FOOTBALL

CHUO GAKUIN UNIVERSITY | NIKE FOOTBALL ACADEMY

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photo by Kazuki Okamoto / text by Asami Sato

頭の回転と視覚能力のスピードを上げる

日常の練習では学べない特別な体験を、特別な講師を呼んで提供する『Nike Football Academy』。第9回目の今回は初の試みとして大学サッカーが舞台に選ばれた。真夏のピークが過ぎ去った8月下旬、千葉県我孫子市にある中央学院大学にスポーツメディアFERGUSとして取材に赴いた。

今回フューチャーするスパイクは「マーキュリアル ヴェイパー 16」。Flyknitをアッパーに使用してさらなる軽量化を実現した、スピードを追求する選手を次のレベルに引き上げるスパイクだ。

フットボール以外の角度からフットボールを研究するオフピッチ(座学)と、プロレベルの練習やスキルを体験するオンピッチ(実践)においても、「マーキュリアル ヴェイパー 16」の特徴である“スピード”が今回のテーマになる。

オフピッチの講師は斉藤嘉子氏(BASラボ主任研究員)。脳科学や視覚能力の観点から、Jリーガーやプロ野球選手などのトップアスリート、eスポーツ選手、高齢者などを対象に研究を行っている人物だ。

講義テーマは、「SPORTS VISION  視覚能力を鍛えてスポーツ脳を向上させる」。一流選手はどのような視覚認知能力が優れているのか、そこに近付くためにはどのようなトレーニングが効果的なのかを、様々な研究結果を用いながら、選手たちに紹介していく。

斉藤嘉子氏

まず斉藤氏が紹介したのは、ネイマールやシャビ・エルナンデス、イニエスタといった一流選手と、その他のプロサッカー選手の脳の違いについて。

「足の親指を動かした時に、運動野(脳部位の一部)がどれだけ活性化するか」というMRIを用いた測定では、ネイマールは他のプロサッカー選手たちに比べ、非常に少ない運動野を用いて親指を動かせることが判明したという。

一方で「近づいてくるDFをフェイントでかわしてシュートを打つ、という場面を脳内でイメージした時の脳波」を測定すると、ネイマールの運動野は他の選手たちに比べて非常に広い領域が活性化している、という測定結果が示された。

つまり、より少ない脳の働きで体を動かすことができ、イメージするだけで運動野を広く活性化させられる、ということ。一流選手は身体技術だけではなく、脳の働きが抜群に優れているということが一目瞭然の研究結果である。

一流選手が優れている“スポーツビジョン”とは

次に「スポーツビジョン」というものが紹介された。スポーツビジョンとはスポーツに重要な視覚機能のことで、一流のアスリートはこの部分が特に優れている傾向があるという。ちなみに斉藤氏が所属するBASラボは、国内に2箇所だけ存在するスポーツビジョン測定機関の一つである。

スポーツビジョンは次の8項目によって評価される。

① 静止視力 静止した対象を見るときの視力
② 縦動体視力 真っ直ぐに接近してくる対象を見る時の動体視力
③ 横動体視力 眼の前を横切る対象を見る時の動体視力
④ コントラスト感度 明暗のコントラストを識別する能力
⑤ 眼球運動 静止した対象間に速く確に視線を移す能力
⑥ 深視力 対象との距離の差を測る能力
⑦ 瞬間視 見えた対象を一瞬のうちに捉える能力
⑧ 眼と手の協応動作 眼で捉えた目標に素早く正確に手で反応する能力

この内、静止視力と縦動体視力、コントラスト感度、深視力の4項目は、トレーニングによって鍛えることが難しいとされている。残りの横動体視力と眼球運動、瞬間視、眼と手の協応動作は、トレーニングによって向上させることができる。これらを鍛えることで、「正確な視覚情報が脳に入り、判断力が向上する」と斉藤氏は言う。

