いま思えば、ロサンゼルス生活も2ヶ月前。
そのさらに3ヶ月前、4月、ZIPAIRに揺られていたときにはこんな展開になるなんて思ってもいなかった。そう、ロサンゼルスよりももっと北にある、カナダ、ブリティッシュコロンビア州、ビクトリア、の隣の街ラングフォード、にあるパシフィックFCで働くなんて。いままで生活をしたことがある全ての街よりも圧倒的になにもなく、ないと死ぬとすら思っていたカルチャー的な楽しみも、いまのところ友だちも、グッとくるローカルなブランドも、なにもない。ここには21時まで街を照らす太陽と、広大すぎる自然と、いい人すぎる小さな日本人コミュニティと、これまた小さな ” プロサッカークラブ ” だけがある。
問題はそのプロサッカークラブである。このクラブが絶妙に良いのだ。なぜか。
まず、ここは「島」なのだ。我々は「For The Isle(すべては島のために)」をメインコピーに掲げ、バンクーバーで行われるアウェイマッチにはサポーター一同がフェリーに乗って大挙する。だから、サポーターが乗客の多くを占めるフェリーが誕生したりする。そんなもの、かのヴェネツィアFCしかないだろう、あぁ、イタリアいいなぁと思っていたら、職場がそうだった。世界の広さを思い知ったのであった。
さらにそんなクラブの癖に、いい意味で ”クセ” のあることをする。
数年前、この島では先住民族の迫害跡が発見され大きな話題になった。これを受け、クラブはそのルーツを持つデザイナーを招聘し、彼と一緒に先住民族が使用する模様をユニフォームにデザインした。そのユニフォームが話題になることで、ファンを含む市民に情報を届け、問題提起の一端も担う策略であった。結果的にその社会性のあるプロジェクトは大きなニュースになり、SoccerBibleが選ぶ印象的なユニフォーム2022にも選出された。そう、いまこの原稿を書いている隣でアイスを食べながらガハガハ笑いあっているこのマーケティングチームが。
そんなクラブで、僕は北米でのキャリアを開始した。
外国人になるとはなんなのか、なんなのだろうか。
ロサンゼルスでの日常はほとんどが観光客のソレで、本当の意味で「暮らし」とは程遠いものだったように思う。外国人なんてのは、ほとんどが孤独で、会話はできても心から思っていることを伝えることはできず、でも確かに外国人だから突破できる壁みたいなものもあって、時に尊敬され、差別ではない仲間はずれ感を感じ、そのほとんどが祖国に帰る。メディアで、本で、消費するのも大変なくらいに大量に描かれる「外国で生きるとは大変なのだ」なんて言葉は、パスタのちょうどよい茹で加減を見極めることはーとか、共働きで子どもを育てるのはーだとか、と同列なものと感じてきたけれど、当事者にしかわからないとんでもない大変さがあった。そして多分、近い将来に共働きで子どもを育てることになったとき、外国人になるよりも大変じゃないかと感じたりするだろう。外国で共働きで今晩パスタを茹でている人物の苦悩なんて、日本に住んでいたらわからなかったけれど、いまはちょっとだけわかる。袋に記載されている時間できっちり茹でても、なぜちょっとだけ芯が残るんだろうか、みたいなそんな苦悩。
結論、そんな大きなことは言えなくて、外国人になるとは、外国人の気持ちがちょっとわかるようになる。そんなもんでしかないんだろうと、やけに大きい月を見ながら思った。
谷間を2秒以内にみせることが、ショート動画の世界で名声と注目を集めるには手っ取り早いことなのだと、この1ヶ月の間、日中の多くの時間を費やして幾多の動画を観まくった末に悟った。言わずと知れた「欲求5段階説」は人間の欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」とフェーズ分けしたが、そのうち「自己実現欲求」以外は『欠乏欲求』としてカテゴライズされるらしい。つまり、人間の欲求のほとんどは自分に不足しているなにかを補いたい気持ちがモチベーションになっているってことだ。そんな感情があるから、TikTokで流行にノった素朴な女の子が、気がつくと週刊誌でグラビアデビューしており、企業が用意したありもしない質問に定型文で答える形式で脱毛の広告をポストする。もうやっていることは数年前のMUTEKIと同じである
有名になりたいから、プラットフォームの特性を研究して、谷間をみせて、ようやくグラビアで自己実現を果たす。そんなケースを得点直後に失点するFC東京くらいみた。売れるとか売れないの意味が変わってきているとある人は言ったけれど、いまや「どう数を抱えるか」が本当に大切なのだなと感じる。それでもそんな動画がふと上から降ってくると結局最後まで観て、プロフィールをチェックし、あげくの果てに「これは仕事のため、うん、仕事のため」と誰にもなにも言われていないのにもかかわらずインスタグラムをチェックしてしまうのだ。
そう、あなたが太字になっていた「冒頭の文字」につられてこの文章を読んでいるのと同じように。
真夏のピークが去ったと天気予報士がそう言ったかなんて、ローカルのテレビを観ているわけでないからわかりようもないけれど、朝、寒くて起きて、なんか寒いなぁと呟きながらクラブハウスへ歩き、夜、寒いから寝よと思うくらいの気候のなかで過ごしている。チームメンバーのトムは、今日もよくわからない柄のTシャツに短パンの装いで全く聞き取れない東ロンドン訛りの英語を話す。東日本訛りの僕は、Goal StudioのパンツにYAGIとkudosのコラボフーディーを身につけ、わかった顔で「Get it get it」と繰り返す。ほとんどなにもわかっていないのに。それでも僕たちは、今日も一緒にいる。
街を歩けば白人だらけのここで、言語がとか、文化がとか、そんなことをいつまでも言っていても仕方がないので、とにかく毎日アイデアを生意気にぶつけ、たまに採用されて、褒められて、気分が高まっちゃって、帰り道、ちょっと遠回りしたくなる。そんな真夏のピークだった。