュージーランド2023ではメンバーから落選したが、これまでにワールドカップには3度、オリンピックには2度出場している。
ワールドカップ優勝から、オリンピック出場権を逃したときまで、日本の女子サッカーの栄光と挫折を味わってきた岩渕。若い頃からなでしこジャパンの顔として日本を背負って闘っていた姿は、サッカー少女たちの目にはどのように映っていたのだろうか。
苦悩の中でも、少女に与えた勇気
2008年に行われたFIFA U17女子ワールドカップ。
日本はイングランドを相手に準々決勝で敗戦したにもかかわらず、15歳だった岩渕は出場3試合で2得点をあげ、個人として大会MVPにあたるゴールデンボールを受賞。世界にその名を知らしめる、鮮やかな世界大会デビューを果たした。
瞬く間にメディアからの注目が集まった岩渕だったが、当時は周囲の期待値と自身の実力とのギャップに苦しんでいたという。2011年のFIFA女子ワールドカップでは、試合後の取材エリアでの声かけを全て素通りするほど、対外的な行動は控えるようになっていた。
注目されることを避けていた岩渕だったが、彼女を目標とするサッカー少女に対しては、その憧れのまなざしに応えていたのを覚えている。
2010年の冬。1人のサッカー少女が、日テレ・ベレーザ(現:日テレ・東京ヴェルディベレーザ)の下部組織のセレクションを受けにヴェルディグラウンドを訪れる途中、練習に向かう岩渕と遭遇した。少女が勇気を出して握手を求めると、岩渕はその手をとり「メニーナ(下部組織のセレクション)を受けるの?頑張ってね」と声をかけた。多くは語らなかったが、少女に向かって笑顔を見せた。
メディアの露出が多く、岩渕にとっては注目度と自分のプレーの釣り合いがとれていないことに悩んでいた時期。周りからの目線も、スターとしての対応も、きっと負担だっただろう。
それでも、差し出した手を拒まず、声をかけてくれたこと。それは岩渕が表紙を飾った雑誌の切り抜きを部屋の壁に貼り付けていた少女にとって、セレクションに立ち向かう勇気をもらうには十分な出来事だった。結果として同じチームでプレーすることは叶わなかったけれど、岩渕の言葉に背中を押されたことは、今でも彼女の記憶に残り続けている。
個人で輝く選手から、日本を勝たせるエースへ
岩渕のプレーを初めて目にしたとき、得点するまでボールを離さないかのような、ゴールへ突き進んでいくドリブルが印象的だった。一人で状況を打開し、得点にまでつなげる姿から、ゴールに、そして個人の結果にも貪欲な選手というイメージが強かった。
実際に、岩渕自身の著書の中でも「その頃(U-16代表の頃)のプレースタイルとしては、前からそうですけど『強気』の一言(笑)」「自分が点を取らないで勝っても、うれしくないというか……」「極端な話、チームがどうであれ、自分が活躍して点を取ればOKと思っていました」と、当時を振り返りながら語っている。
それでも、年を追うごとに、今度はチームとしての結果も背負う立場になった岩渕。
22歳で挑んだ2016年のアジア最終予選は3位に終わり、リオデジャネイロオリンピックの出場権を逃した。この大会後にベテラン選手たちが代表から離れることになり、自分がチームを引っぱっていく立場になることを強く自覚するようになったという。2年後の2018年に行われたアジアカップでは、ワールドカップ出場がかかるプレッシャーの中、見事に勝ち切り優勝。個人としてもMVPを獲得した。
20代後半になってからは、若い選手たちがそれぞれのよさを発揮できる環境を作れる選手になりたいとも語っていた岩渕。それまではただ自分の得点にフォーカスしていたかもしれないが、2021年の東京オリンピックでは、負けたら予選敗退の状況で決勝点をアシスト。ギリギリのところで勝利をおさめると、試合後は「勝てて良かった」と涙を浮かべていた。
個人の結果に対する貪欲さも、最後まで岩渕が持ち続けた魅力だ。それに加え、自らのプレーで日本を勝利に導く選手へと変化を遂げたことで、彼女は長い間なでしこジャパンとして活躍し続けたのだろう。
16歳から日本のトップに立ち続けた岩渕にとっては、時に過剰な期待や重圧もあったに違いない。でも岩渕は、それに負けることなく、サッカー少女だった私たちにたくさんの景色を見せてくれた。
156㎝と小柄でありながら世界の選手たちの間を切り裂いていくボール捌きは、体格の勝る相手とも闘っていけるのだとサッカー少女たちに希望を与え、日本の女子サッカーにおける新たな面白さを生み出したのではないか。
彼女のプレーをみて育ったたくさんのサッカー少女たちが、無邪気に、そして強気にボールを追い続け、これから世界へと羽ばたいていくのだろう。