親指フォーカスビジョントレーニングを行う選手たち

横動体視力を鍛えるトレーニングとして「親指フォーカスビジョントレーニング」が紹介された。「眼球を動かすことで前頭葉の血流量が増幅して脳が活性化されるため、練習前に取り入れるJリーガーやプロ野球選手が多い」と斉藤氏は説明する。週に3回以上、1回15分ほどのトレーニングを続ければ、約2ヶ月で効果が実感できるという。効果抜群かつ単純なトレーニングなので、気になる人はぜひネットなどで調べてみてほしい。

「目で視るのではなく、脳で視る」

最後に、本講義の目玉である「ニューロトラッカーX」のアプリケーション画面がスクリーンに映し出された。ニューロトラッカーXとは、3D空間で移動する8つの球のうち4つの球を追跡して、正解するごとに球の運動速度が上がり、追跡がより難しくなっていく、という内容のトレーニングソフトだ。知覚・認知能力の向上に効果的だとされる複数対象追跡(Multiple Object Tracking)のスキルを鍛えることができる。

ニューロトラッカーXのアプリケーション画面

「脳を直接鍛えることは難しいですが、周辺視野を鍛えることは可能です」と斉藤氏は語る。世界中の1000以上の団体が導入し、サッカー界ではマンチェスター・ユナイテッドFCを始めとする複数のクラブで使用されているという。

本講義では選手たちが2人1組になり、1人で4つの球ではなく、1人で2つの球を追跡する、というルールでトレーニングが行われた。選手たちは真剣に挑戦していたものの、斉藤氏が普段研究しているJリーガーのレベルには到達できなかった。

3DサングラスをかけてニューロトラッカーXにトライする選手たち

斉藤氏曰く、「目で視るのではなく、脳で視る」という感覚が大切とのこと。また、継続することが肝要であり、「最初の点数が低いプロの選手も継続することで向上していきます」と説明する。その日のコンディションによっても点数が変わるため、コンディションを測るために使う選手もいるという。

こうしてオフピッチの講義が終了。研究結果や実際のトレーニングを用いて、スポーツにおける視覚認知能力の重要性を説いた斉藤氏の講義は、選手たちにとって新鮮で有意義なものになっただろう。

オンピッチの講師として大久保嘉人が登場

17:00。オフピッチの講義が終わり、中央学院大学つくし野グラウンドに移動する。続々と集合する選手たち。ピッチ脇には「マーキュリアル ヴェイパー 16」が並べられている。このスパイクの特徴を最大限に活かすべく、「ゴール前のスピードと判断」がオンピッチのテーマに選ばれた。

10分後、今回のオンピッチの講師である大久保嘉人氏が颯爽とグラウンドに降りてきた。選手たちがスパイクを履いているところへ、大久保氏が近づき「スパイクどう?」と気さくに話しかける。そんな会話の流れから、「スパイクの中で指に力を入れて、親指部分にできた隙間にボールを乗せてドライブをかける」という現役時代の大久保氏の得意シュートの極意も明かしてくれた。

17:30、大久保氏を中心に選手たちが集合する。「元気にいきましょう!」という大久保氏の言葉で円陣を組み、キャプテンの声に選手たちが反応する。マーカーを使ったステップやダッシュ、パスアンドコントロールを15分ほど行っていく。

ウォーミングアップが終わった後、オンピッチの講義が開始。一つ目のメニューは、ゴール前の3対3+GK+リザーバー(GKの反対側に位置し、守備側のビルドアップで使用可能)。横はペナルティエリアの幅、縦はペナルティエリアから10メートル先までのグリッド。守備側はボールを保持したままグリッドを越えれば勝ち、攻撃側はゴールを決めるか2回ボールを失うまで、というルールだ。

5分ほど静かに練習を見守った後、大久保氏が口を開く。

「ゴール前は冷静さが大事。みんなバタバタして顔が上がってない。DFがボールを取りに来ないのであればボールを回せばいい。たとえば中央でボールを持っている時、相手が取りに来たら簡単にサイドに預けてから裏に抜けて、DFのギャップを突こう。味方の動きばかりじゃなくて、相手DFの位置をしっかりと見て、どこが空いているかを把握しよう」

数セットが行われた後、次のメニューに移行。センターサークルにゴールを置き、ハーフコートでの6対6(+それぞれのキーパー)を2分間、というルールだ。練習を見守りながら、大久保氏が要所要所でアドバイスを送る。

「縦パスが入ったら、バックラインからサポートに行かないと何も生まれないよ。ゴール前の攻撃時はリスクを負ってサポートしよう」

「ブロックを作られたらボール回しは無理せずにゆっくりでいい。歩きながらプレーするくらいの気持ちでパスを回してみよう。体勢が整っていない選手に縦パスを入れてもボールを失うだけだよ」

「プレースピードを上げるよりも、まずは顔を上げることを意識して、相手DFラインのどこが空いたのか、どこを空けたいかを考えよう。空いたところは見逃さずに一気にスピードを上げよう」

今回のテーマである“スピード”を相手ゴール前で体現するためには、DFラインのどのスペースを突くべきなのかを把握した上で、プレーの意図を合わせる必要がある。縦に急ぐだけでは、効果的に守備を崩すことは難しい。言うなれば、オフピッチの講義テーマでもあった状況判断や周辺視野が、足元の技術や走るスピードよりも時に重要になるということだろう。

最後のメニューは、ピッチ全体を縦に7割ほど狭めたコートでの8対8(+それぞれのキーパー)で、1セット8分間を数セット。大久保氏のアドバイスをモノにしようと、選手たちもより一層真剣な表情でプレーに臨む。

選手たちのプレーを見守る大久保氏からアドバイスが伝えられる。

「ほとんどのポジションで一対一の関係にしかなってないよ。サイドの選手は、相手DFにピッタリ付かれてたらパスは来ないんだから、近寄るフリを入れたり、逆にもっとサイドまで張ったり、ポジショニングを工夫しよう。FWは裏抜けかポストかはっきりしよう。ポストの時に周りが見えていないのであれば、シンプルに味方を使って動き直そう」

2セット目、その言葉に呼応するように縦パスから外に展開してクロス、という攻撃の形が見え始めてきた。大久保氏のアドバイスの声も大きくなっていく。

「今の崩し良いよ!良い縦パスが入ったらサポート早く!逆サイドの選手はクロスへの準備をもっと速く!」

最後のセットが終わり、オンピッチの講義が終了。大久保氏を中心に円になり、キャプテンが感謝の挨拶を伝えた後、記念撮影をして本日の全工程が終了した。

怪我やアクシデントもなくオフピッチとオンピッチの双方で素晴らしい講義が行われ、「これにて取材終了…」と思っていたところ、更なる展開が待ち受けていた。

大久保氏の元にアドバイスを求めてきた3、4人の選手たちとの会話が、何やら白熱している。ストライカーとしての矜持の持ち方や、ボランチの選手に求められるプレー、川崎フロンターレ時代の中村憲剛氏とのコンビネーションなどの質問に対し、大久保氏は真摯な様子で答えていく。

大久保氏のアドバイスが熱を帯びていき、気づけば選手たちと一緒にシュート練習を始めている。「腸を潰すくらい足を上げて、横ではなく真っ直ぐ足を入れてシュートする」という、大久保氏の得意シュートのコツが伝授される。元日本代表として2度のW杯に出場し、J1通算191得点で歴代1位の名ストライカーである大久保氏の指導を直接受けられることは、選手たちにとって何物にも変え難い財産になったはずだ。

居残りシュート練習を見守る大久保氏に、今日の講義について話を伺った。“スピード”をテーマとしたトレーニングの中で、選手たちのプレーは大久保氏の目にはどのように映ったのだろう。

「今日見てまず感じたのは、“急ぎすぎている”ということ。プロでも起きることですけど、『前に仕掛けないといけない』という意識が強すぎて、逆に点が取れないパターンに陥ってしまっていた部分があったと思います。

“スピード”と言われると常に全力でプレーしてしまいがちですけど、それだと体も硬くなってしまい、イメージしたプレーができない。もっと落ち着いてパスを回して、相手DFを走らせることができるようになれば、チームとして体力も温存できますし、結果的にゴール前でテンポ良く速い攻撃ができるようになるので、そこを伝えたかったですね。

走るスピードはもちろん大事ですが、僕は走るのがあまり速くなかったですし、どちらかというと頭のスピードこそサッカーにおいて非常に大事なのかな思います。ずっと全力のまま、一定のテンポでプレーしても何も生まれません。頭のスピードを速くすれば簡単に相手のゴール前まで行けてサッカーがもっと面白くなりますし、見ている側からしてもより楽しくなると思いますね」

現役時代の大久保はFWだけでなくトップ下やWGでもプレーできる、サッカーIQが抜群に高いプレイヤーだった。現役時代にどのような取り組みをしていたのだろうか。

「僕の場合はサッカーゲームで養われた部分も大きいと思います。ゲームだとボールを持っている選手を自分で操作して、それ以外の選手は自動で動いてくれますよね。最初はパスコースが一つしか見えなかったり、なかなか周りのイメージができないんですけど、慣れてくると『ボランチの選手がここに上がってきてくれるだろう』とか、『ここにパスすれば、その後にサイドの選手が走り込んで来るだろう』というイメージがどんどん湧くようになっていきます。そうやってイメージすることは現実のサッカーと同じなので、かなり役に立ったのかなと感じます」

サッカーゲームでイメトレをするプロ選手の話は聞いたことがあるが、大久保氏もその一人だったというのは興味深い。ゲーム以外で頭の回転速度を上げるために有益なことはどんなことだろうか。

「自信だけだと思います。自信がないから、『あそこに動いていいのかな?ダメなのかな?怒られるかな?』という感じで、どこに動いて良いのか分からずに迷ってしまいますし、その迷いはズルズルとチームにも伝染していきます。

さっき選手たちにも伝えましたけど、“常にチャレンジ”すること。失敗を恐れるよりも、どんどんチャレンジして成功体験を作ることで、自信が付いてくる。そうやって身に付けた自信の効果は本当に計り知れないですし、急に大化けして日本代表に入ったりする選手もいますよね。やっぱりチャレンジして成功体験を増やして、自信を付けて迷わないようになるのが1番だと思います」

最後に、この記事を目にする選手やファンに向けたメッセージをもらった。

「僕は21年プロ生活を過ごしましたけど、楽しかったのは3年くらいで、上手くいかないこともありましたし、苦しいことばかりでした。でも、慌てず諦めず、夢に向かって自分を信じて挑戦すれば、また違う扉が見えてくるので、努力し続けて欲しいなと思います」

インタビューが終わった後も、大久保氏は選手たちのシュート練習に笑顔で付き合っていた。オンピッチの講義が終わってから、すでに1時間以上が経過している。心からサッカーを愛する彼らの様子を観て、久しぶりに筆者もボールを蹴りたくなった。

PROFILE

大久保嘉人(Yoshito Okubo)
大久保嘉人(Yoshito  Okubo)
1982年6月9日生まれ。福岡県出身。元サッカー日本代表。日本、スペイン、ドイツと国内外のクラブでプレーし、J1リーグ3年連続得点王、J1リーグ最多得点記録(191ゴール)を残し、2021シーズンをもって現役を引退。引退後はテレビやラジオなどに活動の場を移し、サッカーに限らず様々なジャンルで新たな挑戦を続ける。

PROFILE

斉藤嘉子(Yoshiko Saito)
斉藤嘉子(Yoshiko Saito)
一般社団法人行動評価システム研究所(BASラボ)主任研究員。九州工業大学大学院生命体工学研究科生命体工学専攻博士後期課程に在籍、現在夏目研究室にて脳型動的情報システムの研究を専攻している。

PROFILE

佐藤麻水(Asami Sato)
佐藤麻水(Asami Sato)
音楽や映画などのカルチャーとサッカーの記事が得意。趣味はヨガと市民プールで泳ぐこと。

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